経緯①
時は少し戻る。
六月半ば―――十三日。
私やフィオナ。デイビットとノワと共に皇族センノミヤ家の別荘地兼植物園でHALのセントリーロボットと合流し、ホノカ達とお茶会したその日。
「あくまでそういう要請なのですが―――HALの《ウォースパイト》共々、皇国の傭兵として国外で活動して頂きたいな、と」
黒を基調に複数の花で鮮やかに彩った着物を着た、腰まで届く黒髪の女性―――ホノカが気まずそうにそう言った。
何もかもが一瞬だった。
「―――チハヤをまだ危ない目に遭わせるつもりなの?!」
やはり、というか。
長い、赤みを帯びた金髪と長く尖った耳が特徴的な女性―――フィオナが立ち上がりつつ絶叫を上げた。
そして―――右手がココアが入ったマグカップを掴もうと動いていた。
私が咄嗟に、左からフィオナの腕を拘束する為に抱き着いたので事なきを得たけど。
そうしていなければフィオナはそれを掴んでホノカに投げていたでしょうね。
「ちょっとチハヤ! もっと抱き締めて!」
……続けて出た言葉がオカシイのよ。
とりあえず、窘めるとしようと私は口を開く。
「ねぇフィオナ? 相手を怒鳴り散らすより欲に従うって優先順位が違うと思うのだけれど?」
「シオン君?! そこは最後まで話を聞こうって止めるべきではないか?!」
私の制止を促す物言いに、ホノカの前に出てフィオナの攻撃を受け止めようとしたアンダーフレームの眼鏡を掛けた偉丈夫―――ホノカの旦那でもあるゲンイチロウが驚愕の表情で訂正のツッコミを入れた。
その後ろではホノカとセミロングの茶髪に吊り気味の双眸を持つ女性―――サイカがドン引きしている。
まさか手が出るとは思ってなかったのだろう。
確かにゲンイチロウが言うようにそう促すのが正解だ。
一先ず、フィオナを落ち着かせて座らせて、
「そうなった経緯を聞いても?」
私がそう切り出す。
フィオナだと話にならなそうだし、戦う事になるのは私だ。
理由を深く聞くのは私が適任と言えよう。
ホノカは戸惑いながらも頷いて経緯は二つあると口を開く。
「恥ずかしい話ですが……。あなたのリンクスパイロットとしての実力を恐れ、国を離れる前に……。もしくは暴走する前に追い出すか排除しようと企む人間が現れ始めています。予定していた機体も建造出来ていますし、動作テストも実戦運用のデータも取れているので居なくても問題ない―――と、穏健派の政治屋や軍上層部。影響力のある上流階級は考えているようです」
まず一つ目と語られた経緯は国内の政治家の思惑だった。
……穏健派等と言っているけど結構過激な発想してるわねそいつら、という言葉を飲み込む。
そう恐れられるほどに戦果を上げ過ぎたようね。
或いは、その戦果が予想外過ぎたか。
「……そっちの都合で受け入れた癖に、用済みだから追い出そうっていい性格してるわね」
フィオナが内心の怒りを隠す事なく言った。
利用価値があるからと保護したものの、状況が変わったから。
想像以上の影響があるからと手の平返しするのは探せばよくある話だろう。
「一人一人考えることは違うもの。そう考える人が出て来るのは仕方ないけど……。全くもって恥ずかしい話よね」
実に悩ましそうにサイカも呟く。
「この話を友人にしなくちゃいけなくなる皇族の気持ちも考えて欲しいわね。守るのもそうだけど、相手にするその手間も余計に増えるし」
「困った国民さんね」
「全くよ」
実に迷惑そうなサイカの物言いに、彼女らが私を消すという選択をしない人達で本当によかったと思う。
彼女らと良好な関係で居られたのは―――フィオナのお蔭でしょうね。
時折のお茶会で、親しくなっていたのだから。
当のフィオナはこの話の内容に不機嫌なままだが。
話を戻すべく、ホノカが再び口を開く。
「ただ、いつまでも国内に居ると穏健派―――この場合排除派ですけども」
奴らが穏健派を名乗りながらもいささか穏当ではないからでしょうね、それ。
「彼らの凶刃が降り掛かるのも時間の問題となってしまいますし、オルレアン連合からの干渉も有り得る。そこで―――」
「私達を傭兵部隊に仕立て上げて国外に避難―――もとい、活動してもらう、と」
その続きを、先ほどホノカが言った言葉を私が言う。
国内ならいつでも手が出せるならば、国外はそうはいかないという簡単な理屈でしょうね。
「はい。向こうもいろいろと手を打ってくるでしょうが―――密偵を紛れ込ませたとしても緻密な連絡は困難でしょうし、連合に何か言われたとしても『国内にそんな者共はいない』と白を切れます」
ぱん、と手を合わせていい悪戯でも思い付いたかのように笑顔でホノカが言った。
「―――通用するかはさておき、ですが」
続けてその言葉と共に表情を曇らせなければいいのだけれど。
少なくとも、国内で何者から後ろを刺される心配は減るか。
一応、国内の役所に私達の書類があると盗まれて利用されては困るので皇室と近衛が保管、管理するらしい。
私的理由による権力の行使だけど、この際は仕方ないか。
―――でも、傭兵部隊。傭兵。
どうして傭兵なのか、と尋ねるとゲンイチロウが答えてくれた。
曰く、ポロト皇国には昔から傭兵部隊が存在するのだという。
曰く、皇国は昔から南北の通商の要所だった事と、その商団を襲撃する野盗などに対する護衛として傭兵業が盛んだったと。
今は治安の向上もあって護衛の必要は無くなったので傭兵も数を減らし―――今は予備役となった人間が隣国の軍隊の訓練相手として戦うだけの出稼ぎ業に落ちぶれたが今でも立派な職業の一つだ。
その回答で「そういうこと」と私は納得する。
私に出来る軍事絡みなどたった一つしかない。
「……アシザワ重工及びポロト皇国軍事研究所製技術検証用リンクス 《アルテミシア》の運用データと試作装備のデータを取りつつ国外であなた達の依頼で活動する、リンクスを駆る傭兵―――といったところかしら」
その結論にホノカが頷く。
「その通りです。皇国初の、リンクスを駆る傭兵部隊。―――それがあなた達になります。ですけど……」
「私達の了承無しではその計画も実行できない、と」
「はい。強制は出来ませんから。元々、試作リンクス―――現 《アルテミシア》のパイロットとしてここに来ていたとしてもです」
「……私は別に構わないけど、他の人はどうかしら?」
そう言って隣に座るフィオナに視線を向ける。
勿論、フィオナだけではないでしょうけど―――ノワ以外はある意味扱いが困る人ばかりだ。
視線を向けた先のフィオナはホノカの提案に憤っているようでだんまりだ。
彼女の口が開きそうにないからか、円柱状のポッドを中核に組み上げられたセントリーロボット―――HALが抑揚のない男性の合成音声で答える。
『私は了承しております。チハヤユウキがリンクスで戦闘するには《ウォースパイト》という拠点が必要ですし―――そもそも、あなたが生きて帰って来れるよう全力でサポートすると決めています。私への確認は不要です』
帝国侵攻時、私がリンクスに乗って戦う事を選んだ時と同じ返事だった。
そもそも戦闘毎に整備が必要で、かつ作戦の内容によっては装備の換装の必要のあるリンクスを運用するのにそれらの能力を完備した《ウォースパイト》が無ければ国外での活動はままならない。
彼の参加は必要不可欠だ。
「俺は最初から協力すると決めている。少しの予定の変更は問題ない」
背後から抑揚のない少年の声。
私たちが座るテーブルの背後。暖炉の前のソファーに座った、外骨格を身に纏った水色の髪の痩せぎすの少年―――デイビットも同様らしい。
彼は元々 《XLK39L/01 シエリジオ》―――《アルテミシア》の先行量産仕様機のパイロットとしてデータ取りに協力するのでその一環と捉えているようだ。
「私はあなた達の護衛兼家政婦ですし―――行く先の無い身を拾って下さった恩もありますから。同行します」
その隣に座るノワも似たような回答だった。
しばらくは私達と同様、《ウォースパイト》艦内に住むことになるのでその延長と思えば予定してた生活とはあまり変わらないのでそう判断したのでしょうね。
「そう。―――フィオナは?」
ノワの回答を聞いてからフィオナに話を振る。
もう答えていないのは彼女だけで、当人は嫌悪と憤りと不安が混じっていそうな複雑な表情を浮かべて考え込んでいる。
私も含め四人が了承しているけど、私が戦場に出る事に一番否定的な立場を取りがちなのはフィオナだ。
戦場に出るという事は、私が戦死するという可能性が僅かにあるという意味で。
この前は無事に帰ってきたとしても―――次はそうは限らない。
彼女はそれを恐れているのだから。
それと、ポロト皇国内の政治屋の不穏な動きと、自分達に無実の罪を着せて人権さえ剥奪したオルレアン連合の動きもまた―――彼女を不安にさせる。
確実にいるそいつらが実力行使に出ないとも限らない。
ポロト皇国から出て私が戦場で死んでしまうのと、皇国の政治屋とオルレアン連合の魔の手に怯えて生きるのと―――どちらがいいのだろうか。
どちらが正しいのかわからない天秤に、フィオナは。
「チハヤは―――私があなたが戦場に行くのは嫌だと言ってもリンクスに、《アルテミシア》に乗るでしょ?」
諦観を口にした。
確かにそう。
実際、彼女が私に戦場に行って欲しくないと言っても、私は止まらなかった。
今回も―――そうなる。
「ええ。でも―――」
「………」
「どっちがマシかと考えたら、ホノカの提案に乗った方がフィオナが安全そうだと思うわ。排除派の人間の魔の手からは、遠ざける事になるから」
フィオナさえ誘拐出来たなら私に対してはいい盾になるでしょう、と言うとフィオナは面白く無さそうな表情を見せる。
私と共に来て、その好意を隠さない彼女は―――私にとってもかけがえのない存在だ。
そんな人物を人質に出来たなら、応なく私を黙らせることが出来るでしょう。
―――そんなことをしたらどうなるのか、彼らは想像もしていないでしょうけど。
ともかく、それを防げると見るなら―――フィオナは安全でしょう。
《ウォースパイト》は遥か後方に待機するでしょうし、最前線に出て攻撃に加わらないのなら被弾もないはず。
それに、《ウォースパイト》艦内はHALの目があるので怪しい人間も割り出せるだろうから事前に察知しやすいだろう。
その事を上げて、それらのメリットがあるからと私は答えた。
でもそれは―――。
「でも、あなたが危険な場所に赴くのは変わらないわよ」
フィオナの言う通り―――私が戦場に出るという危険を侵し続ける事を目を瞑ってでの安全。
そのリスクの低ささえ求めるのは―――強欲で無理な話。
それでさえもフィオナはわかっているでしょう。
天秤に掛けるにはどの選択も危険を孕む。
どちらが正しいもまた無い。
安全の保障さえも穴だらけ。
私はあくまで―――自分達に置かれた状況でどっちがいいかと考えての選択が、そっちなのだから。
しばらくフィオナは悩んで―――、
「……わかったわ。その傭兵として国外に出るという案。乗るわ。―――私の身の安全を考えるならその方がチハヤは安心でしょうし、ね」
ホノカの案を了承した。
私にとって大切な自分の身を守る為にはそうした方がいいと納得―――しないまではないものの、理解はしたようだった。
その言葉に、ホノカはどことなく安堵のような息を吐く。
一番の問題は彼女の了承だったからだろう。
私の事を確かに想っている人物で―――その身の危険に一番敏感だ。
皇国内の戦闘で私が出れたのは状況が状況だったというのもあるが、それでも最後まで反対していたのは彼女だし、今回もそうだった。
でも今回は困った事に、皇国内の動きが不穏さを見せている。
それから身を守るには―――仕方ないことだらけだ。
ホノカは頭を垂れて言う。
「ありがとうございます。重ね重ね申し上げますが―――本当に、ごめんなさい。やっと、ここで静かに暮らしていけるはずだったのに、こんな形にしてしまって」
「全くよ。身勝手で迷惑な国と国民が出て来て困るわね、ホノカ。―――あなたの願う、友人への平穏さえ踏み躙ってきて」
フィオナは遠回しに―――ホノカを気遣ったようだった。
彼女のせいではないから責めない、と暗に。
顔を上げたホノカはその言葉に目を丸くして、穏やかな表情を見せる。
「ええ、本当に困ったものです」
そのホノカの安堵の、どこか謝罪の音の籠った一言を聞いてからフィオナは私に視線を向ける。
「でも、チハヤ。―――わかってると思うけど」
言い聞かせるような、そんな話の切り出し。
「どんな依頼、作戦でも生きて帰ってくること。そうでないと、私―――」
その先の言葉は知っているし、わかっている。
その唇に右の義手―――その機械仕掛けの人差し指を当ててそこから先の言葉を封じる。
私がわかってるから必要ないし、それは出来れば二人きりの時がいい。
でも、私からは言わないといけない言葉が出来てしまう訳で。
頷いて、表情を綻ばせて私は答える。
「わかってるわ。ちゃんと、何度でもあなたの下に帰ってくるから」




