首都『マニルカ』にて
期待とは、してはいけないものだと思う。
いや、空港の光景を見て既に期待してはいけないのだ。
異世界の都市―――正確には首都に来たのだけれど、想像していたのとは違った。
僕が想像していたのは、西暦2024年の技術力よりも高い技術力を持って都市開発されていて、電氣自動車やら何やら、先進的でクリーンな乗り物や公共交通機関。緑化が進んだ道路や高層ビル。
まあだいたいそんなところを想像していた。
これ以外はちょっと考えられなかった。想像力が足りなかったのと、何故か何らかの汚染によって荒廃し廃虚と化した都市が頭を過ったからで。
元々、未来の都市を考えてみよと言われて思い浮かべるのがそれなので仕方ないかもしれないが。
―――で、今僕が見ているのは大都市。
鉄筋コンクリートで出来ただろう高層ビルが何十本も建ち並び、アスファルトの道路も広く、ビルの間を高速道路や電車が縫っていく。
車道では色々な自動車が行き交い、人々は何かに追われるように歩いている。
まるで東京二十三区か、ゲームや映画で見るようなニューヨークやヒューストンを連想させる街並がそこにはあった。
街を歩く人達はどこかの西洋人のような容姿をしているし、後者が適切だろうか。
「―――既視感しかない」
技術的に21世紀よりも高いだろうに、どうして都市が同レベルなんだと残念な気持ちになる。
期待した自分が馬鹿だったか。
でもニューヨーク辺りとか百年ぐらい街並みの変化がない画像を見たことがあるので以外とそうなのかもしれない。
「よほど似た都市があったようね」
魔法瓶の紅茶を飲みながらアルペジオは少し残念そうに言った。僕が驚く姿を見たかったのだろうか。期待に背いて申し訳ないね。
「マニルカは連合五大国でも有数の大都市のはずですが……。これ以上の都市が貴方の世界にも?」
僕達の正面に座るアルペジオの妹、アルフィーネが街を見つつ訊ねてきた。
「うん。同規模の大都市が僕がいた世界にも。多分、僕と同じ世界の人間を目隠ししてここに連れて来ても見慣れた景色だと言うんじゃないかな」
「地下に鉄道なるものがありますが……」
「それもあった。この首都の電車がどうなってるか知らないけど、地下か地上か。どっちか環状線になるってるんじゃないかな? あとはこの上は所謂首都高速。これも環状線じゃないかな? 通勤ラッシュで所々渋滞するから、地下にトンネル掘って渋滞を緩和させようと計画してるか、工事中か。それとも完成してるのどれか」
とりあえず、かつていた世界の都市のインフラを述べてみる。
「……チハヤ。貴方、実はその手の仕事に携わった人?」
当たりらしかった。
「残念。ただの学生だった人だよアルペジオ殿下」
「説明する必要がなさそうですね。博識な方なのですね」
「これぐらい一般知識の範疇ですよ。アルフィーネ殿下。……ところで、電車は全て高架かな? 踏切はある?」
「踏切はありませんよ。工事に携わった人に異世界人がいまして、環状線にするなら踏切があると人身事故で電車が止まるからよろしくないとか、踏切が下がったきりになるとか言って首都を走る電車は全て高架に」
絶対日本人だその人。それもきっと東京の山手線辺りに勤めてたに違いない。賭けてもいい。
「異世界とは一体……」
端的な感想だ。
何度か考えたが、実は言語が違うだけの同じ世界じゃ無いだろうな。
「こちらから質問するより、そっちが聞きたい事が多いかな? 今度はそちらからどうぞ」
現状、聞きたい事がなくなったので、アルフィーネ殿下に話を振ってもらうことにした。
「ありがとうございます。―――では、ご年齢をお尋ねしても?」
おおう、まずそこから訊いてきますか。
「十七だけ、ど……」
口にして、あることに気がつく。
この世界に来て三ヶ月?
確か|ノーシアフォールに呑まれた《あの日》は11月。それから三ヶ月なら経過時間的に二月である。日にちをよく数えて……。
「……おや。今、十八だ。月は違うが、経過日数的に昨日誕生日だ」
衝撃の事実。おお、選挙権獲得。投票に行けるんだよ。
……この世界の選挙が何歳からかは知らないけど。
「ちょっと! 私より年上って事!?」
アルペジオから驚きの声。ちょっと前に追い付いて、年を離されたから何かショックそうである。
「うん、そうなるね」
「だー! なんでこんなに容姿が可愛い奴が私より年上なのよ! 性別どころか同い年ですら信じられないのに!」
ちょっとヒステリックに叫ばれた。
胸以外幼児体形の君が言うかなぁ。
さりげなく性別まで指摘したぞこのお姫様。
「僕からしたら君だってそうだよ。まさか一つ下だったとは」
前にも言ったが、実年齢より幼く見えるんだよね、アルペジオって。アルフィーネと並んでても、二、三歳差の姉妹かと思うほどだ。五つ違いだと聞いてなければ実際にそう言っているだろう。
「アルペジオお姉様より一つ上ですか! とてもそうとは思いませんでした」
驚くアルフィーネ殿下。
「それって僕が幼く見えるって事か?」
思った事を言ってしまう僕。
身長だって一七〇弱あるし、そこまで若くは見えないと思っていたが。
「あ、いえ、そういう意味では……。大変、綺麗な方なので……」
「知ってる。今さらながら、この容姿で性別どうのこうのとかでいろいろと嘆いてるから」
うん。どうしてこんな女の子な容姿なんだろうね僕。
元の世界じゃこの容姿を逆手にノリノリでいろいろと、あの手この手で遊んだのだけれど。
「それで……アルフィーネ殿下は、おいくつで?」
知ってるけど、訊かれたからには聞き返さなければ。
「12です。お姉様とは五つ違いですね」
聞いていた解答が返ってきた。
12歳、か。
「あいつと同い年か」
思わず、口に出てしまった。アルフィーネやアルペジオに聞こえてしまっただろう。
「あいつ、とは?」
案の定、アルフィーネ殿下から訊かれてしまう。
「僕の妹」
隠しても仕方ないので、僕は短く答えた。
唯一無二の、大切な肉親。ただ一人の妹。僕が女装する原因にして、それなりの特技を持つ芸達者に至った遠因だ。
「チハヤにも妹がいたの? 初耳よ」
驚くアルペジオ。
「家族構成は訊かれてないし、言ってないからね」
「……その……今は、どちらに?」
「…………。ノーシアフォール前に、離れ離れに、ね」
アルフィーネの問いに、曖昧と思える答えで返す。
「……どんな妹でしたか? チハヤ様の妹でしたら、とても綺麗な方でしょうか?」
「僕の妹だからねぇ……。僕ぐらいの歳になればそう変わらない容姿になったかもな……」
今では確認出来ないけど、と続けて呟く。
「チハヤの妹なら、性格は悪そうね」
アルペジオからそんな推測が飛んできた。そこまで僕は性格悪いだろうか?
「否定はしないな。男性恐怖症を通り越して男性不信で、極端な女尊男卑な考え方の権化な奴だったから」
兄ですら容赦しない―――女装してても二発ほど鳩尾にパンチをぶちこむのだから。普通の格好なら気が済むまで殴りかねない。まず金的から潰れるまでだろうな。
その事を伝えると、二人とも引きつった表情を見せる。
「……仲良くできるか不安になるわね」
「ええ、私もそう思いました」
「大丈夫。同性にはそんな事しないから。あくまで男だけだな」
「……仲良く、慣れますか?」
アルフィーネ殿下の言葉に、僕は思案するそぶりだけは見せた。出来なくはないけれども。
「どうだかね。あいつ無表情で一切合切、喋らないから」
「……え、どういうこと?」
「いわゆる、自閉症ってやつ。僕でもコミュニケーションには苦労してたから」
そうなってしまった理由なんて、僕が一番よく知っている。
あの野郎が潔く、諦めていればあいつがこんなことにならなかったはずなのに。母と妹と、温かで幸せな時間を送れただろうに。
「――嫌な話はさておき。今日の宿はどこで?」
また話題を切り替える。この話ほど気分が悪くなる話よりも、異世界らしくない都市の話や、これからの予定の話の方がいいだろう。
「首都で有数の高級ホテルよ。私はスイートでチハヤはビジネスクラス」
何か気になるような素振りを見せたものの、アルペジオはそう教えてくれた。
「なるほど。僕は労働者階級か」
さらっと言ったが、内心ショックだ。
今回の休暇の費用の大半はアルペジオのポケットマネーだし。彼女の自腹だし。奢りだし。
文句は言えない。言ったら置いていかれる。
僕自身、騎士団の業務でそれなりに貯蓄はあるが、新社会人の二、三倍程度ではここまで来れないだろう。
と、いうか何故実家に、王宮に帰らないのだろうか。空港でも自分が帰って来たのをお忍びにしているし。
そもそも、何故王族の一人が戦場にいて、一騎士団の一兵士、しかもリンクスパイロットなのだろうか?
今の今まで気にしなかったが、いろいろと変ではある。
「お姉様が王宮に帰ってきて頂ければ下級とはいえ客室を一つ提供出来るのですが……」
僕が思った事の一部を、アルフィーネが口にしてくれた。
「嫌よ。なんであんなパワーゲームに付き合わなければいけないのよ」
心底嫌そうに答えるアルペジオ。何かあるんだな。
「寝泊まり出来ればそれでいいけど。―――王宮はちょっと見てみたかったな」
「それならアルフィーネに連れてってもらって。入れてもらえるかわからないけど。あと、王族には見つからないように。見つかっても私が関与してるのは内緒よ」
よほど嫌らしい。というか無理難題では、それ。
「……明日お時間あれば見学として入れる事は可能です。厳重なボディーチェックがありますが」
運転席からケンがそう言ってきた。
「アルペジオ殿下の予定は?」
「一人で友人や知り合いに会いに行くわ。王宮には絶対行かないわよ」
一人で首都回れってか。はい、僕の迷子は確定した。
「僕一人だそうです」
でしょうねと、アルフィーネとケンが声を揃えて言った。
そして目の前に三泊するホテルが見えてきていた。




