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並行異世界ストレイド  作者: 機刈二暮
[第一〇章]Reboot
259/446

Reboot⑦




 コンソールの片隅に表示された時計は、一六時をデジタル表記で示していた。


 いくつものディスプレイを並べて背中側以外の視界を確保したコクピットの中で、シオンは入ってきた通信に耳を傾ける。


『時間だ! 作戦開始! ガガタキ市を奪還せよ!』


()()()ぶりの故郷だ! 間違って家に帰るんじゃねぇぞ!』


『ここを取り返せば我々の勝利が近づくぞ! 気合を入れろ!』


『死んでいった仲間たちの無念。ここで晴らさせて貰おうか!』


 作戦開始の合図と、思い思いの意気込みがコクピットに流れて、砲兵の突撃準備砲撃が始まる。


 砲口から飛び出る砲弾と発射炎。


 後方爆風(バックブラスト)で巻き上がる砂埃。


 機外に放り出される巨大な金属製の薬莢。


 砲身の加熱も、残弾も気にする事のない榴弾や地対地ミサイルの雨あられは街の周囲に広がる草原を、迷路のように走る塹壕を、隊列を組んだ戦闘車両を平等に焼いて砕いていく。


 着弾点は徐々に前へ進んでいく。


 街へ近づいていき、ついには外縁のコンクリート造りの五階建てマンションを砕き始める。


『砲撃を支援砲撃に切り換えろ! リンクス部隊! 前へ!』


『行くわよ! 遅い奴はケツを蹴ってやりなさい!』


 炸裂音の中へ、《サキモリ》の重厚な人影が楔型陣形を組んで盾を構え、ライフルをそれに依託して突撃を開始。


『いい? 主役は私達よ! ポッと出の技術試験機に助けを求めちゃいけないからね?』


『帝国の専用機の数は減ったからって油断しないでよ!』


『アタシらの実力をあの小娘に見せてやれ!』


 それに追従するように節足に似た六本脚の、サソリのような《イワガニ》が《サキガケ》と同様に陣形を組み、文字通り地面を這って追従していく。


 シオンはその光景から視線を逸らして、ガガタキ市街へ目を向ける。


 モニターに別ウインドウが開いて拡大映像を映し出す。


 そこでは帝国の主力リンクス、《ヴォルフ》が建物の影から身を乗り出して対抗射撃を始めた。


 それに続くように戦車も姿を見せて、主砲が火を噴く。


 建物の奥から市街の空へ打ち上がる飛翔体は緩やかにその先端を大地へと向けて、空中で子弾をばら撒き、炸裂させて地面を豪快に焼き払って行く。


『怯むなぁ! 前進しろぉ!』


『リンクスよ! リンクスを狙え!』 


 鬨の声を上げながら双方のリンクスが激しい戦闘機動を始め、戦闘車両が主砲を鳴らす。


「皇国がここを奪還するか、或いは帝国が死守するか。―――どっちであれ、今後の行く末を決めるに戦いね」


『傍観者のように言わないで下さい《ストレイド》。いい手ではありませんが、あなたはこの作戦の要なのです。応援要請に備えて下さい』


「わかってるわ、HAL。私も、この戦争はとっとと終わらせたいしね」


 自分で決めたTACネーム―――《ストレイド》と呼ばれたシオンはHALの苦言を聞いて、呟く。





 ランツフート帝国の侵攻が始まって一週間が経過していた。


 そしてポロト皇国軍はその一週間という短い時間で広げられた戦線を巻き返し、とうとう北部地方に属するガガタキ県ガガタキ市街の北以外を包囲し、街の奪還作戦を決行するまでに至っていた。


 ポロト皇国軍自体の高い士気と必死の抵抗もあるが、それだけが戦線を巻き返した要因ではない。


 《アルテミシア》のTF強襲、及び無力化という帝国の侵攻作戦の第一段階を挫いた事と、『リンクス狩り』と揶揄されるリンクスだけを狙った強襲戦法による敵主要戦力の撃破。


 陸上兵器のヒエラルキートップに君臨する人型機動兵器 《リンクス》はその機動力と火器の選択の幅という柔軟性から攻めの要となるのが一般論だ。


 しかしそれを重点的に撃破されていけば、侵攻速度の大幅な低下は免れない。


 そして、リンクスと比べて機動力に劣る他の陸戦兵器では―――リンクスに対抗するのは難しい。


 リンクスが大幅に減らされた帝国と、リンクスが多数残る皇国のどちらが有利なのかなど明白だろう。


 更に電撃侵攻攻撃機仕様 《フロイライン》装備を使った帝国軍の輸送型航空艦(エアシップ)四機の撃墜という補給線の断絶により帝国は予定していた侵攻計画のほとんどを諦めせざるを得なくなってしまった。


 予定を大幅に超え、長期化の気配を漂わせる戦闘と、侵攻計画の破綻。


 自軍の戦力低下と皇国国内へ物資を運び入れるルートが実質空路しかない事情と、その為であった航空輸送艦(エアシップ)の撃墜という補給線への打撃は前線の士気や作戦遂行能力に直結し、影響を出す。


 そもそも空を飛ぶ航空機は重量は一番の問題で、相応に巨大と言えど航空艦(エアシップ)といえどそれは変わらない。


 いくら積載量が多い航空輸送艦でさえも例外ではなく、一度に詰める物資は限られる。


 しかし―――消費される武器弾薬、燃料、食料や医薬品はそれ以上で、膨大だ。


 ポロト皇国に展開した三個師団が作戦を継続するには航空輸送艦を何隻も運用し一日に何往復もなければ戦線は維持出来ない。


 その生命線たる航空艦が、《アルテミシア・フロイライン》という飛行可能でかつ高火力高機動なリンクスによって数隻撃墜されたことで―――帝国の前線は維持困難となった。


 その二つの要因により帝国軍は戦闘継続が困難な部隊を多く抱え、皇国の猛攻に押され後退し、占領した地域を奪還されるを繰り返す事になった。



 そして現在、ガガタキ市街が包囲され、ポロト皇国軍による奪還作戦が始まったのだった。




 ガガタキ市から南に一〇キロ以上離れた場所で前後に長い尖鋭的な白いリンクス 《アルテミシア》のコクピットの中でシオンは、ポロト皇国軍の通信を聞き続ける。


 その周囲には自走砲や野砲などが配置されていて、今も街の外周に向けて一五五ミリの砲弾を撃ち続けている。


『敵リンクス撃破! 後続部隊が到着するまで制圧範囲を固持する!』


『左腕をやられたわ! ……戦闘は継続出来ます!』


『オタルリーダーがやられた! これよりオタル01が指揮を執ります!』


『《イワガニ》部隊、援護だ! 空いた穴を埋めろ!』


『航空支援どうなってる?!』


『もう少し辛抱してくれ!』


『「少し」じゃわからん!!』


『被弾した! 被弾した!!』


 兵器が鳴らす駆動音と主動機が生み出す重低音や高音と、人間の悲鳴と罵声と絶叫が喧騒となる戦場の中では通信回線もそれと同様だった。


 勇気でも蛮勇でもない勇猛さを以って、市街へと進む。


 リンクスが戦線を押し上げ楔となり、後続の機甲部隊がそれを押し広げる。


 それをひたすらに繰り返す。


 後退したら何も奪い返せない。


 前進しなければ奪われた街は、土地は取り返す事は出来ない。


 だから進む。


 自分達がどれだけ削られようとも、砲火に焼かれても。


 敵のリンクスや戦車、装甲車などを吹き飛ばし、歩兵を蹂躙し進み続ける。


 ぽつりと、HALが発言する。


『帝国の支配を拒絶し、故郷を取り戻そうと足掻く。故郷などない私達にはない執念と言いますか、狂奔と言いますか。―――現状を変えようとする強い意志で起こり、行われる事象は立場、見方次第で恐ろしいものだと考えてしまいます。大多数の人間の同調か個人の意思かの違いか。はたまた善悪、正誤の違いはあると思われますが』


「いきなりどうしたのかしら? HAL」


『人間同士の土地奪いの戦争を初めて観測しましたから。―――私が私という概念を獲得した時には、戦争は人間対人工知能の終末戦争の末期という時期でしたから』


 人間同士が自分達の異なる正義をぶつけ合う、火で焼かれ血の流れる戦争は―――HALは初めて見る。


 HALがこの世界に来た当初は―――オルレアン連合とランツフート帝国の戦争は物資の奪い合いという、前線の押し下げを繰り返す戦争ではなかった。


 人間同士、常に血を流し続ける狂奔の戦争をHALは経験していない。


 それが幸運なのか、はたまた不幸なのかは―――問う意味はナンセンスねとシオンは思うが。


「それでも予想される最悪の結果は何か、というのは同じね」


『全くです。―――ですが、今回のケースに限ってはそうならないと判断しています』


 帝国の想定以上だろう抗戦と、侵略すら出来ない防戦の状況と、損害と。


 それらを考えれば―――自ずと答えは出る。


「休戦になるかしら?」


『戦争という投資に、被害とリターンが見合わないと向こうが判断すれば、或いは』


「希望的観測ね」


 もう一つの答えもあるが―――それはこの国の敗北だ。

 

 それはこの国の誰もが望まないだろう。


 そんな会話をしつつも―――シオンの薄青の双眸はモニターに映る戦況を見つめている。


 ポロト皇国のリンクス部隊は今もガガタキ市街に近づこうと、前進、攻撃、回避を繰り返しながら必死に進んでいる。


 帝国の部隊は接近させまいと弾幕を張って、皇国軍の攻撃はなんらかの方法で防ぐ。


 その動きでシオンは違和感に気付いた。


「帝国の部隊……」


『どうしましたか《ストレイド》?』


「動きが悪く見えるの。統率とか、連携とかが取れてない、というか」


 その指摘にHALは頷くような音声を出して、状況を見る為か―――或いは帝国軍の無線を傍受しているのかしばらく沈黙する。


 モニターに映る、別ウインドウで表示され拡大された映像には《ヴォルフ》の小隊が榴弾の効力圏内から脱する為だろう、蜘蛛の子が散るように離れていく光景が映っていた。


 そして、その部隊は牽制の応射無しに―――再度防戦に向いた位置取りになろうとはせずに、各々が近くの姿を隠せそうな建物の背後へ急ぐ。


 その選択をよく見れば―――何機もが接近してきた《サキガケ》を狙えなさそうな位置に入るのである。


 接近阻止の射撃も付近にいる者同士が同じタイミングで弾倉交換をし始めるし、その援護射撃もまたない。


 更にはライフルで対応可能な距離だろうに後退までする機体や部隊までいる。


『―――帝国軍の通信を傍受してみました』


「どうだった?」


『もう下がろうと言う、新兵らしい若い女性の声が多い。―――士気の低下が見られます』


 HALはそう、収集した情報の分析を話す。


『防戦で散開や集結、一機一機の連携やカバーが出来ていないですね。攻撃されてからの応射も遅いので戦い慣れていない新兵という印象を受けます。―――新兵ばかりなのでしょうか?』


「リンクスの存在しない国相手に戦争するなら投入しても問題無さそうだけど―――そんな兵士ばかりを前線に配置する?」


『そうしなければいけない状況になってしまったとかではないでしょうか? 特に、リンクスはあなたが積極的に撃破していますから、経験があって小隊規模で統率の取れる士官がいなくなってしまった可能性も』


「思い当たる節しかないわね」


 ここ数日の戦闘―――リンクスだけを撃破していったのは紛れもなくシオンと《アルテミシア》しかいない。


 そもそもはポロト皇国のリンクスパイロットを初め、よく訓練されているとはいえほぼ全ての兵士が実戦を経験していないし、兵器も可能なものは揃えていたとはいえ数はともかく性能の差は劣るものの方が多いだろう。


 対して帝国は戦闘経験のある兵士達と最新や特殊な兵器を運用して戦闘している。


 その動きは確かに統制のある動きで、ポロト皇国の反撃開始までの侵攻速度は確かに破竹の勢いだったと言える。


 その経験と兵器の性能という差を覆すには、極端な方法でバランスを崩すしかない。


 攻めの要たるリンクスの数を減らせれば、或いは―――というのがポロト皇国の軍上層部の予想で。


 一人と一機のリンクスでは戦況を変える事は出来なくともきっかけを作る事は出来るだろう、と。


 《アルテミシア》で帝国のリンクスの数を減らし、そこを《サキモリ》を初めとする皇国のリンクスと各戦闘車両で畳みかけ、取られた土地や街を取り返すという作戦。


 それを達成すべく、女皇ホノカの要請を受けたシオンと《アルテミシア》の投入したその結果は―――最早語るまでもないだろう。


 そうだとしても―――ここまで簡単に士気が落ちるものなのだろうか?


 シオンは抱いた疑問を口にする。


「最前線に士官がいるのは当然だとしても、そんなにあっさり小隊員を束ねれる人間が居なくなって、劣勢になって、兵站にダメージ受けて。たったそれだけで簡単に士気に影響出るかしら? 後方に配置される人員にも小隊長や指揮官が居ないわけじゃないし」


『確かに。―――向こうにとっては今の状況は予想外でしょうし、それと練度不足が合わさった結果ではないでしょうか?』


「それな気もするけど……」


 本当の所はわからないわね、とシオンは呟く。



 そうHALと話している内に戦況は変わっていた。


 二人の視点がポロト皇国軍ではなくランツフート帝国だったが故の気付きでもあるが、とうとう先頭の《サキモリ》の一個中隊が《ヴォルフ》で編成された部隊に取り付いていた。


 《サキモリ》の数機がライフルを腰部に懸架して実体剣を抜き放ち、ブースト機動で一気に接近を計り、同じ部隊のリンクスがそれを射撃で援護する。


 対抗する《ヴォルフ》の部隊も同様で、コンクリート造りの建造物の背後から出て実体剣を手に取り盾を構える。


 そして双方の部隊が衝突した。



『報告! 《タマキタ中隊》が取り付いた模様!』


 通信回線に通信士らしい人物の声が駆け抜ける。


 その声はどこか喜色に満ちているような声音だ。


『よぉし! リンクス部隊! 《タマキタ中隊》に続け! この結果を水の泡にするな!』


 続いて指揮官の男の声も走って、それに応じる声が一斉にスピーカーを唸らせる。


 それを実現するかのように、街に次々と《サキモリ》が到着し、周囲の《ヴォルフ》を攻撃しだす。


『この様子ですと、しばらくはあなたの出番は無さそうですね』


「残念。せっかく来たのだから仕事して行きたかったのに」


『―――残念じゃないわよ。シ……《ストレイド》が戦線に出ない事の方がわたしと《ストレイド》にとっては一番いい事なのよ?』


 HALとシオンの通信に一人の女性の声が割り込む。


 シオンにとっては良く知った声―――フィオナだ。


「ひたすら待機なのも退屈なのだけれど、《ティターニア》」


 《ティターニア》―――数日前にフィオナに割り当てたコールサインをシオンは言う。


『退屈じゃないの。―――あなたが危険な所に居るのは気が気じゃないんだから、そこは安堵の一言を言って欲しいわよ』


 その口ぶりにフィオナは口を尖らせていそうねとシオンは口にせずに思う。


 もしも相手の顔がモニターに映し出せていたら見えていたかもしれない、なんて戯言になる事を思いながら、


「安堵の一言。―――そうね、私が活躍する事無く終わってしまいそうね」


『だから残念そうに言わない!』


「ふふ、冗談よ。……今日は怪我することなく、フィオナの下に帰れそうね」


 怒るフィオナに、今度こそ安堵に近い回答をするシオン。


 そう小さく笑みを見せるシオンの視線の先で―――一つの光景が目に入った。



 別ウインドウで拡大表示された映像の中。


 砲火に焼かれてコンクリートの柱ばかりになった建造物の横。


 そこでは―――鍔迫り合いになった《サキモリ》と《ヴォルフ》が居て。


 その足元で榴弾砲のものと思える爆発が起きた。





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