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並行異世界ストレイド  作者: 機刈二暮
[第一〇章]Reboot
257/441

Reboot A-4





 自身と似た、されど未熟な剣捌き。


 聞き覚えのある、されど声変わりしてしまった声。


 忘れるはずもない、過去に消えてしまった貴いその名。


 そんなことが、あり得るのだろうか。


 今すぐ、その姿を見たい。


 七歳になったばかりの頃ではなく、あれから成長した姿を見たい。



 ―――なのに。


 ―――どうして?



 ―――どうして、(Enemy)なんだ。





 ―――――――――





 飛来した一二〇ミリ口径のHEAT砲弾が爆ぜ、モンロー/ノイマン効果によって装甲を穿たれ、その内部を焼く。


 《モリト》がまた一機、胸部から爆煙を上げて倒れた。


『ゲッカ02! クソッ!』


 その光景に小隊長の悪態が通信に入った。


 これで――トゥールが加わったリンクスの部隊は残り二機―――彼と小隊長だけだ。


 軍事的に全滅といって差し替えのない状態で、、今彼らが相対している帝国のリンクスは《ヴォルフ》五機編成の一個小隊。


 戦闘による消耗はあれど、全機が健在。


 ―――さらに付け加えるならば、こちらは現行なれど一つ型の古い機種でもう一機は旧式の訓練機で、帝国は皇国が配備するそれらよりも高性能な現行機だ。


『後退よ! 援護するから先に行って!』


「は、はい!」


 小隊長の判断にトゥールは操縦桿を押して、《オオソデ》を道路に飛び出させる。


 撤退の最中に拾った、機体の大部分を隠せる程に大きい、手持ち式のシールドを正面に掲げて、フットペダルを踏んで短い距離をブースト機動で後退し、建物の陰へ。


「移動しました! 援護します!」


 そこから右半身だけ出してシールドと同じく拾ったライフルを狙いはそこそこに撃つ。


 狙うのは小隊長の《モリト》に距離的に近い敵機だ。


 セミオートでの連射とはいえど、口径は八五ミリ。


 リンクスの装甲ならば十分貫徹する威力のある代物だ。


 狙われた《ヴォルフ》はすぐさま建物の影に隠れて攻撃を回避する。


 それで出来た僅かな隙に《モリト》は道路に飛び出してブースト機動で移動を開始する。


 その背を狙おうとする《ヴォルフ》へ、トゥールのは狙いを合わせてトリガーを引く。


 当然、敵機はすぐに隠れた。


『いい援護!』


 交差点の向かい側へ隠れた《モリト》はトゥールの援護射撃を褒めつつも手持ちのライフルのマガジンを交換する。


「あ、ありがとうございます」


『上級学校の戦技項目はいい方?』


「リンクスの搭乗経験は無いですけど―――生身の科目は全体の中では上の方かな、と」


 小隊長の質問に答えつつも、空になった弾倉を外して次のマガジンを差し込む。


『なるほど。リンクスって、パイロット自身の身体感覚も必要だったりするから、初めての人が乗ってもそこまでキビキビ動けないんだよね』


 才能あるよ、君と言われてトゥールはむず痒くなる。


 場を和ます為の会話だという事には、彼は気付かなかったが。


『―――っと!』


 射撃を継続いていた《モリト》が咄嗟に身を翻す。


 それにやや遅れてビルのコンクリートやアスファルトが細かい破片を散らして踊り出した。


 それに続くように照準警報が鳴り響く。


 《オオソデ》も建物の影に隠れて、飛来してきた砲弾をやり過ごす。


『やっぱり、数で拘束されるか』


「……帝国の方が戦い慣れてますから。戦争屋らしく」


 自身がかつて見た光景を思い出しながら、トゥールは奥歯を噛みしめて言う。


『よく言うわね、あなた』


 憎悪混じりの一言に小隊長はどこか察したように相槌を打って、




 発し続けていた救難要請に、応答信号が返ってきた。




 《モリト》と《オオソデ》の頭上を数個の飛翔体が飛び抜け、《ヴォルフ》の小隊の前で炸裂し小さな矢に似たそれを大量にばら撒いた。


 音速を遥かに超える、初速毎秒一五〇〇メートルで放たれるそれの砲声は遅れてやってくる。


「一〇五ミリ……? フレッシェット?」


 聞き慣れた砲声と知識でしか知らない砲弾がもたらした光景に思わずトゥールは口にする。


 二人が装備していない口径から放たれた砲声が意味するのは。


『カリサテ本部(HQ)よりゲッカ小隊! 《イワガニ》の小隊が撤退を援護する! そのまま下がれ!』


 通信に男の声が入ってきた。


『こちら東部方面第五機甲師団第一二連隊第〇八小隊! 聞こえていたなそこの二機! 後退を援護する!』


 それと同時に頭上を飛ぶ砲弾の数も増していく。


 突然の増援に、帝国のリンクス部隊は攻撃を中断して再び隠れる。


 いきなりの支援に小隊長が口を開く。


『敵リンクスは抑えてくれるのね?』


『おう! 任せてくれ!』


『頭は彼らが抑える。下がって本隊と合流してくれ』


 その通信を聞きながら《オオソデ》は後方―――砲声の聞こえてくる方角を見る。


 崩れた建物の影からサソリに似た六本脚の兵器―――《イワガニ》が姿を覗かせ、砲撃しているのがメインモニターに映った。


 数は六機で、距離は一五〇〇ほど。


 再び、帝国のリンクス部隊へ視線を向ければ―――今度は爆煙が散発的に上がっていた。


 榴弾も混ぜて砲撃しているようだ。


『君! 先に行きなさい!』


「りょ、了解!」


 その指示に従って《オオソデ》は建物の影から飛び出して《イワガニ》がいる方角へブースト機動で移動を開始する。


 危なげない飛び出し方だが、それを狙うはずの敵機は今は砲撃から身を守る事を優先しているのか攻撃やその警報は無い。


 それに《モリト》も続く。


 事態はまだ好転はしていないが―――それでも孤立状態から脱せそうな事にトゥールは僅かに安堵するが、


『方位、三―一-〇より熱源反応が五つ接近! 四つは速い!』


 その本部の警告にトゥールは慌ててレーダーを見た。


 確かにその方角から交戦していた敵リンクスとは違う、高速で飛行する反応四つとそれを追い掛けるような反応が一つあって。


 思わず振り返ってそれを探して見つけた。


 黒煙が立ち上る市街地の上空を四個の黒点があっという間に《オオソデ》と《モリト》の頭上を飛び越していく。


 そしてそれは彼らが向かう先―――《イワガニ》の頭上で分解して何かをばら撒き出す。


 そしてそれらは炸裂して―――鋼鉄の雨を降らせた。



 自己鍛造弾―――秒速二五〇〇から三〇〇〇メートルにも及ぶ爆発成形弾が《イワガニ》の上部を襲った。



 陸上兵器の常として上部装甲というものは比較的脆弱で、《イワガニ》も例外ではなかった。


 鉄の雨に貫かれた《イワガニ》は全機が瞬く間に沈黙し、三機は弾薬に引火したのか後部を派手に爆発させる。


『ああっ!』


『〇八小隊! クソ!』


 その光景を直視した小隊長が悲鳴を上げ、本部の指揮官らしい男が悪態を吐き捨てる。


『ゲッカ小隊、敵反応が更に接近! 一機だけだ!』


「追撃か?」


 指揮官の警告にトゥールは《オオソデ》を振り返らせ、盾を前に掲げてライフルを構えた。


 《オオソデ》と《モリト》の前方―――通ってきた道路を挟む建物の上から一機のリンクスが飛び込んできた。


 機体色は深藍を基調にインテーク部分は黄色で、装甲は曲面が多い。


 猛禽類の嘴に似た頭頂部と、人間のそれに近い光学センサの配置のフェイスエクステリア。


 突き出る形の胸部装甲と、肩と上腕部が一体化したような腕部。


 太腿まで隠す上に伸びた装甲を持つ下脚部と言った特徴を持つ機体だった。


 左腕には胴体だけなら覆い隠せる面積を有する中型の左右非対称なシールドを持ち、右手にはライフル。


 背中のバックパック側面に鞘に納められた実体剣を懸架するという基本的な構成だった。


 モニターに映し出される識別はランツフート帝国のコード。


 他にもいる筈の敵機は―――動く気配はない。


「たった一機……?」


 レーダーの反応と目の前の光景にトゥールはどうして一機だけと訝しみ、ライフルを構える。


 深藍色のリンクスは盾を正面に構えてライフルを背中のブースターからプラズマ化した推進剤をまき散らし、《オオソデ》と《モリト》へと接近を計る。


『―――来るか!』


 すぐに気持ちを切り替えたらしい小隊長は敵機の動きにライフルを撃って迎撃に移った。


 トゥールが操る《オオソデ》もそれに続く。


 深藍色のリンクスは盾を構えたまま左右へブースターの強噴射を連続で繰り出してその攻撃を回避。


 ライフルを後腰部へ懸架し、背中の実体剣―――両刃の長剣に近いそれを引き抜いた。


 そのままブースター強噴射で小隊長機の《モリト》へ急接近し、上段から振り下ろす。


 《モリト》は後ろに跳躍してその斬撃を回避し、追撃の振り上げも後ろにステップして避けるが。


 その視界に盾の平面が押し付けられた。


 敵リンクスが繰り出したシールドバッシュ―――金属同士が衝突する轟音と共に、《モリト》が弾き飛ばされる。


 手に持っていたライフルは建物の向こうへ弾き飛ばされていく。


 仰向けに倒れた《モリト》へ実体剣を振り下ろそうとするその敵機に、そうはさせまいと《オオソデ》が飛び掛かった。


 《モリト》と敵機の間を通るように盾を振り上げて、その実体剣を弾く。


 既に手に持った実体剣を突き出すが、それは相手の盾に阻まれた。


「起きれますか?」


 再び振り下ろされたブレードを盾で受け止めつつ、安否を問う。


『……大丈夫だ!』


 応じる声を聞いて安堵して、トゥールはモニターに映る敵機を睨んで操縦桿を押す。


 《オオソデ》は盾を突き出しつつ前に出て、相手の姿勢を崩しに掛かる。


 防御面積の広い大型の盾は当然ながら重い。


 その重量で殴りつけられて持ち堪えれることなどそうそうない。


 深藍色のリンクスは自身が持つ盾でそれを受け流すように弾くも、衝撃を受け流しきれないのか大きくよろける。


 追撃を叩き込むべく一歩前に出て袈裟切りの角度でブレードを振るうが、


「―――!」


 敵機は自ら倒れて転がり、その斬撃を回避した。


 その勢いのまま起き上がり下がりながら盾を前にして構えを取った。


 ―――盾を正面に構え、そこにブレードを乗せる構え方にトゥールは首を傾げる。


 どこかで見た構え方だ。


 自分も同じ構えを取る事もある以上、そう感じても変な話ではないが―――どうして。


 疑問を浮かべながらも《オオソデ》を操り、敵機と同様の構えを取る。


『ゲッカ小隊よりカリサテ本部(HQ)へ! 敵エース機と思われるリンクスと交戦中! 増援を!』


 起き上がり、ブレードを手に取り下がった《モリト》の小隊長が応援を要請する。


 しかし、その要請は否定に近いものだった。


『わかってる! ―――寄越せる部隊はないか?!』


 指揮官の男は近くに居るだろう誰かに怒号で質問を投げる。


 それだけ戦力的に余裕が無いという状況なのだろう。


 通信のやり取りを聞きながら接近を許した以上撃破するしかないと決め、敵リンクスに向かって駆け出す。


 上段から振り下ろし、右へ切り上げ、横薙ぎと連続で振るう。

 

 そのどれもが敵機の巧みな盾捌きで防がれるものの、それに構う事なく斬撃を繰り出す。


 三撃目を繰り出して、これも盾によって阻まれて。


「―――!」


 深藍色のリンクスは突きを繰り出してきた。


 小さい動きながら素早い刺突は交戦距離が必然的に近い格闘戦では十分に脅威だ。


 そのブレードの切っ先は―――胸部へと走っていく。


 《オオソデ》は盾を胸の前に割り込ませてその刺突を受け止める。


「あぶな―――」


 冷や汗が頬を伝うのを自覚しながらトゥールは反撃の為に盾で敵機を弾こうとして―――ふと、それが目に入った。


 深藍色のリンクスの左肩。


 装甲としては平面に近い場所に二つの絵が描かれているのを見つけた。


 一つは、エンブレーミングを施した盾に太陽のような花―――ひまわりが描かれたエンブレム。


 一つは、翼を広げた三本足の猛禽類―――鷹のエンブレム。


「その国章、その部隊章は―――!」


 その二つの絵は、トゥールはよく知っていた。


 忘れる筈もない。忘れてたまるものか。


 接続者(パイロット)の意思を反映するかのように《オオソデ》は前のめりになって深藍色のリンクスの頭部へ自身の頭部を近づける。


 外部スピーカーのボタンを押して、トゥールは叫ぶ。


「深藍色のリンクスのパイロット! あなたは《アルスキー王国》の者だな?! そして、そのエンブレムは近衛のものだろう!?」


 その呼びかけに、敵リンクスは確かに一瞬だけ硬直した。


 ただ、それだけだ。


 すぐに力を入れ直したその機体はブレードの柄を《オオソデ》が持つ盾に引っ掛けて、引き剥がす。


 そこから踏み込んでの一撃を《オオソデ》は両手で握ったブレードで受け止める。


「もしそうなら武器を下ろせ! 同郷の者と殺し合いたくはない!」


 そう呼びかけながら、次々と繰り出される斬撃を弾いて。


 ばきん、と何かが割れる音がした。


「―――剣が……!」


 手にしていたブレードが半ばで断たれていた。


 何度も打ち付けられて耐えれなくなったのだろう。


 そんな不運を恨んでも、状況が悪化した事実は変えれない。


 腕を振り上げる敵リンクスを見て、ならばと彼は動く。



 ―――もし、このパイロットがそのエンブレムを肩に描いているに値する経歴を持っているならば。


 ―――自分の名前(本名)を忘れてしまったなんて事はないだろう。



 振り下ろされた斬撃―――その腕を左手で掴み、折れたブレードを相手の盾に叩き込んで刃を食い込ませて、


「俺は―――わたしはイサークだ! 《イサーク・マラートヴィチ・アルスキー》! 王国の、それも近衛の者ならこの名がわかるだろう?!」


 トゥールの―――イサークの名乗りがその場所を反響した。


 その瞬間に、敵リンクスの力が若干抜けたのを《linksシステム》を介してイサーク(トゥール)は感じ取った。


 ある種の動揺だろうか、と思いながらも続ける。


「あなたは、誰だ? かつて仕えた王族の忘れ形見に名乗れぬほど落ちぶれていないのならば名乗れ!」


 その誰何に、


『―――殿下……?』


 敵のパイロットは答えた。


 外部スピーカーを通じているものの―――どこか肉声にしては抑揚のない声。


 でも、その声音はどことなくハスキーで。


 イサークには―――その声に覚えがあった。


 知っている。忘れるはずがない。


 当時の、近衛騎士団の団長。


 女性初にして最年少の。


「―――その声は―――ヤーナさん!? ヤーナ・パーヴロヴナ・ポルヤノヴァ!」


 姉のように慕っていたかの人物の名前を呼ぶ。


『―――イサーク殿下』


 今度は彼の名前を呼んだ。


 その声はどこか懐かしそうで、嬉しそうな響きを含んでいる。


「そう、わたしです!」


『―――殿下』


「ヤーナさん、生きていたんですね?!」


『―――殿下。―――殿下』


「………ヤーナさん?」


 復唱しだした彼女の様子に、イサークは戸惑いを覚えた。


 まるで、思考が固まっているような復唱に聞こえたからで。


『―――』


 次に聞こえたのは人の声に聞こえなかった。


 叫びとも、悲鳴とも聴こえるその音声。


『―――殿下は―――』


 ヤーナと呼ばれた女性の声は、それだけを言って。


『―――任務、続行』


 無情な声と共に深藍色のリンクスは《オオソデ》へ膝蹴りを繰り出した。


 いきなりの攻撃に両手を離して下がる《オオソデ》に敵リンクスはブレードを振り上げる。


 《オオソデ》はとっさに左腕を前に出す。


 ブレードは左腕を斬り飛ばし、切っ先は胸部中央を縦に斬り裂いた。


 コクピットには届かなかったが、


「があああぁぁぁぁ!?」


 左腕が切断されたそのダメージがイサーク(トゥール)に反映された。


 操縦システムである《linksシステム》は機体の損傷を接続者であるパイロットに反映してしまう性質がある。


 旧型のリンクスには―――損傷をパイロットに伝達して、かつその信号を切断する安全機構を有していない。


 そうであるが故に機体損傷のフラッシュバックはシステム切断まで続く、解除しようがない欠陥だ。


 『ピー』という、《チャンバー式慣性制御システム》の外殻破損の警告も聞こえない程の激痛に、イサークは思わず左腕を抑える。


 だからこそ、反応出来なかった。


 次に繰り出された盾による殴打を胸部に受けた《オオソデ》は耐えられず、そのまま後ろへ倒れる。


 背中からの衝撃に(むせ)て、モニターに深藍色のリンクスがブレードの切っ先をこちらに向けたのをイサークは見た。


「―――ヤーナさん! 待って……!」


 スイッチを押して、外部スピーカーで辛うじて出た制止の声。


 その言葉は、いつか―――十年前に彼女と別れた時と同じ言葉だった。




 ヤーナと呼ばれた深藍色のリンクスは、一瞬だけ硬直した。




 ―――だからこそ、その一瞬が彼を助けた。





『―――隙あり!』


 距離を置いていた小隊長の《モリト》が割り込んで、ブレードを横に振るった。


 敵リンクスはその割り込みを盾で受け止め、弾かれるように大きく後ろへ下がる。


 そして、その深藍色のリンクスと《モリト》の間をいくつもの曳光弾が飛び去って行く。


『よく耐えた!』


 妙齢の女性の、称賛の声をイサークは耳にした。


 一体何が起きたのか、というイサークの疑問にモニターが答えを映す。


 雨あられのような弾幕と、回避機動で下がっていく深藍色のリンクスの姿と。


 自身が乗る《オオソデ》と突発的に小隊に加わる事になった《モリト》の前に割り込む重厚な機影。


「《サキモリ》……?」


 その姿を見て、疑問形の言葉が口から出た。


 最新機種である《サキモリ》のほとんどは最前線にいるはずで、この街には配属されていなかった。


 その理由は、次の通信で答えられた。


『こちら南部方面軍第〇四機甲師団第〇一大隊リンクス部隊! あとは私達に任せなさい!』


『帝国を追い払え! ここまで堪えた戦士達を救け出せ!』


『遠いからって参戦に遅れた分をここの戦線押し上げで巻き返しますよ!』


 戦線より遠い南に駐留していた部隊が今になってカリサテ市(ここ)に到着したようだった。


 突如の増援に深藍色のリンクスは不利と悟ったようで素早く後退していく。


 その後退はイサークには去っていくように見えて、外部スピーカーのボタンをもう一度押す。


「ヤーナさん! あなたの行く先はそっちじゃない!」


 思わず、イサークの意思と思考を再現するように《オオソデ》は目の前で盾になっている《サキモリ》を押し退けて手を伸ばす。


 その声が届いたのか、そうでないのか。


 深藍色のリンクスは一瞬だけ《オオソデ》を見て、建物の向こうへ消えていった。


 それが、最後だった。


 コクピットの中でイサークは再会の驚喜と―――再びの離別という喪失感に打ちひしがれる。


 また会えたのに、こんな別れなんて―――。


 しかし、状況は打ちひしがれる暇は無くて―――。


『え? ちょ、待て。この訓練機、男の子乗ってるの?』


『は? そんな訳ないでしょ? 男が乗れるような兵器じゃないよ?』


『《オオソデ》のパイロット、大丈夫?』


 《オオソデ》の外部スピーカーから出た声に《サキモリ》のパイロット達は驚き心配して話しかけるが。


 それでも彼女たちの声は、今の彼には聞こえなかった。




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