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並行異世界ストレイド  作者: 機刈二暮
[第一〇章]Reboot
251/439

Reboot④





 そこは山麓(さんろく)で森林地域だった。


 南に《天層山脈》の東地域―――東の山脈群の一峰が見える山麓で、台地を針葉樹林が埋めている。


 否―――幾つもの線がその台地に描かれていた。


 その線は木を切り倒して作られたもので、その線の中には自走式の対空砲や車載式の地対空ミサイルが一定の間隔を置いて防空陣地を築いている。


 そして、その陣地の中央には全高は一五〇メートル、全長五〇〇メートル近く、全幅二〇〇メートル近い双胴船をそのまま陸に挙げたような要塞―――タイニーフォートと称される、超大型の陸上艦が鎮座していた。


 二つある船体を甲板で繋いだその上には鏡映しかのように同じ武装が搭載されていて、二一〇ミリ口径二連装砲が左右合わせて四門。


 六砲身のガトリング砲や空対空ミサイルや多目的ミサイルを搭載したポッド。


 VLS―――保管容器と発射筒を兼ねる『セル』と呼ばれるケースを複数並べた垂直発射式のミサイル発射装置が八基一セットが全部で六セットと、その装填用クレーンユニット。


 探索探知用の平面固定式のレーダーや通信用のアンテナなどが艦の後方に配置されている。


 二つの船体の間に収まっている平面の多い艦橋は高く、遠くまで見渡せそうだ。


 二つある胴体の間には七〇メートルを超える砲身を持つ六〇〇ミリ口径の超電磁砲(レールキャノン)が、発射に備えて目の前の山より上の空へ砲口を向けていた。




『こちらAWACS 《シーカー》! 超高速で飛行するUNKNOWNを一つ検知した! ―――さっきの巡航ミサイルより速いぞ!』


 ランツフート帝国東方面軍所属、《ロータル・ディースターヴェーク》級TF二番艦―――《エトムント・ビュシュケンス》の艦橋に高空で待機する早期警戒管制機から緊迫した音声が流れた。


「……確認した。確かに速いが、こちらの迎撃システムは対処できる速度と距離だ」


 艦橋の中央―――艦長席に座る五〇代後半の、禿頭を軍帽で隠した大佐を示す襟章を身に着けた男がモニターに映るレーダーの画面を見ながら冷静に答える。


 数は一。識別は不明。


 速度の分析は時速二〇〇〇キロメートルと出ているが―――二〇〇キロ先であるなら十分対処可能だ。


 そう判断して彼は指示を下す。


「迎撃ミサイル、近接信管モードで二発。―――発射!」


 訓練してきた、訓練されてきた通りの手順でVLSからコールドローンチ方式―――ガス発生装置で発生したガスの圧力で射出し、空中で点火する方式のミサイルが一発、遅れてもう一発が発射される。


 あとはシステムが全て自動でやってくれるだろう。


 ―――ただ。


「……嫌な予感がする」


 背筋を走る気持ちの悪い感覚に艦長は呻く。


 ―――直感や勘というものは何かの情報を掴んだという警告だと、彼は師から教わっている。


「……全艦に通達せよ。護衛のリンクス部隊を展開し、対空戦闘の準備だ。二一〇ミリ砲も対空用散弾を装填しておけ」


 その教えに従って判断し、杞憂で済めばいいと思いながら指示を出す。


 返って来るのは威勢のいい了解の声。


 艦長の性格をわかっているが故の返事だが、


「……無駄な抵抗をしますな、極東の後進国は」


 一人だけ違った。


 そう嘲笑ったのは貴族階級生まれでコネで佐官になり、この(TF)の副艦長になった二つ階級下の若い少佐だった。


「彼らから見れば我らは侵略者だ。守るべきものの為に全てを用いて守ろうと必死に戦う―――それを嗤うのは無礼に当たるぞ」


「そうは言いましても、最先端の装備を多く揃え先進的な戦術も知る我が軍に敵いますまい。―――この艦は旧式に試作の超電磁砲(レールキャノン)を積んだだけのハリボテですが。―――降伏すればいいものを」


 またこれだ、と艦長は内心で嘆息する。


 この手の地位と金しかない者の多くは自らの能力を過信し、慢心する。


 挙句の果てには枯れた技術すら侮る。


 彼と同期で似た生まれで少佐に任官して―――今はポロト皇国の最前線でリンクスの主力部隊の指揮を任されたあの女性とは対照的だ。


 下級貴族生まれながら血の滲む努力と最前線という実戦で鍛えられてきた自身のように相手を恐れ、慎重を以って敵と相対する事がないその姿勢は、多くの兵を率いる将として遥かに危険でもある。


「慢心はいずれ自分の身を亡ぼす。肝に銘じて置け少佐」


 この釘刺しですら意味を為さないのだから質が悪いのだが。


 内心で嘆息しながら大佐はモニターに映る反応に視線を合わせる。


 敵性存在と判断され赤く表示された点と、こちらの迎撃ミサイルの行く末を見やりながら、少佐を自身の師である異世界人の訓練に送り出そうかと考えた。


 『僕、駆逐艦乗りだよ?』が口癖の、かつては海兵で操舵手で。


 この世界に来てから《マティアス・ランツフート》―――初代皇帝の名を冠する帝国初のTFにして現訓練艦であるそのTFの艦長を務め続ける、物静かで陽気な男の下に。


 そう考えた刹那、事態が動いた。



 迎撃ミサイルのフリップが敵性存在の反応に重なる事無くモニターから消えたのだから。








 ――――――――――――






 高度三〇〇〇メートルを飛行する、背中にブースターを束ねたユニットを背負った白い先鋭的なリンクス―――《アルテミシア》の頭部ツインアイ方式の光学センサが飛来するミサイルを捕らえた。


『ミサイル捕捉』


 《ヒビキ》のアナウンスと共に、モニターのロックオンシーカーが()()を捕らえる。


 距離は四〇〇〇。


 その表示もすぐに射撃可能と変わって―――。



 シオンは右の操縦桿のトリガーを絞った。



 その信号は光ファイバーのケーブルを走り、右腕へと進む。


 手の平を通って、磁気炸薬複合式超電磁砲の撃針を作動させる。


 薬莢内の炸薬一気に燃焼しガスを膨張させて砲弾を押し出す。



 そして―――《アルテミシア》の九七五〇KWにも達するブースター用高出力ジェネレーターによって供給される電力と機体の全長に匹敵するほどに長い砲身が一〇五ミリの砲弾をローレンツ力によって加速させた。



 発砲。



 炸薬の火炎とプラズマのアーク光を放って、秒速四〇〇〇メートルの速度で一〇五ミリの砲弾が飛び出した。


 それは一秒足らずで《アルテミシア》と迎撃ミサイルを線で繋ぎ、爆発する。


 もう一つのミサイルも同様だ。


 爆煙が二つ花開いたその空域を《アルテミシア》は飛び去る。


「―――これで、こちらが只の飛翔体ではないというのがバレたわね」


 シオンは息を長く吐いて自身の置かれた状況を口にする。


 迎撃ミサイルを撃ち落としたという事は、レーダーからも消えるという事だ。


 勝手に自爆するようなものではない以上、相手はすぐに事態を把握して対応してくるだろう。


 その証拠にロックオンアラートがまた鳴り響いた。


『ミサイルです。まだ残弾に余裕がある模様』


「彼らなりに歓迎してくれてるのよ」


 《ヒビキ》の報告を聞きつつ、シオンは不敵な笑みを見せた。


 レールガンの状態―――砲身がそこまで加熱していない事とレールガンのコンデンサの蓄電量と消費した電力量を確認する。


 初期の加速を火薬で。砲身内での加速を電磁誘導で行うことで撃ち出す複合式のレールガンは、全てを電気で行うそれよりも発熱や消費電力、連射性の問題はクリアしているらしい。


 試作といえど取り敢えずは実戦で使えるものではある事にシオンは嬉しそうに口元を歪める。


 火器管制システム(FCS)が次のミサイルの群れを捕らえる。


 数は四。


「そんなプレゼント―――いらないのだけれど」


 シオンがそう言うのと、《アルテミシア》が再びレールガンを構えるのが同時だった。






 ――――――――――――





「ミサイル全弾迎撃されました!」


 信じられない事象を見た―――実際にそうなのだが―――情報管制官(オペレーター)の報告が飛んだ。


 相手の速度、迎撃ミサイルの加速時間と速度と、迎撃された対象までの距離。


 そして残りの彼我の距離を考えて―――訪れたその結果にTF 《エトムント・ビュシュケンス》の艦長はすぐに思考を切り換える。


「第一種戦闘配置! 全部隊、対空戦闘用意!」


 今必要な命令を片っ端から言い放つ。


 それに続いて艦内に警報が喧しい程に鳴り響いた。


 艦橋もオペレーター達の緊迫した声と応答ですぐに賑やかになる。


 迎撃ミサイルが破壊されるなど、普通ではない。


 それが可能という事は超高速で飛び、攻撃可能な兵器だという事だ。


 そして艦長にはそれに思い当たる兵器が一つだけあった。


 否―――その兵器とその追加オプションの一つ。


 帝国ではまだテスト中で、一度だけ実戦テストが行われたという、リンクス用超長距離侵攻装備。



 ―――帝国で誰かが考えたのなら、どこかの誰かが同じ事を思いついたとしても不思議な事でも、可笑しな話でもない。



 そして、TF自体に積まれたレーダーの反応に一つの反応が現れた。


 たった一つの紅点。


 識別は不明。


 レーダーの距離から考えればその反応の持ち主は―――既にこの山麓が見える場所を飛んでいる!


「気を付けろ! 敵はリンクスだ!」


 その警告を飛ばすのと、左舷の二一〇ミリ砲が爆発するのが同時だった。







 ―――――――――――――――





『敵TF視認』


 最後の山を越えて真正面に見えたものを《ヒビキ》が報告した。



 山麓で台地のような地形にいくつもの線が描かれていた。


 その線の中には自走式の対空砲や車載式の地対空ミサイル。


 無骨な体躯の巨人―――《ヴォルフ》と呼ばれる帝国の主力リンクスが展開していた。


 そして台地の中央には双胴艦をそのまま大きくして陸に上げたような巨影が鎮座していて、二つある船体の間には七〇メートル近い砲身を持つ大砲が南東へと向けられている。


 その偉容からもう間違いないだろう―――超電磁砲(レールキャノン)搭載型のTFだ。



 《アルテミシア》の光学センサが捉えた映像を拡大して、各所に配置された武装をピックアップしていく。


 口径は不明ながら二つの砲身を並べた―――連装砲が複数に、自衛用かミサイルポッドや対空機銃がいくつも並んでいる。


 そして展開している部隊の数からして迎撃の姿勢だというのがわかった。


『敵部隊、大隊規模と推定』


「目的はTFの無力化。全てを相手にする必要はない―――」


 シオンはそう言って、照準をTFの左舷側にある連装砲へ合わせる。


 彼の思考をシステムが読み、《ヒビキ》を介して《アルテミシア》は右腕のレールガンを構える。 


 発砲。


 放たれた一〇五ミリの砲弾は一瞬でTFの連装砲へと突き刺さり、内部の機構をずたずたにする。


 それだけで連装砲は火の手を上げた。


 中の弾薬が誘爆したらしい。


「レールガンと―――そうね。艦橋を潰して、前線を支援出来ないようにしましょう」


 それで離脱、と方針を決める。


 いくら火器を複数積んでいるとはいえ、有限だ。


 そして時間も―――一〇分というあるようでない猶予。 


 出来る事だって限られる以上、無駄な戦闘はするべきではない。


 ピピ、という警告音が鳴った。


 視界の片隅に表示されたのはここまで《アルテミシア》を運んだ《オーバードブースター》の燃料が尽きたという報告。


 そして、照準警報とミサイル警報がコクピットに鳴り響くのも同時だった。


『《オーバードブースター》、使用限界。パージします』


 問答無用、と言わんばかりの報告と共に、《アルテミシア》の背から《オーバードブースター》が外れて、計算された角度で広がるように、置き去りにされる為かのように大きく減速しながら散らばる。


 巡航姿勢を解き、自由を得た《アルテミシア》は確かに緩やかに減速しつつ落下を始める。


「TFの正面から突撃しましょうか」


 そう言ってシオンはペダルを踏み込み、ブースターを噴かせる。


 後腰部のブースターユニット以外にも追加のリアスカートバインダーと脚部追加ブースターによる増大した推力は、一瞬で時速一四〇〇キロを超えた。


 地面に向かってダイブするように急降下。


 それを追い掛けるように、TFやリンクスから放たれた対空ミサイルが続く。


 木に当たらない高度でクイックブーストで急制動と、一時停止。


 再度、TFに向かって急加速。


 緩急をつけたその機動にミサイルは対応する事は出来ずに地面へと激突する。


「レスポンスが過敏な……!」


 林の上を飛びながらシオンは《アルテミシア》の反応速度とブースターの即応性や推力に呻く。


 記憶ではこんなにシームレスに動くものではなかったような気がしたからだが、それを考える暇はない。


『二時方向、及び十一時方向。照準警報』


 《ヒビキ》の報告通りの方角から《ヴォルフ》が木の高さより高く跳躍していて手に持った火器をこちらに向けている。


 ほぼ正面からの攻撃に対して、《アルテミシア》は右へ瞬間移動にも等しいクイックブーストしてその砲撃を避ける。


 レールガンを左の《ヴォルフ》に向けて発射。


 成果を確認することなく、左腕とその補助腕も用いて保持する、九メートルを超える片刃の実体剣が収まった鞘と小型のシールドと四〇ミリマシンガンを組み合わせた複合兵装―――《試製近距離戦闘システム》を構える。


 鞘から伸びるように刃が飛び出て、すれ違いざまに一閃。


 瞬く間に二機撃破して、更にTFへと突撃を継続する。


 空にいくつもの白線が伸びた。


『ミサイル』


「ミサイル」


 それが何かを《linksシステム》で知覚した二人の声が重なって、《アルテミシア》の両肩部多目的武装コンテナユニット《フタヨ》の正面と上部の格納スペースである装甲カバーが開く。


 一二.七ミリ口径近接防御システムが火を噴いて、燃焼光源―――フレアが上に打ち上げられる。


 砲弾に当たり爆発するものと、フレアに騙され本来向かうべきものとは違うそれに踊らされるミサイルの群れの中を《アルテミシア》は突き抜ける。


「邪魔者が多い。先に―――そうね。ある程度黙らせましょうか」


 シオンの確認するような一言と共に、《アルテミシア》は真上へ急上昇する。


 武装は背部のブースター兼武装コンテナユニット内臓バインダー―――多目的戦闘システム《ヤタ》に積載されたマイクロミサイルを選択する。


 地面より一〇〇メートル高い位置で上昇するのを止めて《ヤタ》の装甲カバーが展開し、中にあるミサイルポッドがせり上がる。


 FCSは周囲に展開している対空砲や対空ミサイル、TFの甲板にある兵装を片っ端からロックオンしていく。


 リンクスも甲板に一個中隊ほど展開しているが―――マイクロミサイルの威力では撃破は厳しいのでそれは狙わない。


 数は―――六〇。


 トリガ。


 ミサイル全弾が一斉に飛び出して、設定された目標へと煙の尾を引きながら突進する。


 それと同時に《アルテミシア》もTFへと突撃を再開した。


 《ヴォルフ》が手にしたライフルを初めとする火器が織り成す濃密な弾幕を搔い潜り、応射して。


 瞬く間にTFの甲板上にたどり着く。


 それと同時に自身が放ったミサイルの内、迎撃されなかった分が各所に着弾し火の手を上げた。


「連装砲も、壊しておきましょう」


 照準警報を聞きながら、クイックブーストを多用しての乱数機動の最中。


 照準を合わせれていない連装砲に向けてレールガンを撃つ。


 ただ無機質に、されどテンポよく。


 台地の各所と、TFの甲板にある兵装を次々と紅蓮の炎で焼き、あらかじめ甲板にいた、或いは防衛の為に戻ってきた《ヴォルフ》を実体剣やレールガンで撃ち抜きながら異形の白いリンクスは超電磁砲を目指して往く。


 その場が―――まるで自身が踊る舞台のように兵器というものを蹂躙し、確実に一つ一つの兵器を鉄屑に変えていく。


 そうしてすぐに―――TFの甲板は不気味なまでの静けさを取り戻す。


 飛ぶのは―――白いリンクス、ただ一機。


「メインディッシュといきましょうか」


 シオンはそう一人ごちて、《アルテミシア》はレールキャノンの横に並び、手持ちのレールガンを構える。


 FCSのロックオンなしに―――一〇五ミリの砲弾が放たれた。


 砲口からは火炎とアーク光が何度も瞬く。


 接射に等しい距離で、砲身、機関部、ターレット基部の外装が凹み、穴がいくつも開く。


『警告。砲身の冷却システムに異常を検知。冷却機能低下しています』


 システムと《ヒビキ》の警告に、シオンは右の操縦桿のトリガーから指を離す。


 超長距離を正確に狙うのに高精度に造られているはずのそれは歪み、弾頭を砲身へ送らなければいけない機構は破壊され、狙いを定める為の機構さえも穴を空けられたそれは力なく―――頭を垂れるようにその砲口を下に落とす。


 超電磁砲(レールキャノン)が機能停止した証拠だ。

 

 それを見届けてから、《アルテミシア》はTF後方に建てられた艦橋の前へと飛んで、そのブリッジの前で停止する。


 《アルテミシア》のツインアイ方式の光学センサがブリッジの中を覗き見て、


「……?」


 モニターに映ったものを見て、シオンは首を傾げた。


 そこは確かにブリッジのようだった。


 いくつもの機器とそれを操作する人員用の椅子が整然と並ぶ空間ではあった。


 しかし。


「……どうして一人しか居ないのかしら」


 シオンの呟く通り―――ブリッジには、中央に配置された椅子に座る将校一人しか居なかった。


 軍帽を目深に被り、そこに居るのが当然というように動ずる事無くこちらをじっと見ていた。


「艦橋の要員は既に逃がした、と」


 その状況を軽くシオンは分析する。


 接敵からここまでの状況というのはシオンが一番理解している。


 TFの甲板にある武装は全て破壊された。


 超電磁砲(レールキャノン)も損傷大で沈黙している。


 護衛のリンクスも大半が大破、ないし撃破。


 ―――抵抗の術が既にない以上、出来る事などもう僅かだ。


 逃げて、生き延びて―――次に備える。


 兵士である彼らはそれを選んだという事だろう―――この男を除いて。


「潔いわね」


 その姿勢をシオンは口だけ称賛して、《アルテミシア》の左腕のブレードを展開する。


「―――だからと言って、容赦はしないのだけれど」


 《アルテミシア》はそれを構えて、横に振るって―――切っ先はブリッジへ入って多くのコンソールを薙ぎ払っていく。


 破壊された艦橋には―――椅子に座り続ける将校がいた。


 ブレードが走ったのは―――ブリッジのガラスに沿うように配置されたコンソール部分だ。


 艦橋でも前の方で、奥まで入っていない。


 それ故に、将校は無事だった。


 来た時と変わらず―――軍帽を目深に被ったまま目の前にいる白いリンクスを睨みつける。


『わざと、外したか?』


 彼の問い掛けか、あるいは独り言を《アルテミシア》の高感度マイクが拾う。


「存外、届かなかったのよ」


 答える義理はないのでマイクはミュートのまま―――シオンは応えて、操縦桿を引く。


 アナログの入力情報と、《linksシステム》で読まれた思考が擦り合わされて―――《アルテミシア》は落下しつつ反転。


 方位は一六〇。


 その方角へ、《アルテミシア》はブースターからプラズマ化した推進剤と轟音を轟かせて加速した。






 ――――――――――――




 遠くへ飛び去って行く白いリンクスを見送りながら、大佐の襟章を付けた男は息を吐く。


 追撃の指示は出さない。


 艦載機という名の護衛たるリンクスは出撃した者のほとんどは撃破されているし、搭乗者の無事でかさえわからない。


 周囲に展開した対空砲や対空ミサイルの中に無事なものはいるが、追撃しても担当したそれは間違いなく撃破されるだろう。


 ポロト皇国攻略作戦の成果次第だが、これからの作戦計画に影響が出る程の損害を受けた今、これ以上戦力を消費するのは出来ないからこその選択だった。


 これが正しいのかは、わからないが。


 バタバタという、階段を駆け上る音が聞こえて来た。


 ブリッジに攻撃を受けたのを見たからだろう。


「艦長!」


 程なくして、勢いよくドアを開けて、何人かの部下がブリッジへ入って来る。


「無事だ。大きな怪我もしていない」


 服を叩きながら艦長席から立って無事をアピールする。


 その姿を見た兵士は安堵の表情を見せるが、彼はその心境を理解こそすれ、無情だが必要な指示を言い放つ。


「さて。―――負傷者の救助と被害の確認を急げ! 友軍に通信を繋いで状況を報告しろ!『当艦はリンクスの攻撃に遭い、攻撃能力を喪失した』と!」


 


 



 

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