到着
鈍い衝撃と、慣性で前に引っ張られる感覚。
ジェット機が滑走路に降りて、ブレーキがかかり速度が落ちる。
レドニカの基地から飛行機で五時間。
僕はストラスールの首都、マニルカに到着した。
自分のとアルペジオの荷物を持って、タラップを降りる。
マニルカの空港は、どこかテレビとかで見慣れた景色が広がっていて、さしずめどこかの国際空港のようだ。
行き交う人々、何かカウンターでやり取りしていたり、誰かと待ち合わせでもしているのか、時計台の下で本を読む人など。
「こんなの見ると異世界の要素無いな……。実は元いた世界と同じじゃないかと思うぞ。言語以外」
「貴方のいた世界、よほどこの世界と技術的にもインフラ的にも近いのね」
そんなやりとりしながら空港のロビーへと出て、足早に抜ける。
まるでここから早く出たいような、そんな感じだ。
「歩くの速いな。―――この後の予定ってそんなに詰まってたか?」
何となく聞いてみる。
帽子を目深に被ったアルペジオは短く答える。
「……私がここにいるのは秘密なの」
その言葉で察した。
お忍びで帰郷ってことか。一国の王女が戦場から帰ってきたとなれば、それは大騒ぎもいいところだろう。
「あれ、あの人……?」
すれ違った通行人が、アルペジオに気づいた。
アルペジオの表情がヤバイと叫んでいる。バレたらどうなるか楽しみだけど、バレてほしいのだけれど、それはお忍びで来た彼女にとってマズイ状況だ。
それに相手はまだ疑惑の思いが強い。逃げる時間は、騙す隙はあると思いたい。
「しっかし、首都は人が多いな。この街に伯母さんが? レイシス」
とっさの判断。敢えて近くの人に聞こえるように訊ねる。偽名で乗り切れるか?
流石、という表情でアルペジオは、
「そうよ。ホテル経営だからそこで待ち合わせ。ロータリーにお迎え用意してくれてるはずよ」
あのリムジンねと、ロータリーの片隅を指差しながら言う。
「流石金持ち。リムジンも有名メーカーのグレードの高い奴か」
「あれでも安い方よ。高い奴はあれの二、三倍はするわ」
これで王女かもしれない少女は、この瞬間ホテル経営者の親族へとランクダウンした。
すれ違ったその人は何だ似た人かと思ったのかそのまま立ち去っていった。
「…………」
「…………」
危なかった。僕は間違いなくそう思ったし、アルペジオもそう思っただろう。
「まだ油断出来ないわ」
それな、と頷いて足を進める。
ロータリーをぐるりと回って、先程彼女が指差したリムジンに近付く。
運転席と助手席から、サングラスをかけた黒スーツの男が二人出てきた。運転席側の一人はスキンヘッドで、図体が大きい。筋骨逞しいとでも言おうか。もう一人は栗色の髪をオールバックにしていて、相方と比べても中肉中背といったところ。二人とも何かあれば頼りになりそうだ。
「「お帰りなさいませ」」
「ただいま。元気にしてたかしらケン。ヒュース」
「はい。お嬢様もお元気そうで」
「で―――お嬢様もお元気そうで。ケンは心配性が祟ってスキンヘッドになったんですが、心配かけまいと」
「うるせぇ。減らず口を叩くな」
オールバックがスキンヘッドの男に叩かれた。
スキンヘッドがケンで先輩、オールバックがヒュースで後輩か。
「知り合い?」
アルペジオにそう訊ねる。
「そうよ。紹介するわ。そっちのスキンヘッドで筋肉ダルマがケン。私が生まれた頃からの護衛よ。オールバックで不真面目なのがヒュース。こっちは八歳のあたりから」
「筋肉ダルマはやめて下さい」
「不真面目なんて酷い。お嬢様のボディーガード勤めるぐらい優秀なのに」
「事実だろう」
「フォローしてくださいよ先輩……!」
「二人とも。こちらの麗人が異世界人のチハヤユウキ」
ヒュースはスルーされ、僕の紹介になった。
「はじめまして。彼女にはこの世界の言葉とか教えてもらいました。あとは本を借りたり、デザート提供したりの関係です。四日ほどお世話になります」
そう 私 の時の声音、淑やかな口調で言って優雅にお辞儀をする。
「つもる話は車の中でしましょう。妹様も車の中でお待ちです」
ケンの言葉ももっともで、すぐさま荷物をトランクに入れにかかる。
アルペジオは先に車内へ。荷物は僕に任せるらしい。僕は雑用らしかった。
「……先輩。女の子にやらせるのってどうですか」
その姿を見たヒュースが、荷物を入れながらそんな事を言った。
「女の子はお嬢様だけだぞ」
「いや、この子も……」
「そんなんだから貴様はいつまで経っても半人前なんだ! よくその人を見ろ!」
そうケンさんに指摘されて、ヒュースは僕を凝視する。
「……………………男?」
長い沈黙の果てに、彼はそう訊いてきた。
「そうだよ」
僕の声音、口調に戻して肯定する。くそぅ、一人しか騙せなかった。顔には出さないけど。
この答えを聞いた瞬間、ヒュースは驚きの声をあげる。
「うっそだろ先輩! こんなカラスの濡れ羽色で長い髪持ってて、可愛い子が男の子だって?! ジョークも大概にしろ?!」
「私だって信じたくない。骨格からそうなのだから」
「信じらんねぇ……。男だなんて……」
彼は結構愉快な男だな、と僕は思いつつもアルペジオの荷物を丁寧にトランクへ入れて、車内へ。
ヒュースがドアを閉めて、すぐに助手席へ。
ケンが運転席へ座り、静かにリムジンは走り出した。
リムジンの車内はそれなりに広く、向かい合って座れる作りになっており、アルペジオは右の隅に。その左隣に僕が座っている。
そしてアルペジオの正面には十二歳頃のウェーブのかかったロングの金髪を持った少女が座っていた。
顔立ちはアルペジオと似ていて、年相応の無邪気な笑みをこちらに向ける。
「はじめまして。私はアルフィーネ・シェーンフィルダーと申します。姉がお世話になっております」
彼女はそう名乗った。
是非会ってみたいと言っていた、アルペジオの妹だった。




