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並行異世界ストレイド  作者: 機刈二暮
[第一〇章]Reboot
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Reboot①





「着いたぞ」


 地面に降りた時に生じる突き上げるような僅かな衝撃と、落ちる慣性の圧が身体を上から少しだけ押して、すぐ。


 軍用の骨組みが剥き出しになったスライドドアを軍の制服―――他国では大佐に相当する『一佐』を示す襟章を付けた暗い茶髪で切れ目の男が開けてスポットライトで照らされたコンクリート張りのヘリポートへ降りる。


 彼の名前は《ヨシキ・ニジョウ》という、真面目であるが故に表情に変化の少ない二十代後半の男性だ。


 軍司令部の人間で今回の案内人で説明役でもあった。


 そして―――ゲンイチロウ曰く、信用出来る元同僚らしい。


 ヨシキ本人は『ゲンには返しきれない恩があるだけの、訓練所時代からの腐れ縁』と煙たがっていたけど。


 それに続いて私も降りる。


 ヘリコプターのローターの轟音が静かになり始めるものの耳を(つんざ)く、周りの音さえかき消すその音はまだ変わらない。


 周囲を見渡して―――ここがポロト皇国の東にある、北と南が山に挟まれた谷だというのはわかっていて。


 空は珍しく晴れているようで―――満ちる途中の月が夜空に浮かんでいて、夜闇の中の谷を照らしている。


 そして各所に配置された電灯が照らし、浮かび上がらせるのは山に沿うように造られたコンクリート造りの建築物ととても広い平坦な地形の谷底に格納庫が並ぶ、どこかの研究所とも工場とも、基地とも見える場所だった。


 聞いた話だと―――ここは東の谷の南北ある《二つ谷》の北側だという。


 ポロト皇国から東の岬に繋がる鉄道が走るのは南側で、ここはそこから見えない場所にあるのだそう。


 ヘリポートからやや離れた場所には―――全長六〇〇メートル近く、全幅一五〇メートル近い船体を持つ、艦後方に二つのアウトリガー船体を有するトリマラン―――《ウォースパイト》が着陸していた。


 初めて見るはずの巨影だけれど―――不思議と初めて見る気がしなかった。


 ヘリコプターのメインローター音が回転数を落とし、騒音は小さくなっていく。


 私に続いて、フィオナとデイビット、ノワがヘリから降りてくる。


 一緒に来なくてもいいでしょうに―――それでも一緒に来たのはこっちの方が安全だから、という他ならない理由からだ。


 いえ―――フィオナは別の理由もあるけれど、それは今は語る必要はない。


「君が―――シオンかい?」


 普段通りの、日常生活で十分な声量で私の名前が呼ばれた。


 振り返ると―――私より背の低い少女が白衣をはためかせながらそこに立っていた。


 年齢は―――十代半ばに見える。


 もしそうであるなら年相応に貧相な体躯で幼さのある容姿で顔立ちは整っている。


 ぼさぼさで明るめの茶色の髪にエメラルドグリーンの大きな双眸を強風で細めていた。


 その背後には円柱状のポッドに先端にローラーが付いた三本の脚に一対の作業用のアームを有したセントリーロボット―――つまりはHALのロボットが控えていた。


「―――そうよ」


 その名前は―――私の名前なので肯定する。


 今も普段通りの服装―――黒いロングコートに鍔広の三角帽子を身に着けているので、この格好を聞いていればこの人物が(シオン)だとわかるだろう。


「じゃあ、君が《アルテミシア》のパイロットって訳ね。ボクはカンナ・アシザワ。アシザワ重工、リンクス研究開発部門の主任だよ。皇国の国立軍事研究所と共同で次期主力リンクスの開発計画も担当してる。初めまして」


 彼女―――カンナは年相応で、けれど大胆不敵な笑みを見せて握手を求めて右手を差し出す。


「私はシオン。シオン・フィオラヴァンティ。―――わかってるようだけど」


 特に気にすることもなく名乗って、その手を右の義手で握り返す。


「噂はかねがね。以後よろしく、ってね。―――ようこそ、皇国のリンクス開発の最前線へ」


『自己紹介はそれまでにしまして―――早く《ウォースパイト》へ乗艦を。作戦開始まで時間がありません』


 挨拶を交わす私達にHALが事務的な男声の合成音声で割り込む。


 事実、彼の言う通りで―――時間はそう残されてはいない。


 今は深夜一時半で、帝国が定めた降伏条件への回答のタイムリミットは朝の六時。


 準備をあれこれ進めているとはいえ―――それでも何もかもがギリギリだ。


「そうだ。―――移動しながら説明しよう」


 ヨシキはHALの言葉に同意してカツカツと軍靴の音を立てて《ウォースパイト》へと歩き出して、私もそれに続いた。






《ウォースパイト》の格納庫は―――その広さに対して作業する人は少ない事もあって、喧しさと言う意味では静かな方だった。


 なにせ―――積み込まれたさ機体(リンクス)は一機だけなのだから。


 その機体と、その機体が装備するユニットの整備、着脱の要員しかいないとなれば逆に静かなものだ。


 その人気の少ない格納庫を私達とセントリーロボットが進む。


「敵部隊の予想と作戦の概要は聞いているだろうが、もう一度説明しよう」


 進みながらヨシキは器用に手元のタブレット端末を操作しながら口を開いた。





 概要はこう。



 帝国軍は《輸送型エアシップ》―――垂直離着陸可能な航空型の大型輸送兵器によって北の山を越えて、確認出来ただけでもリンクスや戦車に装甲車、自走砲や地対地ミサイル、各戦闘ヘリなど三個師団規模の陸上戦力を皇国内へ投入されている。


 対する皇国側は―――国内の北側に駐屯する軍全てを合わせてもその半分に届くか否かといったところで地形の有利はあっても数の不利と経験不足は覆しようがない。


 そして、宣戦布告時の砲撃の正体がレーダーサイトの情報と分析、皇国軍が保有する無人偵察機が収集した情報から判明した。


 皇国から北西へ六〇〇キロの地点。


 山から平野部に変わるその地域に《タイニーフォート》―――通称TFが陣地を築いて、砲身長七〇メートル級の超電磁加速砲(レールガン)を皇国へと向けているそうだ。


 戦闘が始まればすぐにでも、砲撃支援が出来るように構えられているらしい。


 そして、これが一番の問題だった。


「明朝〇六〇〇時に女皇ホノカ陛下の宣言と共に反抗作戦が開始される。―――つまり、このTFの砲撃も始まるという事だ」


 砲撃の様子からこのレールガンはポロト皇国内全てを射程に収めているとされる上に、広範囲を破壊するその弾頭はたった一射で戦局が変わってしまうほどの代物だ。


 それを防ぐには、そのTFを無力化するしかない。


 しかし、対処しようにもそのTFは遥か遠くにいて、陸からでは確実にたどり着けない。


 残るは空から、なのだが―――。


「防空能力は非常に高いと言わざるを得ない。迎撃で出した巡航ミサイルの全てが残り二〇〇キロ地点で迎撃されてしまった」


 その対空防御は強固そのもので、夜になる前にせめてもの抵抗という反撃で遠隔操作型の巡航ミサイルを放ったが、全て迎撃されたという。


 TFまで残り二〇〇キロになったところで迎撃ミサイルで一斉に、である。


 ―――皮肉にもこれで相手の対空防御能力というものはわかった。


「捕捉されて、迎撃ミサイルが出て、撃破されるまでに僅かな時間がある。この間に接近し、迎撃ミサイルにも対応してレールガンを沈黙させるしかない―――というのが分析室の判断だ」


「やっぱり、何回聞いても滑稽無謀な作戦になるよねー」


 ヨシキの話にカンナは茶かすように水を差す。


「―――君達が自身の研究の進捗をほぼ毎日報告していなかったら、思い付くことも、出てこなかったプランでもあるぞ」


「そりゃ―――この国のリンクスは《盾》ではあっても、《矛》ではなかったからね。必要だって思って研究、開発した甲斐があったというものよ」


 得意気に彼女は答えて、ヨシキは一息吐いてからタブレットの画面を私に見せる。


「作戦の内容など極めて単純。陛下の演説が始まる前に攻撃力と速度を限界まで引き上げたリンクス単機で敵TFの防空網を突破し接近、レールガンを無力化する―――」


「一人決死隊ね」


 ここに来るまでに聞いた話を再び聞いて、私は一人くすりと嗤う。


「巡航ミサイルを先行させ、陽動とすると言ったろう。それに、貴機の回収は皇国の南を迂回して進出してきた《ウォースパイト》で行う。帰ってきて貰わないと本土防衛も困るんだ」


 一息吐いてタブレット端末を再び自分の手元に戻すヨシキ。


 そして足を止め、私を憐れむような目で見た。


「無茶苦茶だが、今は、君に頼るしかない。―――すまないな」


()()()よ、()()()。―――私が、守りたい人がいるから戦うってだけ。そして、私に似合う役割がそれだっただけよ」


「………」


「だから、憐れまないで頂戴」


 歩みを止めたヨシキに構う事無く、私は目的の場所の前に来て、立ち止まる。


 私の目の前。


 そこには白い人型機動兵器―――リンクスが整備用のハンガーに収められていた。



 機体の全体的なシルエットは先鋭的な形状をしていて前後に長いという特徴を有している。


 機体の装甲のほとんどは白く、差し色程度に薄い青紫のラインがいくつか走っていて、関節やマニピュレーターといったフレームは黒いものの、指先部分だけは赤く塗装されている。


 そして人のカタチからはやや外れた骨格を有しているというのもその外見から見て取れた。


 胸部を初めとする胴体は前に突き出てはいるものの尖ってはないし人のカタチに近いもので過剰なほどという物でもない。


 どちらかと言えば後方のバックパックが後ろへと伸びているものの―――やはり、胴体そのものは前後に長い。


 大きく見える肩アーマーも前後方向に長く、下腕部も上腕部と比べればやや人離れした長さで小指側―――手首付近から肘にかけて広がるような構造をしている。


 背部にはブースターのユニットなのか、取り付けている基部から先端へ細くなっていく装甲板に楕円状のドームに似たパーツを張り付けたような細長いバインダーを二基、左右に付けてブースターのノズルを背後へと向けている。


 下半身も人を模してはいるものの形状としては歪だった。


 大腿部は空気抵抗を考慮したのか鋭角な形状をしている以外に特長は無いものの、腰部の正面には股関節を保護するスカート状の装甲はなく大腿部の付け根は剥き出しだ。


 対して側面―――後進用のブースターユニットが大腿部に直接取り付けられている。


 下脚部は大腿部と同様の形状であるものの、靴に似たソールユニットはヒールに近い形状で機体のサイズにしては小さい。


 後腰部には鶏卵を縦に割ったような形状のユニットが上にある背中のユニット寄りの位置に取り付けられており、その裏面にはブースターのノズルが大小二個づつ覗いている。


 その左右を挟むようにそのリンクスの脚部の長さとそう変わらないような、裏面にブースターが付いた大型のバインダーが装着されていた。


 それだけ機体を構成するパーツが人とかけ離れていても頭部だけは人間のそれに近い。


 フルフェイスの兜の面頬だけを取ったような頭部で額部分には角ばったコーン状のパーツが前へ伸びるように付いている。


 その先端から広がりつつ後ろへ伸びるようにV字の大型ブレードアンテナが付いていた。


 そして奥に見えるフェイスエクステリアはツインアイ方式で凛々しく、されどもの悲しげな表情を見せている。



 いつか―――《セイセイセツ》のパレードに乱入した白い、異形のリンクスだった。



 ハンガーの横には―――白いリンクスと同じ塗装が施された、その機体の脚より少し太くて長い、航空機のエンジンのようなユニットが置かれていた。


 整流目的らしいスタビライザーのようなパーツでスラスターを挟んだからか、肥大化しているようにも見えるものの―――鋭角の付いた外装と長さ故かどことなくスマートさを感じさせるそれには見覚えがある。


 ―――《セイセイセツ》で姿を現した時の脚部のそれだ。


 どうやら追加装備だったらしい。



 白いリンクスの前に立った私に聞かせるように、カンナが言う。


「これが、君が乗っていた《XFK39/N53 プライング》の後継機―――《XLK39P アルテミシア》だ」



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