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並行異世界ストレイド  作者: 機刈二暮
[第一〇章]Reboot
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茶会①




 長い長い、雪に埋もれて早朝の雪下ろしがキツイ冬は終わり、雪が解けていく四月はもう終わりに差し掛かっていた。


 《ポロト皇国》という、三〇〇〇メートルを越える山脈に囲まれた盆地の国では新緑が萌え出すのは四月も半ばかららしい。


 そして―――ある木が花を咲かせるのは、四月ももう終わりという時期だそうだった。





「毎度、無理を言ってすまないな、シオン君。我らが祖国の国花にして《センノミヤ家》が代々管理する桜やその植物園を見せたいというホノカとサイカの我儘に付き合ってくれて」


 椅子に座って、緑茶が入った湯飲みを片手に窓の外を眺めているとスラックスにカッターシャツ、ベストをきっちりと着た、身長一八〇センチを間違いなく超えている偉丈夫がやって来てどこか申し訳なさそうに言った。


 年齢は二十代後半ぐらい。


 刈り上げたダークブラウンの髪と瞳で、精悍な顔つき。


 アンダーフレームの眼鏡をしていても他者を威圧する三白眼と胸を張るようなその姿勢の正しさは見ていて怖い―――が。


「ホノカ陛下とサイカ殿下直々のお誘いよ? 流石に異世界人と言えど、かの皇族の威光にはひれ伏すしかないし、断れないわよ。―――日光に弱い人への配慮はあったとはいえ、仲間外れに近い状態なのはどうかと思うけど」


 そう言って私は机に湯飲みを静かに置く。


 私はレンガ造りで三階建ての、屋根が鋭角な家屋の室内で偉丈夫とノワとお茶とお菓子を頂いて、のんびりしていた。


 残りの、私達を呼び寄せた張本人たちとフィオナ、デイビットとHALのセントリーロボットは外。


 私が日光―――正確には紫外線に弱いが故、ここでくつろぐ他無かった。


 ―――あるいは、異世界で過ごしていた記憶がないからハブられたかもしれないけど。


「―――返す言葉もない……」


 こちらが冷たく答えると、その人物は呻くように言葉を漏らす。


 体躯や目つきの割に物腰は低いのだ、この人は。


 曰く裕福とは言い難い、されど貧しくはない一般家庭の出だという。


 これでいて元皇国陸軍二佐という立派な経歴と、この国の女皇の心を射止めた人物だという肩書と第一印象と、その性格面の落差が激しい。


 当時皇女だったホノカと知り合った経緯とその後の彼の行動は聞いているので、その話を聞き彼といくらか話せば「なるほど」と思える。


 この人物は、裏表のないとても真っ直ぐな人間なのだと。


「―――まあ、フィオナが楽しそうだからいいけど」


 そう言って、薄茶の甘辛なタレが掛けられた串に刺さった団子を一つ噛んで串から引き抜く。


 私の視線の先。窓の外。


 枝を埋め尽くさんばかりに淡いピンクの花を咲かせた木の下では―――三人の女性と、円柱状のポッドに一対の作業用アームとローラー付きの三脚を生やしたセントリーロボットが一つのテーブルを囲んで何か話していた。


 一人は赤みを帯びた金の髪を膝裏まで伸ばした背の高い女性―――フィオナ。


 モッズコートを羽織り、ハイネックの白いセーターにジーンズのパンツという自身のスタイルを図らずも扇情的に見せる姿で目の前に座る女性二人に何か話している。


 彼女の目の前、右側には二十代前半に見える女性が座っている。


 セミロングで髪の色は茶色。


 顎のラインはシャープで、吊り気味の目付きは見る人に活発そうな印象を持たせる。


 白いブラウスとスカートに赤いベストとコートを着ていて、その姿はどことなく気品さを漂わせている。


 《サイカ・M・センノミヤ》―――それが彼女の名前。


 (シオン)こと、チハヤユウキとは一度会ったことがある、とは聞いてるし何度か会ってはなんでもない世間話とかしているけれど―――相変わらず、私は何も憶えていないので反応に困っている。


 あとの一人は長い黒髪の美女だった。


 年齢は外見では二十代中頃より若く見える―――実際は二十九歳だそうだが。


 瞳も黒く、サイカのように吊り目で見ていてやや怖く感じる。


 白の半襟と紫の伊達襟の上に、一体どれほどの手間をかけて染めて作ったのだろうか、黒を基調に幾つもの花で鮮やかに彩った着物を淡いピンクの帯を巻いて後ろで飾るように結んでいた。


 ―――HAL曰く和服の一つ振袖に似ているとか文化的に似た傾向はあるものの扱いに違いが見られるなど比べていたが―――それはともかく。


 この人物が、《ポロト皇国》の女皇―――《ホノカ・M・センノミヤ》その人だ。


 私達をここに呼んで花見を提案した張本人でもある。


 異世界の話―――特に、HALが語るインフラの話やフィオナが暮らしていた森での生活の話などに興味深々なようで、根掘り葉掘り聞いているのだろう。


 ホノカ本人はフィオナの語る自給自足の森での生活に憧れているようだったけど。


 ともかく―――お茶を飲みつつの談話の様子は遠くから見てもどこか楽しそうだ。


 そこから離れた場所にあるベンチには水色の髪の少年―――デイビットが座っていてスケッチブックに何かを描いている。


 描いているのは―――彼女達三人の上で淡いピンクの花を咲かせる桜の木だと私は聞いている。


 彼自身は話せる事などあまりないが、彼が最近話題の絵師の正体と知ったホノカとサイカが是非この桜を描いて欲しいと依頼され、デイビット本人が快諾して今に至っている。


 最近話題の絵師とは―――ペンネーム《プリスキン》と名乗る、施設やその場の風景をとても精巧に描いて、その絵をそこに置いていくという絵師の事だ。


 風景を描いている人物がそこに現れていないのに、その絵が朝に現れることから不気味がられているものの―――その正体が何者なのかと国営ニュースで取り上げられた程に有名な話で。


 その話題をサイカが口にし、デイビットがあっさりとそれは自分だとカミングアウトしたから知られた結果、とも言うが。


 因みに、絵師がそこに現れていないというそのタネは、ノワがその場所で撮影して、その写真を元にデイビットが風景画を描いているという単純な話なのだけれど―――論ずる人々がその事に気付いていないだけである。


「ホノカも―――嬉しそうで何よりだ」


 偉丈夫はそう言って私の正面に座り、湯飲みのお茶を一口飲む。


「出産からニケ月で公務へ復帰して、研究の再開と忙しくしたからな。―――これで息抜きが出来ればよいのだが―――」


 その言葉に、私は首と視線だけ動かして左後ろを見る。


 そこには数人の使用人と温かな色合いのベビーベッドが置かれている。


 ベッドの上には一人の、黒髪の赤ん坊が心地よさそうに眠っている。


 ホノカとこの偉丈夫の子供―――アスカだ。


「もう少し休めと言うのが伴侶であるあなたの役目ではなくて? ゲンイチロウ」


「もちろん、言ったのだが……。時世は暗雲となれば、少しでも明るく元気づけられる事をと言って話を聞かなんだ。知っているだろう? 北方三連国の西。国境付近での帝国の動きを」


 偉丈夫―――ゲンイチロウは悩ましそうに腕を組む。


 もちろん、その話は私も知っている。


 ポロト皇国の北の山を越えた先にある《ダルト王国》《シージス王国》《シップダウン共和国》の北方三連国―――正式名称を《ダルト・シージス及びシップダウン三連合王国》の西の国境で《ランツフート帝国》の軍隊が終結しているという不穏な話の事だ。


 一年とちょっと前―――私がこの国に来た頃ぐらいの時期に、《レドニカ》という国に《ノーシアフォール》という異世界のものが降ってくる穴が閉じるという大事件があった。


 大事件、とは言ってもこの国からすれば時差にして九時間近くずれるほど遠い地域の話なので大きく取り上げられていないけど―――それは間違いなく世界情勢を大きく変える物事だった。


 侵略戦争を繰り広げていた、そして《ノーシアフォール》がもたらす恩恵の影響でその戦争も実質止まっていた《ランツフート帝国》はそれを皮切りにまた侵略戦争を再開した。


 西の戦線は―――《オルレアン連合》という帝国と同じく《ノーシアフォール》の恩恵を十分に受けた連合による抵抗で一進一退の泥沼。


 《天層山脈》の北側を東へ行く東戦線は冬を前に《ダルト・シージス及びシップダウン三連合王国》―――名称が長いのでもう北方三連国と称するけど―――その西の国境まで迫っていた。


 そして、北も雪解けの季節をとうに迎えている。


 今の情勢下でそれが何を意味するのか、なんて考えればすぐにでもわかるだろう。


 ―――侵略戦争の開始はもう秒読みである―――と。


「国民を元気付けた所で出来る事なんて覚悟を決めて、心構えるしかないでしょう? 戦争が始まるその日が来てもいいように」


「そんな重い現実の話を大多数の人々は好まない。―――故にこの国の主は健在であると。子供達の未来を輝かしいものにという希望を見せるのだよ」


 それがどんなに小さな光だとしても必要なのだと、ゲンイチロウは窓の外でまだ会話を弾ませる三人の内―――黒髪の女性を見て、言う。


 その行為に果たして意味があるのかという疑問を私は抱くけど、この国に生まれて生きている人間が持つ価値感の一つなら―――それで勇気付くのだろう。


 王を抱く国は―――王が灯火を持ち民の先頭に立っているのだから。


「―――だからといって、育児に忙しい時期に無理して民衆の前に姿を見せて働くべきではないのだが」


「それは同意するわ。―――育児は忙しいと聞くし」


「ああ。―――深夜に起きてミルクの準備は、なかなかに堪える」


 ゲンイチロウは深いため息と共に呻いた。


 ―――されど、その表情は実に楽しそうだった。


 その事については何も苦に思ってもいないと、顔は言っていた。 


 私は「幸せそうな家庭ね」とか「フィオナが羨むのよねぇ」なんて内心思いつつ右の義手で頬杖をつきながら、窓の外を見やる。


 視線の先、桜の木の下ではまだ三人は何かを和気あいあいと話している。


 どんな話をしているのか気になる所だけど、わざわざ日向の下に出て聞きに行こうとは思わない。


 ふと、フィオナがこちらを見た。


 そこそこ離れているしこちらは室内だ。


 声は聞こえないけど、何か促しながらの発言のように見えた。


 左の義手を小さく振るとフィオナも答えるように右手を振った。


 こちらが見えたらしい―――彼女の視力なら当然だけど。


 そうしていると、


「……一つ、いや、いくつか訊いてもいいだろうか」


 やけに重苦しい空気を醸し出して、私を真剣そのものの眼差しでゲンイチロウはそう切り出した。


 聞きたくないような。


 でも、聞かざるを得ないと決めているような素振りでもある。


「―――どうぞ?」


 性格はともかく、ただでさえ目付きが悪いのに真剣なその表情にやや気圧されつつも―――その気配を隠すように素っ気なく促す。


 あっさりと促されたからか、彼は意外そうに少し目を見開いて、ややあってから口を開く。


「もし―――」


 ゲンイチロウの口から発せられた言葉に、私は―――






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