日々⑥
―――ともかく、パレードは見終えた。
空中を自在に飛び回る白いリンクスの乱入という混乱とそれを起因とするスケジュールの延長はあったものの、つつがなくパレードは終わった。
予定外の観覧を終えて、私とフィオナは《セイセイセツ》の割引や特売で賑やかい公園近くの商店街に来ていた。
服を売るアパレルショップやアクセサリーショップ、宝石店や玩具屋は賑わいを見せ、生活雑貨店や家電屋は店の前で特売を繰り広げる。
青果屋や飲食店では店頭販売をしていて焼かれた何らかの動物の肉や既に切り分けられ盛り付けられた野菜や果物といった調理済みの商品を売りさばいていた。
商店街を横切る道路は―――《セイセイセツ》だからなのか道路には自動車は走っていなくて。
その代わりに人間が歩道と共にごった返していた。
ショーウィンドウに張り付く少年少女達。
何か話し合いながら二人並んで歩道を行く男女二人組や友人同士のグループ。
親に買って貰ったのか綺麗にラッピングされた箱を大事そうに抱えて歩く子供二人とその後に続く両親。
膨らんだ買い物袋を持って歩く老夫婦と―――様々な人達が商店街を歩き、店を訪れ、出ていく。
この光景も《セイセイセツ》が見せるものなのだろう。
けれど―――私の頭にこびりつくのは先ほどのパレードに乱入した白いリンクスの事だった。
何故―――あの機体が懐かしく見えたのかしら?
話には聞いてはいても、リンクスのパイロットだったという記憶は―――私自身にはない。
フィオナ達と会って話してもこみ上げる感慨はないのに。
何故、あの機体にはあるのかしら?
何故、突然ゆかしい気持ちになった?
何故―――。
「……シオン?」
右隣を歩くフィオナに心配そうな声で現実に引き戻された。
彼女の方へ見上げると言葉の雰囲気と同じ表情で私を見ている。
「……何かしら、フィオナ」
「一回呼んでも反応しなかったからもう一度呼んだんだけど。―――何か考え事?」
「ええ―――どの店で探そうか、なんて」
フィオナの心配を誤魔化すべく普段通り、淡々と答える。
実際は違うけど―――一応、本来の目的はそれなのだから。
こういう時、サンバイザーで私の表情が見えないのはとてもいい。
目を覗かれて誤魔化してると指摘されて長々と小言を言われるのは御免だから。
それに―――そんな空気は、今は必要ない。
私の普段通りの口調にフィオナは「そう」と短く言って、正面を見る。
「買い物が目的って言ってたけど……。何を買いに来たの?」
「それは店を決めてからのお楽しみというものよ」
「えー。大雑把に教えてくれてもいいじゃない」
「今はまだ、言いたくないの」
不満そうに頬を膨らませるフィオナを後目に商店街に並ぶ店を眺める。
この店、というものは決めてないものの目的とその物品さえしっかりと考えているので探すのに苦労はない。
そうして、私は木の骨組みとモルタルで塗られただろう外壁のちょっとシックに見える小洒落た店舗で前で足を止めた。
窓越しに見える店内には私やフィオナとそう変わらない年齢の男女が数組ほど居て、机やショーケースに並べられた金や銀で出来た小さな何かを見て話しあっていた。
この新しく見える店はアクセサリーショップで―――ネックレスや指輪、腕飾りやピアスやイヤリングといった耳飾り等の商品を揃えているようだ。
店内の客の年齢や店員の様子から若者向けの物を多く取り扱っていそうでもある。
ここを見てみようかしら、と決めて私はその店に入るべく扉のノブに手を掛けた。
「アクセサリーショップ?」
フィオナが店の看板を見ながら意外そうに言った。
彼女が予想していたものとは大小なれど違ったようね。
「ええ。―――ここで買うのかは、わからないけどね」
そう答えながら扉を―――開けたら目の前に扉があった。
外の冷たすぎる空気を室内に入れない為の二重化だ。
フィオナが一つ目の扉を潜ったのを見てから扉を閉めて、二枚目の扉を押してドアベルの乾いた音と共に入店する。
白の壁にウォルナットのフローリングの店内で落ち着きがあっていい。
外の寒さに反して、店内はとても暖かい。
どうやらここもセントラルヒーティングのようでそのラジエーターが壁に取り付けられているのが見えた。
あとは暖まった空気が天井に溜まらないようにでしょう、空気を循環させる為のサーキュレーターが床でファン付きの首を忙しそうに上下左右へ回している。
「いらっしゃいま……せー……」
入店のベルに反応して手の空いていたらしい、二十代半ばに見える茶髪の美女が営業スマイルからドン引きの嫌そうな表情に変化させながら言った。
私は引かれたり嫌われるような事はやってないし、フィオナも特徴的な容姿をしているとはいえ悪い噂なんてないはずだしと、どうしてそんな反応をされるのかしら、なんて疑問に思う。
その疑問はすぐに解決するのだけれど。
「……顔が見えない方は入店お断りなんですけど……」
精一杯の困り顔で店員は言う。
顔が見えない?
そう言われてフィオナの方へ振り返って、
「シオンの事よ」
ため息混じりに、呆れながら指摘されてしまった。
わかっててやってるけど―――サンバイザーで顔がわからないようにしているのは私だ。
そして、顔がわからないで入店するような人間なんて大抵ろくでもない輩だけれど、私は違う。
「ええ、わかってるわ。ちょっとした茶目っ気よ」
そう彼女に答えて、私は店員に振り返りながら、
「ごめんなさいね。こういう身体の影響で光や紫外線に弱くて、出かけるのに必要なの」
顔のサンバイザーを外して事情を簡潔に説明する。
白い肌に薄青の双眸の持ち主と見てその説明で分かればある程度の納得は出来るはずで。
「店内ではもちろん外すわ。―――それならよろしくて?」
専用のケースにそれを収納しながら聞き返したが、反応がない。
どうしたのかしら、と店員を見ると息を呑んで硬直していた。
「綺麗……」
漏れる一言は感嘆の言葉だ。
「―――もし?」
見惚れるのもいいけれど、自分の職務はきちんと果たして欲しいものだ。
彼女ぼ意識を現実に引き戻すべく、私にしては珍しいややどすの利いた声音で呼ぶ。
「―――え? あ、はい?!」
その声音に店員は素っ頓狂な声を上げて現実に戻ってきた。
「顔がわかれば入店してもよろしくて?」
聞きそびれていそうなので再度尋ねる。
「は、はい。それなら大丈夫です」
ちょっと困惑しながらも店員は頷く。
強盗やクレーマーの類でなければ拒む理由など無いでしょう。
ではごゆっくりと言って去っていく店員を見送って、フィオナへ振り返ると、
「……あの女、私のシオンに目を付けたかな……?」
影のある笑顔で敵愾心を隠そうともしない彼女がそこにいた。
外見上は二十歳になったか、なっていないかぐらいの女性にしか見えない私に果たしてその気が起きるのかは気になるけども。
「―――私はあなた以外相手にしないけどね」
剣呑な空気を祓うべく、フィオナに一途と暗に言う。
実際そうだし、だいたいこれで彼女から滲み出る黒い感情は一旦は納めれる。
「他の女があなたを狙うような目つきは嫌よ?」
―――心境はどうにも出来ないけど。
「外に出ないと生活できない以上はこういうのは仕方ないわよ。―――誰よりも私の時間を独占しているのはフィオナだし、私はそれはそれでいいと思ってるし……。そんなのは些細な事って割り切れない?」
「……シオンはそうやって私を喜ばせようとする」
口先を尖らせ、ちょっと恥ずかしそうでやや不満そうにフィオナは言う。
剣呑な空気もいくらか和らいだので、少しはなんとかなったらしい。
ちょっと微笑んで、そういう表情が見たかったのとからかってから正面にある、奥へと向かっていく壁際のショーケースへ向かって歩く。
ショーケースの中には銀色の指輪、ネックレス、耳飾り、腕輪など各アクセサリーが黒い台の上に置かれ展示されていた。
シンプルな形状のものから色とりどりの宝石が嵌められたもの。
複雑に組まれたものや、細かく掘り込まれた逸品等、様々なアクセサリーがそこにはあった。
どれも《セイセイセツ》の特売故にかいくらか割引されていてそれなりに高い商品にも手が出せそうだった。
―――指輪と腕輪は私の個人的事情で避けるとして……。
そう考えて一度、右隣で興味半分にショーケースを見ているフィオナへ視線を向ける。
やはり―――耳か。
フィオナの尖っていて長い耳はとても綺麗だからピアスの穴は空けて欲しくないし―――イヤリングがいいかしら。
「……? どうしたの?」
視線を感じ取ったらしいフィオナが不思議そうに言う。
まじまじと見ていたし気付いて当然と言えば当然。
「どんな耳飾りがいいかって考えてたの」
隠し続ける理由はないのであっさりと答える。
これが『予定していた買い物』なのだから。
その返答はフィオナにとって意外だったのか、目を白黒させる。
《セイセイセツ》という日が何であれ―――実質二人きりの買い物で相手への贈り物を買う。
これがどういう意味なのか―――。
「えっと、それは、つまり?」
―――どうも、フィオナはそれに気付いたとしても理解にまで時間が掛かっているらしい。
目を伏して軽くため息を吐く。
どうしてあれほど好意を剥き出しにしていながら、私のアクションには鈍いのかしら。
気にしたって仕方ないけど。
「未だ考える事、思う事は数多いけど―――。あなたの好意に応えようかと思って、行動じゃなくて物として残るようなものを贈ろうとしてるってこと」
素っ気なくも―――丁寧に動機を述べて、視線をショーケースに向ける。
「私が日頃から首に下げてるような類のものとはちょっと違う、私からあなたへ渡される『身に着ける何か』があった方がいいかなって」
首に掛かっているチェーン―――ロザリオとロケットを繋ぐそれを見せながら理由も言う。
これは―――私にこれらに纏わる記憶がないので思う事など一つもないのだけれど―――コトネという妹とフランチェスカという女性の遺品だという。
ロザリオはフランチェスカからコトネと私へ贈られ、妹との死に別れた時に自分の物と妹の物を入れ替えたが故の物で。
ロケットは私からフランチェスカへ贈った品で、彼女の死の際に受け取った物。
つまりこれらは―――二人の形見というべき品。
―――何も無ければ思い出の品でしかなかったそれだ。
そういう自分達の関係を示すような物品は―――私とフィオナの間にはない。
私は無くても別に構わないけれど―――フィオナはそうではないでしょう。
むしろ―――欲しがるはず。
だから彼女がそうする前に、それを察して動いただけのこと。
「……悪くないでしょ?」
そう言って、もう一度フィオナを見上げる。
フィオナは目を丸くして驚いていたけれど―――その表情はすぐに喜色に満ちたものに変わる。
「悪くない、じゃないわ。―――とても嬉しいわよ?」
もじもじしながら上目遣いで彼女は言う。
「そうならそうと、出かける時に言って欲しかったね。もっと言うと内緒に買ってきて渡して欲しかったわ」
「それも考えたけど、あなた好みのものじゃないものを贈ってがっかりさせたくないって思った―――いいえ、がっかりの感情一つさえ持って欲しくないって思ったからこうしたのだけれど」
「ううん。そんな事ないわ。―――あなたがくれるものなら、なんでも嬉しいよ」
私の懸念にフィオナは否定して、右手で私の左頬に触れた。
温かい部屋に入っても尚冷たい私の頬を擦りながら彼女は続ける。
「こういうものは、贈るという気持ちが大事で―――私はね。シオンのその気持ちがとても嬉しいの」
どう選択しても良かったようだった。
はにかんむ彼女を見ながら、そう、と短く呟く。
行動の動機やその思考だけで嬉しいと彼女が言うのなら、そうなのでしょう。
「……どんなものがいい?」
フィオナの右手を左の義手で握り返して頬から離しつつ、ショーケースを見て尋ねる。
「それはシオンが決めるんじゃないの?」
「希望があるなら参考として聞きたいの」
「んー…。敢えて言うなら耳飾り、かな」
その返答になるほどと言ってその列を見る。
ピアス、イヤリング、イヤーカフ……。
フィオナの耳は綺麗だし穴は―――なんてさっき考えたので選択肢としてはイヤリングが良さそう、なんて思ったけど。そもそもフィオナの耳たぶは前のもみあげで隠れてるので微妙に見えなかったのでこの案は無しにする。
そうなると、イヤーカフ?
シンプルなものもいいかもしれないけど、彼女の耳は長いのだから少し目立つのがいいかしら。
銀では金髪の彼女とは色味は合わないし、金に合わせるべきか。
そう考えて、黒い台座に乗ったある金のイヤーカフが目に入った。
片耳用で、五枚の花弁が掘られた筒状のイヤーカフと同じ花弁を模したイヤリングをチェーンで繋いだそれ。
一度、隣に居るフィオナの特徴的な耳を見て、悪くないかもと思う。
値段は特売価格とはいえ安くはない―――が、買えないという程の値でもない。
財布の中の現金で十分買える。
「これ、どう?」
そのイヤーカフを指差してフィオナに尋ねる。
これにしようか、とは思っても本人が気に入るかどうかは別の問題。
他のイヤーカフもあるにはあるのだけれど、彼女の耳の長さを考えるとどれも気持ち小さく見えるからこその選択は果たして。
フィオナは身を屈めて私が指差したイヤーカフをまじまじと見る。
「……私に似合うと思う?」
その姿勢のまま意地悪そうな顔で私を見上げて訊いた。
私には―――彼女の答えはもう決まっているとわかった。
「ええ、似合いそうだと思ったから訊いたの」
「―――なら、もう決まりじゃない」
フィオナはくすりと笑みを見せて、身を起こす。
これで決まりだ。
ええ、と短く頷いて私はたまたま近くを通りかかった店員を呼び止めて、五枚の花弁をあしらったイヤリングとイヤーカフを指差してこれを買いますと言って会計の用意をして貰う。
店員がそのアクセサリーをショーケースから出し、丁寧に箱へと納めている間。
「んー……」
フィオナが何か唸る声を上げた。
「どうしたの?」
彼女の声にそう尋ねる。
「―――ねえ、シオン。私からも、あなたに贈り物していい?」
後ろで手を組ながら、フィオナは言う。
「あなたから私にプレゼントを贈ってくれるのが嬉しくて……。私も、あなたに物を贈りたいな、って」
その解答に、私はなるほどと呟く。
彼女も―――私と同じように、自分から相手に贈りたいと。
私が今も首に下げているロケットとロザリオと同じように―――フィオナが私に贈った、身に着けるものがあって欲しいと。
私が実際にやった事を否定したり、止める理由は無いしその道理はない。
「―――そうね。フィオナがくれるなら、私は受け取って身に着けるわ」
そう言って頷くと、じゃあ見てくるねとフィオナは言って店内をうろつき出した。
私と違って何も聞かないで選ぶつもりらしい。
この際どんな物でも受け取って身に付けるつもりだけど―――何を選ぶのからしらね。
「……仲いいんですねぇ」
そういう興味を抱いて彼女の動向を見ていると、やり取りを見ていたらしい店員がそう言ってきた。
「やり取り見ていましたが、微笑ましかったですよ? 同姓の友達というより、まるで恋人同士みたいで」
「相応に、付き合いは長くなってきたからね」
茶化すような物言いに対して、私は素っ気なく答える。
立場上―――必要以上に話す気は無い。
店員の目には私が素っ気ない人間に写ったようでそれ以上言及はしてこなかった。
アクセサリーは箱に収められて、そのままカウンター―――レジへ。
その場で可愛らしい包装紙で丁寧にラッピングまでされるのを待ちつつ、店内を見て回っているフィオナへ視線を向ける。
彼女は何か目ぼしいものを見つけたようで―――銀細工の装飾が施された黒い皮製の輪のアクセサリーを前で顎に右の人差し指を当てて考えているようだった。
輪の大きさからして、身に着ける部位は恐らくきっと―――首。
「チョーカー……」
そのアクセサリーの総称を思わず呟く。
いくら腰のベルトのように調整できるとはいえ。華奢な私の首ではやや大きいかもしれない代物だった。
確かに私に似合いそうではあるけれど、選択が選択だ。
そして身に着けるという選択しかない。
やっぱり相談はするべきだし大事ねと思うその視線の先で、フィオナは店員を呼んでそのチョーカーを指差して、
「これ、買うわ」
―――という声を聞いた。




