日々⑤
「―――主任! カンナ主任! カンナ・アシザワ研究開発主任!!」
「んーー……。……そんなに血相変えてどうしたのさ? 今日はセイセイセツだよ? 事故と事件を起こすようなのはボクぐらいなんだし慌てるような―――」
「《ヒビキ》が《アルテミシア》を独自に起動してこちらのシステムをハッキングして《フロイライン》装備で出ていこうとしています!!」
「……ああ、それね。ボクが許可したから問題ないよ。持ち出すのは電撃侵攻攻撃装備こと《フロイライン》のブースターユニットだけだし、皇国軍への登録はもう終わってるし戦術ネットワークにも登録情報は上がってるから不明機扱いされる事無く好き勝手飛べるしね。データ取りには丁度いいから許可したの」
「はぁぁああああ!!?!??!?!?!? 何やってるんですか?! また始末書と減給処分受けたいんですか?!」
「何って―――戦友が無事と聞いてその姿を見に行きたいのが人の性ってやつでしょ。それを叶えるのが人情ってものだとボクは思うのだよイノスケ君。それにボクは形式とかお金とか、声名とか名誉なんかに興味のない人間だって、君はよく知ってるだろうけど敢えて言おう。―――何か問題でも?」
―――――――――――――――
雪像を眺めて、フィオナとウサギの雪像の前で通りすがりの人にお願いして撮影して貰ってから。
公園の東側の大通りが急に騒がしくなった。
その騒がしい音は花火の爆ぜる音だったり何らかの楽器の音色だったりする。
公園の時計は午後の一時を指していた。
「……パレードの時間かしら」
そう呟いて貰ったパンフレットを開いて今日のプログラムの項目を見ると、パレードの始まりの時間は一時。
大通りの方でパレードが始まったという事だ。
今から二時間半、この地域の劇団や近くの皇国陸軍の駐屯地所属の演奏隊と兵士達が行進を行うとパンフレットのプログラムには書かれている。
「……そのようね」
湯気を上げる紙コップ―――中身は緑茶だ―――から口を離したフィオナは楽器の演奏が聞こえてくる大通りの方角を見る。
フィオナの顔を覗くと―――興味がありそうな顔をしていた。
もともとフィオナは電気なんてない時代の、人里から離れた森の中で生きていた人だとか。
それならば彼女はパレードという楽器の演奏と踊りを交えた華やかな行進は見た事はないし、知ってても旅人が語る話だけでしょう。
「見に行く?」
なんとなく聞いてみる。
私はそうでもないけれど―――彼女が見たいと言うなら一緒に行くべきだろう。
予定している買い物は午後三時からでも問題はない。
「え、いいの?」
私の提案にフィオナは目を丸くして私へと振り返った。
「いいわよ? 時間はあるし、そもそも十八時に家に帰れればいい程度の予定だから」
「じゃあ見に行こう!」
私の言葉を聞いたフィオナは花を咲かせるように嬉しそうに笑って、私の機械仕掛けの左手を取って急ぐ。
既にパレードのオープニングは始まっていて、その序盤は見れない状態だ。
序盤の演技の中の見せ場とかまでも逃してしまうかもしれないとフィオナは思っているのでしょうね。
或いは、見るにいい場所が無くなってしまうと危惧しているか―――これはもう手遅れでしょうけど。
まばらになった人混みのただ中をフィオナに引っ張られて、間を縫うように公園を大通りの方へと進む。
人の数はパレードが行われている大通りに近づくほど多くなり、密集具合も増していく。
公園を出た時には―――人の流れに合わせていくしかないような肩を寄せ合うほどの密集具合だった。
進行方向の左手側の道路からは金管楽器や打楽器の演奏と共に大勢の掛け声や歌声が聞こえてくるが人集りで見えない。
フィオナ程の他者よりも頭一つ抜けるような背の高さならば何か見えるかもしれないけど。
私の視線の高さでは人々の頭の上から時折覗くフラッグ―――どうやらマーチングをやっているらしいとしかわからなかった。
「ここじゃ、シオンは見えないわよね……。来るのが遅かったわね」
その人集りを見ながらフィオナは忌々しそうに言う。
せっかく来たのに人集りで見えないとなれば気が滅入って当然か。
「そうね―――始まる前に見に行こうって言ってこっちに来るべきだったわ」
彼女の呻きに同意して、見るにいい場所が無いかと首だけを動かして周りを見渡す。
それなりに空いていて、かつパレードがよく見れる位置―――。
私がそうして探すよりも早くフィオナが私の肩を軽く叩いた。
何かと隣に立つ彼女へ視線を向けると、
「大通り沿いのお店の屋上に人がいるし、あそことかどう?」
左手で正面の複数の店が入ったショッピングモールの建物の屋上を指差しながら提案してきた。
道路の右側―――私達が進む先にある四階建ての道路に沿うように長く造られた建物だった。
その屋上は人が入れるようになっているのか転落防止の金網の柵があって。まばらなれど人集りが見えた。
確かに、その位置ならばパレードが見えるだろう―――地上から見るより小さく見えるだろうけど。
「―――全体が見れそうでいいわね。あそこにしましょうか」
フィオナの提案に頷くと彼女は意気揚々と私を連れてその建物に足早に向かって行く。
入店して、セイセイセツ割引で安く買い求めれるからか家族連れや友人同士、またはカップルで賑やかい店内を通って、エスカレーターを乗り継ぎして屋上まで。
そうしてそのショッピングモールのペントハウスから屋上に出た。
人は―――それなりに知られたスポットなのか相応に人がいて、パレードが良く見える道路側の金網の前には張り付くように人が立っている。
でも―――まばらと言えばまばらで、所々隙間が空いている。
私とフィオナが並んで立って見下ろす隙間さえあった。
これは運がいいとお互いに言い合いながらその間に入って、パレードを見下ろす。
それは所謂 《マーチング》だったようで―――演目の一つの見せ場に差し掛かった所で、演奏は壮大になっていく。
旗やライフルを持った華やかな衣装を身に纏ったカラーガード―――旗衛隊は手に持った得物で大技なのか華麗に振り回し、ホーンズやバッテリーといった演奏者達は音を奏でながら統率の取れた動きで一瞬だけ楽器の音の出る部分を上方へ向けたり行進しながらスピンを繰り出したりする。
一つ一つが繰り出されるたびに観衆からは歓声が上がって、拍手も上がる。
「む……。見晴らしはいいけど、ちょっと場所が高かったかしら」
私を後ろから抱き締め体重をこちらに預けながらフィオナが言う。
確かに彼女の言う通りパレードを上から見るにはいい場所だけれど、道路を行くマーチングバンドは少し小さく見える。
スピーカーがあるとはいえ―――音も少し遠いし迫力に欠けるかもしれない。
「移動するのも探すのも面倒だし……。今回はここでいいんじゃない?」
次はちゃんと下調べしてから来ようと言って、
「―――それで、私を後ろから抱き締めてるのはどうしてかしら?」
彼女の行動に疑問を投げかけた。
それだとパレードは見難くないかと思うけれど。
「……腕を組んで歩きたいんだけど、あなたの両腕は義手で私の体温を感じながら歩くなんて出来ないでしょ?」
返ってきたフィオナの小さな声になるほどと私は呟く。
私の腕は義手だ。
動く腕ではあっても、触覚など無い機械仕掛けの腕では体温を感じれないし、触っても体温ではない電熱しか感じれないだろう。
だからここで密着したいと。
「私とあなたの身長差なら後ろからでも見れるし、それに……」
そう言って彼女は右手に嵌めていた手袋を取って、私の首に巻いたマフラーの下側からその手を潜り込ませてきた。
手袋で寒さを防いでいたとはいえそれでも冷えてしまった手が私の首を優しく撫でる。
「冷たい……」
声を漏らしたのは私。
私の体温だって摂氏にして三〇度前後と普遍的な人間から見ても相当に―――もとい、異常に冷たい。
そんな私が自分よりも彼女の手がより冷たいと感じるならそれは相当な事だ。
一体何を理由にこんな仕打ちをするのかしら。
そうは尋ねないけれど、代わりにどうしたのかと尋ねると彼女はどこか嬉そうに笑い、答える。
「シオンの方が温かく感じられるのは初めて……かな?」
その一言に私はまた「なるほど」と呟いた。
私の体温は誰よりも低いという事は触られれば確実に冷たいと言われるという事を意味している。
誰かに触られて『温かい』と言われる事なんてもうない―――はずだった。
「寒さで冷たくなった手で触れれば逆に温かいと感じれるようになる、と」
「正解♪ ……でも、義手じゃない所に触れたかったからだよ?」
私の推察にフィオナは肯定して、その右手を私の顔を覆うバイザーの内側へと潜り込ませて愛おしそうに頬を撫でる。
「帰ったらいくらでも密着できるし、触ってもいいのに」
「そうじゃないのよ。デート中というシチュエーションだからこそ味わえる感触とか心境とか、そういうのも欲しいよ?」
「……そう」
「そうなのっ」
あまりに素っ気ない私の対応に、フィオナは細やかに声を荒げる。
そう言われても―――よくわからないというのが実情だ。
彼女の気持ちを汲んで行動は出来ても―――私の心はいつだってここに在らずで空虚だ。
彼女を初めとする毎日は悪くないのだけれど―――そうね、どこか物足りない。
義手の着脱という不便さはあれど朝起きて同居する人達と話し合い、生きていく為に必要な糧を得る為の労働を同僚達と行い、客と世間話をして。
家に帰ったら夕飯の準備と夕食と、風呂に入るまでの時間を好きなように過ごし、フィオナと風呂に入って一日の汚れを落として、同じベッドで眠る。
彼女達はここに居て。
ここで、シオンと名乗る私と生きていこうとしていて。
傍に居てと言って私の居場所はここだと言っている。
そんな日々を簡潔に振り返ってみて―――これを他者が見ればどう捉えられるだろうか?
ありきたりな日常? 普遍的で退屈な日常?
それとも、不安を考える必要はなさそうな幸せそうな日常?
私は―――フィオナやデイビット、ノワの表情を見ればこの日々は不幸なものではない、普遍的だけれど喜色の多い日常だと、客観的に見るならばそう思う。
―――でも、私の心は違う。
彼女達は今の生活を謳歌していると見えてはいても―――自分の心を満たすものはここに無いと。
自分の居る場所とやる事がここに無いと―――朧げに、空虚に感じている。
―――この空虚な心を埋めるものはどこにあるのだろう。
問い掛けたって、私の求める『ナニカ』のヒントさえ得られない。
「……フィオナ」
前進していくパレードを眺めながら背中から抱き締める彼女の名前を呼ぶ。
黙ってフィオナに撫でられ続けるのも悪くないけど―――左の首筋や頬だけ撫でられるのはバランスが悪い。
それに、冷たかった右手はすっかり私より温かくなっている。
「なにかしら?」
「そろそろ左手はどう? 左だけじゃなくても右側も触れたいんじゃないかしら?」
私の推察に正解とフィオナは言って右手を引っ込めて、手袋を脱いだ左手をマフラーの下から差し込んで首筋に触れてくる。
こっちもこっちで冷たい。
でも、彼女の撫でる手つきは変わらず優しい。
「んー……。やっぱりチ―――シオンの表情が見たいな……」
私の名前を言い間違えそうになりながらもどこか残念そうに言う。
背中から抱き締めていればそれは当然なのだけれど、そうではないでしょうね。
紫外線対策で身に着けている私の顔を覆うバイザーの色は濃くて、その表情は伺えない。
日焼け止めを塗ってるとはいえ目の保護も一緒にやるとなるとこうするしかなくなる。
皮膚も目も太陽の明かりに弱くなった事は理解できていても―――その事を惜しんでいるのでしょう。
「こればかりは仕方ないわよ」
素っ気なく答えるけど、この返答は自分でも無情にさえ聞こえた。
「わかってるけどさ……。やっぱり、見たいよ」
その返答を聞いたフィオナは本当に惜しそうに言う。
―――傷つけてしまったかしら?
少し心配になって、彼女の左手に自分の頬を預けるように首を傾けていい案がないかと思案する。
帰ったらの埋め合わせ、がいいか。
「……帰ったら」
「……うん?」
「帰ったら、またその手冷えてるでしょうし―――その時に私の正面から今と同じ事をやればいいのよ」
その案を言って、少し間が空いた。
賑やかで華やかな行進と人々の歓声が聞こえる僅かな時間。
その間に彼女が何を思ったかなんて予想はつく。
「その言葉、忘れないでよ?」
私を抱き締める左腕の力を少し強くしてフィオナは嬉しそうに言った。
これでいいらしい。
「もちろん」
その左腕を右の義手で優しく掴みながら頷いて、パレードに意識を向ける。
―――道路を行くのは自動小銃を抱えた軍服―――軍用の礼服姿の兵士達だった。
革靴の音を鳴らして、統制の取れた足並みで道路を進んでいく。
次にやってきたのは兵員輸送用の装甲車の列。
片側四つの計八つの装輪をゆっくりを回して兵士達に続く。
その次は各対空兵器を装備した自走式対空砲に自走砲。
更にその次は主力戦車がキャタピラの音を鳴らしながら陣形を維持して進んで行って。
「―――?」
その次はとても奇妙な兵器が歩いて来た。
上手く言葉に表すなら―――そうね。サソリようなシルエットの、六本脚で戦車よりはやや小さい陸戦兵器。
やや平たく見える胴体の背には一門の大砲が乗せられていて、サソリの鋏部分に相当する部分には機関砲のようなものが付いている。
テレビで見た事のあるような兵器だけど―――なんという名前だったか。
従来の装輪や無限軌道ではリンクスの作戦行動可能範囲の広さ―――特に山岳地域での進軍には地形上の障害等で追従し続ける事が困難で、数の少ないリンクスへの火力支援は必要だったからなんていう開発理由を聞いたのは覚えてるのだけれど。
「《イワガニ》だ!」
近くで私達を同様にパレードを見降ろしていた十歳ぐらいに見える少年がその名前を言った。
そう、そんな名称だったなんて思いながら―――《イワガニ》は見ていて無性に叩き潰したくなるような気持ちの悪い足の動かし方で隊列を維持し、戦車に続いていく。
そして次に横二列の隊列を組んで歩いて来たのは、人の形をした鉄の巨人―――人型機動兵器 《リンクス》だ。
見ただけでもその機体は防御を重視した設計だとわかる程に―――全体的に重厚で平面を多用した装甲を纏っている。
頭部は人の形を模しているとはいえどこか箱を被ったような印象があった。
ゴーグルを額へ持ち上げたようなひさしの下のフェイスエクステリアは独特で正方形の窓の光学センサを横に長い長方形の光学センサが挟むというデザイン。
胴体は横幅が広く、前よりも背中側に延びるような構造をしている。
腕も足も太く重厚で少しの被弾でも平気そうだ。
大腿部の外側にはブースターのユニットが外付けされている。
少し気になるのは―――脹脛下のスラスターノズルと足の可動に邪魔にならないように下脚部側面に取り付けられた、地面に尖った先を向けたユニット。
そんなごついリンクスがライフルを掲げて行進していくのなかなかに壮観なものね。
「お。ここの駐屯地の部隊も最新機種 《ML-02 サキモリ》が配備されたのか」
近くの軍事マニアかしら―――カメラを構えた男性が嬉しそうに呟く。
どうやらポロト皇国軍の最新鋭のリンクスらしい。
重厚な見た目からして防御力重視かしら?
素の機動力は遅そうではあるけれど、ブースターはどうだろうか。
駆動音からして油圧も併用していそうな一種の喧しさがあるので駆動系には人工筋肉と合わせているかもしれない。
そんな事を呑気に考えながら左から右へ流れていく《サキモリ》を見ていると―――。
―――ドォン……。
遠く―――それも頭上から、何かが破裂したような低くくぐもった音が聞こえた。
少なくとも花火が炸裂した音ではない。
でも何か知っているような―――どこか懐かしい響き方の音だった。
思わず見上げるけれど―――何かの音を鳴らした存在は私の位置から見える位置にはいないし、曇り空にもいない。
「―――なに? 今の」
いきなり聞こえた音にフィオナも疑問に思ったのか私と同様に見上げる。
どうやら幻聴ではなかったらしい。
その証拠に、周りの人達も辺りを見渡しているけれど誰も見つけれないでいる。
気のせいにしては反応する人間が多い以上、その音を搔き立てた存在は居るはずだけれど。
そして、また。
ドン……。
今度は先ほどよりも近く―――これもまた空から聞こえた。
方角で言うなら―――北の方から。
左―――北の方角へと振り向き、見上げて。
今は雲に覆い隠されたその場所から―――そいつは現れた。
その影は遠目でも辛うじて人のカタチを為しているというのはわかったものの―――下半身は丈の長いスカートを履いているようなシルエットを形成している。
それの背後で光が瞬いて、その影は目にも止まらない速度で街の空を横断し始める。
まるで自分が持つの能力を見えるかのように公園の上を通りかかった所で『ドンッ……』という音速を超えた事を証明する破裂音を鳴らし、通過する。
ここまで近づいてきて―――それが人のカタチを為した白い機械―――リンクスだというのがわかった。
ただ、その脚―――膝から下は人のそれに近いだけで大地を踏みしめる為ではなくなった、異形とも言うべきものになっている。
この音でやっと予定外にして予想外のことが起きている事に気付いたのかパレードをしていた人達のパフォーマンスが止まり、彼らは何事かと周りを見渡して―――私達が見つけたその白い機体を見つける。
遠ざかっていくその機体は全身に配置されたブースターから荷電でプラズマ化した推進剤をまき散らして反転し、その高度をゆっくりと落としつつパレードが行われている道路の上に来る。
そしてその姿を見せつけるようにパレードの進行方向と逆走してその上をゆっくりと飛行する。
機体の全体的なシルエットは先鋭的な形状をしていて前後に長いという特徴を有していた。
機体の装甲のほとんどは白く、差し色程度に薄い青紫のラインがいくつか走っている。
関節やマニピュレーターといったフレームは黒いものの、指先部分だけは赤く塗装されている。
そして人のカタチからはやや外れた骨格を有しているというのもその外見から見て取れた。
胸部を初めとする胴体は前に突き出てはいるものの尖ってはないし人のカタチに近いもので過剰なほどという物でもない。
どちらかと言えば後方のバックパックが後ろへと伸びているものの―――やはり、胴体そのものは前後に長い。
大きく見える肩アーマーも前後方向に長く、下腕部も上腕部と比べればやや人離れした長さで小指側―――手首付近から肘にかけて広がるような構造をしている。
背部にはブースターのユニットなのか、取り付けている基部から先端へ細くなっていく装甲板に楕円状のドームに似たパーツを張り付けたような細長いバインダーを二基、左右に付けてブースターのノズルを背後へと向けている。
下半身も人を模してはいるものの形状としては歪だった。
大腿部は空気抵抗を考慮したのか鋭角な形状をしている以外に特長は無いものの、腰部の正面には股関節を保護するスカート状の装甲はなく大腿部の付け根は剥き出しだ。
対して側面―――後進用のブースターユニットが大腿部に直接取り付けられている。
下脚部は異形そのものの形状をしていて、大腿部とのバランスを考えれば不自然な程に長い。
その原因は足裏に大型のスラスターユニットを組み込みその前後を整流目的らしいスタビライザーのようなパーツで挟んだ結果肥大化しているようにも見えるものの―――鋭角の付いた外装と長さ故かどことなくスマートさがあった。
後腰部には鶏卵を縦に割ったような形状のユニットが上にある背中のユニット寄りの位置に取り付けられており、その裏面にはブースターのノズルが大小二個づつ覗いている。
その左右を挟むようにそのリンクスの脚部の長さとそう変わらないような、裏面にブースターが付いた大型のバインダーが装着されていた。
それだけ機体を構成するパーツが人とかけ離れていても頭部だけは人間のそれに近い。
フルフェイスの兜の面頬だけを取ったような頭部で額部分には角ばったコーン状のパーツが前へ伸びるように付いている。
その先端から広がりつつ後ろへ伸びるようにV字の大型ブレードアンテナが付いていた。
そして奥に見えるフェイスエクステリアはツインアイ方式で凛々しく、されどもの悲しげな表情を見せていた。
その異形のリンクスはくるりと旋回して―――
そのツインアイ方式の光学センサで私を見た。
「―――」
その瞬間に私は奇妙な感覚を覚える。
まるで知っている友人に会ったような―――奇妙な懐かしさと。
そっちに行かなければいけないような―――焦燥に近い使命感と
名前を呼ばれたような―――返事をしなければいけないような錯覚と。
あなたは、誰か。
私がそう問い掛けようと思った瞬間に、その機体はこちらに背を向ける。
まるで満足したかのようにその白いリンクスは悠々と、静かに上昇する。
ある程度上昇して―――地上への被害がないような高度まで上がった途端、ブースターから推進剤を大量にまき散らして急加速する。
ブースターの甲高い轟音と、音速を超える破裂音。
その二つを鳴らして―――その機体は街の上空を一回だけぐるりと旋回して東へと飛んでいった。
あの機体はなんだったのか―――。
歓声を上げる市民と混乱で大騒ぎになるパレードの演者達は騒々しさを増させる。
その中でフィオナに背中から抱き締められている私は、答えを得られないだろう疑問を思いながら去っていくそのリンクスを見送る事しか出来なかった。




