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並行異世界ストレイド  作者: 機刈二暮
[第三章]異世界観光
24/441

前日



 休暇前日。


 午後10時。


 僕は荷物をまとめ、明日の準備を済ませた所だった。


 アルペジオが提案したオルレアン連合、第三位王国、ストラスールの首都へ三泊四日の休暇だ。


 三泊四日の外出届も無事に受領され(団長が快く受理してくれた。異世界に来たのにこの基地以外知らないのはちょっと酷だと思われていたらしい)、後は無事に明日を迎えるだけ。


 予定では明日にはこの基地の飛行場にアルペジオが手配したプライベートジェットが来るので、それに乗って南東方向へ。五時間のフライトで、ストラスールの首都、マニルカの北空港に到着。それから高級ホテルへ車で移動だ。


「ちょっとコーヒーでも淹れるかね」


 予定の確認をし、そう言って僕は自室を出て、寮のリビングへ。

 そしてどういう訳か、このリビングは依然の帝国の襲撃後の改装で、キッチンが併設された。どう考えてもメインで僕が利用することを想定したものだ。

 因みに僕は施設科にそんな事を頼んでいない。頼んだのはアルペジオを始めとするお嬢様方だ。さしずめ、僕がお茶淹れる時にそのお零れを貰う腹だろう。実際そうだが。冷蔵庫の設置も前向きに検討されてるし。いいのかそれで。


 リビングにはこんな時間でも何人かがいるけど、今日は。


「チハヤ。お茶を淹れに来たの?」


 ソファーにアルペジオと、


「あー。チハヤちゃんか……」


 その対面に寝そべった、今にも死にそうな声の鬼の副団長、マリオンさんの二人だけだった。

 何かあったのだろうか? 予測はついてるけど。


「残念。コーヒーだ」


 そう答えて、棚からコーヒー豆を出して、


「二人とも飲む?」


「お願いするわ」


「うん……」


 ホントに副団長どうしたんだ。ここまで弱ったマリオンさんは初めて見る。


 とりあえず、先ずはコーヒーだ。必要分を煎ることから始める。

 煎っている間にミルとコーヒーフィルターとドリッパーも用意する。あとコーヒーポット。

 カルダモンも用意して、シスターから習ったように淹れる。


「はい、コーヒー」


 二人の前にコーヒーを置いて、僕も空いているソファーに座る。


 そらから一口コーヒーを啜る。

 うん、懐かしいあの味。

 ―――と言いたいが残念ながらあの味に近いだけである。ちょっとカルダモン多かっただろうか。さじ加減がシビア過ぎる。


 シスターの、彼女のコーヒーの味だけは上手く再現出来ないなぁと思う。

 もう二度と叶わないことだけども、また飲みたいと思ってしまう。


「ありがと」


 そう言ってアルペジオはコーヒーに口をつける。


「チハヤに淹れてもらうまでコーヒーを舐めてたわ。こんな泥水、と思ってた」


「僕の知り合い直伝だからね。シスターの味そのものではないけど」


 あんまり飲みすぎると国レベルで衰退するぞ、と言ってみる。


「それは困るわ。なら、やっぱり紅茶が一番かしら。一番普及してるし」


「紅茶飲んでも衰退するがな」


「それ言ったらどっちもダメじゃない」


 軽口を叩き合ってから、未だにコーヒーに口をつけないマリオンさんを見る。


「どうしたんですか副団長。こう、死刑判決でも受けたような顔をして」


 マリオン・アンジブースト。三十五歳。フォント騎士団副団長にして既婚者。三十半ばだというのに若々しい方で、年齢知ったときは疑ったほどだ。

あと、身体的特長としてスタイルは軍人らしくいいが、筋肉も凄い。筋肉ムキムキ、マッチョウーマン。軍服姿の彼女を見てからトレーニングウエアの彼女を見たら、そのギャップに誰もが驚くに違いない。女性の体つきじゃねぇ、あれ。

 もちろん彼女もリンクスパイロットであり、リンクスでも生身でも近接格闘ならば騎士団随一だろう。僕もよく訓練で殴られてる(かなり痛い)。


「―――――に」


「はい?」


「子供に『ママは僕を愛してない』って言われたのよー!」


 そして、一児の母。子供絡みだとダメンタルの御方である。どうしてこの騎士団は、というか僕が出会う人たちは問題属性、残念属性付きの人が多いのか。この人は子供が絡まなければいい人なのに。


「とりあえず、コーヒー飲みましょう」


 そう言ってコーヒーを差し出す。美人の滂沱顔は正直見たくない。


 落ち着かせて話を聞くと、来月一週間ほど休暇をとり、家族三人で二泊三日の旅行を計画していたそうだ。

 しかし、フォント騎士団に急遽補充兵が何人か来るらしく、そのそのうち五人が新人のリンクスパイロットらしい。その教育を副団長であるマリオンさんがやらなければいけなくなった。

 その新人教育がどうスケジュール調節しても、家族旅行の日程と被ってしまい、キャンセルの話を持ち出して。


「子供に母親失格言われたのよー……」


 いつもキリッとした副団長が、力なく肩を落とした。相当ショックのようだ。


 ―――訊かなければよかった。


 僕は間違いなくそう思ったし、アルペジオの表情もそう言っていた。


 明日から四日ほど休みでマニルカに行く人達と、休暇を無くすはめになった哀れな人の、差。

 とても気まずい、明日首都行くの止めようか的な気分になってしまう。


 でも、ここまで意気消沈していると何かしたくなるのが人の性ではないだろうか?


 アルペジオに目でそう訴えたら頷かれた。


「その新人教育。内容って決まってます?」


 まず、そう訊ねる。


「予定じゃ、五日間ほど機種転換訓練を予定してるわ……。《マーチャーE2型》って連合内じゃトップクラスのレスポンスだから、早く慣れて貰わないと」


 その返答に、僕はそれならばと提案する。


「なら他の人に、団長やアルペジオに任せればいいじゃないですか? 戦闘訓練なら僕も手伝いますし、それで問題無いのでは?」


 なるほど、とアルペジオも頷く。


「機種転換なら、副団長じゃなくても私やメイさんでもいいわね。戦闘ならデータ取りを名目にチハヤも使えるし、それなら代わりに出来るわね。新人教育、私達に任せて下さい」


「いいの?」


「いいですよ、副団長。私たちが代わりにやりますから、家族旅行思う存分楽しんできて」


「そうそう。いつもゴタゴタ騒ぎの後始末しているんだから、ちょっと長い休暇取っても誰も文句言いませんよ」


 そうアルペジオと僕は説得にかかる。


「じゃあ任せても?」


「「それはもちろん」」


 一字一句間違いなく揃った。


 明日朝一でベルナデットさんにその事を話すことを決め、予定を合せ、マリオンさんは夫と息子となんとか旅行に行ける余裕が出来た。


「ありがとう! これで母親失格を挽回よ!」


 問題が解決したら、いつものマリオン副団長らしい明るさが帰ってきた。


「いつもお世話になってますから当然よ」


 アルペジオはホッとした様子だ。よかった気持ち半分、マニルカに気軽に行けるという気持ち半分だろう。


「いつぞやの女装騒動の恩です。まだ返しきれてないだろうけど」


 思い出したくないものを口にしてしまった。


「あー、あれね。最初見たとき、誰この子と思ったわねぇ。まさか女の子の格好したチハヤちゃんだなんて。声聞かなかったらわからないわ」


「私も見たかったわ。その場にいなかったのが残念」


「忘れて下さい。途中からノリに乗った自分が恥ずかしい」


 もう二度としまい。そう心に誓ってる。


「しかし家族旅行か。―――キャンセルになると言われてそこまで言える息子も凄いな」


 よほど楽しみにしてたんだな、と僕はしみじみと呟く。


「僕は言う機会もなかったし」


 アルペジオは意外そうな表情を一瞬見せて、すぐに納得する。


「そう言えばチハヤは、孤児院出身だったわね」


「そうなの? チハヤちゃん」


 マリオンさんは逆に驚いた。


「言ってませんでしたっけ? 両親はちょっとした事件で死んだって。他に親族もいなかったので孤児院に」


「聞いてないわ。―――大変だったのねー」


「クラスメイトが家族とどこどこへとか、親が存命時でも、仕事が忙しくて学校っていう教育機関での授業参観とか、親が来てくれないってこともよくありましたね」


 聞くたび羨ましかった、と述懐する。最初はどうして、だったが時間が経てば経つほどそんなものと受け入れていたが。

 そんなことを呟いていたら、


「両親亡くして、孤児院で不便な生活して、ノーシアフォールで異世界に飛ばされて散々な人生じゃない!」


 マリオンさんにそう言われて抱き締められた。

 たぶん、いくつか誤解がある。この世界の孤児院と、僕がいた世界の孤児院には差があるはず。


 それと、硬い。痛い。苦しい。

 服のせいでわかりづらいが、彼女は脂肪無いんじゃないかってぐらいに筋肉ムキムキであり、女性かって疑うぐらいに力が強い。


「大変だったのねぇ……! 」


「は、な、し、て、く、だ、さ、い!」


 離すのも必死だ。力が足りない。男なのに。


「そこまで不便な生活じゃありませんでしたよ! 施設でも周りの大人達には恵まれましたし、学校の友人隣人も良き方々でした!」


 殺されそうな抱擁からなんとか脱する。


「不幸な子みたいに言わないで下さい」


「そう言っても事実そうじゃない」


「まあそうかもしれませんが、僕自身はそうは思ってませんので」


 でも、敢えて言うのならば。


普通(・・)の家庭で、真っ当で温かな生活を送れたらな」


 どれだけ、よかったのだろうか。

 でも、あの事件がなければ神父やシスターに会うこともなく、アイツに少しの変化も与えられず、アイカさんにも会わなかっただろう。


 そして、あの十一ヶ月を生き残れなかったかもしれない。


 生き残れた?


 違う。死にぞこなっただけだ。


「こればかりはなんとも言えないなぁ」


 複雑だ。全く。

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