行き先は
突然ですけど、人間とはとても愚かな生き物だと僕ことチハヤユウキは思うんです。
何故かって、急に食べたい物があって、どうしても作れないからと代用出来そうな料理を作ろうと無駄な努力をしたからで。
夕飯に、小麦粉と古い発泡酒を使って天ぷらを作ったのがいけなかった。
僕は天ぷらそばが好きだ。天ぷら食べたら急に食べたくなった。
けっこうな数の方が、ある事情から急に食べたくなった食べ物とかあるだろう。とあるアニメ見て、急にハンバーガー食べたくなる、とか。もしくは日曜日のある時間帯のテレビ番組で旨そうなラーメンを見て、とか。
とりあえずそんな気持ちで、天ぷらそばを食べたくなったのである。
そして、異世界とは、異世界転移とは残酷である。現実とは非情だ。
蕎麦が、こ の 世 界 に は な い からだ。
他にも、醤油とか削り節とか昆布とかがない。
要するに、天つゆとかそっち系の出汁とか得られないのである。
みそ汁飲みたくても、出汁なしである。
そもそも味噌も無い。米も短粒ではなく長粒。
日本人に厳しいかな異世界食生活。
まあ僕はキリスト教系孤児院でパン食、洋食中心だったので平気だけど。
僕は日本人ではあるけど、日頃の食生活が洋風だっただけにほぼ毎食パンの生活だったので米がなくても平気である。
が、やはり食いたい物は食いたいわけで。
『蕎麦が無いならうどん食べればいいじゃないですか』
等と、かつてシスターに言われたが、その替えは効かないぞと昔答えたが、今日撤回します。
蕎麦が無いからうどん食べます。
小麦粉はあるのだ。素晴らしいな小麦粉。なんにでもなる。
では天つゆ―――というかめんつゆはどうする?
なら別のにすればいい。
つまり、カレーうどんにすればいいじゃない。
どういう訳か、当初の目的はがらりと入れ替わってしまっていた。
カレー粉なら奇跡的にも調達出来たのである。
どうやらこの世界に来た異世界人にインド人がいたらしい。その人の努力でカレー粉が販売されていたのである。
ありがとうインド人。インド人はみ―――じゃなくて偉大だ。
そしてうどんを作り、カレースープ作り、天ぷら作り……。
そして、満足のいく物は出来た。
久しぶりに食べるカレーうどんは美味かった。
当初の目的から大いに逸脱している訳だけども、この達成感。
もう何も言うまい。
そんな事はさておき。
そういった無駄な努力をすると、いずれはツケを払わないといけないのである。
つまりは。
「―――で、これが先週のフォントノア騎士団の食費だ。何か言うことは?」
会計のアシュリーさんから渡された書類を見て、炊事係でもある僕は、確かにこの金額はなぁと思う。
調達係と一緒にそれを見て、
「うん。仕方ないね。美味しいもの食べないと軍って士気駄々下がりだから」
「いやぁ、彼のご飯美味しいですからね。ちょっと無理聞きすぎました」
僕も彼も、反省の色はなかった。胃袋押さえれば味方も簡単に得られるけど、ここまで一緒に来てくれるとは。
「反省しろ反省を! “かれーうどん”とか言う料理のせいで、食費がどれだけ上がったと思ってる!」
アシュリーさんからの怒りの声。
ざっと見て先月の倍ですかねぇ。
カレー粉、結構高かったし、鮮度のいいエビとか発注したし、発泡酒もかなり使ったからねー。小麦粉も結構消費したし。
調理器具も幾つか買ったし、食器も買ったしでトータルが結構な額になってる。
「美味しかったでしょ?」
「そういう問題ではない! 資金のやりくりが大変なんだ!」
今月の食材費に余裕がなくなったらしかった。
その罰として今月分の僕と備品係の給料は減俸になった。
「あ、チハヤ」
事務所から出て、備品係と廊下で別れてすぐ、正面からアルペジオが歩いてきた。
僕が会計のアシュリーさんに呼び出しを受けたのをどこからか聞いたのだろうか?
「アシュリーさんに何か言われた?」
「うん。カレーうどんの材料費で怒られた」
「あー、やっぱり」
ころころと笑うアルペジオ。その為に来たのだろうか?
「笑うなら盛大に笑いなよ。それが目的か?」
「違うわ。―――ところで、チハヤ。貴方休暇どれだけ取れる?」
僕の隣に並び、そんな事を訊いてきた。
この世界に来てもう三ヶ月。騎士団に所属もそれぐらいだ。
休暇、と聞いて何日取れるのだろうか? 少なくともこの世界の労働基準なんぞ知らないし、さらに言えば軍人はどうなるのか、聞かれるまで全然気にしていなかった。
どれだけ、なのだから何日か取れるのだろうか?
「そう言えば僕は、休暇って取れるのかな? 今まで気にしてなかった」
これを聞いたアルペジオはどこか呆れた様子で言う。
「……だろうと思ってベルナデットさんには話してあるわ。一週間は取っていいって」
「そうなのか。―――って、前もって訊いてたんなら訊かなくても良かったじゃないか」
「貴方が休暇を認識しているか確認しただけよ。まあちょうどいいわ。今度の金曜日から月曜日までの休暇と外出届を提出しなさい。私もそうするから」
「……なんで?」
なんで僕の休日を君が決めるんだ。この騎士団はブラック企業か。人を外科的に何かする変態企業が良かったなぁ……。
―――と、いうより三泊四日の予定か。
「貴方に会いたいって人がいるのよ」
「この世界に僕の知り合いがいるとは思えないけど。異世界人に会いたいとかが理由なら、奇特な人がいたもんだな」
その言葉にアルペジオは不機嫌そうに、
「私の五つ下の妹よ。奇特とか言わないで欲しいわね」
「それは失礼。―――三泊四日で、どこに行くんですか?」
それなりに遠い場所かなと僕は思った。その問いにアルペジオは意地悪そうな表情で答える。
「私の国―――ストラスールの首都。マニルカよ。異世界の都市、見てみたくない?」
興味あるね。異世界の都市は。
 




