この『世界』は
―――この世界はこんなだった。
俺という異世界人らしい、この世界への偏見と傲慢と無知の三つを足して出来上がる視点で見る『この世界』は、こんなだった。
二つの勢力―――《オルレアン連合》という体制とそれに匹敵する超大国 《ランツフート帝国》が一五〇年にも渡る戦争をしていた。
そしてこの世界は―――並行世界や異世界から、その世界で発生していた《黒い球体》のようなそれに飲み込まれたいろいろな物が降ってきていた。
人や、道具。人類が作り上げた建造物。
自転車から艦船まで、いろいろなものがこの世界にやって来ていた。
この世界の人々はその《黒い球体》を《ノーシアフォール》と呼んだ。
異世界の物が降ってくる穴を、そう呼んだ。
それからやってきた物を回収し、自分達に還元する事を八十年続けていた。
そして、その穴はある日、突然に閉じた。
何も前触れもなく、消えてなくなった。
元の世界に未練の無い、俺のような異世界人からすればどうでもいいことだが、この世界で生きている人々には衝撃的な出来事だった。
そして。
《ランツフート帝国》は半年と時を置かずに侵略戦争を再開した。
俺がいるのは―――正確には、俺という異世界で祖国を失い傭兵として生きていた人間を保護した国が《オルレアン連合》の主要五ヵ国の内の一国、《ストラスール》という国で―――そこの陸軍だった。
保護された俺は―――そのまま陸軍に入った。
他に生きる場所を知らない―――いや、俺にはそこにしか生きる場所がないから。
そうして軍にそのまま入って、この世界の戦場に入った。
俺の世界には無かった人型機動兵器―――《リンクス》が飛び回る、血と硝煙と泥の匂いがする戦場に。
事実上の休戦から始まった戦争は―――未だ一進一退だ。
街を占領することもあれば、奪われる事もあって。
その逆もまた然りだ。
そして、戦場の狂気と人間の堕落を見て。
―――俺は命令違反で軍法会議に送られ、懲罰部隊送りにされた。
その罪状を語るならいくつか問いかけるとしよう―――知ってるか? 軍絡みで一番コストが高いものが何か。
その解答の多くは、大型の兵器やそれに付属するものと回答するだろうが、それは違う。
一番金が掛かる軍絡みの物は―――よく訓練された兵士だ。
教育に金と時間が掛かり、一定の技術、練度と経験を経た兵士は一番替えが効かない存在だ。
そんな兵士が―――負傷したら?
当然後方に送られ治療を受けて、怪我の程度にも依るがリハビリを終えたら復帰するだろう。
敵だろうが、味方だろうが、それは変わらない。
そして―――噛み砕いて言うが―――国籍問わず民間人は基本的に攻撃してはならないと戦時国際法が定めている。
―――でも。
それを良しとしない士官が、人間が。
相手が降伏者や民間人、負傷者だとわかった上で射殺するよう命令を下すなんて事は、無い訳が無い。
それが起きたなら、最早外道の所業だ。
ここまで説明すれば、罪状などおおよそ検討がつくだろう。
―――その命令を下した士官を、流れ弾と偽って射殺した。
そして、負傷者にその場で可能な応急処置と医療物資の提供を行い、見逃した。
我ながら命令違反の大馬鹿野郎だ。
その隊で階級が一番高いのは自分だけだったし、隊の皆もその事については理解してくれたが、調べられれば判明してしまうものだ。
結局、俺は上官殺しと命令違反の双方の罪状を問われ―――その時の部隊員の釈明と理解ある将校が庇ってくれた事もあって銃殺刑だけは免れた。
―――だが、犯した事が事だ。
それに加え、民間人への攻撃を命令した上官がどうやら名の知れた貴族の御曹司だったらしい。
そんな人物を射殺した事は無視できず、いろいろ根回しされた結果、俺は懲罰兵に落とされ最前戦で消費される囚人部隊に配属となった。
囚人部隊―――懲罰部隊とも言うか。
言い方は悪いが、罪人を更生させる為により最前線の中でも酷い戦場に送り込む部隊だ。
表向きには『贖罪としての奉仕活動』だが、ここ配属された懲罰兵の扱いは完全に消耗品のそれ。
進軍の為の地雷撤去からダミーバルーンの設置。
正規部隊の露払いから囮に、殿まで。
―――ああ、性別問わず人型機動兵器 《リンクス》に乗せての案山子役もか。
とにかく、死ぬ事を望まれた部隊―――それが俺が配属された部隊だった。
そんな所に放り込まれる奴らなんて、一癖二癖ある奴らばかりだ。
博打が大好きな戦車の砲手のおっさん。
ハッキングが趣味の情報部のインテリ眼鏡。
喧嘩っ早い土埃まみれの女騎士様と様々だ。
ほら今日も一人、少女が放り込まれてきたぞ。
こいつの罪状はなんだか。
まあ、俺より酷い罪状ではないだろうが。




