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並行異世界ストレイド  作者: 機刈二暮
[第九章]Fall out
222/441

Fall out⑤




 レーダーに赤い点が一直線に並んでいた。


 方角は西―――《プライング》から見て左の方角。


 レーダーの判断は―――ミサイル。


『ミサイルと思われる複数の飛翔体をレーダーに検知。数、三〇』


 それに対して《ヒビキ》の報告はどこか曖昧だった。


 ミサイルに近い何か、と表現している事にチハヤは不思議に思う。


「ミサイルと思われる、ですか」


 《ヒビキ》の報告を聞きながら、チハヤは操縦桿を押してフットペダルを踏む。


 一瞬でチハヤの思考を《linksシステム》が読み込みアナログデバイスからの入力とその情報が擦り合わされ尖鋭的なシルエットを持つ黒い装甲のリンクス―――《プライング》は鍔迫り合いのような状態から流線形の装甲が多用された赤いリンクス―――《フランベルジュ》に向かってクイックブースト。


 一瞬の大推力と左腕の膂力が加わって、《フランベルジュ》を文字通り弾く。


 姿勢を崩させて、今度は後ろに跳躍とクイックブーストを行い相手から距離を取る。


 両手のライフルの空になった弾倉を排出。


 脇下のクリップ状のサブアームが稼働して後腰部に懸架している予備弾倉を掴み、ライフルのマガジンキャッチに差し込む。


 射撃可能。


 これで予備の弾倉は両手ともあと二つだ。


 残った弾薬でアルペジオ達を相手にしきれるでしょうかとチハヤは不安になりながらも高度を上げつつ、《プライング》を西の方角へ振り向かせる。


 メインスクリーンに別ウインドウが展開され、拡大された映像がそこに映った。


 それらは一斉に発射したのか規則正しく並んでいた。


 噴煙を曳いて向かってくる白いそれは確かにミサイルのようだ。


 単体をよく見れば、幅は二メートルほどで全長十数メートル近くはある巡行ミサイルのようでもある。


 その数は《ヒビキ》が報告した通り三〇発はありそうだ。


「ロックオンアラートは無し……巡航ミサイル?」


 それを見たチハヤは初めに疑問に思った事を口にする。


 記憶にあるそれとよく似通っているからというのもあるが、巡航ミサイルは炸薬の搭載量の多さから飛行速度は遅い方だ。


 それを裏付けるように、レーダーの更新による光点の間隔も狭い。


『その可能性はあります』


「……にしたって、味方がいる戦場に炸薬の多い巡航ミサイルを撃ち込みますか……?」


 《ヒビキ》の応答を聞きながら、近くにいるリンクスの様子を見て疑問を続ける。


 チハヤの視線の先―――《プライング》の正面で、先ほどまで交戦していたラファール小隊の面々もいきなりの事態に気付いたのか、その場から離れようとする動きを見せていた。


 巡航ミサイルに搭載されている炸薬の量はリンクスや戦闘機が携行するものよりも圧倒的に多いが―――そもそもは対地、陣地攻撃用で誘導性能はそう高くないし比較的遅い飛行速度である。


 その場から離れるなりしてしまえば十分躱せてしまうものだ。


 だが、その動きは驚きで動揺しているのか精彩さに掛けていて、乱れた隊列は慌てた様子だというのが見て取れた。


 通信で巡航ミサイルが撃ち込まれると聞いてなかったのだろうか。


「とにかく、ここから離れましょうか」


 チハヤはそう言って東に方向転換しようと操縦桿を引こうとした。


 それと同時だった。


 悪寒、ともいうべき感覚が身体に走ったのを自覚した。


 ―――これは、ロックオンアラート。


『照準警報。正面です』


 もう一度、正面を見る。


 視線の先で、三〇発の巡航ミサイルから無数の小型ミサイル―――マイクロミサイルが三方向に撃ち出されていた。


 まずは一〇発の巡航ミサイルがマイクロミサイルを吐き出して、やや遅れて次の一〇発がそれに続く。


 そして、最後の一〇発も同様だ。


 マイクロミサイルの大群が三つに別けられて展開されて。


 そしてそれらは《プライング》に向かって殺到する―――物もあるが、それ以上に。



 ラファール小隊に向かって飛んで行くマイクロミサイルは、《プライング》に向かって飛ぶ物よりも遥かに多かった。



「―――どういうこと?!」


 その光景を見て、チハヤは驚愕の声を上げた。


 巡航ミサイルからマイクロミサイルが放たれるのは―――驚くに値するけども―――ともかく。


 狙われるなら自分だけのはずで、ましてや友軍であるはずのアルペジオ達が狙われるなんてあり得ないからだ。


 友軍をも巻き込む攻撃など、軍隊にあってはならないのが当然だ。


 だが、現実としてそれが起きている。


「巡航ミサイルはストラスール軍が放ったものではないと?」


 その問いを口にしても、答えられる人物はいない―――、


 が。


『レーダーに反応。正面方向。数は五』


 ミサイルと同じ方角から、何かがやってきた。


 レーダーにはまず《UNKNOWN》と表示されて、


『識別信号を確認―――《()()()()()()()()()》。リンクス部隊の模様』


 《ヒビキ》の言う通りの表示になる。


「所属を隠さない?」


 その表示にチハヤは驚きながらも再び疑問を口にする。


 国が違うとしても、同じ連合に属した友軍の部隊を巻き込む―――どころか完全に危害を与える攻撃をするのは、国家間同士の亀裂になり得る。


 やるなら部隊の所属を明らかにする必要は無いだろう。


 だが、この部隊は所属を明らかにしていた。


 メインスクリーンに別ウインドウが現れて、その部隊が大きく表示される。


 五機のリンクスの内、四機は同じ機体だった。


 頭部は人の形とそう変わらないが、中央にモノアイ、左右にアイタイプの光学センサの複合式で透明なバイザーで顔を覆っている。


 無骨な胴体に埋もれているという印象を持たされるような頭部左右の装甲。


 他のリンクスと比べると大きい胴体と、それに似合わない、平均的なリンクスと変わらないサイズの手足。


 表示された機体名は《FW5 チェトラリー》―――ソルノープル法国で多く運用されている灰色のリンクスだ。


 どの機体も右手にライフルで左手にはシールド。


 両肩には垂直発射式のミサイルポッドが装着されていた。


 そして隊列の中央、先陣を切る一機だけが違った機体だった。


 曲面の多い装甲が多く色は白で各所に金のマーキングが施されている。


 高さは普遍的なリンクスとそう変わらないが、横に突き出た肩部と外に広がる形状の膝下の装甲レイアウト、接地面積の広いソールユニットから一回り大きく見える。


 背中のバックパックは湾曲した装甲で覆われたユニットが左右に二つ取り付けられており、そこからプラズマ化した推進剤が噴出していた。


 頭部の光学センサはゴーグル型で昔の鉄製ヘルメットのような、側面と後部についたすそのような部分は外側へ開くように曲がっていた。


 ひさし部分は鳥のくちばしのように尖っており、マスク部分は目元から前方向へ傾斜をつけて下るように前に伸びている。


 右手にはアンダーバレルを取り付けた大型のブルパップ式ライフル。


 左腕には先端が尖った大型のシールドを装着している。


 腰部には細身の実体剣が剝き身で左右に懸架されていた。


 どう見ても目立つその機体は、その一個小隊の隊長機だろうとチハヤは思う。


 その部隊は八〇〇メートル離れた位置で隊列を維持したまま停止する。


『こちら、《ソルノープル法国》《第六聖典》。聖女 《メラーニア》。我が友、リンクスの名は《ガロウズ》』


 その部隊―――それも中央にいる機体からだろう。


 通信にチハヤとそう変わらないような年頃とも思える、耳触りの良い澄んだ少女の声が乗った。


『オープンチャンネルです』


「レーダーの反応といい所属を明らかにするといい……。嫌な予感しかしないですよね……」


 毒を吐きながら、チハヤは操縦桿を押してフットペダルを踏む。


 向かう先は―――ラファール小隊がいる方角。


『秩序を乱す悪しき者どもよ。正義の光にひれ伏すがよい』


 その宣言と共に、チハヤの身体に悪寒が走る。


 照準警報だ。


 別ウインドウで拡大された映像には、こちらにライフルの砲口を向ける《ガロウズ》と呼ばれたリンクスが映っていて。


 四機の《チェトラリー》は、()()()()()()()へとその砲口を向けていた。


『こちらストラスール軍、ラファールリーダーよ! こっちは味方―――!』


 オープンチャンネルにアルペジオの声が乗った。


 ミサイル警報以外にも照準警報が鳴ったからだろう。


 困惑と驚愕が混じった声で制止を叫んだが―――、


『『『『『我ら、世に平穏をもたらさん―――』』』』』


 五人の揃った声が彼女を声を遮った。


 聞く素振りもない、身勝手な対応で。


『……撃て』


 メラーニアの無感情な宣言と共にライフルの砲口が火を噴いた。


 チハヤはそれと同時にフットペダルをより深く踏み込む。


 瞬間的な大推力の発生による加速で前に出て、FCSの予測込みで放たれた砲撃を回避した。


 そして、六〇〇メートルほど離れた場所に居た《フランベルジュ》と《マーチャーE2改》四機も散開してその一斉射撃を避ける。


「国が違うとはいえ、味方を撃ちますか……!」


 チハヤは憎悪の籠った声を吐いて、《第六聖典》と名乗った部隊をメインスクリーン越しに睨む。


 敵になってしまったとはいえ、アルペジオ達はチハヤにとっては友人達だ。


 そんな人達に危害を与えるような事をされて、それを見せられて黙ってはいられない。


 空中を飛ぶ《プライング》は前進し、上下左右にクイックブーストを何度も繰り出して飛来する砲弾と追いかけて来る第一波のマイクロミサイルの大群と距離を離しつつ、ラファール小隊の前を通過。


 両手のライフルだけをミサイルの群れに向けて、FCSがマイクロミサイルの一発一発を四角いマーカーで囲む。


 ライフルの光学照準器のレンズが対象を捕らえる為に絞られて、FCSが比較的近いミサイルを補足した。


 操縦桿のトリガーを絞る。


 発砲。


 数発ずつの連射を何度も繰り返して、アルペジオ達に向かって飛来する誘導弾をいくつも迎撃していく。


『―――この回線なら聞こえてるわね?! なんのつもり?!』


 コクピットに焦りと困惑が混じったアルペジオの声が流れた。


 見ているメインスクリーンに別ウインドウが表示されて、ラファール小隊のリンクス五機が回避機動を行いながらミサイル迎撃に動いている光景が映し出された。


 通信回線は切っていたはずだが、


『通信チャンネル、ブックマークの5番の周波数を受信した他、状況を鑑みて勝手ながら繋ぎました』


 《ヒビキ》が勝手に繋いだらしい。


 その事にチハヤは何かを言いたくなったが、状況はそれを指摘する暇はない。


 一息吐いて、通信のボタンを押す。


「―――私の個人的な都合ですよ。あとは自分で判断して下さい」


 そう淡々と言い放って、アルペジオが何かを言う前に通信を切る。


「《ヒビキ》。通信を繋ぐなら私に一言言ってください」


『了解』


 《ヒビキ》のあっさりとした了承にため息を吐いて、視線をミサイルに向ける。


 マイクロミサイルの数は多いが、《プライング》とラファール小隊の薄いながらも正確な弾幕でその数は減ってきている。


 けれど撃ち漏らしたミサイルは正確で薄い弾幕を潜り抜けて、狙った機体へと向かって行く。


『ミサイル接近』


 《ヒビキ》の警告と共に射撃を一旦止めて、その場で反転。


 飛んでくる多数のミサイルを見て、距離一〇〇メートルまで引き付けて《プライング》は右にクイックブーストを繰り出す。


 一瞬で横に動いた《プライング》を追い掛けるようにミサイルも旋回を始めて、それと同時に《プライング》は前に再度クイックブーストする。


 連続で繰り出された一瞬の加速は《プライング》をあっさりとミサイルの旋回半径の内側へと潜り込ませて、ミサイルの追尾から逃れる。


 チハヤに悪寒のような感覚が走る―――照準警報。


 右へ顔を向けて、先ほどよりも近づいてきた《第六聖典》の部隊がライフルの砲口を向けているのを視認する。


 マズルフラッシュ。


 チハヤは操縦桿を引いて、《プライング》を後ろへのクイックブーストで急制動。


 もう一度バックブースターを噴かして、後退する。


 《プライング》の正面をいくつもの徹甲弾や榴弾、曳光弾が地面に突き刺さり、爆ぜ、過ぎ去る。


 照準警報は鳴りやまない。


 右へ振り向いてから左へクイックブーストして放たれた砲弾を避けて、応撃で両手のライフルを《ガロウズ》とその機体に近い場所にいる《チェトラリー》一機に向けて発砲する。


 狙われた二機は離れるようにブースターを併用した跳躍で《プライング》の砲撃を避ける。


 《チェトラリー》と比べて重そうな《ガロウズ》だが、その速度は隣の量産機よりも速い。


 ブースターの推力は相応に大きいものかもしれないとチハヤは分析しつつミサイルの対応に思考を切り換える。


 殺到しているのは―――第二波。


 数えきれないほどの数のマイクロミサイルが先ほどと同じ数の振り分けで飛んで来ている。


 ラファール小隊の位置はとレーダーを見て《プライング》の後方、四時と五時の間の方角に居る事を確認する。


 そして《ソルノープル法国》の識別を放つ反応が四つ、《プライング》を迂回しつつ彼女らに近づいていて。


「―――っ!」


 照準警報の悪寒と共に《プライング》は左斜め後ろに下がるようにクイックブーストを行うが。


『右腕、ライフルに損傷。使用不可』


 機体には被弾はなかったが、持っていた火砲に当たってしまった。


 見ると銃身の側面―――バレルが通っている筈の位置に穴が空いていた。


 チハヤは迷うことなくそのライフルを捨てて、左手のブレードライフルを右手に持ち直す。


 撃ってきたのは白い重厚そうなリンクス―――《ガロウズ》。


 《ガロウズ》は機体と同様に白を基調に金のエングレーミングが施されたシールドを正面に構え、ライフルを向けつつ《プライング》に向かってブースターを噴かして接近を始める。


 跳躍と着地前のブースト機動によるを織り交ぜた基本的なリンクスの機動だがブースターの推力が普遍的なリンクスよりも強いのだろう、その急加速は《マーチャーE2改》とそう変わらない。


 《プライング》はクイックブーストを多用した乱数機動で、《ガロウズ》からの砲撃を避けつつ反撃でブレードライフルを小刻みに連射する。


 《ガロウズ》もブースターを進行方向とは逆方向に回避機動を行い、火器管制の予測からズレる事で《プライング》の砲撃を避けた。


「隊長機で専用機なだけはありますか」


 その動きと速度にチハヤはなるほどと頷く。


 専用機を任せられるパイロットというのはそれだけの能力を持った兵士が乗っているのが常だ。


 手強い相手だというのは間違いない上に、《ガロウズ》というリンクスのデータは―――近い機種も含めて《プライング》の記録上にはない。


 どんな機構を有しているか知らない以上は慎重に相対する他ない。


 チハヤはレーダーを見て、ミサイルの位置を再度確認。


 《ガロウズ》の位置と合わせて、敢えて背を向けるように振り返って、ブースト。


 一瞬で最高速度に到達して反転。


『照準警報』


 《ヒビキ》の警告と共に左へクイックブーストして、飛来してきた砲弾を避けてライフルの照準をミサイルに合わせる。


 《ガロウズ》の砲撃を避けながら短い連射を何度も繰り返してミサイルをある程度落とす。


 メインブースターを一旦切って、自然落下に入る。


 落ち始めて、一拍を置いて左前にクイックブースト。


 ミサイルの旋回半径の内側に入りつつ、《ガロウズ》に突撃しながら右手のライフルの砲口を向ける。


 発砲。


 狙われた《ガロウズ》は右手に持っていたライフルを下ろして、機体がシールドの背後に隠れるように構える。


 放たれた砲弾はシールドに阻まれていくつかは弾かれるものの残りはシールドに突き刺さるが、それまでだ。


 《プライング》は右手のブレードライフルを今度こそ―――振るうべく構える。


 クイックブーストして《ガロウズ》に急接近。


 左から右へ、横に一閃。


 《ガロウズ》はそれに応えるように、右腰のホルダーユニットから実体剣を左手に握って、片手で上から振り下ろす。


 金属同士がぶつかり合い、大きな異音とともに火花を散らす。


 《プライング》はそのまま右に逸れて、相手と距離を取る。




 ―――それで、見えてしまった。



「――――――!」


 右前方。


 《ガロウズ》が立つその向こうで起きた事態を、チハヤは見た。



 ミサイルのコンテナを背負い、長砲身のライフルからマシンガンに持ち換えた《マーチャーE2改》が《チェトラリー》の砲撃を受けて右肩の付け根と右腕と、右脚に被弾したのを見た。


 そして、マイクロミサイルがそこに殺到していた。


 リンクスを撃破しきれない小型のミサイルとはいえ、数が揃えば話は別で。


 被弾し、姿勢の崩れた状態ではすぐに動けないのは明白だ。


 そして残りのラファール小隊の機体は他の機体とミサイルの対応で一杯一杯のようで、一人の身に起きた事に気付くのに、遅れた。


 ただ一機―――短砲身の一二〇ミリ滑腔砲を持った《マーチャー》を除いて。



 とっさに、チハヤは操縦桿を押してフットペダルを踏む。


 《プライング》は一瞬で音速に到達できる程の大推力をもって《ガロウズ》の上を飛び越え、飛翔する。


 目の前にあるサブモニターに手を付けて、通信チャンネルを五番に変更し繋げ、


『―――待って、死にたくない―――』


 キャロルのその茫然とした声を聞いた。



 マイクロミサイルの一発が、ミサイルのコンテナを背負っていた《マーチャーE2改》の頭部に当たり、その衝撃で信管が作動。


 信管が爆ぜて、通常のミサイルよりも少ない炸薬がそれに反応して衝撃波と炎と構成部品をまき散らす。


 ミサイルとしては小さい爆発だったが、それでもリンクス―――《マーチャー》の頭部を吹き飛ばすには十分だった。


 それを合図とするように次から次へとマイクロミサイルはキャロル機の全身に隈なく当たるように殺到する。


 コクピットに聞くに耐えないノイズが走って、すぐに収まって。



 レーダーから《フォントノア騎士団》所属の《マーチャー》の識別が一つ消えた。



『―――キャロル!』


 今度はパトリシアの愕然とした声が通信回線に入る。


 パトリシアが乗る滑腔砲持ちの《マーチャーE2改》が、爆煙に隠れてしまったキャロル機の方に視線を向けた。


 その一瞬の自失と硬直は、敵から見れば十分な隙でしかなかった。


 パトリシア機の右に移動していた《チェトラリー》の一機が、ライフルの銃身下に取り付けたアンダーバレルから火を噴かせた。


 そこから飛び出した八〇ミリ砲弾は《マーチャー》の右大腿部に当たって炸裂する。


 弾種は―――HEAT砲弾。


 装甲に当たった瞬間に漏斗の様なくぼみが作られた炸薬が爆発。


 そのくぼみに合わせて付けられた金属ライナーが爆轟波により超高圧になり崩壊し、液体金属の超高速噴流―――メタルジェットが発生する。


 五〇センチ近くまでに達したメタルジェットは《マーチャー》の大腿部の内部にある機材を破壊して、そこから足先までの機能を停止させた。


 右脚に力の入らなくなった《マーチャー》はそのまま転倒するしかない。


 そして、そこにマイクロミサイルが殺到した。


 一つの爆発から連鎖的に始まる暴力。


 あっという間にパトリシアの《マーチャーE2改》が見えなくなって。


『―――え? キャロル? パトリシアさん?』


 二人の事態に気付いたクリスの茫然とした声。


 右腕の無い《マーチャー》が二機が居た場所を見て、固まって。


「クリス! 左に避けなさい!」


 その光景が見えていたチハヤが通信のボタンを押して、滅多に出さない怒声を上げて警告した。


 視線の先―――クリスが乗る《マーチャーE2改》の背後には、《チェトラリー》がいて実体剣を振り上げていた。


『―――っ!?』


 意外な人物の声に驚きながらも、クリス機は訓練でやってきたように、その指示に忠実に動く。


 《マーチャーE2改》は左へクイックブースト。


 《プライング》や《フランベルジュ》ほどではないとしても、通常のリンクス以上の急加速で背後から迫っていた《チェトラリー》の一閃を間一髪で避ける。


 そこへ、《プライング》は右手のブレードライフルを撃った。


 放たれた砲弾は吸い込まれるように《チェトラリー》の胴体にいくつもの穴を空けて、その機体は前につんのめるように転倒して停止する。


 殺到していたマイクロミサイルは、


『ラファール03! ぼさっとしてないでカバー!』


『―――了解……!』


 対応の一瞬の合間を縫うように、アルペジオの《フランベルジュ》とカルメの《マーチャー》からの射撃が《プライング》とクリス機に向かっていたミサイルを迎撃する。


 自分とクリスの分は何とかなったと呟きつつ、チハヤは《プライング》のライフルを持ち上げさせる。


 狙いは―――《フランベルジュ》とカルメの《マーチャー》に襲い掛かろうとするマイクロミサイルの群れ。


 発砲。


 フルオートで放たれた砲弾の雨は次から次へとミサイルを撃ち落としていく。


 撃ち残したミサイルは、僅か。


 回避できる数だ。


 《プライング》は乱数回避でそれを避け、近い位置―――二〇〇メートルまで近づいた《チェトラリー》に突貫する。


 《チェトラリー》はライフルを持ち上げ―――照準警報。


 右、左とクイックブーストして繰り出された射撃を避け、正面から右手のブレードライフルをもう一度とクイックブーストを繰り出して突き出す。


 ブレードの切っ先は敵機の胴体中央を捕らえ、深々と突き刺さる。


 右に振ってそのまま切り捨て、反転。


「そこ、ですか」


 ブレードライフルをリロードしながら、すぐに視界に入ったその場―――パトリシアが乗っていた《マーチャー》の残骸が残るその場の近くへ《プライング》はブースト機動で近づく。


 ブースト機動の勢いのまま両膝を地面につけて、地面をえぐりながら滑走。


 空いている左手で一二〇ミリ滑腔砲をかっさらうように拾う。


 銃火器と情報と電力を供給する手の平に設けられた《ストランディングシステム》が滑腔砲の情報を読み込み、ID認証を行って弾倉内の残弾を表示する。


 どうやら、火器の鹵獲を防ぐ為のIDロック―――プロテクトを変更してなかったらしい。


 残弾は四発で全て対装甲フレッシェット砲弾。


 それも信管作動距離を設定可能なモデル。


 運がいいとチハヤは独り言ちて、ブースターを焚きながら《プライング》を立たせて反転し、ジグザクの機動で後退する。


 そして飛来してきた第三波のマイクロミサイルの群れへその砲口を向けた。


 メインスクリーンに映るレティクルにいくつもの円が重ねられて表示される。


 チハヤにとってこの表示は見たことが無い、初めての物だった。


『《那由多OS》の解析により、子弾の予測散布界を五〇メートル間隔で表示しました。参考にどうぞ』


 《ヒビキ》の補足になるほどと呟いて、マイクロミサイルとの距離を見る。


 ミサイルの先頭とこちらとの距離は九〇〇メートル。


 今装填されているフレッシェット砲弾の危害半径は二五〇メートルで、弾速は秒速で八〇〇メートル。


「安全距離カット。信管作動距離を三〇〇で設定」


『了解』


 チハヤの指示に警告する事無く《ヒビキ》は砲弾の設定を変更していく。


『射撃、どうぞ』


 《ヒビキ》の言葉と同時に左の操縦桿のトリガーを絞った。


 そこから発せられた電気信号は回路を走って、一二〇ミリ滑腔砲に届いて薬莢の後ろにある撃針が雷管を叩いて爆ぜさせる。


 炸薬は一瞬で燃焼ガスへと変化して膨張し砲弾を後ろから押して、砲身内で加速した砲弾が砲口から飛び出す。


 飛び出したフレッシェット砲弾はコンマ四秒足らずで信管が作動する距離である三〇〇メートルに到達する。


 炸裂。


 一万という数の、三センチ近い矢状の子弾が飛び出して目前に迫ったマイクロミサイルの群れに襲い掛かった。


 危害半径内にあったミサイルのほとんどが爆発して、範囲に入ってなかったミサイルも次のフレッシェット砲弾による迎撃で爆発していく。


 三発、四発と撃って。


 ほとんどのマイクロミサイルを撃ち落とす。


 残り僅かなミサイルは―――《フランベルジュ》と《マーチャー》二機の射撃で撃ち落とされた。


 これで不意打ちにされたりトドメで来る事もないだろう。


 弾の無くなった滑腔砲を手放して、レーダーを横目に見る。


 周囲の状況―――まだ離れた場所にいるが距離を詰めてきた《ガロウズ》の姿と、残り二機になってもラファール小隊に攻撃し続ける《チェトラリー》を見てチハヤは後者に向かって突撃する。


 左に旋回して、メインブースターがプラズマ化した推進剤を吐き出して加速する。


 ライフルを正面に構えて二機いる《チェトラリー》の内、近い方の一機に向けて発砲。


 左からの攻撃に気付いた《チェトラリー》は後ろに下がってそれを回避して、《プライング》にライフルの砲口を向けた所で、別方向から飛来した複数の砲弾を胸部に受けた。


 撃った主は《マーチャーE2改》―――ライフルにシールドとブレードを肩に懸架した基本的な装備の機体―――カルメ機だ。


 カルメ機はそのまま射撃を続行する。


 《チェトラリー》はその放たれた砲弾を何発も胸部に受けて、そのまま仰向けに転倒した。


「……節約出来ましたね」


 その光景を見たチハヤは決して多くはない手持ちの弾薬を使わないで済んだと呟いて、残る《チェトラリー》に視線を向ける。


 残りの《チェトラリー》は―――たった今、《フランベルジュ》にブレードを胸部に突き立てられたところだった。


 胸部の中心―――コクピットとパイロットである人間がいるはずのその場所から《フランベルジュ》は刀型のブレードを引き抜く。


 これで、あとは()()


 チハヤはレーダーで《ガロウズ》の位置を見ようとして―――悪寒。


 咄嗟にフットペダルを踏んで、《プライング》は上に急上昇する。


 足元を砲弾が過ぎ去っていくのを見て、《プライング》はそのX字に並んだ四つ目の顔を右方向へ向ける。


 白に金のエングレーミングが施された曲面の多い装甲を持つリンクス―――《ガロウズ》がブースターを噴かして二〇〇メートル近くまで接近してきていた。


 《ガロウズ》はライフルの弾倉を交換して再び持ち上げるが、その先は《プライング》ではなかった。


 そのライフルの向けられた先には―――片腕を無くした《マーチャーE2改》。


 それはさせないと、《プライング》がライフルを数発ずつ撃つのと、《ガロウズ》が左に急加速したのが同時で。


 ライフルの銃身下の散弾砲が火を噴いた。


 クリス機は回避機動を行うが、散弾の子弾が膝から下を捉えて装甲や駆動系を穿ち転倒する。


 せめてもの抵抗か、左手に持ったマシンガンを《ガロウズ》に向けるが―――それはライフルによる射撃で腕ごと破壊された。


 あとはもう撃ち殺されるだけの状態だが、


「―――私を無視ですか」


 チハヤは悪態をつきながら、それを防ぐ為に相手の左に回り込んで砲撃した。


 《ガロウズ》は後ろへ、背中と脚のスカート内側にあるブースターだけで跳躍して回避する。


 もうクリス機には興味がないのか方向転換して、再度加速した。


 その先には―――シールド持ちの《マーチャーE2改》。


 カルメ機だ。


 もう流石に、何故味方を攻撃するのかと聞く意味を失ったと理解したのだろう、カルメの《マーチャー》とアルペジオの《フランベルジュ》は手に持ったライフルで牽制を始める。


 チハヤは狙いが自分に向くよう、《ガロウズ》と追いかけつつ射撃を継続する。


 その攻撃に対して、《ガロウズ》は乱数機動や緩急をつけたクイックブーストであくまで回避を専念する。


 そして、カルメ機のライフルのボルトが後退して止まる―――弾切れだ。


 左肩を前に出してシールドの影に入るようにし、空になった弾倉を落として次の弾倉をライフルに差し込もうとする。


 その隙を、《ガロウズ》を駆るメラーニアは逃さなかった。


 《フランベルジュ》のライフルの砲撃を左へブースターのみで跳躍して回避し、散弾砲を連射する。


 二発で《マーチャー》のシールドに多数の穴を空け、カルメ機は後ろに跳躍して離れる。


 空中に飛び出した《マーチャーE2改》へ《ガロウズ》はライフルを小刻みに撃ちこむ。


 カルメ機は左、右とクイックブーストを行うが、立て続けに飛来してきた散弾を左腕に被弾してしまった。


 衝撃で姿勢を崩し、背中から地面に墜落する。


 《ガロウズ》はトドメを刺そうとライフルを構え直すが、そこにチハヤの《プライング》が横から最大速で体当たりした。


 金属同士がぶつかり合う音が鳴り響いて《ガロウズ》は弾かれ、ライフルはその砲口から火を噴くも狙いを大きく外して地面を耕す。


 体当たりを受けた《ガロウズ》はしかし、空中で姿勢を修正すると右腰に懸架していた実体剣を左手で抜き放ち、《プライング》に向かって斬りかかる。


 《プライング》は後ろへクイックブーストしてそれを避ける。


 そしてそのままブレードライフルを構えて、発砲。


 至近距離で放たれたそれは、《ガロウズ》は右肩と右脚のブースターを同時に噴かしてロールして、落下しつつ避けた。


 そのまま地面に着地して―――その瞬間を、《フランベルジュ》が刀を上段から振って襲い掛かった。


 《ガロウズ》は左手の実体剣を構えてその一撃を受け止める。


 どちらもブースターからプラズマを吐き出して、押し切ろうとするが―――どうやらお互いの機体重量とブースターの出力のバランスが釣り合うほどに近いらしく拮抗の状態になる。


 横から襲おう、とチハヤはフットペダルを踏んでクイックブースト。


 《ガロウズ》の右側、シールドのない方向に回り込んでライフルを向けようとして。


『隊長! 離れて!』


 クリスの声が通信に乗ったのと、《ガロウズ》が後ろに飛び退いたのが同時だった。


 ―――その背後、三〇〇メートル―――。


 そこに膝を地面に付けた、胸部を穴だらけにした《チェトラリー》がライフルを構えていた。


 カルメが撃って転倒させた機体だった。


 どうやらパイロットと機体の中枢は悪運強く無事だったらしい。


 ライフルの砲口は《フランベルジュ》正面から狙っていて―――。



 アルペジオの《フランベルジュ》はそれに釣られて前につんのめり、ブースターを切って数歩よろけつつ進んで、止まったところだった。



 ―――。



 チハヤは迷わず、操縦桿を押してフットペダルを踏む。


 物理的に入力された情報と、システムで読まれた思考が一瞬ですり合わせられて、《プライング》のメインブースターが吠える。


 瞬きする暇も無いような加速と移動が起きて、《フランベルジュ》の隣に移動。


 そして、もう一度クイックブーストして。


 金属同士がぶつかる音がした。


 弾かれたのは《フランベルジュ》で。


 入れ替わるようにそこに来たのは《プライング》だ。


 チハヤは、一つの寒気が身体を走ったのを自覚した。


 ―――避けるには、時間が無かった。


 右脚を一歩分下がらせ左半身を正面に。


 空いてる左腕を胸部に持って来て、コクピットがその影に入る位置に止める。


 そして、《チェトラリー》がライフルをフルオートで撃った。


 片手で射撃する以上は暴れるが、放たれる砲弾は明後日の方角に飛んで行くものは多いが、《プライング》に当たるものも多かった。


 断続的に発生する、被弾の衝撃とその揺れをチハヤは受ける。


 そして、コクピットのメインスクリーンにヒビが入って、ガラスを散らす。


 チハヤは思わず、左腕を顔の前に持ってきて、破片が顔に当たらないように防ごうとして。 


「―――っ!」


 何かが左腕に刺さったような、焼けるような痛みを覚えた。


 メインスクリーンの破片でも刺さったのだろうか、なんて考えて。


『接近警報』


 《ヒビキ》の警告。


 どこから、と知る前に衝撃が来た。


 左腕を正面に持って来て防御の姿勢を取った《プライング》の正面。


 そこへ《ガロウズ》がライフルの銃身下の散弾砲を撃った。


 至近距離の散弾砲は、大抵のリンクスを沈黙させるには十分な威力があった。


 直撃。


 《プライング》の左半身の装甲に複数の穴が開く。


 そして、コクピット内のメインスクリーンは更にひび割れ、


「―――っ!!!!」


 先ほどと似た、より激しい痛みが左の太腿と、左の二の腕と右の前肢に走った。


 何が起きたのか、チハヤには分からなくて。


『―――。―――。―――』


 《ヒビキ》が言う言葉が聞こえなかった。


 見えていたのは、シールドで殴ろうとする白と金のエングレーミングが施されたリンクスだった。


 次の瞬間―――衝撃。


 後ろに倒れる感覚は、わかった。


 そして、落とされたような衝撃と共に、彼の意識は―――。






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