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並行異世界ストレイド  作者: 機刈二暮
[第九章]Fall out
216/441

思惑と行動




『……話はわかりました』


 宙に浮かぶ三胴艦―――《ウォースパイト》の艦内。


 メインブリッジと格納庫の丁度中間辺りにあるミーティングルーム。


 二十人ぐらい入れそうな広さを持つ部屋の中央に設置させられたテーブルの上にアルペジオの《アイサイト》という通信端末が置かれていました。


 その正面には私が座っていて、フィオナさんとデイビット、バレットさんが私を囲んでいました。


『地面が揺れてフォントノアとアルペジオに連絡取れないと思ったら、あなたのスパイ疑惑からの離反報道でどういう事かと混乱してましたが……。―――なるほど、そういう事だったんですか』


 スピーカーモードで、《アイサイト》から知っている女性の声が発せられました。


『とにかく、無事で何よりですチハヤさん』


「無事……ではありますけどね……。もう立場は脱走兵にして『犯罪者』ですが」


 電話相手の安堵の言葉に、私は今の立場をもう一度言いました。


『状況から考えれば、そうするしかなかったと思います。―――確かに、私には貴方達の無実を証明出来ませんから。―――でも、アルペジオの《アイサイト》で私に連絡したのは良い判断ですよ』


 これなら傍受されるリスクは低いと電話の相手は私を褒めてきました。


 ―――実際は、一度電話をかけて、何かに気付いた相手が向こうから別の《アイサイト》でこちらに掛け直したのですけれど。


「それで―――アリアさん」


 そう、電話の相手の名前を呼びました。 


『―――これからのあなた達の行動ですか?』


 電話の相手―――アリアさんは私が言おうとする概要を言い当ててきました。



 そう。


 私は今、アルペジオの異母姉であり、シスターことフランチェスカ・フィオラヴァンティの教え子でもあるアリアさんに、レドニカ第五基地で起こった事を話したのです。


 どこから話すか考えはしましたが―――まずは地震の四日ほど前に大量破壊兵器を回収してしまい、HALによって《ウォースパイト》に収容、解体したこと。


 地震があった事と、それを原因とする電気を初めとするインフラの停止。


 その翌日の《コーアズィ》対応任務でフィオナさんの父を救出して、結局は間に合わなくて。


 次の日―――つまりは昨日。


 その埋葬直後に、《第十一騎士団》を名乗る部隊に私は無実の罪で拘束されて。


 フィオナさんは人間の何倍も長寿な存在である事から実験サンプルとして拘束。


 デイビットもリンクスに乗れる男性であり、クローンということもあってフィオナさんと同様に拘束。


 フォントノア騎士団のほとんどの人は聴取を理由に軟禁状態に置かれて。


 そこからHALとテルミドールと、バレットさんの協力でフィオナさんとデイビットを救出して、アルペジオの《アイサイト》を奪って、《プライング》を強奪して脱走して、今に至ります。


 まあ、バレットさんの存在はまだ隠しているんですけど。



 そして、今の私達の身の上も大体把握する事が出来ました。


 私が今回の首謀者で捕縛対象。


 フィオナさんは人間ではない、異世界から来た人型生物で捕獲推奨。


 デイビットは帝国が造った人工生命体で、生死問わない捕縛命令。


 HALと《ウォースパイト》は鹵獲命令が出ているそうです。




『コトネさんの言葉通りなら、このまま《ポロト皇国》へ行くつもりですね?』


 行く先を言おうと思ってましたが、どうやらコトネから話を聞いていたようです。


「はい。エルネスティーネ少将がどんな思惑でそう助言して来たのかわかりませんが……」


 そのアリアさんの言葉に肯定します。


『一応、リンクスを建造出来るだけの技術力はありますし、ストラスールとは友好的ではあるけど……。帝国の人がそこへ行け、というのは意図が読めないですね』


 困ったものです、という言葉が流れてきました。


『かと言って、私達にはあなた達の無実を証明することが出来ません。庇いたいところなんですけど……』


「私が異世界人であるが故に無実を証明するには帝国との繋がりに関する情報がなくて、強引に庇えばアリアさんはおろかストラスールの連合内の立場も危うくなる、と」


『……はい。申し訳ありませんが……』


 声音からでもわかる程に申し訳なさそうな声の肯定が返ってきました。


「……やっぱり、《ポロト皇国》へ逃げるしかないですか」


 ため息交じりに呟く。


『そう、ですね……。それしか助かる道はない、と思います』


 ―――当然ですよね。


 私は異世界人ですし、ほとんどレドニカに居ましたから。


 人間関係や組織絡みのほとんどは、フォントノア騎士団とオルレアン連合軍技術研究所で完結しています。


 そして、地震の影響で通信障害の発生で連絡は取れない状況下で事が進んでしまったのです。


 後戻りも出来ない。


『それで、チハヤさん?』


 短い時間の沈黙をアリアさんが破りました。


「はい」


『《ポロト皇国》へ行くという事は、そこに《ポロト皇国》からのスパイとか、居ますね? 例えば―――バレット・ウォーカー氏、とか』


「………!」


 確信を以って訊かれた事に、私は驚きました。


 個人的に、よく長い間スパイ活動がバレなかったものです、とは思ってましたが―――どうやら尻尾は掴まれていたようです。


 一先ず、視線で『どうします?』とバレットさんに聞いてみます。


 当人であるバレットさんは目元はサングラスで隠れてわかりませんが、口元は『マジか』という形をしていました。


 まあ、当然ですよね。


 ピンポイントで《ポロト皇国からのスパイ》と言い当てられているのですから。


「初めまして、アリア・シェーンフィルダー殿下。……よく、ご存じで」


 私が何かを言うよりも早く、バレットさんがあっさりと口を開きました。


 《ポロト皇国》へ行くと決まってますし、もう隠しても仕方ないと思ったのでしょうか?


『ああ、やっぱりチハヤさん達と一緒に脱走したのですね。―――初めまして、バレット・ウォーカーさん』


 まるで予想が当たった事を喜ぶように、アリアさんは言います。


『五年ほど前に、技研に《ポロト皇国》からの産業スパイが何人も入り込んでいると調査で分かりまして。リンクス技術も軍事技術という機密ですけど、《ポロト皇国》って歴史的に他国に侵略戦争しない国ですからね。それに、帝国の侵略がいつか《ポロト皇国》まで来て、戦争になると思えば技術の一つや二つぐらいいいでしょう、って見逃してたんです』


 だから人数の確認と時々の監視程度に留めてて知っていた、と彼女は言いました。


「見逃してて大丈夫なんですか?」


 思わず口を挟んでしまいました。


 その理由だとはいえ、スパイを見逃すなんて反逆もいい所でしょう。


 私が言えた口ではありませんが。


『大丈夫です。調査したのは私の個人的で何気ない指示ですし、それら全て隠蔽したのも私です』


 どこかの命令で調査した訳ではない、とアリアさんは言います。


『何かあったらこれを利用しよう、と考えてはいましたけどね。―――こういう形で接触するとは思いませんでしたけど』


 そんなアリアさんのさらっと明かされた事実と言いますか、あまりにも雑な方向から発覚したという話に、バレットさんは頭を抱えます。


「……どう反応したらいいんだ? 実にいい加減に身元洗われてバレてて、軽い気持ちで見逃されてたことによ?」


「さあ?」


 そんなバレットさんに対して私は冷たくあしらいます。


 私にも思う事はありますが、そこは今考える所ではないでしょう。


 《アイサイト》からはアリアさんのクスクス笑う声が流れています。


 バレットさんの反応が愉快なのでしょうか。


『―――一先ず、バレットさん。チハヤさん達を利用して、そっちで何させる気ですか?』


 気を引き締める一拍を置いて、アリアさんはそう尋ねました。


 声の様子からも、不審がっているのがわかります。


 それもそうですよね。


 いくら見逃していたとはいえ、リンクスの研究を盗み見ているスパイなんて信用できる訳がありません。


「―――祖国でのリンクス開発に協力して貰おうかと、ね。まだ交渉は煮詰めていないが、基本的にはチハヤ達の要求は可能な限り全部応えるつもりでいる」


 私達にも言っている言葉をバレットさんは言います。


 嘘を言っている様子ではないですし、HALも嘘の可能性は低いと分析しています。


『チハヤさん達優位である、と?』


「はい。皇国内に限ってなら、身の安全と生活や行動の自由も保証します。暮らしたい町があるなら……それも呑むつもりです」


 バレットさんの説明に、アリアさんは「……ふむ」と唸る声を出しました。


『もし、チハヤさんが「リンクスにはもう乗らない。街の中で生きていく」と言った場合は?』


 そう、彼女は仮定の話を上げました。


 私は別にデータ取りの為なら―――とは思ってますが、いつか降りてその国の日常に溶け込んでいく事も考えれば、ずっとリンクスに乗り続けることはないでしょう。


 いつか、降りる日が来ます。


 その時、バレットさん―――の上の人間がどう判断するのか。


 バレットさんはどう思っているのかを、アリアさんは聞きたいのでしょう。


 その問いに対して、バレットさんは、


「その時は……その意思を尊重しますよ。嫌がる相手に強要するほど俺と同僚、上司は人間腐ってないしそういう強制を祖国はしません」


 はっきりと自分の考えと言い切りました。


『その言葉、信じても?』


「信じてもらう、しかないです」


『………』


 そう問答して、沈黙が訪れました。


 アリアさんは、バレットさんや背後にいる存在が果たして信じるに値するかと測っているのでしょう。


 調査で分かっている事や《ポロト皇国》の外交姿勢。


 そこから来たスパイの今までの行動を鑑みているのでしょう。


 でも、沈黙はそう長く続きませんでした。


『……チハヤさんは私の師、フランチェスカの―――世界が違えど、同じ存在の教え子です』


「……はい」


『あなた達が―――《ポロト皇国》がチハヤさんに危害を与えたら、その時は覚悟して貰います。―――彼と、その友人たちを無事に皇国まで案内してください』


 その言葉が意味する事は、つまり。


「信じて、頂けると?」


『全て、ではありませんよ。現状、チハヤさん達を遠くに逃がすしかない、と判断しただけです』


 バレットさんの言葉に、アリアさんはそう釘を刺しました。


 現状、私の無実を証明する手立てはありません―――と言いますか、『人間ではないと判断されたフィオナさんとデイビットを連れ出す』という完全に反逆者同然の事をやってしまって、庇う事すら出来ない状況です。


 そして、逃走する私達を捕らえようと追撃部隊が迫ってきているでしょう。


 私達が助かるには、オルレアン連合の勢力外へ逃げるしかありません。


「……ありがとうございます、アリア殿下」


『まだお礼は早いですよ、バレット・ウォーカー』


 相手は見えないのに、頭を下げて言うバレットさんに向けて、アリアさんは制しました。


 まだ、逃げきれてないのですから。


 それは確かに『まだ』でしょう。


『一先ず、チハヤさん。何か私に出来る事はありますか?』


 そう言ってアリアさんは次の話へと切り替えてきました。


「はい。アリアさんじゃないと出来ない事があります」


 そう話を振られて、私は頷きました。


 やって頂きたい事は、そこそこあります。


「本題から話しますけど、《ウォースパイト》には現在、使い方次第では10万以上の人間を殺害出来る大量破壊兵器が分解状態で―――正確には使えないよう部品のほとんどは破壊済みで、メインユニットは複数に分割して専用容器に納めた状態で積まれているのは話しましたね?」


『はい』


「それを棄てたと思わせる為に、ストラスールの属国で《天層山脈》に近い―――《グリシュフ》の北西部の平原から《ウォースパイト》の主砲を使って、破壊済みの部品だけを《天層山脈》に向けて発射します。―――それを、ストラスール陸軍で確認できる様に謀って欲しいのです」


 それは、昨日の夜。


 居住区画からブリッジに行くまでの間にHALと話した事でした。


 ―――連合の勢力圏外へ逃げれたとしても核兵器を持ったままでは、いずれ奪いに来るのではないでしょうか?


 そうでなくとも、存在を知って欲しがった誰かが所構わず襲撃してくるかもしれません。


 これでは、逃げた先(ポロト皇国)でも戦火を呼び込む事になります。


 それでは、連合から出ていく意味がありません。


 私はともかく、フィオナさんとデイビットのこれからという未来に暗雲を立ち込めさせる事になってしまいます。


 それは、何とかして防ぐべきです。


 そこで、探すことが困難な場所へ捨てたと見せて、追う意味を無くそう―――という魂胆です。


 撃つ場所はストラスールではありませんので、属国とはいえ他国に自国の軍隊を派遣するなんて真似は出来ないのが普通なのですが―――連合加盟国同士なら緊急事態やその国で対応が出来ない事を理由にしてしまえば、出来ます。


「私達を追っても得たい物は得られない。意味がない―――という判断が下るように誘導したい」


 昨日の夜、HALと話した事をそのまま伝えます。


 因みに、肝心の細かく封印したプルトニウムは東の大洋にばらまく事にしています。


 『いいんですかそれ』とか汚染どうこう―――と言われそうですがHAL曰く、使用済み原子炉を海洋投棄した例とくらべればまだマシだそうな。


『《グリシュフ》……。確かに、我が国ストラスールの属国で遠い国。そして東に行けばすぐに連合の勢力圏外ですけど、《天層山脈》からそこまで近くない国ですよ?』


 私が言った国名に、アリアさんは疑問を口にしました。


 主砲で撃つとは言え、軍艦の大砲の射程などそう遠くまでは飛ばないのでは、と思ったのでしょう。


「HAL曰く、《ウォースパイト》の主砲なら届くそうです。曰く、これでも射程が短くなったそうですけど」


 アリアさんの疑問に私は説明します。


 《ウォースパイト》の主砲ことレールガンの現在の射程は砲齢を超えて運用し続けた結果で一〇〇〇キロメートルが限界。


 《天層山脈》にやや近く、すぐに連合の勢力圏外に出れる連合加盟国でストラスールの影響を受けやすい国は、と選定(HALが調べた)した結果、《グリシュフ》という国が丁度よいとなったのですが。


 そう説明して、アリアさんは『なるほど』と返してきました。


 レールガンという、電磁誘導によって火薬よりも弾体を加速させる事ができる砲ならそこまで射程が伸ばせるという事をどこかで聞きかじっていたのでしょう。


『……本当に離反になってますね……』


 そして。


 呆れ半分、諦め半分の口調でアリアさんは言いました。


 そう。


 この行動は、離反以外の何物でもありません。


 スパイとしてどこかに提供するのでもなく、諦めて所属していた組織へ提出するのでもないのですから。


 アリアさんは電話越しにわかるため息一つ吐いてから、確認するように続けます。


『……チハヤさん。今、あなた達には捕縛命令が全軍に通達されているのですよ?』


「……はい」


『それを実行した場合―――最悪、殺害命令になるかもしれません。それがわかっていますか?』


 アリアさんがその言葉を言ってすぐ、私の左後ろで物音がなりました。


 フィオナさんが反応したのでしょう。


「ええ、わかってます」


 それに構う事無く、私ははっきりと言いました。


「でも、こうしないとHALと《ウォースパイト》は一生追われ続けますし、同じくフィオナさんとデイビットも関係者扱いされて追われる立場になるでしょう。―――それならいっそ、回収できない場所へ捨てたと見せればいいと思うのです」


 そして。


「これの実行を私が主導、実行したとなればより殺害命令へ変更する確率が上がるでしょう。―――だから、私はその場所で一旦 《ウォースパイト》と別れて、その場で追撃部隊と交戦してほどほどに被弾して、追撃部隊を返り討ちにして逃走します」


 私が考えていた今後の予定を口にしました。


 《ウォースパイト》がレールガンで《天層山脈》へ核兵器の部品だったものを撃って、その場から離脱。


 その追撃を、私がその場に残って《プライング》で足止めして食い止めます。


 被弾しつつも追撃部隊を全滅させて、その場を《ウォースパイト》が逃げた方角とは違う方角へ離脱。


 連合の勢力圏外まで逃走して予め決めたポイントで合流。


 そして、《XFK39》―――《プライング》のコクピットと中枢であるコアユニットだけを引き抜いて、フレームを破壊して投棄。


「そして、私は何者かに殺害されたと偽装して、《ポロト皇国》へ」


 そうすれば、ほとんどの組織は追ってこないでしょう。


 探されるかもしれませんが、帝国に一時的に捕虜になっていましたし、帝国のスパイと嘘報告をまともに信じていれば《ポロト皇国》へ行くとは思えないでしょう。


『―――で、私にあなたの死を偽装して欲しいと』


 私がお願いしようと思っていた言葉を、アリアさんが先に言いました。


 私は「はい」と短く返事を返します。


 レールガン発射時刻は明日の午後三時。


 そして、合流は夕方の六時頃、《グリシュフ》の東の国境付近を予定しています。


 その後の二時間後ぐらいに捜索でアリアさんの息が掛かった部隊が発見できればそう偽装する事が出来るはずです。


 楽観的かも、しれませんけど。


「……お願いしても、よろしいでしょうか?」


『………』


 私のお願いに、アリアさんは電話越しでも聞こえる程に大きいため息を吐きました。


 それが呆れなのか、他に選択肢がない事への諦観なのか。


 あるいは、情報操作等をやるに当たってのプラン構築なのか私にはわかりませんが。


『……わかりました。なんとかしてみます』


 僅かな思考する時間の後に、アリアさんは了承してくれました。


 私の『お願い』を聞くのはきっと、シスター(正確には並行世界の同一人物ですが)の教え子だからでしょう。


 そうでなければ、協力しないかもしれませんが。


 ―――まず、一つの協力は取り付けることは出来ました。


 あとの憂いは。


「あとは―――フォントノア騎士団の皆を理不尽な糾弾から守って下さい」


 離れてしまった以上、今の騎士団の人員がどういう扱いになっているかわかりませんが―――事が終われば、(チハヤ)という裏切者を出したという事を理由に中身のない、不必要で意味のない責任の追及が始まるでしょう。


 もしかしたら、何らかの罪にさえ問われるかもしれません。


 その理不尽に対して反論や抗議が出来るのはアリアさんだけでしょう。


『それは当然です。―――完全に無実は無理かもしれませんが、あくまで形だけの処分に話を着地させるぐらいにはしてみますよ。脱走の不備は第十一騎士団とか名乗るクナモリアル編成の部隊にありますし』


 私が話したその時の状況を利用させてと貰うと、どこか恨めしそうで不快そうな声で言いました。


 この状況―――嘘の情報で自分の知り合いや家族が振り回されているのは、よっぽど不快なのでしょう。


 それも、片方は庇えない状況になってしまっています。


 これで黒い感情を持つなというのは少し無理な話にも思えます。


『でも、そこまで上手く交渉に根回しが出来るとは思えません。あなたと戦わせる事で無実を証明させるなんて話になってしまうかも……。《プライング》相手に戦えるリンクスもパイロットも、ストラスール軍の中ではフォントノア騎士団しか思い当たらないのです』


 一転して、暗い話に変わりました。


 そういえば、そうです。


 私と《プライング》の動きに対応できるのはフォントノア騎士団に所属するパイロットぐらいなものです。


 ―――勝つならコトネ一択でしょうけど、彼女の今の立場的にそれは厳しいでしょう。


 他の部隊や他国の部隊はわかりませんが、数と作戦次第でどうとでもなりそうだとは思うのですけれど。


「その時は―――私と交戦させて殺害しないといけなくなった場合は、そのまま私と戦わせて下さい。―――私の方で、なんとかします」


『なんとかしますって……! アルペジオと殺し合う事になるんですよ!?』


 私の発言に、アリアさんは珍しく声を荒げました。


 自分の家族と知り合いが殺し合う。


 そんな状況は彼女にとって、起きて欲しくない状況でしょう。


 ―――私もそんな事したくないのですが。


「最悪、ですよ? ―――それに、相手がその気でも私にはその気はありません。やってきたリンクスを戦えないようにしてしまえばいいのですから」


 ―――手足だけを狙って、作戦行動が出来ないようにする。


 例外なく。


 コトネが平然とやっていた事を、私がやる。


 難しい話です。 


『簡単に言いますけど……』


「でも、そうするしかない……と思います」


 アルペジオ達だけ殺さなかったら余計に疑いが広がってしまうだけ。


 それに、動かされる人達のほとんどは連合軍上層部が流した嘘の情報で踊らされます。


 そんな事で命を落とすなんて、いいはずがありません。


『………』


 また、アリアさんはため息をつきます。


 今度の感情は何かは、わかりません。


 籠っている感情は、三つや四つでは無いでしょう。


 一分か、二分か。


 或いはそれらの二倍にも感じる


『……わかりました。その時は、お願いします』


 しばらくの沈黙の後、アリアさんは悩ましそうな声音と共に言いました。


 苦渋の決断でしょう。


「はい。―――それでは、あとの事はお願いします。アリアさん」


 頷いて、私はアルペジオの《アイサイト》を手に取って通話を切るべく、そのボタンへ指を掛けます。


『チハヤさん』


 そのタイミングで、アリアさんが私の名前を呼びました。


「……はい」


『どうか、ご無事で』


 願い聞こえるその言葉と共に、アリアさんとの通話が切れました。






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