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並行異世界ストレイド  作者: 機刈二暮
[第九章]Fall out
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一休み




 そこはとても見晴らしのいい、広めの場所でした。


 正面と左右には防弾ガラスがはめ込まれた窓があって、その窓の上には大きなモニターがいくつも並んでいます。


 窓を正面に捉えれるようにいくつものコンソールが並べられ、椅子も用意されていました。


 そして部屋の中央、一段高くされた所にはスティック状の操縦桿と前後に動かせそうなスロットルレバーが座席の左右に取り付けられた、リンクスの操縦席のような座席が鎮座しています。


 そして部屋の後ろ、この部屋で一番高い所には艦長席でしょうか。


 左右をキーボードとモニターで挟まれる形になっている座席がありました。


 ここが、《ウォースパイト》のメインブリッジ。


 《ウォースパイト》が稼働している以上はここのコンソールにも光が灯っていなければおかしいのですが、どうやらコンソールやモニターに映像や情報を出力、反映していないからのようです。


 正面と左右の窓から見える景色はまさに雲の上。


 本来、私達が立っているはずの大地は遥か下。


 月明かりに照らされいて、どこが森でどこが湖で、どこに町があるのかがわかりました。


 静かとは言えば、静かな空間。


「朝までは休める、とはわかってるんですけどね……」


 私はそう呟いて、艦長席に繋がる階段に座ります。


 《フォントノア》騎士団が駐留するレドニカ第五基地を離れて小一時間。


 もう日付が変わる頃であり、話をするにも体力はともかく精神的な疲労は無視できませんでした。


 ―――私はともかく、フィオナさんにとってはこの二日間は辛いばかりの出来事の連続です。


 彼女の父親が重傷でやってきて、ICUまで運べてももう手遅れで。


 彼の最後を看取り、埋葬という別れを経て心の整理がつく前に、人ではなく研究資料として拘束されて。


 ここまで自分を取り巻く環境が激変したら精神的に疲れてしまうでしょう。


 ―――事実、フィオナさんはシャワーを浴びてから「今日は一緒にいて」とお願いしてきましたし。


 彼女が寝るまで手を握っていて、眠りについたのを確認してからここに来たのですが。


『今の気分では寝れないようで、チハヤユウキ』


 私から見て右のコンソールに光が灯されて、聞き慣れた事務的で抑揚のない男の合成音声が流れました。


「……妙に、目が覚めてますからねー」


 HALの問いに、素直に答えます。


 そう。


 妙に目が覚めているのです。


 眠気が無いとも言いますか。


 ―――元の世界での、《黒い球体》が発生してからの十一ヶ月間で経験した、夜通しで見張りしていた時と似たような感覚。


 起きて見張って、備えてないと不安で仕方ないという感覚です。


 ―――行く先はあっても、今の私達に味方は居ないという状況がその感覚を呼び起こしたのでしょう。


 もしくは、居住区画からここまで来る間に、HALと話した『《ポロト皇国》に行く前にやる事』を話し合って頭を使ったので目が覚めてしまったか。


『フィオナと寄り添って睡眠を摂る事を推奨します。彼女も精神的に疲れていますし、寂しいはずですよ』


 HALのその言葉に、私は「うーん」と唸り声を出しました。


 わかってはいるのですけれど、一人でいたい気分でもあります。


『―――と、言いたいのですが』


 HALはそう含みのある物言いをしました。


『あなたの場合、《XFK39》による《linksシステム》の脳への書き込みの影響―――精神負荷や後遺症の類が新たに発症したのかもしれません』


 その言葉に、それも考えれますかと私は思いました。


 人型兵器 《リンクス》はこの世界の呼称の元でもある操縦システム《linksシステム》に適性が要求されます。


 ―――要求されますが、それは誰にでも適性はあるので動かせるのですが、問題があります。


 システムへの接続時や切断時に何らかの身体的不調が現れるという、無視はできない問題が。


 男性はこの症状は酷く、頭痛や嘔吐感。


 飢餓感や幻肢現象などあらゆる症状が現れるのだとか。


 それは女性であればとても軽い、あるいは無いに等しい為ほぼ全てのパイロットが女性となるのです。


 ―――ですが、HALが来た世界ではこれを克服するべくあらゆる実験が行われたそうで。


 その結果の一つが、《プライング》こと《XFK39》。


 《linksシステム》のプリグラムの一部を脳に書き込み、搭載したAIにパイロットの思考を読ませ操縦に反映させることで負荷を軽減するという手法です。


 それ故に私は《XFK39/N53》―――《プライング》というリンクスを難なく操れるのです。


 ―――ですが、これには代償とも言うべき後遺症が存在しています。


 詳細は予測不可。


 何らかの異常や不調で推察するしかありません。


 HALの話によると、脳のどこへデータを書き込んだのかわからないが故の後遺症だそう。


 現状、私はアルコールの分解速度の高速化や髪の毛の伸びが異様に早くなっていたり、平熱の低体温化という新陳代謝の変化です。


 内分泌系へ書き込まれたが故の異常、というのが現状の推察ですが。


 このまま悪化したら、メラニン色素の生成異常になり肌が白くなるのと肉体年齢の固定化が待ち受けているとHALは言っていましたか。


「まあ、それなりに何度も乗ってますからね……」


 HALの言葉に、何か後遺症が発生してもおかしくはありませんけどと言います。


『男性の《linksシステム》切断時の症例の一つに過覚醒というのがありました。それを発症したのかもしれません』


 今回が初めてなのでわかりませんが、とHALは続けて言いました。


 確かに、まだ検証もしていない事なので『これ』と決めつけれないですからね。


『そうであっても、しばらく待てば解消する後遺症です。そこまで重く考えなくてよいかと』


 その付け足しにそうですかと私は返します。


 ―――それなら、まだここでのんびりしましょうか。




 ―――等と言って、頭の中で考える事はそれなりにあります。


 朝が来たら、バレットさんと話して今後について話をしないと。


 《ポロト皇国》に渡るなら、私達の要求はある程度は呑むと言ってましたし、とことんまで要求してもいいでしょう。


 まずは私達一行の、皇国の憲法と法の下の平等や人権の適用の確約は絶対。


 フィオナさんはエルフ(話では不老なだけで寿命は人間並みだそうですが)で長寿の身ですし、デイビットはデザインチャイルドの類。


 HALに至っては自我を獲得したAIです。


 この人達を、人間扱いして貰わなければ。


 あと、テルミドールに手を出さない事も要求しないと。


 テルミドールは……なんなのでしょう?


 普段は黒いふさふさな体毛と尻尾を持つポメラニアンのような犬―――なのですが。


 今回、ワンボックスカーと並ぶほどの大きい狼となって私達を助けてくれました。


 そして何度も目の前で縮んだり大きくなったりとしています。


 ―――犬、というには変化が激しすぎる。


 動物である以上、彼は人の言葉を理解することが出来ても、話す事は出来ません。


 そういう存在だと、見せるしか出来ない。


 そういう生き物なのか、或いは―――人為的に造られた生物なのか。


 ―――彼が何であれ、人間の都合や傲慢という興味で悪戯に弄るべきではないでしょう。


 他には……生活面でしょうか。


 HALはセントリーロボット越しでなければ無理でしょうけど、私とフィオナさんとHALとデイビットとテルミドールで暮らしていく為の住居の確保は考えるべきでしょう。


 出来る事ならば、国から指定された住居ではなく住む場所ぐらい自分達で町を見て、住居も見て決めたいものです。


 日々の収入も、可能なら自分達でどうにかしたい。


 私とデイビットは研究協力料って言って貰えばいいでしょうけど、フィオナさんまでそうする理由はありません。


 せめて、彼女だけでも何でもない日常の中で日銭を稼いで欲しいですね。


 それと―――重要な事ですが、核兵器をどうするかがあります。


 そもそも分解状態の代物だそうですし、中性子点火機とプルトニウムは専用の容器に封印済みと聞いています。


 でも、このまま所持し続けるのは危険でしょう。


 たった一発の爆弾で十万を殺せる兵器を、軍が欲しがらないなんて事はないでしょう。


 持っている、ということは奪いに来る可能性だってあるという事です。


 少なくとも気付いた《クナモリアル軍事研究所》は欲しがるでしょう。


 そしてそこから繋がってオルレアン連合各国が欲しがるでしょう。


 ―――それが破滅への道になると知らずに。


 ともかく、これをどうにかしなくては。


 ただ、捨てるだけではダメでしょう。


 欲しがる相手―――その手先達の目に見えて、理解出来て。


 記録される形での廃棄が望ましいでしょう。


 そんな手段があるのか、と言えばなくはない、ですけれど。


 それが実現出来るか否かは、HAL―――いえ、《ウォースパイト》次第。


 そして、その罪は私一人が被った方がいいでしょう。


 全ては私一人が謀った事、という事になれば私以外の人は無関係に出来ます。


 この辺りは、アリアさんに連絡して話さないといけませんね。


 何が起きたのか。


 私達の身に何があったか。


 そしてこの先どうするのかを話すついでに。


 アリアさんに、ある事をお願いするついでに。



 一先ずは、そんな所でしょうか。


 ―――考える事と、やる事が多い。


 いつの間に策略家紛いになったのやら。


 考えた事に私は苦笑を浮かべる。


 陰謀家か、それとも謀略家の違いかもしれませんが。


 少なくとも、汚れ役という役は私にピッタリでしょう。


 どこまでも血で汚れた私には、お似合いです。


「―――上手くできるわけ、無いでしょうけど」


 この空想をどこまで実現出来るかなんて保証はどこにもないと、自嘲気味に呟きます。


 そう思慮に耽ても、黒い感情が渦巻く。


 ―――裏切りを疑われるのは、わかります。


 実際、そう見えるような事をやっています。


 ただ、物的な証拠はコンテナだけで、それ以外は関係者の記憶の中。


 そして、それはイフェメラを名乗る男直々に嘘だと言っている。


 フィオナさんに対しての行いも、デイビットを連れて行こうというのも。


 彼らの上や背後にいる何者かの欲望を満たすだけの、強権と人権剥奪と偽りの罪状に過ぎない。


 これは―――只の理不尽だ。


 私は何もかも失ってから《黒い球体》に飛び込んで、レドニカという場所に来て。


 そこでの日々という、普通ではないけれど確かに日常と言える日々を過ごして、ここに居る事を選び続けていた。


 HALは、自分以外の人間がいない世界から来て、並行世界の人間でしかない私と出会って。


 私が心配だったのかここに居る事を選んで、日々を過ごしていた。


 フィオナさんはただ巻き込まれてしまって、ここに来て。


 私と出会って、共に過ごして。


 これからを私と生きる事を選んだ。


 デイビットは造られて、自我に目覚めて脱走して。


 人間として生きる事を選んで、自分の名前を『デイビット』とし、満足に動ける体を目指してリハビリや、誰かと交流してこれからどうするかと自分なりに模索していた。



 そんな日々が今日。


 ―――こんな形で崩れた。


 ―――何者かの理不尽によって、崩れた。


 私の送っていた日常が他者から見て普通でなくとも、それをわかっていて壊しに来たというのなら。


 そんな事をされて、何も思わない訳がない。


 これは―――怒りだ。



 お前達は何がしたい。


 他者を無実の罪と身勝手な強欲で踏み潰して、何を享受する?


 他人のささやかな毎日を壊して、何を得る?



 姿の見えない連中に対して、そう問いかけたくなる。


 聞く事は出来ないでしょうし、聞いても無意味でしょうが。



 ―――なら、この怒りはどこにぶつければいい?


 そんな事を口にしても、誰に問いかけたとしても。


 答えは得られないでしょうが。



 プシュン、なんていう圧縮された空気が抜けるような音が右から聞こえました。


 艦橋の自動ドアが開いた音です。


 誰かがここに来た、という事でもあります。


 HALなら先ほどのようにこの部屋のスピーカーで話かければいいので、来たのは人でしょう。


 じゃあ、誰が来たのでしょう?


 今、この艦に乗っている人は僅かですし、その中で私に用時のある人物は一人ぐらいでしょう。


 ドアの方へ振り返ると、そこにはパジャマにカーディガンを羽織った、尖った耳と赤みを帯びた長い金髪にワインレッドの瞳を持った女性が立っていました。


 フィオナさんです。


 寝ている間にここに来たので私が今現在どこにいるかなんてわからないと思ってましたが、なんで居場所が分かったのでしょうか。


 まあ、HALが教えてここまで案内したのでしょうけど。


「一緒にいてって言ったのに。……なんでここに居るの?」


 彼女は半目で睨みつけて、不機嫌そうに言いました。


 ふと起きたら居るはずの人間(わたし)が居なかったから探しに来たようです。 


「……もう寝たから大丈夫かなと思いましたし……。あと、少し一人でいたい気分で。―――ダメ、ですか?」


「………」


 そんな私の返答に、フィオナさんは沈黙で答えました。


 表情は変わってないので許されてはないでしょう。


「……今日の事。自分の身に起きた事とか、今回の行動も思う事があるんですよ。―――こうするしかなかったのかな、と」


 さっさとはぐらかすのは止めて、これからの予定ではなく思う事一つ口にします


 ―――彼女のこの二日間はどうしようもなく辛い事ばかりだったのはわかっています。


 でも、私も今日の事―――選んだ事について何も思う事がない訳がありません。


 裏切者扱いされて、《第十一騎士団》の人間を何人か殺して。


 フィオナさんを救けて、《プライング》を強奪して。


 本当に『裏切者』になってしまった。


 アルペジオを初めとする、お世話になった《フォントノア騎士団》の皆様に対して、恩を仇で返すような真似をするしかなかった事に、後悔を覚えます。


 HALとテルミドールの支援と協力があって、フィオナさんを救ける事が出来た。


 バレットさんの協力もあってデイビットも連れ出す事が出来た。


 その安堵はあっても、優先順位の高い大切な人と僅かな人数の隣人の為に、それより多い友人隣人を裏切る。


 それが許されるのでしょうか?


 それが、いいのでしょうか?


 そんな後悔しか、胸の内に浮かばない。


「どんな言葉を口にしたって、意味は無いでしょうね。―――フォントノア騎士団の皆様の事を私がどう快く思っていても、選んだ結果はこれです」


 そう。


 色々なものを天秤に掛けて、この状況になる事を選択した。


「結局、後悔してるんです。―――あの人達の敵に回った事に」


 これが『最善の選択』なのでしょうか?


 自分の口からそんな事を吐き出しても、気分が良くなる事はあまりない。


 頭の中でうだうだと呻いて一息しても、変わらないのですが。


 フィオナさんから目を逸らすように、《ウォースパイト》の進路方向で視線を向けます。


 相変わらず、夜の黒に近いダークブルーと、月夜に照らされた暗い大地が広がってます。


 時計は持って来てないですし表示もないのでわかりませんが、まだ日付が変わった頃合いでしょうか。


 まだ、夜は長い。


「……その選択が正しいか、なんてわからないけど……」


 そう、フィオナさんは口を開いて、私の隣に座りました。


 そのまま身を寄せて来ます。


「チハヤは、私の事をいろいろ知って受け入れて。そして助けてくれたわ。―――そこだけは、間違ってない」


「……そうでも、フォントノア騎士団の皆との関係を台無しにするような真似までして、ですよ? 今まで築き上げた人間関係を壊してまで、ですよ?」


「―――それを理由にあの人達があなたを突き放しても、私はあなたの隣に居るわ」


 フィオナさんはそう言って私の右手を握りました。


 《プライング》を操る為に脳にプログラムを書き込まれて、《linksシステム》の接続負荷で常人よりも冷たくなった手を、彼女は握りました。


「あなたは独りじゃないし、もう一人しないから……。私と一緒に居て?」


 気遣っていて、優しくて、寂しさもある言葉をフィオナさんは言いました。


 独りじゃない、ですか。


 もう一人にしない、ですか。


 婚約してますし、フィオナさんがそう言い切ってもおかしい発言ではないですけれど。


 ―――私は守れなかった人の方が多いのに、彼女を守りきる事が出来るのでしょうか。


 ―――いえ、或いは―――。


 そう考えて、すぐにそれ以上考える事を止めます。



 個人的に考えていた思惑は、ちょっと予定変更です。



 私にはまだ、少なくともフィオナさんが居ます。


 友人と隣人―――HALとデイビットとテルミドールも居ます。



 私の判断基準で、こっちを選んだのですから。


 これで、進まなきゃ。



 私は立ち上がって、フィオナさんの手を引きます。


 フィオナさんは私の突然な行動に少し不思議そうではありましたが、それに釣られて彼女も立ちます。


「寝室に戻りましょうか」


 そう、今の心境なりに精一杯な笑顔を作って私は言いました。


 もう寝ないといけない時間で。


 本来なら寝ている時間なのだから。


 その私の提案に、フィオナさんはどこか嬉しそうに頷きました。





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