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並行異世界ストレイド  作者: 機刈二暮
[第九章]Fall out
213/441

強奪




 五メートルほどの人型兵器、《イェーガー》は地面を踵辺りに展開したクローラーで滑走していきます。


 その手には40ミリぐらいの銃剣付きの機関砲を持っていて、両手で構えていました。


 私はその背中にしがみついて、格納庫に到着するのを待つだけです。


『チハヤユウキ。しっかり捕まっていて下さい。左前方、敵です』


 《イェーガー》のスピーカーからHALの抑揚のない合成音声に依る注意が流れました。


 《イェーガー》の背中から僅かに顔を覗かせると、二両の兵員輸送装甲車がこちらの行く手を遮る形で近づいて来ていました。


 いくら照明が所々にあるとはいえ、今は夜。


 暗い所は暗いので見えないのですけれど、装甲車の部隊章はわかりません。


『第十一騎士団の装甲車の模様。車体上部に20ミリ重機関砲を確認』


 ですが、HALには見えたようです。


 どうやらフォントノア騎士団では無いようです。


『人間にはあの口径の大きさは掠るだけでも致命傷ですし、《イェーガー》の装甲でも受け止めれますが長くはもちません』


 そしてどれだけの脅威があるかの報告。


 そうなら選択は一つです。


「フォントノア騎士団の皆様でないのなら、お帰り頂きましょうか」


『了解です』


 私の判断にHALは了承して、まずは先頭を走る装甲車へ向けてその手に持った40ミリ砲を撃ちます。


 ドンッ、ドンッ、ドンッと機関砲にしては発射間隔の長い連射です。


 イヤーマフが無ければすぐに難聴になるだろう発砲音の大きさです。


 撃ち込まれた装甲車は一発目で減速して、二発目で横にズレました。


 三発目で横転です。


 これでまず一両無力化です。


『チハヤユウキ。揺れます。しっかり捕まって』


 HALは再度私にそう呼びかけて、そのまま《イェーガー》は二両目に突撃します。


 装甲車の砲座に兵士が一人付いて、こちらに20ミリの機関砲を向けました。


 発砲。


 ガン、ガン、ガンと20ミリの砲弾が《イェーガー》の装甲に当たって重い音を立てます。

 

 《イェーガー》は右、左とフェイントを入れて装甲車に接近。


 そして、地面すれすれからのアッパーカットで装甲車を殴り飛ばします。


 下から殴られた装甲車は豪快に、そして何回も横に回って逆さまになって停止します。


『排除しました』


 HALは短く言って、格納庫へジグザグに走ります。


 格納庫の前には警備なのか歩哨が立っています。


 そしてこちらに持っている火器を向けました。


『腕のワッペンから第十一騎士団です。そして火器は平均的なアサルトライフル。対応します。私の背中に隠れて下さい』


 HALはそう警告してくれました。


「わかってますよ」


 私が頷くのと、《イェーガー》が40ミリ砲を撃つのが同時でした。


 一発一発撃っている事から丁寧に一人一人撃っているのでしょう。


 すぐに砲撃が止まります。


『衝撃に備えて』


 次の指示が来ました。


 元々掴む為にあるだろう取手をしっかりと握ります。


 そして、《イェーガー》は急停止しました。


 次に聞こえたのは金属同士がぶつかるような音。


 ふと、振り返るとその場には地面には着弾しただろう弾痕と、血溜まり。


 その中や外に転がる胴体が見つからない死体がいくつも転がっています。


 40ミリで撃たれればこうなるのですか、と思うのとこれなら後ろから撃たれませんねとも思います。


 そして、《イェーガー》は銃剣で広げた隙間にマニピュレーターを入れて、格納庫の扉を開いて中に入りました。


 格納庫は当然のように電灯の明かりで照らされていました。


 黒に差し色で赤が入った、尖鋭的な装甲で構成され尖鋭的なシルエットを持つリンクル―――《プライング》は―――格納庫の奥、二〇〇メートルは先のハンガーに収められています。


 そして、夜勤の整備兵達が驚愕のこちらを見ていました。


「なんだコイツは?!」


「こんなのが襲撃してくるなんて聞いてねーぞ!」


「逃げろ逃げろ! 対戦車兵器なんてこんなところに無い!」


 いきなりの事態に驚いて逃げ出す整備班の皆様へ、天井に向けて追い立てるように40ミリ砲を撃ちます。


『開けて下さい。宅配です』


「もう開けてるじゃないですか」


 HALの発言に対してツッコミを入れます。


 開けるどころか、既に侵入済みなのですけれど。


 そもそも宅配でもありません。


『一度、言ってみたかったのです』


 彼はそう言って、無造作に手持ちの火器を撃ち放ちました。


 狙いは、《プライング》のハンガー。


 そこで一人が血煙に変わりました。


 階段を上っていたようです。


 そして、《プライング》を見張っていたらしい八人の兵士がこちらに向けてアサルトライフルを撃ってきました。


 そして女性二人が《プライング》のハンガーを上り始めました。


 《プライング》に乗せまいと、先に乗るつもりでしょう。


 《プライング》を動かすだけなら女性でも十分なのです。


 戦えるかどうかはさておき。


 その二人の行く先を球状のポッドに三本の腕を生やしたロボットが道を塞ぎ、女性に張り付きます。


 ですが、簡単に振り解かれては落とされて。


 またしがみついてを繰り返します。


『非常に不味い事態です』


 その様子を淡々とHALは言いました。


 危機感を感じれないのは合成音声だからかもしれませんが。


「今から行って、階段を登っても間に合いませんよ?」


 地上に居る兵士を全員倒す前に、誰かが《プライング》に乗れてしまうでしょう。


 それはつまり強奪が失敗するという事です。


 私の機体ですし、バレットさん相手の交渉材料ですから誰かに取られては困ります。


『大丈夫。手はあります』


 私の状況分析にHALは40ミリ砲を左手に持ち替えて、応射で一人一人血煙に変えながら言います。


 この状況で、私を《プライング》のコクピット付近へ行かせる方法は―――。


「―――まさか―――!」


 私がそう叫んだのと、HALの右マニピュレーターが私を持つのが同時でした。


 掌に乗せられて、《イェーガー》は助走で数歩進んで。


『成功確率は85パーセント。いけます』


 その言葉と共に、《イェーガー》の腕がアンダースロー気味に振られました。


 心構えする暇も、抗議を言う暇も無し。


 また私は宙へ投げられました。


 緩やかに上がって行き、格納庫内の天吊り式クレーンより低い程度の高さを人間には出せない速度で飛んでいきます。


「着地どうするんですかぁぁぁぁぁああああああ!!」


 これが叫ばずにいられますか!


 相談どころか投げられる前に覚悟決める時間ぐらい欲しいですよ!


 そう叫んだ所で私を投げた張本人は遥か後方です。


 文句はすぐには言えません。


 そしてゆっくりと速度は落ち始めて、私は《プライング》の右肩部装甲へ向かって行きます。


 横から見ればさぞ緩やかな曲線を描いている事でしょう。


 飛んでいるものが人間である事に目を瞑れば、ですが。


 ―――冷静に見ますと、コースは完全に緩やかに落ち始めた所で《プライング》の右肩に乗れるコース。


 速度の問題はありますが、そのまま肩で減速しながら走って、肩関節飛び越えて《プライング》の頭部で何とか止まれる?


 はい、それなら何とかなりそうです。


 なら、やるしかありません。


 そう決めて、足を前に出します。


 左足が《プライング》の右肩上部に乗りました。


 なんとか堪えて、そのまま大きく右足を前に出して踏み込みます。


 続く三歩目で右肩の装甲の終わりが左足の先です。


 そのまま左足一本で跳躍して胴体へ跳びます。


 頭部右横に右足で着地して、両手を前にして。


「―――っ!」


 勢い良く《プライング》の頭部に手を付けて、押し付けられるように両腕を曲げて勢いをなんとか殺して止まりました。


「―――死ぬかと思った……!」


 思わずそう吐き出します。


 いやだってまさか投げられるとは思いませんよ!?


 いくらその方が早いとはいえ、限度というのがありますって!


 投擲の軌道の説明もありませんし!


 HALのコントロールの良さ? でなんとかなりましたけど!


 そう思って、大きく息を吐いて気持ちを落ち着かせます。


 ―――コクピットに入らないと。


 そう小さく呟いて、足元にある白い枠で囲まれたカバーを開いて、中のレバーを引きます。


 圧縮された空気が抜けるような音と共に、《プライング》の頭部が前に前進し、倒れるように開きます。


 そして内部のハッチが後ろにスライドして、バイクの様なシートが見えるようになりました。


 すぐさま体をコクピットへ滑らせます。


 ハッチに手をかけて、落ちる勢いを殺してそのシートに跨ります。


 右の操縦桿に引っ掛けたカチューシャ状の《linksシステム》接続端末を頭に装着して、目の前のコンソールに左手で触れます。


 コンソールの液晶画面に光が灯って、《汎用統合型OS 那由多》の文字が浮かびます。


『おはようございます。メインシステム、通常モードで起動します』


 事務的な女性の声―――《プライング》の電脳―――正確には何者かのクローンの意識を電子化した存在である《ヒビキ》のアナウンス。


 《linksシステム》への接続が行われ、私にすっかり慣れた頭痛が走ります。


 そして、頭部や各所に設けられた光学センサで得た景色が全天周モニターに映されます。


「緊急起動コード203実行」


 すぐにそう指示します。


『緊急起動コードを確認。各チェッキングプログラムを停止します』


「コクピットハッチ閉鎖して、システムを戦闘モードに移行」


『了解』


 《ヒビキ》の了解の言葉と共に頭上のハッチが閉まります。


 機内からではわかりませんが、《プライング》のX字に並んだ四つの光学センサという特徴的なフェイスエクステリアの頭部が降りてきて、後ろにスライドして正位置に来ていることでしょう。


『ハッチ閉鎖完了。システム、戦闘モード』


 その報告を聞いて、ペダルを踏みます。


 《linksシステム》で私の思考が読まれて、『一歩前に進む』という機体の動作へと反映されます。


 歩いてハンガーから《プライング》を出します。


 そして入ってきた―――そしてHALの《イェーガー》がいる格納庫の扉方向へ振り向きます。


 コクピット内に警告音が鳴り響いて、モニターに入った地面に立っている五メートルほどの人型兵器を枠で囲んで《UNKNOWN》と表示されました。


 HALにとっては並行世界から来ただろうこの機体、《プライング》のデータベースには《イェーガー》の存在は登録されてなかったようです。


『《UNKNOWN》を確認』


「あれは味方ですよ、《ヒビキ》。通信チャンネルを36番にして繋いで」


 チャンネルの36番はHALへの暗号通信です。


『チハヤユウキ。聞こえてますね』


 すぐにHALの事務的な男性の合成音声が聞こえてきました。


「聞こえていますよ、HAL」


 そう応答します。


 感度良好ですね、という確認の一言もそこそこにHALは、


『装備はあなた愛用のライフル二丁を用意します。予備弾倉を出来るだけ積みましょう。連合圏外まで追撃が無いとは限りません』


 そう言って格納庫内の機材を三本腕のロボットで操作して、85ミリ口径のライフルと《BR‐X02》、銃剣付きの65ミリ口径アサルトライフル。


 その予備弾倉を天吊り式クレーンで次々と吊り上げます。


 私は「そうですね」と小さく呟いてそれを《プライング》の両手で予備弾倉を手早く後腰部のハンガーラックへ積んでいきます。


「他の装備は?」


 85ミリのライフルは右手に持たせ、《BR‐X02》は左手で持ちつつ尋ねます。


 交戦の予想があるなら、継戦能力的にも背部サブアームへ何らかの武装が欲しいところ。


 出来れば滑腔砲とミサイルを装備していきたいのですが。


『レーダーに反応。識別はオルレアン連合ですが部隊情報はありません』


 レーダーに三つの光点が表示されて、《ヒビキ》が詳しく言いました。


 確かに識別はオルレアン連合で緑の光点ですが、部隊表記はアンノウン。


 騎士団を編成して、更新する前に来たというのでしょうか。


『選んで装着する時間はないようですね。第十一騎士団が持ち込んだリンクスが起動しました。《KL-06A アーバイン》です』


 HALはその機体を《ウォースパイト》や他のロボットのカメラで見れたようで、機種を教えてくれました。


 確か、曲面の多い装甲レイアウトで大腿部が他のリンクスよりも大きいリンクスだった気がします。


 《プライング》と私の敵に為りえるかはわかりませんが。


 戦闘になるのは間違いなさそうです。


 ですがこの装備の場合、射撃戦を行えば流れ弾は確実に発生するでしょう。


 ―――私の撃った流れ弾が基地に当たって騎士団の皆様の中から死傷者が出るのは、嫌ですね。


「……近接武器だけでも貰っていきますか」


 そう呟いて両手のライフルを脇下のサブアームで保持して、目の前の武装ラックから適当に近くにある武器を掴みます。


 まず右手は普通の両刃式の直剣型の実体剣。


 そして左手で掴んだのは、リンクス大にまで肥大化させたようなチェーンソー状の武器でした。


 書類上の名称は《試製対大型兵器用単分子カッター》。


 最近来た試作装備で、まだ一度しかテストしてない装備です。


 それを左背部サブアームに保持します。


 これでどうにかするしかないでしょう。


 《プライング》の左手に再度ライフルを持たせつつ、レーダーを見ます。


「《ヒビキ》。……私達には、もう味方はいません。そこの小さな人型兵器と《ウォースパイト》以外を敵と判定して」


 やや迷いながら、そう指示します。


 そう。


 もう、オルレアン連合は私達の敵でしょうから。


 アルペジオ達は敵でもないでしょうけど―――払拭は出来ない以上、『私達の敵』といなってしまうでしょう。


 本当は違うのに。


『設定を変更しました』


 そんな事を考えた私に現実を突き付けるように、レーダーの識別も敵機を示す赤に変わります。


 後戻り出来ないのは当然の事で、何度もそうなってきたと思うけれど。


 ―――慣れたくないですね、なんて呟きます。


『格納庫内の人員は既に退避済みです。遠慮なくブースターを噴かしても構わないかと』


「では、遠慮なく扉を破って出るとします」


 HALの報告にそう頷いて、左へ旋回。


 格納庫の大きな扉を正面に見据えます。


『状況、及び敵性勢力の確認します。フィオナ達は《ウォースパイト》の右舷艦尾方向一〇〇メートル付近、コンテナ置き場に隠れています。リンクスは《アーバイン》二機ですが、それ以外は20ミリ重機関砲を搭載した機動装甲車が四両。対戦車砲搭載した機動装甲車が四両。それ以外は機械化歩兵です』


 格納庫から出る前に、外の情報が入ってきました。


 意外にも戦力というものが少なく感じられます。


 ―――まあ、私を機体(プライング)に乗せなければ大した障害にならないから戦力は少なくていいとでも高を括っていたのでしょう。


『全てあなたと《ヒビキ》。《プライング》の敵ではありませんが、テルミドールの機動力があったとしてもフィオナとデイビット。バレットにとっては脅威です。私もこの《イェーガー》で加勢しますが、限度はあります。リンクスの速やかな排除をお願いします』


「わかりましたよ、と」


 そう返事して、装備を再確認します。


 使い慣れたライフル二丁とその予備弾薬にブレード一本。


 そして試作品のチェーンソー型近接装備が左背のサブアームに。


 リンクス二機相手でも十分な装備です。


 ―――ここ最近、近接装備を持つ機会が多いような感覚を覚えます。


 手短にあって、かつ使用に制限が無いからでしょう。


 まあ、今回は流れ弾が怖いので接近戦を挑むのですけれど。


「HAL。準備はいいですか?」


 格納庫から出る前に確認の通信を送ります。


 私が合図無しに動いて、HALの《イェーガー》が遅れを取ってフィオナさん達の安全を確保に失敗してはここまでやった意味がありません。


『いつでもどうぞ。そちらの動きに合わせます』


 返ってきたのは頼もしい言葉。


「フィオナさん達をお願いしますよ。―――《ヒビキ》。準備はいいですね?」


 次に《ヒビキ》へ訊きます。


『肯定。チェッキングプログラムを走査出来ませんでしたが、当機の整備ログの最新データではエラーはありません。カタログ通りの性能を保証します。そして、変わらぬ戦闘支援をお約束します』


 事務的で、いつもと変わらない口調の言葉。


 妙に安心してしまうのは、いつも聞いている文句に近いからでしょう。


「ありがとう、《ヒビキ》」


 私はそう言って、一呼吸置きます。


 ―――やることは単純。


 リンクスを排除して、その他の敵も排除して。


 この基地を去る。


 ―――行動は単純だ。


 ただ、相手が所属していた部隊と同じ陣営の部隊だと言うだけ。


 無実だとは言え、離反同然の行動してここに至っています。


 ここまでやってしまったならもう、アルペジオを初めとするフォントノア騎士団の皆にはもう会えないでしょう。


 ―――私の心は、複雑です。


 ―――後戻り出来ない事ぐらいわかっていますし、いつかもそうでした。


 そして、この瞬間もそうなのですから。


「―――では、始めましょう。私達の脱走を」


 そう言って、私は足元のペダルを踏みました。




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