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並行異世界ストレイド  作者: 機刈二暮
[第九章]Fall out
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脱走



  ドカン、ともドゴンとも聴こえる音と共に扉の合わさった部分を金属ではない、生物的で鋭く太い爪が貫きました。


 握り拳大の、太く鋭い爪です。


 どう考えても一般的に見られるような大型犬よりも大きい生物の物でしょう。


 私は立って、一歩だけ下がります。


 何が起きているのかわかりませんが。


 ―――少なくとも、私が見たことのない、或いは未知の生き物がそこにいるというのはわかります。


「逃げ場ないんですよね……」


 風穴を開けられた方とは反対方向の、後ろの閉じられた扉を見て呟きます


 今、正面にはそれなりに大きいだろう生き物が居たとして、それが入ってきたら逃げ場などありません。


 しかも両手は手錠で拘束されたままですし―――と、思って。


 ガチャリ、と手錠が音を立てて落ちました。


「―――はい?」


 思わず手元を見ます。


 そこには手錠は無くて、つけられていたそれは床に落ちています。


 鍵は外した覚えはありません。


 頭髪の中にヘアピンはあるのでピッキングすれば取れますが、それはやってないですし。


 では一体誰が、と考えてもあり得るのは一人しか居ません。


 さっきの茶髪ロングの少女でしょう。


 顔の治癒以外に錠開けもやったのでしょう。


 実際どうなのかはわかりませんが。


 ともかく、両手は自由を得ました。


 でも状況はよくはない―――なんて考えて。


 開けられた―――もとい、空いた穴から今度は黒い手がその穴に手をかけて扉を開けました。


 そして扉板を掴んで、ヤモリのように姿を現したのは、サッカーボールほどの大きさの黒い球状のポッドに人間と似た腕を三本取り付けたようなロボットです。


 こんなものを所有し、操作する人物は一人しか知りません。


『お待たせしました』


 それを証明するように聞き慣れた、機械的で事務的な男声の合成音声が流れました。


「HAL?」


 少し意表を突かれて、間抜けな声を出してしまいます。


 誰かが救けに来るとは期待してなかったのですし、扉を突き破ったのは未知の生物の爪でしたからなおさらです。


『はい。話は後でしますが、貴方やフィオナ。私とデイビットの四名が置かれた状況が非常に危険な物となったのが確認出来たので救出に来ました』


 ポッドのスピーカーで簡潔な説明がされました。


 私やフィオナさんの置かれた状況は確かに不味い状況ですし、HALは今、核兵器を《ウォースパイト》艦内に収容していますから立場は危うい―――もしくは、それに関して()()があったのでしょう。


 そういう経緯で親しいHALが私を救けに来るのはわかりますが。


「私とフィオナさんとHALはわかりますけど……。デイビットも?」


 今回の件は、デイビットは関係ないはずです。


 彼の持つ経歴は特殊―――。


「……帝国で造られた、《リンクス》への適性を持ったクローンにして男性だから……?」


『理由はもう少しありますがおおよそ、その通りです。―――ともかく、説明は後です』


 異常に気付かれる前にここから離れないと、というHALの言葉に「そうですね」と頷いてコンテナから慎重に出ます。


 場所はどうやら航空機格納庫裏―――司令部からもっとも遠い場所でした。


 人気ない場所な方です。


 そして。


「―――そういえば、そうですけども」


 目の前に鎮座する生物を見て思わず、というか自然に身構えます。


 そこにいたのは、大きな狼でした。


 大きな、という表現は間違いでしょう。


 ワンボックスカーと並べたらいい勝負になりそうなぐらい大きいのです。


 顔つきは明らかに、私が日本で見た事のある犬とは違います。


 狼の様に見るもの全てを威圧するような厳つさがあります。


 体毛は黒いですがふわふわで、体を埋める事が出来たらさぞかし気持ちいい事でしょう―――その前に嚙み殺されるでしょうが。


 そして、その周りにはコンテナを見張っていただろう、覆面を被った兵士が二人倒れてました。


 私から見て左に、五メートルは離れた場所に一人いて、もう一人は右に数メートルは離れた所に倒れています。


 左側の人は首が曲がらない方向に曲がった状態で、右側の人は上半身にいくつもの穴をあけて大量の血を流しています。


 これが先ほどの騒ぎの原因なのでしょうけど。


『そこまで警戒しなくていいですよ、チハヤユウキ』


 その手でペタペタと地面を歩くロボットが平然と言いました。


『彼はテルミドールですから』


 そして、驚きの一言が放たれました。


「テルミドール?!」


 これには本気で驚きました。


 どこをどうしたらポメラニアンクラスの子犬サイズから自動車サイズにまで大きくなりますか?!


 顔つきだって、あのポメラニアン似のテルミドールの顔とかけ離れ過ぎですって!


『いえ、私も起きた現象については、カメラの異常でない限り信じがたいのですが……。目の前でこの姿に急成長。変貌したので信じるしかありません』


「はい?」


 この姿に急成長?


 変貌した?


 そんなファンタジーなことありますか?


 ちょっと信じられません。


 あまりにも信じないからなのでしょうか、テルミドールらしい大狼はどこか悲しそうな表情を浮かべて、私に近づいて口を開けます。


 下顎の犬歯には鎖付きのドッグタグが引っ掛けられています。


 手に取って見て欲しいのでしょうか?


 恐る恐る手を伸ばして、唾液まみれのそれを取ります。


 ドッグタグには当然のように。


 そして証明として《テルミドール》と刻まれています。


 大きくなる時に自ら外して、口の中に入れたのでしょうか。


 自分を証明する物と理解して。


 そして、大狼はまるで甘えるようにその大きな顔を私に押し付けます。


「本当に、テルミドールなのですね」


 それをポケットに入れて、彼の頭を撫でます。


 低い音ですが、心地よさそうに唸る声。


 全体の表情はわかりませんが、フィオナさんに撫でられるテルミドールと同じ目つきです。


 ここまで証明されれば、この狼はテルミドールだと言えるでしょう。


 信じましょう。


「疑ってごめんなさい、テルミドール。それと、来てくださりありがとうございます」


 そう言うと、テルミドールは顔を離しました。


 そして伏せの姿勢を取ります。


 まるで、背に乗ってと言っているようです。


『では、ここから離れましょう』


 そうHALが言って、テルミドールに近づきました。



 その時でした。



 視界の右の隅で、何かが動きました。


 思わずそちらを見ると、驚きの光景が起きていました。


 大量に血を流していた死体が、起き上がっていました。


 まるで繰り人形のような、何かに操られているような覚束ない動作で立ち上がっていました。


 そして、小刻みに震えながらも右手に持った拳銃を持ち上げ始めて―――。


 そこで、黒い大きな影―――テルミドールが彼を襲いました。


 右の前足で彼を押し倒して、頭を咥えます。


 そして引っ張って、首と胴体を千切りました。


 テルミドールは咥えた、千切った頭は離して地面に落とします。


「今の生きてたんですか……?」


 今の光景を見てそう呟きます。


 どう見ても()()()()()はずの人です。


 それが動いて、銃を構えたのです。


『現在の個体のサーモグラフィーによる計測では体温は低下し続けていましたし、呼吸は無く、出血の量から動けないと判断していましたが……』


 HALは頭だけのそれに近づきながら言いました。


 つまり、間接的に死亡を確認していたようですが、これは動いたと。


 どういう事だろうと思って、唐突に記憶が刺激されます。



 ―――帝国の基地から脱走する際に襲撃してきた、オルレアン連合の部隊は―――。



 まさか、なんて思ってその頭に近づき覆面を外します。


『チハヤユウキ? 一体何を?』


「確認したいことが」


 HALの意外そうな言葉にそう短く答えます。


 覆面の下は精悍な顔つきの、二十代中頃の男性でした。


 髪は暗めの茶色。


 その髪を掴んで頭を持って、もう一つの死体に近づきます。


 しゃがんで、首を置いてからその首筋に触れて脈がない事を確認します。


 動く様子も、ない。


 死んでいる。


 なら遠慮なく、とその覆面を剥ぎます。


 そして露わになったその顔は。


『……これは』


「……やっぱり、ですか」


 予想通りの結果が、そこにありました。


 ―――帝国の基地から脱走する際に襲撃してきた、オルレアン連合の部隊。


 ―――そのリンクスのパイロット達の顔が五人単位で同じ顔だという話があって。



 そして、その話は今。


 私の目の前にある。


 つまりは。


 首だけになった遺体の顔は、首を折られて死んだ遺体と全く同じでした。






『一先ずはここで、装備を整えましょう』


「確かに、ここならバレなさそうですけど……」


 あれから、テルミドールに乗ってすぐに航空機格納庫裏のコンテナから離れまして。


 《コーアズィ》回収品倉庫区画に来ていました。


 司令部裏の倉庫ですし、ここは基地の人でもあまり立ち寄らない区画です。


 そして倉庫には人は居ません。


 司令部からは見えない、倉庫の裏なので隠れるには絶好の場所です。


『まず、ここから倉庫内へどうぞ』


 HALはそう言うのと、テルミドールがその大きな体で金属製の大型のゴミ箱をずらすのが同時でした。


 ゴミ箱で隠れていたその部分んには、高さ一メートル。幅二メートルに切り取られ穴が空けられています。


「……いつの間にこんな穴を……」


『あなたが帝国から帰ってすぐです。―――備えあれば患いなし、とは言いますが』


「使う機会が早く来ましたね」


 帝国から帰ってくる時の会話を思い出しながら言いました。


 あの時はもしもに備えよう、という程度の話でしたが。


 備えあれば憂いなしですが、なんて口にして視線をテルミドールへ向けます。


「この大きさでは、テルミドールは厳しいのでは……」


 そう、今のテルミドールはポメラニアン的サイズからワンボックスカーぐらい大きな体に成長―――もしくは巨大化しています。


 この巨体ではこの穴は小さすぎるでしょう。


 彼には寒い外で待ってもらうしかないでしょうか、なんてちょっと酷な事を思います。


 すると、テルミドールの身体が今度は小さく萎んでいき始めました。


 黒い体毛は一気に抜けてその場にまき散らされます。


 そして、あっという間に見慣れた黒いふさふさなポメラニアンのような子犬の姿になります。


 よく見るテルミドールの姿です。


「この変身。どういう絡繰りなんでしょう……?」


 いろいろ法則無視した変身に見えますが、現実として起きている以上はなんらかの仕組みが存在するはずです。


 科学に依るものだと思いたいのは、私の願望でしょうか。


『私も気になりますが、今はそれを調べる時ではありません』


 私の疑問にHALは同意こそしましたが、それよりもと急かします。


「調べた所で果たして、ですしね……」


 そう言いつつ中へ入ります。


 倉庫は当然のように暗い。


 人がいない証拠でもありますが、灯りを灯せば異常に気付かれるでしょう。


『ライトはこれで勘弁願います』


 HALはそう言って、球状のそれとは違う、高い場所から私を照らしました。


 そちらを見上げるとそこには一機の人型ロボットが片膝ついた姿勢で私を見下ろしていました。


 全高は五メートルぐらい。


 人の頭に当たるパーツは見当たらない、箱に手足をつけたような外観で、板を張り合わせたような無骨なシルエットを持っています。


 要所要所にはカメラがあるようで細長いガラス窓がいくつも明滅しています。


 腕は人を模している、という感じで手は四本指です。


 脚の関節は人間と似通っていますが、脹脛に当たる部分にはクローラー―――無限軌道とかキャタピラとも言えるユニットが付いていました。


 光は機体上部のライトから照らしているようです。


「これは?」


『対軽車両用人型無人兵器、《イェーガー》。遠隔操作で作戦を遂行する事を目的とした機動兵器の一つです。あらゆる地形の踏破性能や射撃安定性では歩行に勝るものはありませんからね』


 有事に備えて分解状態でここに持ち込んで組み立てたのだ、と《イェーガー》と呼んだ兵器のスピーカーで説明するHAL。


 器用な事をやるものです。


『リンクスには遠く及びませんが―――《ウォースパイト》に乗り込む時には力になるでしょう』


「《ウォースパイト》に乗り込む……?」


 HALの言葉をオウム返しします。


「ここから逃走する、と?」


『はい。我々の状況は非常に危険な状態になっています。説明を聞きながらでいいのでまずは、そこにあるケースに貴方の服と必要と思われる装備が入ってますので着替えてください』


 そう言って、《イェーガー》の腕がゆっくりと動いて、隣に置かれた箱を指差します。


 私はそれに近づいて箱を開けます。


 中には、私が普段着ているウサ耳付きのフードパーカーと長袖の丸首シャツにカーゴパンツが入っていて。


 更にその下には、拳銃とその予備弾倉。


 短銃身の12ゲージのポンプアクションの散弾銃とその弾。


 ホルスターとベルト、ポーチの一式とマチェットのような刃物。


 そして灰色の布が入ってました。


 確かに私の服です、と言って上着を脱ぎに掛かります。


 そして、その間にHALは言いました。


『単刀直入に言います。チハヤユウキは何者かの情報操作によって、「大量破壊兵器を帝国に渡そうとするスパイだ」とオルレアン連合軍全軍に通達されています』


 ―――と。




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