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並行異世界ストレイド  作者: 機刈二暮
[第九章]Fall out
201/439

この一日で出来た事は




 食堂がある司令部を隈なく歩き回って、怪我人の介抱と屋外への脱出と無事だった人の避難誘導をやって。


 基地にいる全員の安否と避難が確認出来たのは昼の少し手前でした。




 それまでに分かった事として、いいニュースは運よく死者が出なかった事。


 HALのセントリーロボットによる人海戦術により火災は起きなかったこと。


 立ったままのリンクスが倒れなかったことぐらいでした。




 そして悪いニュースは、沢山。


 まず、送電自体が止まってしまって基地全体が停電に至ってしまったこと。


 負傷者が多数出たのは当然ですが、それは医官こと衛生科も含まれており、結果として手当や治療の人員が減ってしまったため治療を受けれるまでに時間が掛かる状態に至っています。


 基地にある各設備もそれなりの数が地震で倒れたり落ちて壊れたりして、機能不全に至っています。


 何とか非常電源を稼働させて通信で連絡を取ろうとしたものの有線であるはずの回線のほとんどは反応なし。


 唯一繋がったのは隣の第四基地だけであり、結果として基地は実質孤立状態に至ってしまったことでした。




「つ、疲れた……」


 アルペジオがそう言って、ソファにどさりと倒れました。


 場所は宿舎の共有スペースたるリビングルーム。


 時間は午後の四時。


 余震で時折揺れる状況下で昼まで避難と怪我人の手当てして、休むことなくそこから揺れで散乱してしまった物の片付けをしていればそれは疲れるというものです。


 現に、少なくなかったリビングのソファは増やされ、アルペジオと同じように疲れ切った表情で多くの人が倒れるか座っているかの状態で休んでいました。


「まだ問題は山積みですけどね……」


 私はそう答えつつ、地震で落ちてしまったシャンデリア―――その電球を手袋を填めた手で一つ取ってプラスチックの箱に落とします。


 今、この部屋を照らしているのは屋外用の作業灯でした。


 シャンデリアは地震を想定していなかった造りだったからか、朝の地震で落ちてしまい電球全てが割れてしまいました。


 幸いなのはフレームが歪んだだけで回路は大丈夫そうです―――使い続けるかはわかりませんが。


 作業灯が使えているので電気は復旧したかのように思えますが、送電は止まったままです。


 非常電源では電力はどうしても足りない為、《マーチャー》の予備として保管していたフェーズジェネレーター五機を使って基地の電力を賄っています。

 

 一応、非常時の対応として施設課と整備課にそのマニュアルとその訓練が施されいた事に加え、変圧器等の設備が基地に備えていたのでこういう力技が出来たのだそうな。


 他にも水も悩みの種と化しています。


 今、基地は送電が止まっている状態ですが、それでも他所にある浄水施設が稼働していれば水は供給されるのですが、浄水施設が機能停止したのか、それともどこかの水道管が破損したのかそれさえも止まってしまっています。


 こちらも非常用として近くの川(昨日、フィオナさんと行ったあの川だそうです)から水を引いているのと簡易的な浄水施設はあるので衛生的な水の確保と貯蔵は出来るのですが、常日頃使っているほどの量は確保出来ません。


 飲用水(当然そのままでは飲めませんが)と手洗い用の水はある程度は衛生的でないといけないのでそちらに回さざるを得ないのですが、問題はトイレと風呂です。


 トイレはバケツに水を汲んで用を足したらそれを流すことで一応の解決はしましたが、風呂はどうしようもありません。


 しばらくはシャワーは浴びれないでしょう。


 そして、補給がどうなるかという問題もあります。


 一応、予定では今日の昼に列車で各物資の補給が行われるはずだったのですが肝心の輸送列車が来ていません。


 地震で何かあったと思うしかないのですが、連絡が取れない以上はなにもわかりません。


 現状、あるものを上手にやりくりするしかありません。


 その最もたるは食料です。


 特に野菜などの生鮮食品は冷蔵しても何週間も保存できません。


 一週間はなんとかなりますが、それ以降は食糧庫に大量に保存された戦闘糧食を食べていくしかないでしょう。


 因みに、戦闘糧食の味はそこまで悪くありません。


 ―――悪くはないのですが、三食美味しいご飯食べ続け、舌の肥えてしまった皆様にこの戦闘糧食は精神的なダメージは大きいでしょう。


 種類にも依るのですが煮過ぎて食感のない豆類に葉物野菜。


 ちょっと固い肉にボロボロの魚の身に、薄味の乾パン。


 足りなく思えてきた味付けに、付属する調味料は申し訳程度の量。


 ―――要するに、メニューによっては当たり外れの差が大きいのです。


 好評と酷評の差が激しいとも言いますか。


 そういう不満が出るので糧食は改良されていくのでしょうけど、それは今ではありませんから我慢ですけれど。



 ここまで語って、ほとんどはインフラの問題ですね。


 通信も断たれているので情報も得られないですし、文字通り文明社会から孤立しているようなもの。



「チハヤの世界―――正確には母国かしら? 地揺れが起きた時って、こんな事あった?」


 気晴らしか、それとも退屈しのぎでしょうか。


 アルペジオが私に視線を向けつつ尋ねてきました。


「朝の規模ほどじゃない揺れしか経験ありませんし、インフラ全て止まるような事には出くわしたことはありません。一応、国内で過去にあった災害では停電と断水があったと聞いたことがあります。場所によっては鉄道も被害を受けて復旧に半年かかったとか」


 当時のニュースや人伝に聞いた話を思い出しながら答えます。


「半年?!」


「はい。地面が崩れたり、土砂崩れで埋もれたりで。あとは……《TUNAMI》によって押し流され壊れたり埋もれたりもあったでしょうか?」


 『津波』という意味を持つフロムクェル語が無かったので、ローマ字読みで『TUNAMI』と表現することにします


「TUNAMIって、何?」


 当然、聞きなれない言葉ですのでオウム返しされました。


 まあ、内陸で地震を知らないなら、その現象も知らないでしょう。


「今回の地揺れの震源がどこかわかりませんが、海の沖で地揺れが起きると場合によっては《津波》という波が発生して、沿岸に押し寄せるんです」


 映像でしか見た事がありませんが、大きいと十メートルを超えた波となって沿岸の町を襲い、何もかも押し流してしまうものです。


 あの地震は確か、死者と行方不明者は一万を超えていて二万に届かなかったけれども、それぐらいの規模だったはずです。


 詳しい事はHALにでも聞くとしましょうか


「どうやって逃げるのよ……」


 大雑把な被害の話に、アルペジオが呻くように言いました。


 想像以上の被害だったのでしょう。


「到達までの僅かな時間に高所への避難しかありませんね」


「それだけ?」


「波と言っても実際は瓦礫とか木材とか岩石とか混ざったものですから。巻き込まれたらまず波に押し流されるだけでは済みませんね」


 その説明に、さらにアルペジオは「うわ……」とドン引きの表情を見せます。


「……考えたくないわね」


 素直な感想です。


「ここは内陸だからそこまで気にしなくても―――おっと」


 大丈夫ですよ、と言おうとしてまたガタガタと揺れ出しました。


 震度にして二? 三はあるでしょうか。四は間違いなくありません。


 今日何度目かわからない揺れに、皆さんはやや慌てつつも手元に置いていた軍用のヘルメットを被ります。


 立っている人はすぐにしゃがみます。


 私はヘルメットを被るだけで、揺れが収まるまで待ちます。


 この程度の揺れはすぐに収まりました。


 これで体感できた揺れは五度目ですか。


 震度にして一から二ぐらいはそこそこ起きているようですが。


 数日はこんな日々ですかねー、なんて思いながらシャンデリアの割れた電球を外していきます。


「ホントにチハヤはちっとも焦らないわねー」


 アルペジオの恨めしそうな声が聞こえてしました。


 朝の地震後を初めとする私の今日一日の落ち着いた、そしてころころと笑ってさえいるその様子が面白くないのでしょうか。


「私の国じゃ、そこそこの頻度で揺れるので地震にあった時に備えて訓練とか町ぐるみでやってましたからね。避難訓練とか四歳ぐらいから教え込まれますよ?」


 ヘルメットを外しながらそう話すと、年の単位で刷り込みかという呻きが返ってきました。


 でも、そういう経験者がいたのは幸運でもあります。


 ここにいる人達にとって地面が揺れる事は天変地異に等しい。


 実際、パニックに至りかけていましたし。


 その状況下で地面が揺れる事を知っていて、出来る対応を真っ先に始めた()が冷静に、余裕すら見せつつ動いていれば頼もしく見えたのでしょう。


 早い段階で全員が冷静さを取り戻し、状況と被害の確認や怪我人の手当て、水と電気の確保まで漕ぎ着けた。


 ある意味で幸運でしょう。


 でも、通信がほとんど繋がらない状況下では、第四以外の基地や街の状況はわかりません。


 ―――なので。


「問題は明日よね。ラファール小隊は待機で、他のパイロット達は第四基地と街へ情報収集の為に出撃だけど、何か得られるかわからないし、知れるのも昼過ぎ」


 アルペジオの言う通り明日、情報収集の為にリンクス部隊を出撃させます。


 何か情報が得られればいいという気休めかもしれませんが。


 私含むラファール小隊と航空電子支援機である《マーチャーC3型》は基地で待機。


 何が起きるか。


 何が降ってくるかわからない《ノーシアフォール》。


 その対応は有用な戦力で対応するのがいいと判断されたからです。


「待つ理由はわかるけど、情報が得られないというのは妙に不安になるのよね……」


 不安半分、不満半分の口調でアルペジオがソファーに再度体重を預けながら言います。


 彼女の言い分はわからなくもありません。


 一応、地震が無ければここも基本的には通信圏内―――有線の通信ケーブルと基地内無線LANで軍用民間用問わずインターネットや電話が出来て、最新の情報は手に入りましたから。


 ―――新聞は一週間遅れでしたけど。


 ですが、今は何も情報が入ってこない状態です。


 情報の見通しの良さがある種の安堵を与えていたからこそ、何かを知る手段は無いという状況が不安や焦燥を生んでいるのでしょう。


「………」


 ―――妙な既視感を覚えます。


 似た状況に、出くわしているような。


 そういう感覚。


 でも、その感覚が何なのかもすぐに思い当たります。


 ―――私がいた世界で《黒い球体》が出現してから一か月が経つまでの間の町の空気と似てるんですね。


 あの頃も、手に入る情報のいい加減さやデマの多さは敬遠ものでしたが。


 まだ、デマが入ってこないだけマシですね。


「これでお終い、と」


 そう言って、最後の割れた電球をビニール袋に落として宣言します。


 これでシャンデリアの電球はすべて外せました。


 あとは新品に入れ替えるだけなのですけれど、備品倉庫も朝の地震で被害を受けてしまって備品倉庫も朝の地震で被害を受けてしまって替えの電球もほとんど割れてしまって交換出来ません。


 仕方ないと仕方ないのですけれど。


 これはしばらく部屋の片隅に放置するとして、割れた電球は危険物に出してきますかねー、なんて考えて。


「うーん……」


 そう呻きながらフィオナさんが外からリビングに入ってきました。


 その表情はどこか不満そうです。


 まあ、その理由は私は知っていますけど。


「お帰りなさい、フィオナさん。説明どうでしたか?」


 ビニール袋の口を閉じながらそう尋ねます。


「……ただいま。手順はわかったけど、怪我で離脱してしまったのと復旧の為に人手が足りなくなったからって、右も左もわからない人を訓練無しで回収班に入れるのはどうかと思うわ」


 私の隣に来て、呆れたようにフィオナさんは言いました。


 そう、今朝の地震での影響はこういう人員関係にも影響が出ています。


 この基地にいるリンクスのパイロット達は運よく無傷、ないし擦り傷やごく浅い切り傷で事なきを得たのですけれど、他の人達は違いました。


 死人も重体者もいませんが、倒れた機材に足を挟まれたり降ってきたそこそこの重量物に頭ではない体のどこかに当たったりと重傷者はそこそこいますし、軽傷でも深い傷で安静を言いつけられた人もいます。


 さらには揺れでパニックになり、精神的なダメージを受けてしまい職務がままならなかったり、体の不調を訴える人が多いのだとか。


 あとは倒れたり棚から落ちたりしたものの片付けで人員が割かれてしまい、各所で人手不足が発生してしまっています。


 ―――そういうあれこれで、しばらくの《ノーシアフォール》からの落下物―――《コーアズィ》対応の回収ヘリ部隊の人員に欠員が出てしまったのです。


 普段は五機編成の三チームですが、基地の復旧や片付け。


 そし朝の地震で一機破損してしまったことで、今動かせるのが三機編成の二チームと減ってしまっています。


 朝から昼までと、昼から夕方までのシフトだとしても、人を回すにはちょっと足りません。


 そこで臨時の回収要員として人をかき集めた結果、フィオナさんも含まれることになりました。


 一応、訓練兵という形で騎士団の一員ですし、いずれリンクスに乗って《コーアズィ》対応任務に就くのです。


 今体験してもいいでしょう、という判断で決まったそうな。


 この状況から見てもこの決定は仕方ないかなーとは思いますが。


「……とりあえず、状況が回復するまでの間だけなんですし。少しの辛抱ですよ」


「チハヤは平然としすぎ。少しは焦る姿とか見せたらどう?」


 今日どれだけの人が言ったかわからない言葉を吐いて、「はあ……」と肩の力を抜いて半目で睨むフィオナさん。


 何度も繰り返される余震で多くの人が不安や疲れを隠せないでいるのに、一人だけ不安の表情を見せず平然としているのは面白くないのでしょう。


「慣れですよ、慣れ」


 そう笑って言った時でした。


 ガタガタと。


 また小さな揺れが始まります。


「おっと」


 そう言いつつさっさとヘルメットを被ります。


 そしてすぐにさっきよりも大きい揺れが来ました。


 フィオナさんは表情をこわばらせて、私にしがみつきます。


 先にヘルメットでは、と思いつつも彼女の腰に下げられたそれを手に取って、彼女の頭に被せます。


 落ちないように右手で押さえておきますか。


 揺れは大きさからして、震度は四ぐらいですかね?


 朝の地震の規模から考えればこの余震の頻度はそうおかしな事でもないと思いますけど、それでも多い。


 ―――慣れてるなんて言っても。


 平然としてる。平気な顔をしてると言われても、その実。


 ちょっとは怖いものです。


 揺れも、すぐに収まります。


 とりあえずは一安心です。


「……収まった?」


「収まりましたよ。離れても大丈夫です。あと、ヘルメットは忘れないように」


 フィオナさんの確認の言葉を肯定しまして、離れてもらいます。


 二人きりはともかく、皆さんの前では恥ずかしいですし。


「お熱いですねぇ……」


 見ていたらしいアルペジオの妬みの声。


 フィオナさん、日頃から私への好意は隠さないですし皆の目の前で堂々と私を抱きしめたりしますからね……。


 そして今回は私はヘルメットを被せるフォローをしてますから、こう言われても仕方ないのですけれど。


 フィオナさんを見ますと、まだ抱きしめ足りないと言わんばかりに睨んでいます。


 夕食食べて部屋に戻るまでの辛抱です、と言いたいのですが流石に人前でいちゃつくのは避けたいです。


 かと言って、変に答えてはフィオナさんの不満は解消されないでしょうし、困ったものです


 そう一瞬考えて、苦し紛れな言葉を言う為に口を開きます。


「今日ばかりは、状況的に仕方ないと思ってください」


 誰だって今日は不安を覚えるのだからと苦笑交じりに答えました。



 


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