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並行異世界ストレイド  作者: 機刈二暮
[第二章]それを止めない
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すぐには逝けない。



 空薬莢が二つ、宙を舞って装甲に落ちて乾いた音を立てる。

 何度も跳ねて、すぐに見えなくなった。たぶん、地面まで落ちたのだろう。


「知り合いを、殺すのも慣れましたね」


 嫌な慣れ、だと思う。介錯だとわかっていても、やっているのは人殺しだ。

 私はあの十一ヶ月を思い出しながら、拳銃に安全装置をかけてホルスターに戻す。


 物言わぬ遺体へと変わった彼女の目を閉じさせ、


「……|Requiescat in Pace《安らかに眠れ》」


 ラテン語でそう呟き、黙祷を捧げる。


 そう長くしない内に、ブースト音とリンクスが着地する音が二つ。アルペジオとエリザだろう。


「少し静かに。死者が目を覚ましたらどうするんですか」


 冥福祈る時ぐらい静かにしてほしいものです。


『チハヤ。その人……知り合い?』


「何故、そう思いました?」


『チハヤらしくなかったのよ。すぐ殺さなかったから。あと何か話している様子だったから。最後はその人の表情』


 一部始終見てましたか。ここまですれば、当然そう思ってしまいますよね。私はその推理が事実だと答えないといけないだろうか。


「ええ。知り合いです。高校と言う教育機関で、一年ほど後輩の」


 これも、言うべきだろう。そういう大事な事も、続けて言う。


「かつて私の事を、好きですと。そう告白してくれた女の子です」


『なっ―――! 敵とはいえ、そんな人を手にかけたというのですか! 偶然、重傷にしてしまったのでしょうけど、助けようと思わないんですの?!』


 エリザから僕を咎める声が上がる。外部スピーカーのせいで余計大きく聞こえる。


『前々から思ってましたけど、貴方。どうして目の前で誰かが死んでも、その手で人を殺しても平然といられるんですの?! 貴方、ハッキリ言いまして異常ですわ!』


『エリザ! 言い過ぎよ!』


『殿下だって思わないんですか! 一人称が普段とリンクス搭乗時と変わる。自分に恋い焦がれたその人を殺して、泣きもせずいる! これでもまだ言い足り―――!』


「黙れよ」


 私の声音のままで、ドスの効いた声でエリザの言葉を止める。

 祈るのを止め、立ち上がる。


「天国のようなこの場所(戦場)で、ぬるま湯に浸かった貴女なんぞに言われたくありません」


 そうだ。まだここは天国だ。

 僕が経験したあの日々と比べれば、天と地の差がある。

 まともな食事は彼らに全部回して、自分自身はまともに取れない。周りが恐くて夜も寝れない。身を守る為に、道具で人を殴り殺さなければならない。


 好きな人の体温が失われていく。その感覚を忘れられない。忘れてはいけない。その最後の言葉も、忘れられない。



 何よりも忘れてしまいたい記憶。

 でも、忘れてはいけないものばかりで、一周回って大切とさえ思える。




「誰かをその手で刺し殺したり、殴り殺したりして返り血を浴びた事のないような貴女に、言われる筋合いなんかない」


 わからないでしょうね。


「自分のせいで、三十人近くが死ぬという惨事を招いて、後悔し続けるはめになった。―――そんな事がない貴女に、殺しに来た相手を殺さないといけない、と感じ続ける私の気持ちなんか」


 これ以上語った所で意味も無いか。


 もう帰りましょう。長居は無用なのだから。


 そう言って、私は死んだ彼女をもう一度見る。


 胸に九ミリの穴を空け、物言わぬ死体になった彼女を見た。


 こんな状況じゃなければ話したいこと、聞きたいことだらけだ。


 それを叶わぬものにしたのは間違いなく自分だ。


 そして、言える事はたったひとつだけ。


「そのうち、逝きますから。責めはそこで、好きなだけ」


 すぐには逝けないけど、いずれ。


 私は日本語でそう言って、《プライング》へと振り返った。



 

 

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