すぐには逝けない。
空薬莢が二つ、宙を舞って装甲に落ちて乾いた音を立てる。
何度も跳ねて、すぐに見えなくなった。たぶん、地面まで落ちたのだろう。
「知り合いを、殺すのも慣れましたね」
嫌な慣れ、だと思う。介錯だとわかっていても、やっているのは人殺しだ。
私はあの十一ヶ月を思い出しながら、拳銃に安全装置をかけてホルスターに戻す。
物言わぬ遺体へと変わった彼女の目を閉じさせ、
「……|Requiescat in Pace《安らかに眠れ》」
ラテン語でそう呟き、黙祷を捧げる。
そう長くしない内に、ブースト音とリンクスが着地する音が二つ。アルペジオとエリザだろう。
「少し静かに。死者が目を覚ましたらどうするんですか」
冥福祈る時ぐらい静かにしてほしいものです。
『チハヤ。その人……知り合い?』
「何故、そう思いました?」
『チハヤらしくなかったのよ。すぐ殺さなかったから。あと何か話している様子だったから。最後はその人の表情』
一部始終見てましたか。ここまですれば、当然そう思ってしまいますよね。私はその推理が事実だと答えないといけないだろうか。
「ええ。知り合いです。高校と言う教育機関で、一年ほど後輩の」
これも、言うべきだろう。そういう大事な事も、続けて言う。
「かつて私の事を、好きですと。そう告白してくれた女の子です」
『なっ―――! 敵とはいえ、そんな人を手にかけたというのですか! 偶然、重傷にしてしまったのでしょうけど、助けようと思わないんですの?!』
エリザから僕を咎める声が上がる。外部スピーカーのせいで余計大きく聞こえる。
『前々から思ってましたけど、貴方。どうして目の前で誰かが死んでも、その手で人を殺しても平然といられるんですの?! 貴方、ハッキリ言いまして異常ですわ!』
『エリザ! 言い過ぎよ!』
『殿下だって思わないんですか! 一人称が普段とリンクス搭乗時と変わる。自分に恋い焦がれたその人を殺して、泣きもせずいる! これでもまだ言い足り―――!』
「黙れよ」
私の声音のままで、ドスの効いた声でエリザの言葉を止める。
祈るのを止め、立ち上がる。
「天国のようなこの場所で、ぬるま湯に浸かった貴女なんぞに言われたくありません」
そうだ。まだここは天国だ。
僕が経験したあの日々と比べれば、天と地の差がある。
まともな食事は彼らに全部回して、自分自身はまともに取れない。周りが恐くて夜も寝れない。身を守る為に、道具で人を殴り殺さなければならない。
好きな人の体温が失われていく。その感覚を忘れられない。忘れてはいけない。その最後の言葉も、忘れられない。
何よりも忘れてしまいたい記憶。
でも、忘れてはいけないものばかりで、一周回って大切とさえ思える。
「誰かをその手で刺し殺したり、殴り殺したりして返り血を浴びた事のないような貴女に、言われる筋合いなんかない」
わからないでしょうね。
「自分のせいで、三十人近くが死ぬという惨事を招いて、後悔し続けるはめになった。―――そんな事がない貴女に、殺しに来た相手を殺さないといけない、と感じ続ける私の気持ちなんか」
これ以上語った所で意味も無いか。
もう帰りましょう。長居は無用なのだから。
そう言って、私は死んだ彼女をもう一度見る。
胸に九ミリの穴を空け、物言わぬ死体になった彼女を見た。
こんな状況じゃなければ話したいこと、聞きたいことだらけだ。
それを叶わぬものにしたのは間違いなく自分だ。
そして、言える事はたったひとつだけ。
「そのうち、逝きますから。責めはそこで、好きなだけ」
すぐには逝けないけど、いずれ。
私は日本語でそう言って、《プライング》へと振り返った。