異世界へ行く、何日か前の出来事
「まあ、止めちまったもんは仕方ないし、ちと考えたらいいじゃん」
右目に花を咲かせた少年は、私にそう言い聞かせた。
これから朽ちていくだけだろう教会前で、焚き火を相手に火の調節するその手は、とても慣れた手つきだった。焚き火の周囲は石が置かれ、さらにその上には適当な種類の缶詰を入れただけの鍋が置かれてグツグツと煮込まれている。
カセット式のガスコンロがあるのに、彼はその存在を忘れたかのように食事の準備をしていた。
「人なんざ、そんな人生ばっかりよ。一つの希望無し。あるのは非常な現実だけさね」
彼はそう言ってシニカルに笑う。
「それでも生きていかなくちゃいけない。心臓が動いている限り。―――ま、これは義務ではなく、権利だけど」
義務ではなく、権利? 生きるのは権利だというのだろうか。
「権利さね。他者には決めつけれない、その人個人の絶対的な権利さ。これがいわゆる自由だと俺は思うけどね。無数の選択から選ぶって意味でも。どの世界でも、この世界でも。どんな情勢、状況でも」
なら、今の私にその生きていくという選択しかなのか。
「いや、死ぬのも自由だけど。昨日拾ったもんを捨てるのはよくないぜ? ――――でもな、死ぬという選択は今じゃなくても、明日でもないぞ。俺達は生きている以上、いつか死ぬんだから、急ぐ必要もない」
どうしろと言うんですか。自殺しかけた私を止めておいて、生きる死ぬの選択は任せるって。
「んー。あの時は止めたかったからでしかないし」
しれっと言われて、私は言う言葉をなくす。この人はどこかずれてると言うより価値観のどこかがすっ飛んでるような印象を受ける。平気で矛盾な事をし続けそうな、何かが。
「悩め悩め。悩んだ分だけ、人間はいい答えを出す生き物だぞ少年。ほれ、飯」
はた目には同い年に見える彼はそう言って、鍋から掬ったそれをお椀に入れて、私へ差し出す。
見た目美味しそうなそれは、トマトが浮いてたり肉類が浮いてたり伸びに伸びたパスタが浮いてたり焦げた魚が浮いてたりとなかなかに食欲を削られる。それを受け取り、私はそれを口に運ぶ。
「酷い味」
あの肉よりマシだけど。
「そっか。ハズレを作ったようだ。言い忘れてたけど俺、かなりの味音痴な」
「…………」
「これでも腹は満たせるだろう?」
彼はそう言ってスプーンにそれを掬ってを口に運ぶ。
「少年。転んだのなら、座って休めばいい。そこから膝立ちで回りを見ればいい。次は立ち上がって一歩を踏み出せ。最初はどんなに遅くても歩けばいい。いずれは駆け出せ。いつか辿り着くそこはきっと、最初にいた場所よりいいだろう――――まあ、この言葉は受け売りだけど」
「…………」
「さあ決めろ少年。これからどうするのか。その権利は君にある」
その問いに、長い沈黙の後に、私は答えた。
その答えは間違いなく、彼の行動を無にするものだろう。
でも。
「面白い」
それでも彼は、笑って言った。
「きっと、だが。その選択は、君は簡単には死ねないだろうね。すんでのところで命を拾い続ける。その繰り返しの果てがあったとして、君はどうする?」
「その時は、貴方が言ったようにしていく。一種の賭けでしょうね」
なら、こうすればいいと彼は笑顔で提案してきた。
「“あれ”に飛び込めばいい。それなら誰も止められないし、止める人もいないだろう。――――もしかしたら異世界に繋がってるかもしれないけど」
けらけらと嗤う彼はとても突拍子も無いことを言った。
そんな空想なんて世の中にはないでしょうと、私も笑って言った。
「――例えそうだったとしても……。ひたすらに死に急いで、死ねなかったのなら、逆に生きてみるといい少年。その頃には何か見つけてるだろうさ」
ええ、そうしますとも。
そして結果的に、最終的に。
実質的に私は生きる選択を選んだことになった。
胸の鼓動が止まるまで、生き続ける選択を。
異世界にて、異世界から来た物によって繁栄し、異世界から来たあらゆる物資をめぐって争う。
その世界で。
私は、私でなくなっていく。