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並行異世界ストレイド  作者: 機刈二暮
[第九章]Fall out
199/441

それからの朝①





 朝の食堂はいつも通り賑やかでした。


 一日の始まりの、午前六時四十五分。


 朝から勤務する人達がこの時間に朝食を摂ります。


 私とフィオナさんもその一人でした。


 私は午前中は《コーアズィ》対応の任務で、フィオナさんは実機でのリンクス訓練でしたか。


 どちらも早い時間なので、この時間になります。



 ただ、身体は驚くほどに重たい。


 疲れている、ともいいます。


 その原因は、隣にいる幼げで妖艶な顔立ちの、長く尖った耳を持った金髪の女性―――フィオナさんにあります。


 彼女の告白を受け入れた結果、とも言いますか。


 昨晩―――いえ、結果的には深夜十二時を超えたので、時間的には今日あったことなのですが。


 何をやったのか思い出すと、恥ずかしくなる話。


 ―――これだけははっきり言いますが、彼女が誘いました。


 ―――そしてタガが外れて、私の声が聞こえないぐらいに暴走しました。


 フィオナさん曰く、「気持ちよかったし、チハヤ可愛い声で鳴くし……つい」。


 今日は仕事があるというのに。


 翌日の予定をわかった上で我慢してほしいものです。


 ―――その後もう一度シャワーを浴びまして、フィオナさんと同じベッドで寝て起床に至ったのですけれど。


 起きた後は肉欲云々ではないでしょうにとか、私の声を聞いてほしいとか、やるなら翌日の事を考えて欲しいと苦言を呈して。


 話し合って決めていきましょうとまとめて、朝のキスしたのがさっきの出来事。


 この話はこれで終了です。恥ずかしい。




 こんな事は今日限りでしょうね、なんて思いつつカウンターで朝食を受け取ります。


 今日の朝食は、食パン二枚に小さなブロッコリーとポテトのキッシュ、そこそこな厚みの焼いたベーコンとスクランブルエッグ。


 付け合わせのレタス主体のサラダにオニオンスープ。


 あとは飲み物としてホットミルク。


 食パンはトースターで焼けるので焼いてからバターを塗っても良し、そのままベーコンとスクランブルエッグとサラダ類を挟んで食べてもよし。


 はたまた、その両方をやっても良し。


 至り尽くせりです。


 これは蛇足ですが、食パンの耳が嫌いな人向けにそれだけ切れるようにパン包丁とまな板。


 パンの耳回収用のタッパーがトースターの横に用意されています。


 そして切り取られたパンの耳はフライヤーで揚げられて砂糖をまぶされて厨房要員のおやつとなります。


 閑話休題、としまして。


 今日はトーストにしてバター塗って、サラダ類とベーコンとスクランブルエッグを挟みましょうか。


 そう決めて、遠慮なくテーブルにいくつも並んだトースター―――差し込むタイプのそれに食パンを二枚差し込みます。


 レバーを下まで押して、後は待つだけです。


 フィオナさんもトーストで頂くのでしょうか、彼女もトースターに食パンを差し込んでいました。


 数分待つとしても、この数分何を話しましょうかなんて思っていると。


「おはようー。二人とも」


 お腹空かせていそうな王女様の声で、朝の挨拶を掛けられました。


 左へ振り返るとやはり私より背の低い、長い金髪を後ろで二つに分けて括った少女―――アルペジオが私達と同じ朝食が乗ったトレーを持って私の左隣に来ました。


 食パンの一つをトースターに入れました。


 アルペジオはどうやら一つだけ焼くようです。


「おはようございます、アルペジオ」


「おはよう」


「うん、おはよう」


 アルペジオはそう返して、あくびを一つ吐きました。


「昨日の一件、どうなってるのかしらね?」


 昨日の一件。


 その言葉に、私は思い当たる案件は一つしかありません。


 たまたま帰ってきたタイミングでのお話でしたから。


「騎士団の後方への異動の事ですか」


 そう話を振ります。


「そうよ。夕方に異動の計画を通達なんて何を考えてるのかしら」


 困ったようにアルペジオが言いました。



 ―――昨日、夕方。


 ツーリングともピクニックとも言えるお出かけから帰ってきて、道具の清掃や片付け―――正確にはミートパイ等を入れていた容器の洗浄をしている時の事でした。


 基地内の放送で、『時期はまだ未定ながら《フォントノア騎士団》がレドニカからストラスール国内にあるオルレアン連合軍技術研究所本部へ異動すること』と、『後任の部隊としてオルレアン連合軍第三騎士団 《ブレイス騎士団》が以降の任務を務める』という(むね)の放送がありました。


 実際、夜に各所の掲示版にその張り紙が張られたので、時期はともかく決定事項なのでしょう。


 所属する身である以上は従うしかありません。


 内心はどうであれ。


 これは捕捉ですが、フィオナさんは現在 《フォントノア騎士団》の特殊訓練兵(異世界人が騎士団に入団する為の特殊措置)として所属なので一緒に異動します。


 HALと《ウォースパイト》は、《フォントノア騎士団》と共に行動するつもりだそうです。


 その要求は上層部としてはこのまま良好な関係が続けば《ウォースパイト》を解析出来る可能性があるので(HALはそんなことさせる気はないでしょうが)簡単に通るでしょう。



「せっかく、首都から離れた所だったのに近郊に戻されるなんて……」


 不服そうなアルペジオの声。


 技研本部はストラスールの首都近郊にあるのでしょうか。


 確か、アルペジオは親族の関係を嫌って、『王族』の肩書がない人間関係を求めて軍に入ったんでしたっけ。


 本人ではなく、友人のレオン―――レオナルドさんから聞いた話ですが。


 そういう彼女からすれば、首都近郊に異動するのは気分のいい話ではありません。


「寮生活してやろう……」


 怨念の籠った低い声。


 余程嫌なようです。


「でも、変な話ですよね。元々、《フォントノア》―――第八騎士団って技研に《ノーシアフォール》で回収した兵器や機械を送る為の部隊なのでしょう?」


 話題逸らしに、とそう振ってみます。


 まあ、これのどこが話題なのかと言って思いましたけど。


「そこなのよね」


 私の疑問にアルペジオは頷きました。


 どうやら彼女も同じ疑問を抱いていたようです。


「《ノーシアフォール》から来る異世界の技術を解析して連合に還元することを目的に設立した技研に、物を送ってくれないからってストラスールに文句言って出来たのが《フォントノア》なのに」


「第三―――《ブレイス騎士団》にその任務をやらせるならわかりますけどね」


「あそこは一応ストラスールの管轄だけど、実際はストラスール陸軍―――に見せかけて《ノエル》の私兵同然なのよね……。あんな協調性に疑問の声が出るような部隊にちゃんと技研に物を送ってくれるのかしら?」


 信用してないような言動でアルペジオが言いました。


 こうして話してみると、オルレアン連合軍という軍組織は一枚岩ではない、各国の軍組織の集合体というのがよくわかります。


 多国籍軍じみてるのが技研の為に設立された《フォントノア騎士団》だけで、それ以外は各騎士団は各々の母国の軍から選ばれた人達だけで構成されているのがいい例でしょう。


 そして、指揮系統は連合本部よりも組織した国の方が優先されがちだというの事も頷けるのですが。


「《ノエル》?」


 アルペジオの言葉の中にあった名前をオウム返しします。


 初めて聞く名前でしたから。


 まあ、あらかたの予想はつきますけど。


「姉の一人よ。私とは違う側室の子。アリアお姉様とは三つ違いの妹。継承権は二位」


 予想通りで、詳細を教えてくれました。


「高飛車で、野心家な人よ。王家所有の異世界製リンクスの一機、《グロリアス》の乗り手。関わりたくないわ」


 心底嫌そうです。


 聞いたのは間違いだったでしょうか。


「まだ、どこからの命令って話はありませんでしたよね?」


 再度の話題転換として話を戻します。


 確か、まだその時期未定の決定があっただけで、どこの指示とかはありません。


「そうね。技研がそんな指示を出すとは思えないし……。ストラスール陸軍が言い出して技研が負けたかしら? でも軍にそこまで権限無いし、出たがってるとはいえノエル率いる《ブレイズ騎士団》を出したがらないから、より上かしら」


「上?」


「ノエルの奴に同調する貴族連中とか政治家とか、私の家とか」


 そうだとすればはた迷惑な話よ、とアルペジオはまた悪態をつきます。


 ちょっとこの話題の選択はミスだったでしょうか。


 ちょっと後悔。


 期待はしていませんが、フィオナさんに視線を向けます。


 フィオナさんは話に置いてかれてよくわからない、という表情をしてました。


 嫉妬してるかと思ってましたが、思っていたより落ち着いていて助かります。


 それよりも、アルペジオです。


「まあ、私は一兵士だから命令に従いますともー?」


 もうヤケクソな感じでした。


 一日、こんな調子のアルペジオはちょっと嫌ですので、なんとかテンションを持ち直したいところ。


「不満たらたらですね……。こう、捉えてみましょうよ? 例えば、技研の試作機とか試作装備のテスト出来るとか」


 なんとなく思いついた事を言ってみます。


「……それは、確かに面白そうね。でも、チハヤのテスト光景見てるとやりたくないなって思うのよ?」


 同意の言葉と、敬遠の言葉が返ってきました。


 私と《プライング》による試作装備のテストはちゃんと装備が展開しなかったり、動作しても予想外の挙動で誤射したりと“事故”が起きているのはよく知られていることです。


 まあ、そこそこある事なのですけれど。


「……まあ、ハズレは引きたくないですよねー…」


「目を逸らして言うあたり、思うことはあるのね」


 そう言い合って、私の目の前のトースターが「チーン」というどこか懐かしいような音と共に焼けた食パンを飛び跳ねさせます。


 続けてフィオナさんの方も私のものと同じように跳ねました。


 さてさて、と手に取ろうとしまして。


 かたかたかたかた……と、小刻みにテーブルが震えました。


 いえ、テーブルだけではありません。


 建物全体が揺れ出していました。


 食堂にいる人達は食べる手を止めて、アルペジオとフィオナさんも不安そうに辺りを見渡します。


 ―――「おや?」と思うのと「まさか」なんて思うのが同時で。


 これは初期微動?


 それも、この段階で大きい。


 大きいのが、来る。


「全員テーブルの下に潜れ!!」


 私の口から出たと思えないぐらいの大きな声で、私は叫びました。


「厨房! ガスの火を今すぐ切って! 空の鍋でいいから被って頭を守りなさい!」


 そう指示を飛ばしつつ、カウンターを飛び越えてコンロに駆け寄ります。


 火がついているのは三つ。


 鍋は大きく、今日のお昼のスープになるのが想像できます。


 どれも順番に並んでいるので消すことに手間はかかりません。


 二つ消して、


「チハヤさん? 一体何が―――」


 ジルが急いで来て、残り一つの火が消しました。


 何が起きているかわからなくとも、マズイことが起きかけているのはわかったようです。


「これ被ってカウンターでしゃがんで!」


 そう乱暴に言って、手元にあった空の鍋をジルに被せます。


「早くしないと死にますよ!」


 そう脅して急かすと厨房の人達は事の危険さを察したのか鍋を被ってカウンターへ駆け寄ってしゃがみます。


 あとは―――と食堂を見ると、テーブルの下に潜る人とそうでない人が半々で。


 アルペジオとフィオナさんは潜ってませんでした。


 知らないって怖い、なんて思いつつまたカウンターを飛び越えます。


 まだ初期微動の段階ですが―――それでも長い。


 ここまで長く揺れの大きい初期微動となると本震はどうなる?


 震度四程度しか知らない私からすればもう未知の領域です。


「チハヤ? 何が―――」


「全員早くテーブルの下へ! 天井のものが落ちてきますよ!」


 フィオナさんの問いを私の叫び声で掻き消した時でした。




 先ほどよりも比較にならないほどに大きな揺れが来たのは。




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