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並行異世界ストレイド  作者: 機刈二暮
[第九章]Fall out
193/441

自動人形と踊る




 変身したわたしは『剣』を取り出して、それを左からの切り上げで振るった。


 胸に渦巻くのは怒りで。


 言い訳のつかない、感情任せの一撃。


 隣にいた、赤い髪のボブカットの女性―――デリアさんが何かを言った気がするけど、私には何も聞こえなかった。


「ちょっと言い過ぎたかな? ま、現実は()()なんだから受け入れるしかないんだけど」


 武術を学んでいない人から見れば間違いなく速いその斬撃を、大剣を背負った、黒で統一された服を身に纏った青年―――『ナウエマフヨ』と名乗る、黒髪を高めに結ったその人は軽い足取りで大きく下がりつつ口を開く。


 背中に重いだろう荷物を背負っていて、その重さを感じさせない軽さだ。


「教えずにいるなんてここの人たちも残酷だね。一か月経ったところで、その現実が変わらないというのに―――」


 その先の言葉を聞きたくなくて、上段からもう一度剣を振る。


 マフヨさんは素早く懐に右手を入れて、片手でしか握れない長さの棒を取り出した。


 見た目だけなら剣か刀の刃を取って柄だけにしたようなものだ。


「―――『彼女は最後に踊る為、独り前に出る』」


 彼はまるで祈るように囁き、右手を振る。


 次の瞬間には青白い光を放つ刃が生成される。


 倉庫と倉庫の間とはいえ、それなりに広いが彼は避けることはしないで私が放った斬撃を受け止める。


 鍔迫り合いが出来るほどに実体を持つ何かのようで、柄より少し厚いだけの鍔には《Last Dance》と筆記体で刻まれている。


 この武器の銘でしょう。


「―――この世界に来た人たちに、元の世界へ戻る方法なんてないのに」


 聞きたくなかった言葉を言って、わたしを弾いてから左から右へと横薙ぎに振るう。


 わたしはそれを後ろに跳んで避ける。


 着地。


 すぐに構え直すけれど、マフヨはすぐには来なかった。


「多くの人がこの世界で生きていく事を強いられているのに君だけを元の世界に帰すなんて、俺には出来ないよ」


 その代わりに現実を突き付けるだけで、こちらの心を折ろうとする。


 そう、それが今。


 わたしが彼に武器を向ける理由だ。


「……さい」


「…………?」


「―――さい。うるさいうるさい! あなたが原因なのに―――あなたは世界と世界を行き来出来るのに……! 元の世界に帰る事が出来るのに! どうしてたった一人を元の世界に帰す事が出来ないの?!」


 そんなの、ズルい。


 感情をぶちまけながら、地面を蹴る。


 剣を両手で握って、《強化》の魔法をかける。


 剣が光を纏う。


 それを振り上げる。


 マフヨもそれに合わせて上段から振って、わたしの攻撃を防ごうとするが。


「―――っと!」


 威力が上がったその斬撃に弾かれて、後ろへと飛んでいく。


 でも何が起きたのかは把握しているのか、空中で身を捻って足から着地。


 その隙に、わたしは地面を蹴って地面すれすれを飛翔する。


 彼我の距離は一瞬で詰まり、私は横薙ぎに剣を振る。


 追撃の一閃。


 それは、振り上げた《Last Dance》で防がれる。


 ―――じゃあ、これはどう?


 そう言いたくなるのを抑えて、剣の切っ先をマフヨに向ける。


 その先端から魔法陣を一つ展開する。


 衝撃波の魔法だ。


 彼は《Last Dance》を横にして防御の姿勢を取るが、もう遅い。


 魔法陣が輝いて、マフヨが少し遅れて野球のホームランの打球のように吹き飛ばされる。


 わたしは追撃の為に、また飛ぶ。


 離れるように飛ばされた彼に追いつくのは簡単。


 もう一度。


 今度は袈裟斬りの角度で剣を振る。


「一息ぐらいつかせて欲しいね……!」


 マフヨはそう呻いて、右腕の《Last Dance》だけでその斬撃を凌ぐ。


 でも、踏ん張れない空中で勢いよく飛んで来た(わたし)の強化された一撃を止めるなんてことは出来ない。


 当然のように弾かれて、今度も後ろへ―――この世界の人が《ノーシアフォール》と呼ぶ、黒い球体が浮かぶ北西の方へと弾かれる。


 弾いた彼をまた飛んで追いかけて、今度は下から突きを繰り出す。


 マフヨは不安定な姿勢ながら、この刺突をまた防ぐ。


 そしてまた、先ほどと同じように弾き飛ばされる。


 次は、形状の違う剣を複数召喚する。


 大きい片刃の直刀を二本と、鉈のような大剣が二本。


 それを今わたしが手に持つ剣と合体させて、一本の巨大な剣にする。


 もう一度加速して、その勢いのまま大上段で振る。


 それを見たマフヨは《Last Dance》を懐に仕舞う。


「地に足のついた生活がしたいーーー!」


 そんな訳の分からない事を叫んで、背中の大剣に右手を伸ばして、


「―――『彼女は誰にも乞われることもなく、ただ別れを告げる為に前へ立つ』」


 そう、また祈るように言って、大剣を鞘から抜き放つ。


 全長はマフヨの背丈ほどで、刀身は真っ直ぐで片刃の傷だらけの大剣―――《Curtain Call Ⅳ》だ。


 それと私の合体剣がぶつかるが、質量で負けるのは向こう。


 弾き飛ばされるのはマフヨだ。


 また、黒い球体が浮かぶ街の方角へ飛んでいく。


 追撃は、ここからでいい。


 私はそう判断して、巨大な大剣を振った。


 それだけで、実体を持つ斬撃が放たれる。


 遠くにいるマフヨの表情はわからない。


 けれど冷静にその斬撃を大剣で叩き斬って打ち消す。


 今度は左の指先に炎の魔法陣を一つ展開する。


 手刀で斬るように右下から斜めに振り上げる。


 その軌跡に五つの火球が現れて、真っ直ぐ飛んでいく。


 何度も振って、その火球を弾幕にする。


 マフヨの後腰にある箱状のそれが展開。


 可動して機械の翼のようなシルエットに変化する。


 それはマフヨが大剣を振るのと連動して、小刻みに光を吐き出す。


 そうやって大剣で当たる火球だけを迎撃していく。


 ―――空中である程度動く為の補助用の推進装置か何かか、なんてわたしは思う。


 この世界の人型機動兵器―――《リンクス》の推進器は推進剤に電気で反応させて推進力を生むという機構のものだったはずなので、そういう類でしょう。


 その思考をすぐに掻き消して左手を振って、火球をまた五つ生み出して発射する。


 でも当たる軌道にあるのは一発がせいぜいで、残りの火球はマフヨの後ろへ飛び去っていくだけ。


 その数はざっと四十から五十ぐらい。


 これで充分と判断して、糸を手繰り寄せるように左手を引いて握る。


 それが合図で、マフヨの後ろに飛んでいった火球が一斉に大きく旋回を始めてまたマフヨの前にやってくる。


 マフヨはそれも大剣で迎撃するけれど、物量は捌ききれない。


 すぐに被弾しだして、あっという間に火球の爆炎に呑まれる。


 ここだ。


 そう決めて合体剣を鋏のように開いて、その先端に大きな魔法陣を展開。


 球状の魔法弾を生成して―――。


「たーまやー。もうちょい綺麗な花火にして欲しいもんだ」


 いざ放とうとした私の後ろから、気の抜けた感嘆符が投げ掛けられた。


「―――っ!?」


 びっくりして振り向いて、わたしはそこにいる人物にまた驚きます。


 黒髪の青年―――マフヨだ。


 所々服が焦げて、黒い服に赤い線を走らせているけれど、目立つような怪我はない。


 どうしてここに?


 いや、どうやって私の後ろを取ったのか。


 彼に飛ぶ方法はあるにはあるけれど、それなら爆炎の中から飛び出さないといけない。


 わたしはその姿を見てない以上、そういう移動はしていないはず。


 ―――どうやって?


 そう、驚きと疑問で固まっていると彼はまるで野球のバッターのように構えます。


「―――《強化(ブースト)》、《四段重ね(クアドラブル)》、《起動(オン)》」


 そう唱えるのと並行して、その背中に円で囲われた《強》の漢字が四つ浮かびます。


「お手玉される気分を味わえ……!」


 一言言って、大剣をフルスイング。


 回避は間に合わない。


 すぐに防御魔法のバリアを張る。


 それは間に合って、当たったのは峰部分。


 痛痒(ダメージ)は抑えれても。


「―――!」


 衝撃やその運動エネルギーは受け止めきれなかった。


 文字通り、かなりの速度で弾き飛ばされる。


 周りの景色はまるで新幹線の中から見る景色のように流れていく。


 いつも通り空中浮遊の魔法でブレーキしようにも、速度が速くて抑えれない。


 あっという間に基地の敷地を越えて、廃墟の街の上に来る。


 次に視界に入ったのは、コンクリートの柱。


 それを持っているのは一人の人間―――マフヨだ。


 瞬間移動でもしたかのように待ち構えていて、無言でそれは振られる。


 もちろんフルスイングで。


 今度は剣を盾にするけれど、重量という威力は踏ん張りが効かない空中では堪え様がない。


 衝撃。


 また同じ勢いでわたしは飛ばされる。


 でも今度は制動が効いて、減速する。


 ただ、移動のベクトルはやや下向き。


 つまり、地面にぶつかる軌道です。


 仰け反って、後ろ宙返りして足を地面に向ける。


 バックしながら着地。


 勢いを殺す為に剣を地面に突き立てて制動を効かせる。


「―――っ」


 剣が地面を斬る振動と、自分の体重分の重さが腕に伝わる。


 腕が千切れそう、なんて思うのとなんとか止まるのが同時。


 なんとか止まれたと一息吐く。


 どこまで飛ばされたんだろう、と周りを見渡す。


 岩から切り出したのだろう石材やレンガが主体の、モルタルが剥がれに剥がれ所々崩れた建物が立ち並ぶ街―――廃墟の街だった。


 よく見れば建物の壁には小さな穴や大きな穴、焦げた跡まである。


「昔、ここで戦闘した痕跡だね。―――そして変わらず人々は戦争し続ける。世界は違えど、人々のやる事は何も変わらないな」


 後ろから、よく聞いた声。


「―――!」


 咄嗟に剣を横に振る。


 でも剣は何も当たらず空を斬るだけ。


 その代わりと言うように。


「危なっ」


 その言葉とは裏腹に緊張感のない声と、跳んだ物音がして。


 振り返った先で見たのは、大きく後ろへ跳んで、両腰のスラスターユニットから推進剤を撒き散らしながら下がる黒コートの人間―――マフヨがいた。


 一〇メートルは下がったところで着地して、大剣を地面に突き立てる。


 また、いつの間にか背後を取られていた。


 どうやって物音一つ立てることなく移動しているのだろうか?


 そんなわたしの心の声でも聞こえているのか、


「テレポートみたいなもんだよ。時空間跳躍とも言うべきか」

 

 マフヨは大声であっさりと種明かしをします。

 

「―――と、言っても。跳んだ距離と時間と演算に応じたエネルギー使うし、空間歪むし。この地域あの穴のせいで常時空間が歪んでるから、小一時間は跳べそうにないな」


 そんな何を話しているのかわかるようでわからない事を彼は頭を掻きながら言います。


 つまり、テレポートを行った後はしばらくの間は跳べないという事。


 回避に使ったり、移動したりした後は跳べないという隙が生じるという事。


 ―――だけども、しばらくは跳べないみたい。ラッキー。


 そのことを頭に入れながら再度尋ねる。


「どうしても、私を元の世界に帰さないんですか」


「―――さっき言った通りだ。出来るからっていってそういう事を一人に施したら、望んだ人全員にやらないといけなくなる。それに―――元の世界に一個人を帰す術は無いし、そもそも君を元の世界に帰すのは不可能だよ」


 マフヨはまずそう言って、繋げられた世界が多すぎる、と呆れた様子で肩を竦めます。


「君が来た世界と同一時間軸の並行世界が複数あるし、そして起きた事象も同じ。―――《ミズタニ・マホ》という少女一個人が、何人も《黒い球体》に飲み込まれた。その内の運のいい一人が『あなた』だよ。―――『あなた』は、どこの世界の《ミズタニ・マホ》だい?」


 その言葉に、わたしは声を詰まらせます。 


 わたしがいた世界と同じ世界が複数って、いくつ?


 そして、わたしはどの世界に居たのか。


 そんなの、わかる訳がない。


「そんなの……わからないよ! でも、並行世界なら、何もかも一緒じゃないの?!」


「並行世界に君が行ったって、その世界から見れば君は《異物》になるよ。何もかも、どこまでも同じ並行世界だとしてもね」


 わたしの叫びに、彼は平静そのものの様子で言い放ちます。


「どれが君が居た世界なのかわからないし、並行世界だって時間は進む。そして時間の流れは世界ごとにバラバラだ。戻っても、飲み込まれた時間に戻れるとは限らないし、同じ世界とは限らない。十年後の世界かもしれない。何もかもが《黒い球体》に飲まれて誰もいない瓦礫の世界かもしれない。過去が若干違うかもしれない。もしかしたら、()()()()()あれに飲み込まれたかもしれない。親友がどこかで死んだだけでそれ以外は一緒な世界かも、しれない。そうなったらその世界で辻褄が合わなくなって、親友とすれ違って、袂を分かつことになるかもしれない」


 その言葉はただひたすらに、淡々と語られます。


「それでも元々いた世界に戻りたいのか?」


 そして、確認するように言います。


 そんなの。


 答えなんて決まってる!


「帰りたいよ! そこにわたしの大切な友達がいる! 家族だっている! そこが、わたしが生きる場所だから!」


 わたしは心が思うままに叫んだ。


 そうだとも。


 この世界にわたしの家族も、友達もいない。


 《ノーシアフォール》の繋がった先の、わたしが生きていた世界こそ、わたしの居場所だ。


 その答えを聞いたマフヨは表情を可笑しそうに歪ませる。


「―――面白い」


 何が?


「帰れない人達ばかりなのにそう言い切ったのが、さ。あるいは、帰っても家族も恋人も隣人も全員死んだ後にこの世界に来た人が君の近くに居るのに、躊躇いなく言ったことが」


 傲慢だな、とシニカルな笑顔でマフヨは言いました。


「それの何が悪いの? 人が考える事なんて一人ひとり違うし、帰りたいって言う人が居て、そう叫んで。それのどこがいけないの!?」


「悪いとは言わんさ。むしろ自分の思うまま、清々してて好感さえ持ってる」


 皮肉にしか聞こえない言葉の羅列。


 でも、その表情は個人を嫌うような表情ではありません。


 確かに、楽しそうで嬉しそうな表情。


 狂ってる人だ、なんて印象しか浮かばない。


「じゃあ、こうしよう。君が勝ったら俺は君を元の世界だろうその世界に帰すことに協力しよう」


 思いがけない話だった。


 今までの態度と姿勢の一点。


「どういう心境の変化ですか?」


「―――狂人の気まぐれ。一応言っておくけど、昔から傭兵なんでね。言ったことはちゃんと守るよ」


 私の怪訝な色の強い質問に、マフヨはシニカルな表情を崩さずに答える。


「その言葉、忘れないでくださいね」


「もちろん」


「……では、あなたが勝ったら?」


「元の世界には帰れません。現実受け入れてこの大地を生きていけ」


 当然、と言わんばかりの内容。


 それでもいい。


 帰れる目があるなら、とその提案を了承します。


 そのわたしの言葉を聞いて、マフヨは《Curtain Call》を構えます。


「それじゃ、全身全霊本気でかかってこい」


「言われなくても……!」


 わたしはそう返して、手にしている剣を地面に突き立てる。


 自分を中心に魔法陣を展開。


「フォームチェンジ! 《アウスラ》!」


 ―――実行。


 高出力の魔力が解放されると同時に空気が弾けて、周囲に突風が吹き荒れる。


 白とピンクのワンピースは輝いて、スカートの横と後ろに燕尾スカートが追加されて、中世の鎧のような優美な籠手と脛当て出現して装着される。


 白にピンクの線が走った剣も一回り大きくなって、やや暗い色に変化。


 地面から剣を引き抜いて、切り払って見栄を切る。


 《アウスラ》―――魔法少女としての、わたしの全力全開。


 これで、マフヨに打ち勝つ。


「本気モードか。―――なら、出し惜しみは無しだな」


 そんなわたしを見て、マフヨは大剣を左腕で抱えて柄を握り直す。


「―――『彼女は知らなかったが、彼女は終わりを告げる舞を捧げた』」


 また祈るように言って、柄を上に引っ張った。


 そしてそれは、大剣だけを残して、柄と繋がったそれが滑らかに持ち上がる。


 黒い―――否、深い藍色の刀身を持った幅のある日本刀が大剣の中から引き抜かれた。


 鍔は日本刀らしくない、刀身と柄よりも幅があって厚いもの。


 長さは《Curtain Call》よりも短いとはいえ、相応に長い。


 ただ―――見るだけで、得体のしれない恐怖を感じました。


 刀を持つ人間(マフヨ)が怖いのではなくて、刀そのものが怖い。


 反りが入った日本刀らしいフォルムの美しさと《Curtain Call》と打って変わって傷がないという意味でも美しい刀身と、日本刀どころか金属らしくない色がその色として金属光沢を放つという異常さの合わさりが得体のしれない恐怖の正体とは言い難い。


 まるで、人でも刀でもない、未知の存在を見て逃げたくなるような怖さです。


 鞘代わりだったらしい《Curtain Call》は背中の鞘と共に空中に展開した魔法陣の中に消えていく。


「刀の銘は《蒼姫 type Grand Finale》。隕鉄で鍛えたらしい刀身に高周波ブレードの機構を組み付けただけの、単純で切れ味の良い大太刀。俺がもっとも使いこなし、信頼する武器。―――不足はあるまい?」


 その《蒼姫》の切っ先をわたしに向けて丁寧に説明する。


「わたしみたいに、強化(バフ)とか形態変化とかしないんですか?」


「魔法使えても五秒も続かない強化(バフ)だけだし、なけなしの適正だから身一つでどうにかするしかないんだよね」


 わたしの挑発に、マフヨは困ったような乾いた笑いと共に答える。


「今までそうやって戦ってきたし、それで生き残ってきた。だから、これからもそれでやっていく」


 彼はそう続けて《蒼姫》を両手で持って、肩に担ぐように構える。


 足を開いて、左足は前で右足は後ろ。


 腰を落として、すぐにでも駆け出せる姿勢。


 わたしもそれに応じるように剣を中段で構える。


「―――往くぞ。正義の味方を騙る、誰も守れない魔法少女さん」


 その言葉と共に、彼は地面を蹴りました。


 真っ直ぐ、わたしに向かって走ってきます。


 走る速さは、確かに速い。


 けど、距離がある。


 だから、先手を打てたのはわたしだ。


 左手を前にかざして、四つの魔法陣を展開する。


 そこから光弾を連射して弾幕を張る。


 牽制、あるいは足止め程度の攻撃。


 マフヨはそれに驚くことなく、速度を緩めないで突っ込む。


 刀を袈裟切りの角度で大きく振って魔法弾を斬り捨てて、返す一刀で次の弾を迎撃する。


 その勢いで振り返って、刀だけ先行して背後へ。


 手と腕だけで刀を回して、円の軌跡を描きつつ魔法弾を二つ防ぐ。


 また正面に向き直して、刀を横に振って次に来た球を切り裂く。


 《Curtain Call》ほど重くないのだとしても、それなりに重量があるから全身を用いて振るが故の大振りですが、その軌跡を描く速度は速い。


 暗い藍色の線がマフヨの周りで回り続けて見えたほどに、速い。


 そして、あっという間に彼我の距離が縮まる。


 マフヨは刀を上段から振り下ろす。


 それに対して、わたしは袈裟切りの角度で剣を振る。


 ガンッ、という金属同士がぶつかり合う音がして。


 得物を振り切ったのはわたしだ。


 対して、マフヨは地面の上を大きく滑らせながら下がる。


 姿勢は大きくは崩れなかった。


 膂力は今のわたしの方が上。


 なら、力で押し切る。


 そう決めて、地面を蹴る。


 マフヨより速く躍り出て、剣を振る。


 その攻撃に対して、彼は刀をわたしの剣の軌道と鏡映しになるように刀を振るう。


 またガンッ、という音がするものの。


「そう、何度も弾き飛ばされはしないぞ」


 今度は弾かれる事なく、得物を落とす事なくそこに立っていた。


 上手く衝撃を受け流された?


 そう分析しながら、何度も剣を振るう。


 その全ての斬撃は重いはずなのに、マフヨは駒のように回りながら《蒼姫》をわたしの剣と同じ軌道で当てて、その軌道を逸らし続ける。


 二十七回目のぶつかり。


 今だと判断して、剣劇の中で()()()()()()それを動かす。


 マフヨは何かに気付いたのか、今度は後ろへ大きく跳び下がる。


 そのマフヨが立っていたところに、一振りの剣が上からかなりの速度で飛んできて地面に刺さって、一つのクレーターを作る。


「―――なるほど。これで囲んだのか。これは、大変そうだ」


 マフヨはわたしから目を逸らさずに、自分の置かれた状況に対して呟く。


 わたしたちを囲むように浮かんでいるのは、わたしが召喚した剣。


「そう。あなたと剣劇を繰り広げてる間に召還したの」


 彼の言葉を肯定して、わたしは距離を取るように後ろに下がって、前にまた剣を大量に召喚する。


 これで彼の逃げる場所は無くなった。


 テレポートの類も彼の言うことが本当ならばまだ跳べないはずで、回避も出来ない。


 左手を上へと掲げて、剣を撃つ準備。


 あとは振り下ろすだけで


 でも、彼にはそんな事は些細な事かのように不敵な笑みを見せて平然と《蒼姫》を構える。


「―――勝ったと思うのはまだ早いぞ、魔法少女さん」


 そう言い放って駆け出す。


 少なくとも、走って十歩はいる距離。


 どう考えてもわたしの方が先手が撃てる距離。


 わたしは躊躇うことなく、左手を下ろす。


 展開した全ての剣が一斉に、マフヨへ向かっていきます。


 避けるも防ぐも出来ないような全方位からの攻撃。


 それを、マフヨは。


「―――《散花六爪(さんかろくそう)》」


 そう呟くのと、《蒼姫》を両手で横に構えて反時計回りに回った。


 一瞬の一回転。


 それだけで、地面に六本の断裂が走って、マフヨに向かって発射された剣の半分以上が弾き落とされました。


 わたしにはその余波なのか一際強い風がやってきます。


 ―――何?! 今の!


 一回だけ刀を振っただなのに、この範囲の攻撃は何?!


 そう驚いているわたしには目もくれず、


「やっぱり()()()()()ほどにはいかないか……! (シールド)四重重ね(クアドラブル)足す(プラス)強化(ブースト)起動(オン)!」


 そう呻きながら、迎撃できなかった剣の対応にすぐさま切り替えます。


 その詠唱と共に盾の文字が浮かんだ円陣が四つ現れ、残りの剣のほとんどを受け止めます。


 残った僅かばかり剣は、マフヨの一閃で弾かれる。


 一瞬で、状況を覆された。


 その現実にただ驚いて―――。


「驚く暇は無いぞ魔法少女!」


 そう叱咤するマフヨの声に、唖然としていたわたしは意識と思考を戦いに戻して剣を振るう。


 ただ、驚いていて唖然としていたわたしのその太刀筋は余りにも精彩さをかけていて、マフヨの斬撃に次から次へと弾かれる。


 マフヨが一歩踏み込む。


 刀の間合いじゃない―――。


 そう思ったのと、お腹を掌底で殴られたのが同時。


 文字通り殴り飛ばされ、わたしは地面を転がる。


「が―――ごほっ! ごほっ!」


 四つん這いになってせき込む。


 鳩尾ではないにしても、肺の空気を吐かせるには十分な衝撃。


 満足に呼吸が出来るようになるのはすぐだとしても。


 でも追撃が無いのはどうして―――。


 と疑問に思って、顔を上げて。


「―――ごめんね? メルツェル、ある意味で差別はしない子だから、誰が相手でも平気で乱暴しちゃうの」


 まず聞こえたのは少女の甘ったるい日本語。


 そして、ナウエマフヨと名乗る黒いコートの青年はそこにはいませんでした。


 代わりに、ゆるふわな笑顔と空気を纏った、十代半ばぐらいの少女が立っていました。


 背は一六〇はありそうで、体つきはスリム。


 髪は腰まで届くぐらいには長くて、その色は明るい茶色。


 顔立ちは整っていて、垂れ気味目つきに鮮やかな青い瞳。


 白いコルセットのようなトップスに、内側が丈の短い黒のフレアスカートで外側は正面が大きく開いた白のフィッシュテールスカート。


 黒い二―ソックスに青いパンプスを履いていました。


 そして気になるのは、両手で後ろに持つ暗い藍色の刀―――《蒼姫》。


 それはマフヨの得物のはず。


 どうして見ず知らずの人が持っているのでしょうか?


「もう少し穏便に事を進めれないのも困ったところなんだよね……」


 はぁ、とその人はため息を吐きます。


「あ、あなたは?」


 状況が読み込めないけれども剣を支えに立ちながら、まずはそう尋ねます。


 言動から察するにマフヨと関わりがありそうなのですが、この人は知りません。


 というか、マフヨが近くに居ません。


「んー……。さっきあなたが戦っていた人の関係者、とだけ」


 彼女はそう言って軽い足取りで一歩わたしに近づきました。


「名前はちゃんとあるんだけど……。ちょっと強引な現界だし、私自身この世界の並行世界とは別世界の別次元の存在だから名乗れないの。―――ごめんね?」


 そう付け加えて、可愛く首を傾げました。


 とても戦うような空気はありませんでした。


 ついさっきまで戦っていた緊張が解けるような、そんな感覚を覚えます。


「じゃあ、マフヨのお仲間さんなのですか?」


 次の質問。


 その問いに彼女は「んー…」と少し難しそうな顔を見せました。


「マフヨ……メルツェルの事ね? ―――仲間、というよりは親とか姉とか……。制作者? 雇い主? ……一言では言い表せない関係、かな」


 そう答えて、もう一歩近づきます。


 メルツェル?


 《ナウエマフヨ》は符号のようなものだと聞いていたから、そっちが本名なのだろうか。


 そういう疑問が表情として出ていたのでしょう。


「私があの子に付けた愛称のようなものよ。本名は別にあるわ―――と、言っても彼自身は『名前』なんて無いと思い続けてる」


 困った子だねと、クスクスと笑いながら教えてくれました。


 そして、彼女はすぐに表情を引き締めます。


「さて。世間話はこれぐらいにして、本題と行きたいんだけど―――」


 と、言って困った表情を見せました。


「ちょっとお話しすぎちゃったかな……? 私がここに居られる時間が無くなってきちゃった」


 強引な顕現だし私は異物だから仕方ないか、と彼女はうんうんと一人頷きます。


「あの、本題って―――」


「私とメルツェルの一つ目の用事の事。―――でも、話す時間が無いから―――」


 そう彼女が言うのと、その右手が一瞬だけ霞んで。


 胸をトン、と軽く押されるような感覚がして。


 気が付いたら彼女の右腕は真っ直ぐ伸びていて。


 その手には《蒼姫》が握られていて。


 その暗い藍色の刀は、わたしに突き出されて―――

 

「―――え?」


 その刀身は、わたしの胸を深々と貫いていました。


 《蒼姫》の鍔付近まで刺さっていて、鎬に刻まれた《蒼姫》の文字と鍔に筆記体で書かれた《Grand Finale》の文字が読めて。


 刺さった場所は、胸骨よりやや左―――。


 そこまでわたしは見て、足の力が抜けました。


 いえ、もう全身の力すら入りません。


「ごめんね? 理不尽かもしれないけれど、あなたはこの世界に居てはいけないの」


 《蒼姫》を持つ少女は淡々と言った。


 その言葉は先ほどまでのゆるさは無くて、どこまでも冷たく聞こえた。


 深々と刺さった《蒼姫》を真っ直ぐ引いて抜きます。


 抜き切ると同時に、わたしの胸に空いた刺し傷から、真っ赤な液体が一瞬だけ噴水のように溢れ出ます。


 何が溢れ出たのか、わからなかった。



 景色が白黒になっていって、ぼやけていく。



 なんで?



 視界が急に暗くなっていく。



 どうして?



 ひどく、寒く感じる。



 “今”の状態なら、寒くないはずなのに。



 手も、足も動かない。


 帰りたい場所があるのに、動いてくれない。



 目の前が真っ暗に変わってしまった。


 落ちていくような、感覚もある。


 わたし、どうなってるの?


 何も見えない。


 何も感じない。


 怖い。



「大丈夫。―――は、夢だか―――」



 そんな途切れ途切れで、優しい声が聞こえた気がした。



 ゆめ……?



「そう。寝て―――ような―――」


 寝てる?


「―――うん。そう―――もう、起きないと」


 起きる?


「そう。辛い現実の―――。―――生きていく世界の朝だから―――」


 今度は少しはっきりと聞こえて。


「―――」


 他にも、何か。


「聞こえてるでしょ? あなたの名前を呼ぶ声が」


 そう促されて。


「―――!」


 何かが聞こえた気がしました。


 ひどく懐かしい声に思えました。


 その声が誰か、なんてわたしは知っています。


 ―――うん、聞こえる。


 ずっと呼びかけている甘ったるい声質の少女の声に向けて頷く。


「なら、起きないとね」


 その言葉に促されて、わたしは目を開けて。


 まだ真っ暗闇の中にいるのか、視界は黒一色のまま。


「―――!」


 わたしを呼ぶ声がまた聞こえた。


 でも、方角はわからない。


「―――こっちだ」


 次に聞こえたのは聞き覚えのあるような、無いような男性の声。


 その声と同時に、わたしの左手は引っ張られる。


 でも、どこか優しい握り方でした。


 人らしい、温かい手の温もりが返ってきます。


「きっと、この事は忘れてしまうけど。これは、俺たちからのささやかなお礼だよ」


 そんな言葉がかけられました。


 ―――ささやかなお礼?


「そう。君が君の生きている世界を、《世界間接続装置》から世界同士の接続を断ち切って守ったことに対するお礼。―――君がやらなきゃ君の世界は滅んでいたし、俺たちも閉じる世界を二十個ほど渡らずに済んだから」


 じゃなきゃこんな例外はやらないと、その声は言って私の手を引っ張るのを止めます。


 そして、視線の先には、星のような小さな光が見えました。


「エスコートはここまでだな。あとは一人でも大丈夫だろう」


 その言葉と共に、握られていた左手が離されて。


「メルツェルの言った通り、あなたはこの瞬間から異世界での二カ月間の記憶を《夢》として認識して、いずれ忘れてしまうけど―――あなたの無謀で勇敢な行動に感謝を。―――ありがとう」


 今度は少女の声が、そう言いました。


 そう言われても、よくわからなかった。


 異世界?


 二か月ほどの、記憶?


 何の事か、わからない。


「……気にしなくていいよ。そのまま振り返らないで、光に向かって進んで」


 少女の声が、わたしをそう促します。


 ―――わかりました。


 わたしはその言葉に頷いて、一歩前に踏み出します。


 何か、少女に言われたような気がしましたが、それは幻聴でしょう。


 それよりも、わたしを呼ぶ声に向かって進む方が大事なのですから。


 そう決めて、二歩目で。


 その小さな光が大きくなって。




「―――マホ!」


 再び目を開けたわたしの視界に飛び込んで来たのは、涙目の友人の顔でした。





 


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