偶然の産物。見えるのは目の前の事。
「こちらラファール00。《ナースホルン》撃破」
チハヤは無線でそう告げる。
目の前には首から上をマシンガンに変えられた《ナースホルン》が地面に横たわっている。マシンガンのストックで潰された構造材の隙間から血液だろうか、赤い液体が滴り始めており、これならパイロットは間違いなく死んでいるだろう。
『うそっ! 本当にやってる?!』
マスタング03―――アルペジオから驚きの声が上がる。
『……コクピットを確実にやっている……。ほんと容赦ありませんわね。殺さない事をしたらどうですか?』
エリザからも称賛よりも皮肉めいた言葉がかけられる。
「嫌ですよ、そんなの。殺し損ねたらまた殺しに来ますよ、ソイツは」
殺しに来た敵は殺すしかないですよ、とチハヤは答える。
「それで、マスタングリーダーの状況は?」
そう問いかけて、その結果が空に上がる。
緑玉三発。
「むこうに取られましたか。今日の奢りは団長秘蔵の酒ですね。ボトル全部空にしてやりましょう?」
『ポーカーでお金むしり取って、まだ取る気? ほんと嫌な奴ね、チハヤ』
「そのお酒を使って美味しい料理でも作りましょうか? 敗北の酒もなかなかイケると思いますよ?」
『最後の言葉は余計ですわ』
そう軽口を叩いていたら。
『―――――っ?! チハヤ!』
『接近警報』
アルペジオと《ヒビキ》からの警告がコクピットに響く。
《プライング》はとっさに右へクイックブーストする。
さっきまでいた空間を、実体ブレードが縦に切り裂いた。
チハヤは、モニターに映ったそれを見る。
ランツフート帝国の量産機。そのライフルと盾持ちの機体だった。
『《ヴォルフ》?! 信号弾上がってませんこと!?』
エリザから驚きの声。敵リンクスの接近に、誰も気付かなかったということは、全員完全に油断していたということである。
『お前……! お前だけは……!』
敵パイロットからの音声が外部スピーカーで流れる。チハヤには怒りで声が震えているのがよくわかった。
『フリーダさんの敵!』
そう言って、《ヴォルフ》は《プライング》へと突貫する。
チハヤには、その声に聞き覚えがあった。
「ラファール00交戦」
淡々と戦闘開始の言葉を言って、《プライング》を敵機へと向ける。
現状、武器はブレードライフルのみ。復讐に駆られ、動きにむらのある相手だ。これでも充分殺れる。
チハヤはそう判断し、ライフルを構える。
発砲。
敵機はシールドを構え、サイドステップで回避。
ブースト機動で突撃をかけてくる。
振られるブレード。
こちらもクイックブーストで接近。しゃがみつつブレードライフルを右から左へ振って相手の攻撃を弾く。
そして、ブレードライフルを素早く構え直し、クイックブーストしつつ突きを繰り出した。
ブレードは敵機の胴体、装甲を下から捲り上げながら右胸へと突き刺さった。
「なんと、呆気ない」
私はその結果を見て、溜息混じりに呟く。
突き刺さったブレードライフルは、どうやらコクピットには刺さったようだが、さらにパイロットのすぐ横だった。
つまり、殺していないらしい。
モニターに映っているのは、倒れた敵リンクスと、剥き出しになったコクピットで重症になったパイロットが呻いている姿だからだ。
パイロットはもちろん女性。私とそう大差ない年ごろの女の子。黒髪のロングで、垂れ目。顔立ちとしては可愛いと表現出来るだろう。どこか幼げ、とも言いますか。
そして、私はこの人を 知 っ て い た 。
「……マスタング03。残りの敵機は?」
ひとまず、やりたい事の為に不安材料の確認。
『えっ……、えぇ、一歩も動かずにいるわ。こちらが下がるのを待ってるみたい』
アルペジオのその言葉に、邪魔は入らないと確信する。
《プライング》に膝を着かせ、
「ちょっと介錯してきます。《ヒビキ》。待機モードでlinksシステムの接続を解除。外に出ます」
『ちょっとチハヤ!?』
『了解』
アルペジオの声と、短い《ヒビキ》の了承の言葉と共に、頭上のハッチが開放される。
「よっ、と」
軽いジャンプと懸垂の要領で機体の外へ出る。
前に倒れた頭部の左横に立ち、相手を見下ろす。
その人はこちらを見て、信じられないような表情をしていた。
嬉しいような、嬉しくないような。起きている事に、頭が追いついていないような表情だ。
後腰のホルスターに収まっている九ミリ自動式拳銃を抜き、《プライング》の左腕を伝って相手のすぐに隣まで歩く。この機体の腕は歩きにくいと思いながらも、安全装置を外して拳銃の弾倉に弾が入っているか、チャンバーに弾が入っているかを確認する。
弾倉を入れ、スライドを引いて初弾装填。ハンマーも起き上がり、後は引き金を引けば弾が出る状態だ。暴発防止に安全装置をかけて、敵パイロットのすぐそばに立つ。
「……やっぱり、貴女でしたか」
私より少し歳を取って見えるけど、間違いない。
「セタ、アイカさん」
その人は、ノーシアフォール発生前のころ、高校で知り合った後輩だった。二学期の文化祭でバンドのボーカルをやった、歌が上手で将来は歌手になりたいと夢を語った女の子だった。
そして、叶う一歩手前まで行った女の子だ。
あの日、プロダクションの関係で東京に居て、西暦最初のノーシアフォールに呑まれたはずだった。――――のに。
どうしてここにいるのだろうか? どうしてリンクスに乗っているのだろうか。
「ここで、異世界で。こうして出会うなんて」
嫌な再会、とさえ私は思う。
脇腹から金属の破片が刺さり、肉を抉って、千切れた内臓を腹からはみ出した重傷者が貴女で、そうした帳本人が私とは。
そして私はその傷を見て、彼女はもう助からない、と理解してしまった。
傷が深すぎる。血が流れすぎた。
見てわかってしまうほど、私は“誰かの死”に馴れすぎた。
「……先輩……なんですか?」
かすれた声が、アイカさんから発せられる。
「はい。みんなのお姉さん、チハヤユウキですよ」
手を後で組んで、よく口にした言葉で答える。懐かしい、と思えるほどに。
「そんな…………フリーダさんを……先、輩が?」
「ええ。殺しに来たんですから、殺して当然ですよね」
この前逃したせいで何時殺しに来るか不安だったのが、今先程解消されましたよ、と穏やかな表情で続けて言う。
「そして、貴女も殺して差し上げます」
右手で拳銃を構え、安全装置を外す。ハンマーは既に上がっているので、後は引き金を引くだけ。
「ウソ……でしょう……?」
アイカから、信じられないという声が上がる。
「嘘じゃありませんよ。貴女を殺す、と間違いなく言いました」
「……殺す……の……ですか?」
「ええ。貴女も殺しに来てるのだから。そして、貴女もここで死ぬ」
「――――だ」
言葉にならない声が、彼女の口から出たが、その言葉がなんなのかも、私にはわかった気がした。
「これ以上、話しても無意味ですね。それでは――――」
「―――――――先―――殺し―――ないひ――」
「黙りなさい。殺せなくなるでしょう?」
彼女の表情は、やめてと。そんなこと言わないでと涙を流しながら言っていた。
「――――――じゃない――――――化け―――――」
「化け物ですよ、もう。殺さないと不安で仕方なくなるほどの」
その言葉が、決定的だった。
その表情は辛くて、悲しくて、恨めしくて。
その目を涙でいっぱいにしながら、彼女はハッキリと言った。
「貴方なんか……好きにならなければ良かった……!」
「そうですよ」
私は肯定する。そして―――――
「恨みなさい。それが私への手向けです」
その心臓へ、九ミリの弾丸を二発だけ撃ち込んだ。
突然の展開です。はい。
補足的な、彼女視点の番外編はそのうち。
主人公、チハヤという一個人の視点でしか語られないからこそ、起きた事の背景は見えない。
もしくは推測でしか語れないのです。