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並行異世界ストレイド  作者: 機刈二暮
[第九章]Fall out
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来てしまった物





 今日も今日とて、《コーアズィ》対応でした。


 これまた珍しい、二日連続でオルレアン連合側にとても近い場所での発生でした。




 私の頭上は相変わらず、《ノーシアフォール》の不気味な黒い球体が、青いだろう空を隠しています。


 見ているだけで呑み込まれそうな、穴にも見えるそれは今日も異世界の物を落としています。


 でも、そこから視線を下に向ければ、雨が降りそうな雲が地平線の向こうまで延びていて、いつ降るのかと見る人を焦らせています。


 そんな天気相応らしく、空気は昨日よりも冷たい。


 雪が降るんじゃないかなんて思います。


 二月に雪が降る地域ではないそうですけれど。


「こちらラファール00。人は見当たらず」


 現状を報告しながら、《ノーシアフォール》から降ってきた瓦礫を踏んで安全を確かめつつ進みます。


 今日も《プライング》から降りての捜索です。


 支給の防寒着を着ていてもまだ寒い。


 温かいコクピットに籠っていたいものです。


『こちらラファールリーダー。一応、生体反応が無いのを確認したけど、昨日みたいに人が隠れてるかもしれないから気をつけてね』


 すぐにアルペジオからの返事が返ってきました。


 彼女は今日も《フランベルジュ》のコクピットの中。


 羨ましいものです。


「了解」


 事務的に答えて、咽頭マイクから手を離します。


 相変わらずの、見えるもの一つ一つ挙げていくのも億劫になりそうな瓦礫の山をゆっくりと進んでいきます。


 五メートルほど登って、それなりに頑丈そうな一枚の岩板に右足を乗せて、左足を丸太から離したところで。


「―――っ!」

 

 丸太が転がったかと思うと、その周囲から崩れ始めます。


 今、乗っている岩板も小刻みに揺れ始めて傾き始めます。


「嘘っ!?」


 驚いてる暇はありません。


 すぐに登る方へ駆け出します。


 大小様々で、あらゆるものが重なっただけの道の無い瓦礫の山を踏める足場を見極めてその場所に足を乗せて、次々と飛び乗ります。


 何の木かわからない、直径で言うなら十メートルはありそうで長さは二十メートルはある切り出された巨木の上に乗りますがそれも傾き始めます。


 運がない。


 目の前には灰色のコンテナの扉が見えました。


 海運やトレーラーに載っていそうなそれです。


 きっと、コンテナが縦の状態で埋まっているのでしょう。


 あそこに乗り移るしかありません。


 急な角度になっていく丸太を駆け上します。


 ゆっくりと、確実に急勾配になっていきますが、コンテナが見えなくなるなんてことは起きていませんでした。


 きっと先端が持ち上がりつつも巨木が重力に引かれて滑り落ち始めているのでしょう。


 間に合うかどうかはともかく、走って跳ぶしか私には選択肢がありません。


 今まさに滑り落ちそうな巨木の急勾配を駆け上って、その端で踏み切って大きく跳躍します。


 体は宙を飛んで、コンテナの角に何とかしがみつきます。


 ―――それで一安心とはいきません。


 その衝撃でコンテナが少し傾いて、体が滑り出しました。


 コンテナの閂に腕を伸ばしますが、届く訳もなく滑ってコンテナの角に手を掛けてぶら下がるような状態に。


 これ以上何かあれば間違いなく落ちるでしょう。


 そこそこの高さに、下は瓦礫の散乱というカオス。


 落ちればよくて骨折。


 最悪は適当な鋭利なもので串刺し。


 運が無いと思うしかありません。


「―――」


 ―――ですが、コンテナはそれ以上傾くことなく止まりました。


 これ以上崩れ落ちないという事実と、ギリギリだったという事実は私にある種の安堵と焦燥感を与えてくれます。


『崩れたわよ!? 誰か巻き込まれてない?!』


 アルペジオの焦った声が左耳のイヤホンから流れてきました。


『こちらラファール03。無事です。反対側が崩れたの?』


『こちらラファール05! 同じくですけど、崩落を目視しました。あそこって、ラファール00がいる辺り?!』


『うそっ?! ラファール00応答して!!』


 その言葉に、悲鳴にも似た驚きと焦りの声が通信に乗り始めます。


 今すぐ無事を伝えたいのは山々ですが、生憎両手は塞がっています。


 とりあえず、ぶら下がっている状態から脱出しなくては。


 腕だけの力で体を持ち上げることは出来ますが、ぶら下がっている所はコンテナの端。


 傾いているとはいえ、傾き具合から足は壁面に掛けれそうです。


 左足をコンテナの壁面に当ててみて、グリップが利くか確認―――なんとかなりそうです。


 今度は右足―――こちらも良好。


 コンテナも傾く様子はありません。


 両足と両腕に力を入れて、体を持ち上げます。


 危なげなくコンテナの扉の上に立って、その場に腰を下ろします。


『チハヤ! 応答して!』


「コールサインで呼んでください。巻き込まれてましたが五体満足で無事です」


 咽頭マイクに手を当てて、アルペジオの必死な呼びかけに答えます。


『……はぁー…』


『焦った……』


『心配かけないでください……』


『……心臓に悪い』


 ラファール小隊の面々も思い思いの安堵の言葉を口にします。


『無事ならすぐに応答しなさいよ。心配させないで』


 アルペジオの強気な、けれど安堵の声。


 すぐに答えられなかったのはコンテナに両手でぶら下がっていたからですが、そんな詳細を言う必要はないでしょう。


「すみません。マイクをオンにする余裕がなかったので……。何せ、崩落に巻き込まれてましたし」


 そう謝ります。


『それで今どこ? 安全に離れれる?』


「崩落現場の上の方。縦になったコンテナの上にいます。ここから移動は―――」


 そう答えようとして、周りを見渡します。


 正面は開けてて何もなく、左右も同様。


 後ろは瓦礫の山が続きますが、崩落した以上は進めば崩れる可能性があります。


「ちょっと誰かにリンクスで来てもらって、その掌の上に乗るしか出来ませんね……?」


 周りは不安定そうですと言って救出の要請をして、それを見つけました。


 コンテナの扉に描かれた、放射能をを示すハザードシンボルです。


 その下には英語による注意書きと『Mark 3』の文字。


 ―――まさか、なんて背筋が凍るような感覚を覚えて。


 次に私が取った行動は、コンテナの閂を抜いて、その扉を持ち上げる事でした。


 中身が無ければいい、なんて思う。


 無ければ余計な心配だった、なんて笑える。


 扉を持ち上げて、中を覗きます。


 そして、暗いコンテナの中には――――。


 ()()を見た瞬間、私はすぐに扉を閉めました。


 そして、咽頭マイクに手を当てて通信を開く。


「……ラファール00よりラファールリーダーへ」


『こちらラファールリーダー。どうしたの?』


「私の救助は後回しにして、全員この瓦礫の山から離れて下さい。接近中のヘリ部隊にも基地へ帰るようにと伝えて下さい。それと、私の名前を出してHALと《ウォースパイト》を呼んで。彼じゃないと、運べない」


『……何を見つけたの?』


 私のとても深刻そうな、真面目な声音にアルペジオは戸惑いながらも聞いてきました。


 これが何かなんて、私は答える事ができます。


 ―――が、これはまだこの世界にはないもののはずで。


 これが持つ能力を知れば、すぐにでもリバースエンジニアリングして大量生産するのは間違いありません。


 それは、世界の破滅への道の入り口でしょう。


 そんな未来は、避けるべきです―――。


 だから、曖昧に答えることを選びます。


「本物かどうかはわかりませんが―――この世界にこれを管理、保管する知識も技術もない危険な代物。あるだけで、辺り一帯に対処出来ない、自覚出来ない毒を撒き散らしてるようなもの、です」


 具体的ではない、されど事実は押さえている説明で。


 これがどのような物か知っている人が聞いたら間違ってはいないと頷くだろう説明です。


 ただ、対処出来ないとか自覚出来ない毒、という説明がいけなかったようで。


『それだとチハヤが一番危ないじゃない! 救出に―――』


 案の定、アルペジオが反応しました。


「来ないでください。リンクスで防げるものとは限りません。そして、薬とかで解毒できるものでもありません。被害は私一人で済ませてください」


 私情抜きで言い放ちます。


『ラファールリーダー? ここは抑えなさい』


 ラファール01―――パトリシアさんの制止が入りました。


『でも……』


『どんなものか、少なくとも私たちよりも知ってる人の意見よ。ラファール00の言う通りにしましょう』


 その言葉に、アルペジオは押し黙ります。


 僅かな沈黙。


 きっと、アルペジオは葛藤しているのでしょう。


 部下全体の命と、私一個人の命を天秤にかけるという選択に。


 しばらくして。


『―――ラファール00。しばらくそこで待機。ハルを呼ぶわ』


 苦渋の決断がアルペジオから飛びました。


 私は了解、と短く答えて通信を切りました。


 そして離れるリンクスを見つけました。


 赤いリンクス―――アルペジオの《フランベルジュ》です。


 私を見て、離れてく《マーチャーE2改》を確認してから離れ始めました。


 それでいい。


 そう口にすることなく頷いて、私はその冷たい床に座りました。




 ―――まあ、結果だけを言うならば『なにも問題はなかった』のですけれど。




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