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並行異世界ストレイド  作者: 機刈二暮
[第九章]Fall out
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残り時間





 どんよりとした雨雲ではないけれど、東西南北方向の空は雲が覆っていて。


 頭上は相変わらず、《ノーシアフォール》の黒い球面が覗いています。


 気温はまだ一桁台。


 吐く息は白い。


 シート下に入ってるコートを着ていますが、マフラーは無いので首元は寒いです。


「こちらラファール00、瓦礫の上に降りました」


 咽頭マイクへそう言いながら、黒い尖鋭的な装甲を持つリンクス―――《プライング》から離れます。




 今日も今日とて、《コーアズィ》対応です。


 異世界の物が降ってきた場所は基地からほど近い場所でした。


 どうあがいても確実にこちらが確保出来るような距離。


 簡単に、そして戦闘することなく《コーアズィ》落下地点を確保してリンクスのセンサーで生存者を探して、《プライング》を降りたところでした。






『こちらラファールリーダー。気を付けてね? 生体反応は感知してないけど、物陰に隠れててっていうのはよくある話だから』


 アルペジオの返事と注意の言葉が左耳のイヤホンから聞こえてきました。


 彼女は今日は湾曲した装甲が美しい赤いリンクス、《フランベルジュ》の温かいだろう機内で指揮です。


 羨ましい。


「気を付けます」


 たすき掛けした救急バックと右の太ももに巻き付けたホルスター―――正確にはその中に入っている自動式拳銃の存在を確認するようにポンポンと叩いて、瓦礫の山を登っていきます。


 石くれに土くれ。

 鉄骨に岩石や、コンクリートや木の柱。

 根っこごとほじくり出されたような緑樹にへし折れた枯れ木。

 砕けた食器棚やタンス。学習机に似た机やローテーブル。

 まだ使えそうなキャスター付きの事務椅子や、対照的にもう二度と座れなさそうなどこかの王様が座っていただろう豪奢な椅子。

 どこかレトロな、湾曲した外装を好きなだけ凹ませた自動車や、真っ二つに折れた手漕ぎのボート。

 翼を失った単発のジェット戦闘機に、機首にプロペラが付いた布張りの複翼機。

 砲塔がない戦車のシャーシに、海上艦のものだっただろう砲塔。


 なんでもありな、そんな瓦礫の山を歩けそうな場所だけを選んで、誰か居ないかを探しながら歩いていきます。




 悩む事はある。


 それから意識を逸らすのに、仕事をするというのはとても便利なものです、と一人呟く。


 自分の過去や、やってきた事に対する認識。


 これからどう生きていくのか。


 フィオナさんの告白に対する回答。



 ―――それらばかり考えている。


 どれもこれも、幽霊のように纏わりつくように思考の片隅にある。



 過去は過去。そこにあるだけ。


 死体の上に立っているという事実は、何をして生きても。

 どこへ行っても変わらないだろう。


 未来、何をして生きているのかのビジョンは相変わらず思い付かない。


 そんな人間の隣に、彼女(フィオナさん)を立たせていいのでしょうか?



 そういう思考しか、回らない。


 何らかの答えを出さないといけないだろうに。




 時間はある、と考えたい。


 けれど、有限だとわかっていて。


 その時間でさえ、理不尽なまでに奪われるということを、私は知っている。




 どうしたものか、なんて考えて。




 加工前の丸太を乗り越えて、一際広くて平坦な岩石の上に立ちます。


 左足で何度か踏んで、異常がないか確認して。


「ふう……」


 一息。


 一先ず安定した足場に着いたことに、奇妙な安心感を覚えます。


 道なき道を歩いていたことに対する不安と疲弊か。


 あるいは、余計な事を考え続けていたからか。


「こちらラファール00。中間報告。現在、生存者は確認してません」


 そんな頭の中を過る思考を止めて、事務的な通信を発します。


『こちらラファールリーダー。了解。そのまま探索をお願い』


「了解」


 そう答えて、咽頭マイクから手を離した時でした。


 五メートル先にある大理石のような石柱を、黒い服の人が飛び越えてきました。


 年齢は私と同じか、一つ上ぐらい。


 コートはロングでフード付き。

 ズボンも黒いが、太もものポケットからカーゴパンツだというのはわかった。

 手袋もまた黒い。


 長い黒髪を後頭部でまとめていて、その中性的で端正な―――私と比べればまだ男だとわかる顔立ちです。


 左目は空の様に青く、右目は何か分からない五枚の花弁の花が咲いています。


 背中にはその身の丈もあるだろう鞘に入った片刃の大剣を背負っていました。

 幅もあって、厚みも相応に厚く見えます。


 後腰からは金属の箱のような物が二つ、細いアーム状のものに接続されてぶら下がっていました。



 そして、私はこの人を知っていました。



 この世界に来る前に、この人には会っています。



 孤児院子供たちが死んで、コトネが死んで。


 彼女たちを埋葬した後、私が自分の首を切って死のうとした所を止めて。


 死にたいのなら《黒い球体》へ飛び込めばいいと言った“彼”でした。



 どうすればいいのだろう、なんて思う。


 この人は間違いなく、あの時の私への言動やイオン・リヴィングストンさんの話からするに《ノーシアフォール》の何かを詳しく知っていて。


 そして、空に浮かぶ《ノーシアフォール》が繋がっている先の世界に空いて飲み込んでいるだろう《黒い球体》を閉じて回っているのだとしたら。


 そして、上からの命令はまだ何もない。


 この人への対応は、どうするのがいいのだろうか。


 そう考える私の内心を知らずに、彼は「んっ?」とでも言いそうな怪訝の顔を浮かべて、何歩か近づいてからすぐにどこか嬉しそうな表情を見せます。


『お、久しぶり。生きてたのか』


 まるで友人に会ったかのような気楽さで、日本語で話しかけてきました。


「××××。××××××、×××××××××××××××××××××」


 そして、日本語でもフロムクェル語でもない言葉で一人考えるように呟き始めます。


 少なくとも、英語でもフランス語でもイタリア語でも、ヨーロッパ方面の言葉ではなさそうです。


『できれば、こっちのわかる言葉でお願いします』


『ああ、ごめんごめん。ちょっと考えごとをね』


 大して悪く思っていなそうな口ぶりで彼はそう言います。


『―――で、無事にこの世界にたどり着いたか。運がいいな。―――あるいは、運がないか』


 そして、私が会った時点で、《黒い球体》の繋がった先があると知っていたようです。


 あるいは、《黒い球体(ノーシアフォール)》がどうして発生したかすら、知っているのかもしれない。


『……あなたは、やはり―――』


『ああ、やはりある程度は気づいたか。偶然あの中で会って話した賢者見習いさんに言い広められたかな?』


 どこか愉快そうに口元を歪める。


 偶然あの中で会って話した賢者見習い―――イオンさんのことでしょう。


 つまり今、私の目の前にいるこの人はイオンさんが会ったその人と同一人物と見て間違いない。


『まあ、そっちがこっちをどう見て判断しようが、俺には関係無い。俺はやるべきことを、やるだけ』


 彼はシニカルに言って「ふう」と一息をつきます。


 そして、何かを言うべく口を開きます。


「名前なんて無いような存在だが、符号として名乗るとするかね。―――ナウエマフヨという。それじゃ、まずは保護を求めるかな」


 そう、()()()()()()()で言いました。



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