交戦①
「では――――押し通らせていただきましょうか」
チハヤはそう言ってペダルを踏み込んだ。
《プライング》のメインブースターが瞬いて、一瞬で大量の推進剤をプラズマ化させて噴出。
その反動でもって《プライング》は静止状態から急加速した。
すぐに《アルメリア》の姿が拡大されて、
『―――撃て!』
『照準警報』
国際チャンネルで射撃命令を下すナツメの声と《ヒビキ》の警告がコクピットに響いた。
チハヤは操縦桿を引いて、左のフットペダルを踏んで《プライング》を右へクイックブーストさせる。
《プライング》が一瞬の急加速を止めるのと、先ほどいた空間からやや左寄りに曳光弾数発が通過するのが同時だった。
実際は徹甲弾やHE弾が飛んできているのだが、夜の暗闇で視認しずらいだけである。
「わざと狙いをずらしてますね」
引っ切り無しに飛んでくる砲弾とその弾道を見て、チハヤは思ったことを口にする。
交戦することになるとしてもやはり、向こうはこちらと同じく極力傷つけたくないらしい。
どう応射しようか、と考えた矢先。
―――《プライング》の下を潜るように飛び出る白い影が一つ。
コトネが駆る《フェンリル》だ。
右腕に装備された両刃の大剣と小型盾とマシンガンを組み合わせた複合兵装―――《ロボ近距離戦闘システム》の実体剣を展開してクイックブーストする。
《フェンリル》はそのまま、《アルメリア》へと突貫した。
『ちょっとコトネ?! 飛び掛かる相手が違うわよ!?』
その光景に驚愕したのか、国際チャンネルのままナツメは叫んでランスを振り上げる。
叩きつけるような振り下ろしで、《フェンリル》の横薙ぎの斬撃を受け止める。
『あなたは《ヴォルフ》ななきのあいてをして。―――ナツメのあいては、わたしがやるから』
それが筋だとコトネは秘匿回線で言って、《フェンリル》は《アルメリア》のランスを弾いてから一旦下がって、クイックブーストでタックルをする。
『ざんねんながら、まちがってない。―――わたしは、じぶんがきめたことをやるだけ』
『どういう事よ?!』
お互いの得物をぶつけ合いながら、二人は問答を交わし始める。
『あのひとをむこうにおくる。そして、ほっとけないからついてく』
『それって……!』
コトネの言葉にナツメは驚きの声を上げる。
『あっちに亡命する気なの!? あんな、組織的に怪しいしかない連合に?!』
『うん。……しまったな。じひょうとかださないといけないんだっけ?』
『そういうレベルの話じゃないの!』
『……とりあえず、あのひとがいうとおりおしとおるから』
『そうはさせないわよ!』
そう二人は言い合って、同じ方向へ進みつつ交戦―――同航戦を始める。
手持ちの火器で撃ったり、近接装備で切り結んだり、盾で殴ったりと様々だ。
「ちょっと私の存在を忘れてませんかねー……?」
その離れていく一対一の戦闘を見つつ、チハヤはそう一人呟く。
ある意味、彼女が宣言した通りの事にはなっているが、取り残された側にとっては堪ったものではない。
チハヤはともかく――――ナツメと行動を共にしていた七機の《ヴォルフ》のパイロット達は困惑しているのか機体越しに見合わせている。
専用の回線でどうするか話しているのだろう。
待たずに撃つなり、クイックブーストで急接近からのブレードかランスでの無力化してしまえばいいかもしれないが、チハヤは敢えてしなかった。
《プライング》と《ヴォルフ》の性能差からして負ける相手ではないが、それは一対一での場合だ。
一対多数という数的有利とチームでの連携次第なら負ける可能性だってある。
それに、コトネから「殺さないように」と言われてしまっている。
殺さないよう手加減しての、一対多数。
それは、チハヤにとって不利すぎる状況だ。
話して避けれるならそうしたいとして、攻撃を仕掛けないのである。
『コ……チハヤ、さん。わたしは、《シオ》です』
国際チャンネルで、神妙な口調で呼び掛けられる。
七機いる内の一機、両肩のアーマーの後ろ側に両刃のブレードを取り付けている。
背中には予備の銃器だろうか、大型の武装が見える。
手にはアサルトライフルと思える火器に左前腕に小型の盾を装備していた。
TACネーム 《シオ》。
年末、チハヤが所属不明機から助けたパイロットだ。
名前を『マルゴット・ブランケンハイム』という、亜麻色の髪をアップに纏めた十代中頃の少女でしたね、とチハヤは会った時の事を思い出す。
年相応に可憐な顔立ちで、見ているだけで癒されるような雰囲気を纏っている。
自己申告で150センチは下回ってるというし、実際その通りだが、チハヤとコトネみたいに華奢ではないし、一目見て心配になるような体躯ではない。
むしろその胸の主張は大きく、チハヤはフィオナと並びそうと思ったほどだ。
昼食時に会って話した時は明るくて、よく食べる少女だったのをチハヤはよく覚えている。
まるで元気な妹のような、あるいは子犬みたいだというのがチハヤが感じた印象である。
少し厳しく言うならば―――人を殺せない。
兵士としてここにいるのが間違い、とも感じられる少女だ。
「マルゴットさん。……あなたもこっちでしたか」
『ナツメ大尉と同じ中隊なので……』
その返事に当然ですよね、とチハヤは通信に乗せずに言う。
年末の《コーアズィ》対応の出撃でナツメと同じ隊で来ていたのである。
今回もそうであってもおかしなことではない。
『チハヤさん。……私たちは、できればあなたたちと戦いたくないです』
ぽつぽつと、どこか言いにくそうにマルゴットは言う。
『チ……コトネさんの実のお兄さんではない、別世界の人だとしても―――仲間の家族を手に掛けるなんて嫌です』
「同感です。私としても別世界のあの子がお世話になったり、面倒を見たりした人たちと荒事は構えたくありませんよ」
『だったら―――』
「―――でも、私の友人や隣人は向こうにいます。この世界に来てからあの人達と共に過ごした。それだけで脱走する理由に足りえるのです」
『そう、ですけど。……でも、それならコトネさんがあなたと一緒に行く必要なんて―――』
「ええ、彼女が私と行動を共にする必要ないんですよ。私も止めはしましたけど――」
チハヤは一拍置いて、口に出す言葉を考える。
エルネスティーネの計画をここでほのめかせたり、打ち明けては全て台無しになってしまう。
「それ以上は何も言えませんね。それは私が決める事ではありませんし、理由がなんであれ、決めたのは彼女です。そこは履き違えないよう」
『……そう、ですか』
どこか納得がいかないような、暗い声音でマルゴットは言った。
彼女個人、戦いたくないというのが見え見えだった。
状況や立場を理解しているとしても、自分の感情が優先的。
やはり、とても兵士とは思えない発言だとチハヤは思う。
どうして、そんな彼女がここに居るのか。
それが不思議でしかならない。
「……戦いたくないのなら、見逃してくれますか?」
チハヤは自分から、そう切り出した。
これで話が纏まればいいと思うからで、何も聞かないでいるよりはそれで済む可能性を無しにはしたくなかったからで。
マルゴットのそんな気持ちを汲みたかったからだが。
『それは無理な相談です。―――あなたを捕らえろと命令が下っています』
しかしそれはマルゴットではない女性が否定した。
マルゴットが乗っているだろう《ヴォルフ》の後ろに立っていた機体が前に出る。
先ほど答えたパイロットの機体なのだろう。
「でも、戦いたくないのでしょう?」
『もう、あなたを止めるには実力行使しかありません。―――ナツメ大尉とコトネが戦っているように』
その言葉に、チハヤはそうですねと答える。
どちらも、譲らない。
だからこそ、実力行使へとなってしまう。
乱暴だが、それがこの状況における帰結なのだから。
『大尉が既に言っていますが、わたしからも最終通告を言わせて頂きましょう。武器を捨て、投降なさい』
その人の言葉と共に《ヴォルフ》六機が手持ちの火器を持ち上げ、《プライング》へとその砲口を向ける。
少しでも動けば撃つ、という意思表示だ。
「いいえ。私は、向こうへ行きます」
ここから先は、もう言葉は要らないだろう。
そう判断して、チハヤは操縦桿を押してフットペダルを踏む。
《プライング》の背部、そこにあるメインブースターのノズルがプラズマ化した推進剤を吐き出して一瞬で加速する。
『照準警報』
《ヒビキ》の警告と、やや遅れての《ヴォルフ》が持つ火器のマズルフラッシュがモニターに映った。
《プライング》は左へとクイックブーストしてその砲撃を回避する。
「《ヒビキ》。FCSの基本補正に俯角、マイナス十に」
『確認します。こちらの攻撃は敵機の脚物に当たります』
「それで構いません。殺さないでほしいと言われてますし、私もその気がないので」
チハヤは《ヒビキ》とそう話しつつ、《プライング》の右手のライフルを脇下のサブアームで保持。
代わりにランスを手に取る。
薄くはない弾幕の中を《プライング》は前方向と左右方向にクイックブーストを連続で噴かして、一番近い《ヴォルフ》へと接近する。
左肩部にシールドを取り付け、アサルトライフルには銃剣を装備した《ヴォルフ》だ。
左の大腿部には標準型らしいブレードを装備している。
その《ヴォルフ》はどこか慌てた様子でライフルを左手に持ち、ブレードを引き抜く。
《プライング》はランスを突くつもりで構え、再度その《ヴォルフ》へクイックブーストで急接近を仕掛ける。
対する《ヴォルフ》は構えて、《プライング》の接近に合わせて袈裟切りの角度でブレードを振った。
そのまま行けば当たるタイミング。
《プライング》はバックブースターを噴かして急停止。
そして機体が回転するように瞬間的にブースターを噴かせるクイックターン機動で時計回りに反転して後退。
あっさりと《ヴォルフ》の後ろを取った《プライング》はランスの切っ先を相手の胴体と右肩の間へと突き出す。
その突きはあっさりと狙った隙間に入って、胴体と右腕を切り離す。
次に《プライング》は左手のアサルトライフルを右腕の無くした《ヴォルフ》の反対側の腕へと向けて発砲する。
短い連射。
それだけでは切り離すことは出来なくとも、機能を停止させることは出来る。
結果として、その《ヴォルフ》は両腕を瞬く間に破壊されたのだった。
「まずは一機」
チハヤはそうカウントして、両腕を破壊した《ヴォルフ》の背中へクイックブースト込みの膝蹴りを食らわせる。
それだけで《ヴォルフ》の背中にあるブースターを破壊する。
それを目で確認して、戦闘続行は不可能にしたと判断してすぐにその場から、建物より高い位置をまで飛び上がる。
「次は―――」
『照準警報。三時方向』
その警告を聞いて、《プライング》は瞬間的な加速で後退して飛来する砲弾を避ける。
そちらの方へ視線を向けると、《ヴォルフ》が空中に飛び出して左前腕に取りつけた盾を正面にして突撃してきていた。
右手にはブレードも持っていて、既に振り上げている。
そして上段で振り下ろす。
《プライング》は《ヴォルフ》に向かってブースターを軽く噴かして、それと同時に左から右へランスを大きく振る。
空中では地面を踏みしめれないが故に、重量と膂力、ブースターの推力の総合力が物を言う。
結果として、《ヴォルフ》はブレードを手放してはいないものの大きく姿勢を崩して弾かれる。
ブースターを小刻みに噴かして姿勢を正そうとする《ヴォルフ》に対し、チハヤは追撃をするべくペダルを踏む。
再度のクイックブーストと共に左のアサルトライフルの銃剣を右肩関節の隙間に突き刺す。
そしてランスを右背のサブアームで保持して、相手の左手を空いた右手で掴む。
そして、そのまま力を入れる。
通電性伸縮樹脂製の人口筋肉と油圧が合わさった《プライング》の膂力は現行のリンクスの人口筋肉の膂力を上回っているのだから、簡単にマニピュレーターをもぎ取る。
「これで二機」
そうカウントしつつアサルトライフルを引き抜いて後退する。
「次は?」
『六時方向に二機。八時方向に三機です』
その報告を聞いてチハヤは《プライング》を反転させる。
正面に映ったのは、三機の《ヴォルフ》。
まずは数の多い方からだ、とチハヤは言って《プライング》を加速させた。




