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並行異世界ストレイド  作者: 機刈二暮
[第八章]ドッペルゲンガー
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譲れないからこそ




 静寂を破るように、静かで月明かりの夜の廃墟の上を喧しいブースターの音が鳴り響いた。


 寝ていただろう鳥や、餌を探していただろうネズミなどの小動物が、驚いて飛び出す。


 そんな近所迷惑な物音を立てているのは、夜の闇に紛れるように黒く塗られた尖鋭的な装甲レイアウトを有するリンクス―――《プライング》だ。


 コクピット内、シートの下のモニターに廃墟の、ずいぶんと廃れた屋上が高速で後ろへと流れていく。


 モニターに映る風景は夜らしく暗いが、肉眼で見るほど暗くはない。


 光学センサかモニターの補正で少し明るくしているのだろう。


 後ろには、今日まで捕まっていた―――あるいは、世話になっていた帝国軍の駐留基地が少しの煙と電気の明かりをつけている。


 まだ、基地を出てすぐで、そう離れていない。


『敵機、六時の方角から急速接近中』


 《ヒビキ》のアナウンスがチハヤの耳に入る。


 視界の片隅―――《linksシステム》を介して脳の視覚野に直接投影されたレーダーを見る。


 赤い点が一つ、レーダーの中央へと接近してきている。


 今度はモニターにウィンドウの枠が表示されて、後ろから近づく機影を映す。


 灰と白のツートンカラー。

 角張った装甲だが無骨さを感じさせないスマートな機体。

 その左肩には『十字架を咥えた銀の狼』が描かれている。


 《銀狼》―――もとい、チハヤの実妹ではない、並行世界という別世界のコトネが駆る《フェンリル》だ。


「《ヒビキ》。通信回線を開いて。チャンネルはブックマークの53番」


 その姿を見てチハヤは《ヒビキ》にそう命令する。


 ブックマークの53番―――パスワード付きの暗号回線だ。


 彼女はこの脱走で一緒に行く人であり、味方なのだから会話は出来るようにしておいて損はない。


『了解。―――回線、開きます』


『―――きこえる?』


 すぐにチハヤの声を少し高くしたような少女の声が聞こえてきた。


「聞こえますよ、コトネ」


『ひとまず、すぐにきちからのおってはこない。わたしがあなたを「おってる」っておもってるから』


 コトネと呼ばれた相手は事務的に淡々と状況を説明する。


 そういった情報はチハヤでは知り得ないからで、警戒するに越したことはない。


 《プライング》と《フェンリル》の速度ならば普通は追い付けないのでなんら問題はないが。


『―――このまますすんでも、うかいしても。ナツメたちにそうぐうする。ナツメたちはいっこちゅうたいきぼ。ヘリぶたいをこうげきしたの、ナツメたちのぶたいだから』


 そして、行く先にいる部隊の存在をコトネは話す。


 どうも、襲撃してきた部隊のヘリの編隊は南で待機していたらしい。


 チハヤはもう少し凝ったところで待機していればよかったのに、と呟く。


 交戦する手間がなかったのに、とも。


『ナツメたちにもあなたが《プライング》でだっそうしていることはもうつたわってるし、わたしがあなたを「おいかけてる」のもはあくずみ』


 そこまでコトネは言って、《フェンリル》は《プライング》の斜め左後ろの位置について速度を合わせる。


 傍目に見れば《プライング》を追いかけつつ説得しているようにも見える位置だ。


「でも、こうして戦いもせずにいたら感付かれますよ?」


『だから、ナツメたちとこうせんする。―――ぎそうとはいえ、わたしのうらぎりとぼうめいはかくじつなものあつかいにしてほしいし』


「……交戦するとして、そちらの注文はありますか?」


 そう尋ねながら、チハヤはモニター越しに後ろ追走している《フェンリル》へ顔を向ける。


『あいてをころさないこと。けがをさせないこと。せんとうできないていどにリンクスをそんしょうさせること』


「……難しい注文ですねー。まあ、やってみせましょう」


『…………すこし、なにかをいうとおもってた』 


 チハヤの了承を聞いて、コトネはどこか意外そうに言う。


『まだわたしがぼうめいすることにはんたいしてる、とおもってた』


「偽装の亡命とはいえ、私の妹と同一存在なあなたがそうするのは、見ていていい気分ではないですけどね」


 コトネの言う事にチハヤは同意する。


 自分の妹ではないにしても、その同一存在である彼女がこれまで自分がしてきた事をふいにするような真似を見るのはいい気分ではなかった。


 でも。


「でも、それはあなたが色々と考えて決めた事なのでしょう?」


『……うん』


「なら、私は止めませんよ。―――私が止める立場でも、ないのですから」


 そう、自分に言い聞かせるように言う。


 アリア・シェーンフィルダーが慰問で基地を訪問することと、今回の襲撃は完全に偶然だ。


 それに合わせて誰かを亡命させて、ストラスール内に潜伏中の工作員と穏健派か休戦派のどちらかを探して接触させる。


 その亡命と政治家探しは別にコトネではなくてもいいのではないか、とチハヤは思っているが。


 アリア・シェーンフィルダーが、チハヤやコトネがシスターと呼び慕う『フランチェスカ・フィオラヴェンティ』の教え子という接点は外し難い点だ。


 ―――それが、並行世界から来た同一人物だとしても、である。


『十二時方向、熱源反応を探知。識別は帝国のコードです』


 思慮に耽っていたチハヤを、《ヒビキ》の報告が現実へと引き摺り戻す。


 正面のモニターに、先ほどと同じように別枠でウィンドウが開いて拡大画像を表示する。


 七機は《ヴォルフ》。


 あと一機は、装甲は全体的に黒で、頭部のひさし部分やマニピュレーターの指先は赤く塗装されていた。

 両肩には肩部装甲と一体化したシールド兼ブースターのユニットと膝辺りから肥大化するという特徴的な脚部を持つ重厚で厳ついリンクス、《アルメリア》だ。


 こちらの様子に気づいたのかまだ頑丈そうな廃墟の屋上や屋根に立って、散開して構えている。


『こちらナツメ・ウィングフィールド・キリシマ・ブシュシュテル大尉。―――チハヤ、止まりなさい』


 コクピットにナツメの呼びかける声が流れた。


『国際チャンネルです』


 《ヒビキ》の言う通り、国際チャンネルでの通信だ。


 《アルメリア》のランス型の複合兵装は下ろしてはいるが、すぐにでも構えれそうだ。


『止まって武器を捨てて、こちらの指示に従いなさい。私達としては、あなたを撃ちたくないの』


「……どうします?」


 ナツメの警告を聞きつつ、秘匿回線のままコトネへと尋ねる。


『どうしてわたしにきくの』


「私は押し通りますけど、あなたはどうかなって」


『いったんとまって。それからてきとうにはなして』


 雑な要求ですね、とチハヤは言って操縦桿を引く。


 《プライング》は両腰の前向きに取り付けられたブースターを噴かして急減速。


 空中でホバリングして静止する。


 後ろを追いかけて来ていた《フェンリル》も同様だ。


 《アルメリア》や《ヴォルフ》とは四〇〇メートルほどの距離が開いている。


「こんばんは。―――いい夜ですね」


 チハヤは国際チャンネルで、まるで散歩でもしていたかのような気軽さで呼び掛けた。


『…………騒がしいにもほどがあるけどね』


 呆れたような、あるいは毒気を抜かれたような口振りでナツメは答える。


『一先ずは、コトネ。なんで彼を止めないの? あなたなら簡単に出来ることでしょう?』


『……こんかいは、じつりょくこうしはさいしゅうしゅだんにしたいから。それに、すすむさきにナツメたちいたから、ここでとまるとおもったから』


『よく状況を見ている事で。―――さて、チハヤさん』


 ナツメはコトネと一つ問答をしてから、チハヤへと話しかける。


『よくもまあ、襲撃の混乱に乗じて脱走出来たわね。護衛のアンディはどうしたの?』


「一先ず、気絶して貰いました。命までは取りませんよ?」


 あとは服を奪って出くわした人を片っ端から殴って気絶させての繰り返しです、とチハヤはいけしゃあしゃあと嘘を言う。


『あなた、その気になればいつでも逃げれたんじゃないの?』


「まさか。襲撃で警備が手薄になって格納庫に人がいない状態にならないとできませんよ」


『…………そして戦闘終了するまで待って助けに来た味方を見殺しにして脱走なんて真似、よく出来たわね。あなた個人、隣人や友人、同僚に好かれるような悪い人間ではないと思っていたけど、その認識は間違ってたみたいね』


 嫌悪感を隠さずにナツメ大尉は言う。


 確かに、捕虜がいるところにその捕虜が所属する軍が襲撃してくるということは捕虜の救出が目的だろう。


 そして捕虜が脱走したならば、その捕虜は戦線に加わりつつも逃げるというのが考えられることだ。


 しかし、チハヤはそうしなかった。


 そこだけを見れば、チハヤは他人には薄情な人物に見えるだろう。


 事情が違うのだから。


「だって私が所属するフォントノア騎士団ではない、知らない部隊でしたから。それに、今夜救出作戦が行われるなんて聞かされてないですし」


 あっさりと事実を言う。


『……どういうこと?』 


「戦闘するリンクスを見ましたけど、私の知らない、見たことのないリンクスですから。《マーチャー》も《フランベルジュ》もいませんでしたし。―――通信で本部に聞いたらどうですか?」


 チハヤはそう促した。


 少し待ちなさいというナツメの応答を聞いて、僅かな沈黙が訪れる。


 そして、すぐにナツメの声が通信に乗る。


『……先の発言は撤回と、謝罪をさせてもらうわ。ごめんなさい』


 最初の言葉は謝罪の言葉だった。


 チハヤの言う事が嘘ではないことの査証だ。


「いえいえ。勘違いしてしまうのは仕方ないかと」


 誤解が解けてなによりとチハヤは続けて言う。


 しかし次の言葉にチハヤは驚かされることになるのだが。


『部隊章無しで未確認のリンクスならまだしも、死亡したパイロットの顔が《スクラーヴェ》達みたいに五人単位で同じ顔だとか聞いたら流石にもうあなたの言葉を信じるわよ……』


「……はい?」


 パイロットの顔が《スクラーヴェ》みたいに同じ顔ばかり、という言葉にチハヤは驚かされる。


 《スクラーヴェ》とは、帝国のリンクス《ヴックヴェルフェン》用に調整されたクローン人間の事だ。

 使いつぶされる生命というべき存在で、公にすればその非人道性から間違いなく騒がれるものだ。


 それと同じか類似する技術が連合側にもあるかもしれないという事実に、《ヴォルフ》も互いに顔を見合わせ始める。


 唯一、無反応なのはコトネの《フェンリル》だけだ。


「そんなのが、オルレアン連合の識別コードで……?」


『今の段階だけれど、そのようよ?』


 その言動に嘘は無さそうだとチハヤは判断する。


 短い間だがナツメが嘘を言うような人間ではなさそうだ、というのがチハヤから見た彼女の認識だ。


「……にしても、連合にもリンクスに乗せるクローンの技術があるなんて」


 通信に乗せず、チハヤは呟く。


 エルネスティーネから聞いた外交姿勢や、他国に自国の諜報員を潜伏させる《クナモリアル》や《ソルノープル法国》。


 HALから聞いた自分救出に関する話や、実際の様子。


 そして今回の一件。


 ますます連合―――あるいは組織の上層部のおかしな命令や動向というのが目立つ。


 上層部の一部が黒いとしても、組織的にきな臭いことばかりだ。


 エルネスティーネが言っていた休戦に向けた工作や交渉は、果たして上手くいくのだろうか。


 コトネを亡命させてアリアに接触させるという少し関わるだけのチハヤの脳裏を不安の感情が過る。


『話が逸れたわね。―――武器を捨てて投降しなさい』


 そんな思考も、すぐに打ち切らないといけない話へと変えられる。


 確かに、そういう表沙汰にならないような話をしている状況ではない。


「んー……。私としては向こうへ戻りたいのですよ。友人は向こうにいますし」


『気持ちは理解するわ。でも、あなたは今は敵国の兵士で、捕虜だから』


 だから見逃せないとナツメは言い切る。


 私情無しで、職務に忠実な意見で姿勢だ。


「……見逃してくれませんか? 私としてはあなたたちと戦いたくないですし。……交戦不能にされたとか逃げ切られたとか言って」


 そう簡単にはいかないだろうけれども、チハヤは一応そう提案する。


『無理ね。私は士官で部隊の隊長を務めているとしても兵士の一人よ? 従える命令には忠実にこなさないといけないから』


「……そうですか」


『残念そうに言っても無駄よ。大人しく投降なさい。―――私もあなたと同じで戦いたくないから、そうして欲しい』


 そうナツメが宣言して、《アルメリア》の左腕が持ち上がって盾が構えられる。


 その動作はどこか遅く、戦いたくないというナツメの意思が反映されているようだった。


 それでも動きは確実に戦闘に備えたものだ。


 これ以上話しても意味はないか、とチハヤは思った。


 どこまで話しても、これはずっと平行線を辿るのだろう。


 そしてどっちも譲らないからこそ、最後は実力行使になる。


 どうしようもなく、乱暴な結露だ。


「では―――押し通らせていただきましょうか」


 気の進まない、そんな対話の結末を嫌悪しながらチハヤは通信にその言葉を流して。


 フットペダルを踏んで、それに《プライング》は答えた。 






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