脱走の準備
第二格納庫へは、途中銃撃戦になったものの無事に辿り着くことができました。
どうやらこの基地も襲撃を見越した地下通路があり、宿舎や司令部。各格納庫まで繋がっているそうで。
私はHALのロボットを背中に乗せて―――正確にはロボットが私の背中に張り付いているのですが―――ヨナタン大佐の案内でその通路を使って、第二格納庫へと辿り着きました。
外の様子は音でしかわかりませんが、なかなかに激しく砲声が鳴り響いています。
時折、何かが倒れるような地響きもしてきます。
「ここを開ければ……と」
そんな外の様子を気にすることもなく。
先陣をきって走っていた兵士一人が金属製の扉をなにかと弄り始めます。
扉のレバーを一つ引いて重そうに引っ張ると、それだけで扉が動きました。
そして二十センチは引き摺ったかと思うと今度は右へとずらそうと力を加え始めて。
「間違えた、左だ」
動かないと見るやそう言うと今度は逆方向へ力を加えます。
そして、今度こそは扉が左へスライドし始めました。
人二人ほど並んで通れるほどの幅が開いて。
「ここを右へ進めば第二格納庫だ」
そう扉を開けた兵士は言って、ハンドサインで『行け』と指示を出します。
それを見た別の兵士たちは黙って頷いて、行く先へとアサルトライフルの銃口を向けて警戒しつつ順番に、互いをカバーしつつ進んで行きます。
彼らが格納庫内の安全を確保するまでは、私はここで待ちです。
目的があって脱走する人を負傷させて、計画に支障が出たら困るからです。
「そうでした、チハヤユウキ」
あることを思い出したかのようにヨナタン大佐が口を開きます。
「《プライング》の装備は何にしますか? 手持ち火器ならば、ここの格納庫にあるものでしたら用意出来ますよ」
そう言う彼に、私はライフル一丁とアサルトライフル一丁にその予備弾薬。
可能であれば銃身下にそこそこ長めの銃剣。
あとは予備としての実体剣を一本、でしょうか。
それだけを要求すると、
「……思いのほか注文が多い」
とヨナタン大佐は苦笑しました。
まあ、好きなだけ要求しましたけど多かったでしょうか。
「善処はするよ」
「ありがとうございます」
そう、私が軽く頭を下げたところで。
「―――格納庫内の安全は確保したようだ。君はすぐに機体へ搭乗してくれ」
耳に嵌めたイヤホンからの報告でしょう。
ヨナタン大佐がそう言いました。
わかりましたと言って私は駆け出そうとして。
「……ヨナタン大佐」
彼の名前を言って振り返りました。
「どうしたのかね?」
「ここまで、ありがとうございました」
そう脱走への協力へのお礼を述べました。
「それは、全て終わってからでも―――いや」
それが何か変だったのか、ヨナタン大佐は一瞬だけ困惑して、すぐに優しい表情へと変わりました。
「脱走すれば、言えない、か」
ヨナタン大佐の言う通りです。
私は、この混乱に乗じて脱走する。
それに協力者などはいない、というのが表向きの話なのですから。
「それと、協力していただいた皆様にも感謝の言葉をお伝えいただけますか?」
「……うむ、わかった。伝えておくよ」
「ありがとうございます。……お元気で」
「君もな。―――最適の健闘を」
そう言い合って、振り返って走り出します。
扉から通路に出て右へ曲がってそのまま進みます。
すぐに広い空間に出ました。
今は何も並んでいませんが、夕方まではリンクスが正座のような駐機姿勢でずらりと並んでいただろう格納庫です。
格納庫は夜間用か非常用の照明なのか、淡い明かりが灯されていて真っ暗というほどでもありません。
人はもちろんエルネスティーネ少将の私兵のみで、彼らは機材を静かに動かしてリンクス用の武装を用意していました。
奥には黒をメインに赤の差し色が一部入った、尖鋭的なリンクスが膝立ちの姿勢で駐機されています。
《プライング》です。
私はそこへ向かって走ります。
すぐに横に置かれた整備作業用の高い台座に足をかけて。
「……あっと」
あることを思い出します。
「そこの人。少しよろしいですか?」
後ろを通りかけた兵士さんを呼び止めます。
「小官になんでしょうか?」
「これら、お返しします。もう必要ないですから」
そう言ってアンディ准尉から借用、持っていた短機関銃とその予備弾倉。各種グレネードを彼に渡します。
そして、すぐに階段を上ります。
登ってる最中にベレー帽とウィッグと脱ぎ捨てて、髪を結い上げ直します。
《プライング》の胴体。その上面装甲に飛び乗って、いつものコクピットハッチのレバーを引っ張ります。
頭部が前にスライドしてから持ち上がり、その下にあるコクピットとそのバイクのようなシートが見えました。
『《プライング》はメンテナンスモードで起動をお願いします』
「わかってますよ」
HALの注意に頷きつつ、滑るように降りてシートに跨って右の操縦桿に引っ掛けられたカチューシャ状の《linksシステム》の脳波検知装置を頭に付けます。
HALの三本腕のロボットはここで私の背中から離れます。
一応、HALはここに来ていないのですから、彼が所有するロボットが《プライング》のコクピットから出てきたなんて騎士団に知られては変に疑われてしまいますので。
そんな事情はともかく、シート正面のサブモニターに触れます。
サブモニターに光が灯って《那由多ОS》の文字が浮かび、起動シーケンスが始まります。
軽い頭痛―――《linksシステム》の接続が行われて。
「メンテナンスモード、コード01で起動」
フェーズジェネレーターを起動しない、コンデンサに蓄電した電力で稼働するモードで起こします。
そうしないと勝手に―――正確には自動的にジェネレーターが動き出して、排熱でレーダーに探知されてしまいますので。
『おはようございます。メインシステム、メンテナンスモードで起動しました』
事務的な女性の合成音声―――《ヒビキ》がそうアナウンスしました。
「おはようございます、《ヒビキ》。チェッキングプログラムを走らせて機体の状態の確認をお願いします」
そう命令しつつ、サブモニターを触って武装の項目を呼び出します。
システム、武装IDのキー登録の項目へと進んで入力画面。
先ほど頂いた紙を見つつIDロックのキーを三つ打ち込み、登録します。
次に通信回線、周波数の項目に移ります。
こちらも周波数とパスワードを難なく入力しまして。
「チハヤ君。いいか?」
上からそう呼びかけられました。
「……はい?」
「武装の件と、格納庫から出る方法についてだ。ライフルは無かったが、代わりに銃剣付きのアサルトライフル二丁とその予備弾倉を用意した。右斜め前のコンテナに入れておくから、機体を起動したら自分で取ってくれ。実体剣はハンガーに掛けられている物の中から好きなものを選べ」
「むう……。わかりました」
好みの構成ではないのが少々残念ですが、状況が状況です。
この際、我が儘は止しておきましょう。
「それと、格納庫から出る際は遠慮なく天井を突き破れ。正面ゲートのすぐ外に人がいるから突き破られたら死傷者が出る。それに、ゲートを操作したら協力者の存在を疑われる」
彼の説明はもっともなのですが、一つ疑問が。
「えっと、それ、出来るんですか?」
格納庫の天井なんてリンクスの推力で突き破れるものなのでしょうか?
戦闘で被弾する事を考えればそれなりに丈夫そうですが。
「ここは半地下だが、有事の際ゲートの前が制圧された時を考慮して、敢えて上は鉄骨と薄い板金と採光窓だ。一世代前のリンクスのブースターでも簡単に突き破れる」
アンタの乗機なら朝飯前だろうさ、と言って彼は身を翻して去ります。
必要事項は通達した、ということなのでしょう。
―――なら、言われた通りにしましょうか。
そう決めつつコンデンサの残存電力の表示を見て余裕があることを確認します。
そして《ヒビキ》へ向けて口を開きます。
「《ヒビキ》。通信回線を開いて。チャンネルはブックマークの28番」
『了解。―――回線、開きます』
『―――繋がったかしら? 聞こえてる?』
素直に回線が繋がって、蕩けるような女性の声がコクピットに響きました。
「聞こえています、エルネスティーネ少将」
通信で繋がった先の人物の名前を言います。
『感度は良好ね』
どこか満足げな声が返ってきました。
通信機のマイクの感度がいいのか、彼女の声とは別の声が紛れ込んでいます。
その声は慌ただしくて、混乱と緊張の色が出ていますが、今の私にはそこまで関係はないでしょう。
『―――第二小隊を後退させなさい。向こうが押してしてきたら第五小隊に横から撃たせなさい。―――騒がしくてごめんなさいね? 今、指揮所で全体の指示を出してるから』
「そこで、この通信は大丈夫なのですか……?」
疑問を一つ言いました。
私の脱走の幇助は秘密事でしょうし、秘匿回線での会話なんてその場所でしては私の脱走がバレてしまうのでは。
その私の不安にエルネスティーネ少将は大丈夫と言います。
『指揮所にいる人たちも、偽装した私の私兵だから。―――こちらで戦闘終了のタイミングを見計らうから、合図をしたら遠慮なく機体を起動させて出なさい。あとは南へ逃げるだけでいいから』
「わかりましたが……。コトネの決断は?」
気にしていた事を聞きます。
最初の予定、計画では私の脱走とコトネの亡命のセットでした。
彼女は迷うことなく了承しましたが、私はそれをよく考えてから決めるべきと止めて、それっきり。
計画を聞いた日以降、何も音沙汰無しです。
『ぼうめいするけど?』
その回答は、すぐに返ってきました。
『やっぱり、あなたをよくわからないじんえいにおくりかえして、そのままほっておくわけにいかない』
私の声を少し高くした声が通信に割り込みます。
コトネです。
砲声とブースターがプラズマを噴く音が断続的に鳴り出します。
きっと、彼女と乗機の《フェンリル》は最前線で襲撃してきたオルレアン連合機をなます切りにしているのでしょう。
「……こちらの友人に何も言わずに去る気ですか?」
『もちろん』
「………」
『わたしのこたえは、かわらない。―――それに』
そう言いかけて、ブースターの音が激しくなります。
何か、金属を割るような音がしてから、
『わたしだって、ここのひとたち―――ナツメやマルゴットといっしょにこれからをすごしていきたい。―――けど、いまのままだと、このじょうきょうよりわるいじょうきょうになれば、いつかくずれる。だれかがかける』
もう一度、金属を割る音が通信の向こうから鳴る。
『そうなるまえに、どうにかしたいから、エルネスティーネのけいかくにのる』
そう、彼女は決意を述べました。
私はため息を一つ吐きます。
思う事はありますが、これは彼女の選択です。
これ以上の口出しは不要でしょう。
「……コトネ」
『……なに?』
「これはあなたの人生で、あなたの選択です」
『……うん』
「だから、敢えて言いましょう。―――あなたがやりたいと思った事をやりなさい」
『……とうぜん』
そう彼女は言って、通信を切りました。
戦闘に集中するつもりでしょう。
『―――そういうことよ。こちらの当初の計画通り』
コトネと話終えてからエルネスティーネ少将が口を開きます。
『コトネのお陰で、戦況は好転してるわ。このまま全機帰捕らえれそう』
そう今の戦況を言います。
初手はともかく、そこからの攻撃は捌けているようで、もうオルレアン連合側は押せない状況にあるそうです。
そして、連合軍の背後には帝国軍の別動隊が展開済みでもう少しで包囲できる。
不安材料の伏兵や増援に関しては、この基地から離れたところに連合軍と思われる歩兵と火力支援型リンクス数機。
輸送ヘリ二機種が後方に控えているようで、そちらにもリンクス部隊を送っておりもう捕捉済み。
HALの索敵の協力もあるらしく、これ以上の戦力は無いようです。
『この調子なら、そう長い時間を掛けずに終わるわ。夜に奇襲をかけた事、後悔させないと、ね』
どうやら、ただで帰す気は無いようです。
そもそも襲撃してきた部隊の人達が帰れるかすら、怪しいですが。
くわばらくわばらと呟いて、
『その前に一つ聞きたいのだけれど、あなたの所属する部隊で配備しているのは《マーチャーE2》とその改造機。それと赤い装甲の試作機よね?』
唐突に尋ねられました。
「そうですけれど……。それがどうかしました?」
『……《マーチャー》の系列機や《アーバイン》、《チェラトリー》以外の量産機がある、または配備された、なんて話は?』
「知りませんし、聞いたことはありませんが……」
どうしてそんなことを? と聞き返します。
『見たことのない機体なのよ。ハル、その画像データをチハヤさんに見せる事は?』
『可能です。お任せください』
エルネスティーネ少将の言葉に促されて、HALのロボットがコクピットに降りてきます。
そのロボットを受け止め、HALに促されるままカメラとは反対側の球面のカバーを開いて中のケーブルを引っ張ります。
コンソールの前の蓋を開けて、中にあるコネクタと接続して。
灰色の360度モニターに、一枚のウィンドウが開きます。
それは、戦闘中のリンクスの画像でした。
今は夜なので画像は全体的に暗いのですが、それでも基地のライトや爆炎などの光源でその姿は良くわかります。
頭部はまるでバケツを被ったような形状をしています。
胴体は正面から見ればエプロンを着けたような印象を見た人に持たせる、凹凸の少ない装甲レイアウト。
腕、脚は曲面の多い装甲ですが、特徴のようなものはありません。
そんな見てくれの機体が、複数映っていました。
「HAL? あなたも知らないんですか?」
私は見たことがありませんがHALなら色々と閲覧していて知っていそう、という理由で尋ねます。
『私も知らないので聞いているのです』
しれっと答えられました。
そうじゃなければ聞きませんよね。
「……見たことがない機体です。本当に連合の識別コードですか?」
エルネスティーネ少将の言うように、見たことのない機体です。
ここ最近、唐突に現れる迷彩柄でシルエットが分かりづらく、不可視化機能持ちの所属不明機とは違う機体なのも、確か。
『ええ。今出撃してる人達も連合機って識別を見て行動してるわ』
嘘はつかない、と念押しするようにエルネスティーネ少将は言いました。
『―――あなたはその機体の事は何も知らないわね?』
「はい。知りません」
きっぱりと言います。
そう、という声だけが返ってきました。
『……本来、所属していた部隊が救出に来るはずなのにそれを命令で止めたあげく、独自の救出部隊を編成。そして大して下調べをしないで、救助対象が知らない機体で来る……。向こうは何を考えているのかしら?』
『それがわかれば苦労はありません』
連合は一体何を考えているのか、と訝しむHALとエルネスティーネ少将。
そんなことをここで考えたところで答えなど出ないのですけれど。
『救助部隊で基地襲撃するぐらいには練度はある様だけれど、こちらの敵じゃないわね。隊長機と全体の三分の二ぐらいのリンクスはコトネが無力化してくれるわ』
慢心そのものに聞こえる発言ですが、これに傲りがないことだけはわかります。
もう既に後方にいる支援部隊から輸送ヘリ部隊は捕捉済みで、基地にいる部隊はもう退路を塞がれています。
ここにどうしようもなく強いリンクスパイロットであるコトネと《フェンリル》が組み合わされば、もう勝利したも同然でしょう。
『すぐにひとけたまでへらしてやるからまってろ』
自信満々でどこか勝ち誇ったようなエルネスティーネ少将の物言いに、コトネが反応します。
どうやら聞いていたようです。
一桁まで来たらもう全機やっちゃってそうですが―――まあそんなことは言わなくていいでしょう。
くわばらくわばら、とだけは呟きますが。
もう聞きたいことはなくなったらしく、HALのロボットがコンソールの端子に差し込まれたコードを抜いて収納し始めます。
『それではチハヤユウキ。この個体を持ち上げて外へ出してください』
そう言って三本腕のロボットは上を指さします。
さすがにコクピットの上のハッチまでは飛び上がれないようです。
仕方なく持ち上げて。
HALの三本腕のロボットは二重のコクピットハッチの内側の縁に手を掛けて、腕一本で小さな機体を持ち上げて外に出ます。
『ありがとうございますチハヤユウキ。それではまた、のちほど』
「ええ、サポートよろしくお願いしますね」
そう一旦わかれて、シートに座り直します。
さて、あとは戦闘が終わるのを待って、と思った時でした。
『チハヤさん。一つだけアドバイス』
「……はい?」
エルネスティーネ少将がそう言ってきました。
「アドバイス、ですか?」
どこか真剣な物言いに、私は少し身構えます。
脱走に関してでしょうか、と思っていると。
『ええ。―――もし、あなたがオルレアン連合から―――』
エルネスティーネ少将が切り出した話は―――。
―――私にとってはあり得ない話であり。
―――また、あり得る話だ、と否定できない話でもあり。
―――そして、どうしてそこへなのかと疑問を覚える。
そういう、アドバイスでした。




