僥倖
それは突然やってくる。
何が、と言えば出撃の時が、だ。
『コーアズィ発生! 当直の者は直ちに―――』
格納庫内に鳴り響くブザー。
リンクスパイロット達が自分の機体へと駆け出し、愛機を起こしにかかる。
僕も専用機と化した尖鋭的なシルエットを持つ《プライング》に乗り込み、コンソールを触って起動シーケンスを始める。
簡易《links》適性測定が行われ、《那由多OS》と、
『おはようございます。メインシステム、戦闘モードを起動します』
《ヒビキ》が起き、各種チェッキングプログラムを走らせる。
『システムオールグリーン。《links》システム接続します』
直後、軽い頭痛が現れる。すぐに収まり、
「頼んだ物は装備済みかしら?」
外部スピーカーで、近くにいるゴーティエに話しかける。
『勿論だ! プラズマブレードの代わりに折り畳み式コンバットナイフを腕部に格納済みだ! 右手はマシンガンで良かったな? 弾はAP弾頭』
「ええ。ブルパップのマシンガンでアンダーバレルにフラッシュロケット装備」
六〇ミリ口径。マガジン内の装填数は一〇〇発。予備含めれば三〇〇発。
それと左腕には大容量マガジンにしたブレードライフル。装填したのはHE弾。予備弾倉含めて二七〇発。左背のサブアームには二二〇ミリ滑空砲。こちらはHEAT弾頭のみで装填数は五発。右背のには球体UAVを格納したコンテナ。後腰にはマシンガンとアサルトライフルの予備弾倉とフラッシュロケットの予備弾頭三発。
『これでいいのか? 《ナースホルン》対策とか言ってるが、対抗出来る装備に見えないぞ』
「いいんですよ。これぐらいで」
そう言って、ペダルを踏む。
一歩、また一歩と歩き出した。
格納庫から《プライング》が姿を出し、西北西へと視線を向ける。
「《プライング》。出撃します」
その言葉と同時にブースターに火が点り、推進剤がプラズマへと変化し、爆発的な推力を生み出す。
全備五〇トンを超える機体は空へと飛びたった。
『マスタングリーダーよりラファール00。お前は隊の後に着け』
マスタングリーダー―――ベルナデット団長から通信が入った。
「ラファール00了解。前回と一緒ですね」
自分のコールサインを言って、《マーチャーE2型》6機の後ろに着く。
《マーチャー》五機とも、持っている武器は違えど、基本的に頭部に通信アンテナ増設と両肩に小型シールドが取り付けられている。
こうなったのは私が原因です。全機同じでは誰が誰かわからなくなるからと視覚的な差を作っていたのが、私と《プライング》との模擬戦である問題を浮き彫りにしたから。
リーダー機を真っ先に撃破され、指揮系統を一時的に混乱させる手法―――斬首戦術による部隊の全滅の可能性を、訓練で指摘されてしまったからだ。
この事を踏まえ、フォントノア騎士団では《マーチャーE2型》の外見的な仕様を統一し、差違は内部、もしくは武装のみ。
リーダー機がやられた場合、部隊の中で一番階級が高い者がリーダーとなるように規律を作った。
これにより、斬首戦術によるリーダー機の喪失のリスクを訓練とはいえ最小限に抑えることに成功している。
あくまで訓練上、だが。
『こちら空中早期警戒機、コールサインは《ホークアイ22》』
パトロールで空に飛んでいる《マーチャーC3型》からの通信。
左前方、高度二〇〇〇ぐらいの位置にこれまた奇妙なリンクスが飛んでいた。
空気抵抗を減らすためか流線型の外装で、胴体と肩の装甲が一体化している。そこから《マーチャー》の全長と変わらない長さの翼が生えていて、翼の下には燃料タンクらしき物がぶら下がっている。
機体の胴体は後ろ斜め上と延びていて、上部には円筒状のターボファンエンジンが二基取り付けられている。このターボファンエンジンは取り付け部から可動して、どこぞのオスプレイよろしく噴出口を下へ向けて離陸、上昇したり、後ろへ向けて飛んだり出来るようになっている。
更にその上に各種センサの役割を持つ円盤状のレドームが、ゆっくりと回っていた。
このゲテモノ機体が航空型電子戦機《マーチャーC3型》である。
ここまで改造するなら航空機で作ればいいのに、と思ってしまうのだが、空から物が降ってくるような場所では回避の観点からリンクスを改造した方が得策だったとか。
『データリンクでこちらが観測している情報を送る』
ホークアイ22からの通信と共に、いくつかの情報が入ってくる。
まず、地図に『コーアズィ』落下地点がマークされ、帝国のリンクス部隊の位置が表示された。
落下地点は『ノーシアフォール』の中心から東に八〇キロの位置。
一番近い敵リンクス部隊は私達から見てほぼ北の方角、三十キロほど先。
『距離はこっちもあっちも同じか。こりゃあ交戦しなきゃならんか?』
ベルナデットさんがそんな事を言うぐらい、ほぼ同じ速度で近づいている。
現在、時速五〇〇キロ前後(《マーチャーE2型》のカタログスペックで最大速。《プライング》が速すぎる)で向かっているが、このペースでは『コーアズィ』地点前に接敵するだろう。
『意見具申いいですか?』
アルペジオからの提案に全員が耳を傾ける。
『いいぞ』
『ケースD2で対応するべきでは?』
ケースD2――部隊の中から何機か出して、相手の妨害のために交戦する。足止めしている間に三機が『コーアズィ』地点に到着し信号弾を上げればいいので、妨害役は遅滞戦闘でいい。
確かに有効な手だろう。
しばらくベルナデット団長は沈黙して決断を下す。
『―――よし、なら―――』
『ホークアイよりマスタング分隊! 敵リンクス三機が軌道変更! そちらへ向かってる!』
判断が向こうが早かったようだ。
『先頭は《ナースホルン》! 残りは《ヴォルフ》二機!』
ホークアイが状況を逐一報告していく。
アイツがいるのですね、それは僥倖。
「ラファール00よりマスタングリーダー。交戦許可を求みます」
《プライング》を北へ向け、適当な建物の上に立たせる。
「あいつら相手している内に、ポイント確保してくれれば長時間戦う必要はないでしょうし」
『わかった。一人じゃ無理だからあと二人つける。マスタング03とマスタング05、ラファール00と行け』
許可が出た。素早い指示が飛び、二機が進路を変える。
マスタング03はライフルと左腕に小型シールドとブレード持ち―――つまりはアルペジオ。マスタング05はショットガンとAOA方式六〇ミリ機関砲とブレード持ち―――エリザさんね。
「それでは先に行ってます。早く追い付かないと撃破マーク全部貰っていきますよ?」
そう言って《プライング》を北へ―――敵リンクス部隊へと飛ばす。一瞬で時速一二〇〇キロに到達する。
こんなに大推力で飛んでいるのに、コンデンサの残量は減りもしない。機体各所のブースターにつけられた大容量コンデンサと九五〇〇kwの高出力、フェーズジェネレータがブースター用に使われているからこその芸当らしい。機体制御は二四〇〇kwの方で動かしているので、エネルギー的に余剰しかない。
『ちょっとチハヤ! 速度合わせなさい!』
『そうですわ! こちらのブースターの性能わかってて?』
二人から苦情が出た。《マーチャーE2型》は七六〇〇kw(この世界のリンクスとしては過剰気味らしい)のジェネレータ一基のみ。ブースターは足に二基、背中に一基の合計三機しかないとはいえ高性能の物を登載したことで、世界中の現行リンクスの中ではトップクラスの推力である。
でも《プライング》の前では歴然の差がある。そもそも較べてはいけないレベルなのだけれど。
「露払いをしてあげるのに。エスコートは殿方の仕事でしょう? なら、お嬢様方のエスコートは自ら進んでやらないと」
私、男ですし。
『確かにチハヤ…………だけど! その声音で淑やかに喋ってたら性別疑うわよ!』
おや、頑張って性別のこと言わなかった。えらい。
『貴方、今騎士団の公的書類上、性別女性ですわよー! この話抵触してますわー!』
大丈夫、明確な言葉は誰も言ってません。
あと、それ結構気にしてるんですよ?
そんな事を言っていたら、敵リンクス三機が目視出来る距離になっていた。
 




