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並行異世界ストレイド  作者: 機刈二暮
[第八章]ドッペルゲンガー
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脱走幇助




「いいのですか、エルネスティーネ少将」


「今は、ね。―――考える時間はあると、思っていたのだけれど」


 副官のヨナタンの問いかけに私は思っていたことを言う。


 時間の余裕はあると思っていたけど、捕虜として捕まっていたチハヤの情報はその予定や思惑を狂わせるには十分だった。


 アリア・シェーンフィルダーなる人物が近々基地にやってくるという情報。


 恐らくそれはまたとない機会で、二度は無いだろう。


 ただ、それが来週の初めだという。


 もう一週間を切っている。


 一週間とは長いようで、普通に過ごしていてもすぐにやってくる時間だ。


 人一人亡命させる準備はすぐに出来るが。


「あの子が考える時間にしては、短いかしら」


 誰かに言うのでもなく呟く。


 それは、コトネのこれからを一変させる選択だ。


 今までの、彼女が帝国で培った人間関係を一旦、あるいはずっと断ってしまうようなことだ。


 こっちの都合というのもあるが。


「彼―――チハヤに情報を持たせることも考えるべきかと」


「それもそうだけど―――」


 ヨナタンの進言に同意しつつ。


「―――もしよければ隠れていないで、出てきてもらえないかしら?」


 天井の通気口を見ながら言う。


 ヨナタンもそれに気づいていたのか構えることなく通気口を見つめます。


 僅かな静寂。


 しばらくして、通気口のダクトが持ち上がってズレ始めた。


 やはり、と思う。


 この基地の近辺や、基地内の人目につかないようなところに()()()()()()()()()が置かれているのである。


 帝国で使われるものではないし、確認出来るオルレアン連合の規格ではない。


 それに、電波を傍受しても人の言葉が使われていないし、機材に使われる文字も違う。


 《ノーシアフォール》の《コーアズィ》回収でよく見るような異世界の文字だ。


 こういう諜報目的ならば所属を悟られないよう文字は消すはずだが、そのまま。


 情報漏洩を防ぐ為に破壊するのもよかったが、何かの意図を感じて、今回は敢えて相手を泳がせるべくそのままにしたのが功を奏したようだ。


 そして、通気口から黒くて丸いものが二つ落ちてきた。


 サッカーボール大の大きさで、その中央にはカメラなのか丸いレンズが覗いている。


 人間の腕のようなアームを三本、均等に三ヶ所に分けて接続したロボットだ。


 片方のそれはもう一機をアーム一本で持ち上げて、まるで人のようなシルエットになる。


『はじめまして。私は《ウォースパイト》艦長、HALと言います』


 その機械から、抑揚のない男性の事務的で機械的な音声が流れました。


 その名前を、私たちは知っています。


 《ウォースパイト》―――この前の年末、機龍撃破で協力してくれた宙に浮かぶ三胴艦の名前で。


 その所有者にして艦長を名乗る人物が、ハル。


「お久しぶりね、ハル。私がエルネスティーネ・クライネルト少将よ。この前は部隊共々お世話になったわ。ここの指揮官としてもう一度礼を言うわ」


 平静を保ちつつ、いつもの調子で言う。


『驚かないですね。もしや、私が隠れているとわかっていましたか?』


「いいえ。―――正直に言ってあなたとは思っていなかったし、その手法に驚いているわ。ロボットを遠隔操作して基地に潜入する、なんて」


 各地に隠された通信機が電波を放っているのはわかっていて傍受はしていたけど―――音声が一つも無いのは不自然だった。

 多数の人間で構成された部隊ではないと思っていたと続けて言う。


「あえて泳がせて正解だったわ。……今後の警備、セキュリティの参考にさせてもらうわ」


『いえいえ、こちらこそ。貴重な経験、および意見をしていただきありがとうございます。次の機会は、より人間が複数人いるように振る舞ってみたいと思います』


 ハルはそう言って器用にロボットをお辞儀させる。


 器用なものだ。


「それで、本題といきましょうか。―――あなたがここに来た目的は?」


 上段のロボットのレンズを見て尋ねる。


 その目的は、予想はついてるのだけれど。


『単刀直入に言いまして、チハヤユウキの脱走の手助けです』


 素直な回答に、私は虚を突かれた気分になります。


 敵に捕まった味方を助ける、というのは軍事作戦になります。


 それは相手に悟られないように動いて脱走に気付かれた時には既に手遅れ、というようにするのがベスト。


 それを自分から打ち明ける?


 あまりにも常識はずれの行動に、私はいぶかしむ。


「なら、安心しなさい。こちらの―――」


『そちらの亡命と工作員の計画の話は聞いてましたのでご安心を。―――こちら側の事情が少々ややこしかったのでわざわざ姿をさらしたのですから』


 私が言おうとしたことをハルは遮る。


 どうやら、先程のやり取りを聞いていたようです。


 話が早い、と言おうとして。


『―――《フォントノア騎士団》はチハヤユウキ救出作戦を連合軍上層部に止められてしまってます。そして連合軍上層部は独自に救出部隊を編成して行う、と言っています』


 さらっと、重要な事を話してくれました。


 救出部隊の派遣は予想していましたが、それがチハヤの所属する《フォントノア騎士団》ではない?


「ちょっと待ちなさい? 別の部隊がチハヤの救出を行う、と?」


『はい。《フォントノア騎士団》ではその事に抗議をしていますが、その意見が一つも通りません。そちらの部隊の練度やパイロットの癖を知っている人物がいるというのに、です。―――現場が持つ情報をまるで要らないとでもいうかのようです』


 とにかく、そういった経緯で《フォントノア騎士団》は通常の《コーアズィ》対応任務しか行えず、救出作戦を行えないという。


 もっとも、新型リンクス《フレイム》―――正式名称 《フランベルジュ》一機の大破とそのパイロットの負傷で《銀狼》こと《フェンリル》とコトネの強さから救出作戦は困難だが。


『情報の不足は作戦の失敗の元。―――作戦失敗を想定してと、私個人が誰にも言わずひっそりと来たわけであります』


「……あなたが言うその情報を、こちらが信じると思う?」


 試しに、そう尋ねてみる。


 私としてはもう答えは出ているのだけれど、敢えてである。


『思っておりません』


 ―――あっさりと答えられるのも困り者ね。


 調子が狂う。


 ―――というより、このハルという人物。


 会話の全てを合成音声で話す以上、声の様子から感情が読み解くことができないのが悩ましい。


 交渉相手と見るならやりづらいことこの上ない。


『信用できないのは当然だと判断しています。―――私は連合の体制や対帝国への姿勢は疑問を抱いており、その一点に関してはそちらと同様だと判断しています』


 そこで、とハルはもったいぶった物言いをする。


『私が現在展開している機材を用いて、救助部隊の通信を傍受しそちらへ随時提供いたします』


 至極あっさりと、とんでもないことを言う。


「なっ……!」


 驚きの声を上げたのはヨナタンです。


「い、いくらなんでも、それはないだろう。こっちに都合が良すぎる」


『救出部隊が上層部が勝手に編成した知らない部隊である以上、私としましては信用できません。それでしたら、そちらと交渉してチハヤユウキの逃走とコトネユウキの亡命とアリア・シェーンフィルダーへの接触を手助けしたほうがいい、と思っております』


 それ故の提案です、と目の前のロボットは言いました。


 ある意味、こちらの予定。思惑に合う意見だ。


『私はチハヤユウキを救出したい。そちらは人ひとりを亡命させたい。悪くない提案だと思いますが……』


「ねえ、ハル。いくつか質問、いいかしら?」


『どうぞ』


「―――あなたにとって、チハヤユウキとはどんな人なのかしら?」


 今までの会話とは、全く関係のない質問。


 でも、それはハルがチハヤユウキを助けたい理由の本質を見るのにいい質問でしょう。


 ハルは考える素振りも、時間もなく答えてます。


『私がいた世界のチハヤユウキとは並行世界の存在ですが、放っとけない友人であり、日常にいて欲しい、欠けてはいけない存在です』


『……そう。では、他の人からはチハヤユウキという人間はどう思われているのかしら?』


「頭のイカれたところがあるものの、それを除けば多芸な良き隣人で友人、というのが総評かと。―――ある人は憎からず想っているようでアタックをしてますし。チハヤユウキも、なんだかんだと騎士団の人たちを大切だと思っているのは明白ですね」


 そのハルの回答に、先程チハヤが言っていた言葉を思い出します。


 ―――この世界で築いた人間関係とその日常は間違いなく、私の大切なものなのですから―――。


 その言葉と、ハルの言葉は面白いほどに噛み合っていて。


 ―――確かに、こちらに鞍替えするのを拒絶、とまではいかなくとも断るわけですね。


 そして、ハルのこの行動。


 チハヤが築いた良好な関係だからこそ、だろう。


 信じるとしましょう。


「―――いいわ。あなたのその提案と、こちらの計画への協力。是非お願いするわ」


「少将。いいのですか?」


「いいの。チハヤの救出だけならもう彼は実行しているわ。それに、もし救出部隊とグルならその混乱を利用して救出部隊という囮役が既に攻撃を仕掛けてもおかしくはないし、そんな部隊の様子もまた、ない」


 実際、そうなのだろう。


 現在、基地の防衛監視網には何も掛かってはいませんし、その反応や異常、連絡もありません。


 それはつまり、ハル個人しかここに来ていないという証明でしょう。 


 だから信じるとヨナタンに説明します。


『ありがとうございます、エルネスティーネ・クライネルト少将』


 感謝の言葉を述べつつもう一度、ロボットはお辞儀をする。


「でも、少し待って貰えるかしら? 聞いていたと思うけど、コトネの亡命の決断待ちなの」


『構いません。―――ですが―――』


「わかっているわ。タイムリミットがあるということは、わかっているから」


 ―――タイムリミット。


 アリア・シェーンフィルダー姫がやってくるのは六日後で。


 滞在するのは三日間のみ。


 三日目には帰るのだからこちらに残された時間というものは、ほんの僅かだ。


 その僅かな時間で出来ること。


 それまでに警戒するべきこと。


 残り時間に対して、やることはたくさんだ。


 ―――一先ずは。


「ハル。まず一つ協力してほしいことがあるのだけれど…」


 ハルという奇妙な協力者も含んで、手始めに出来ることを。


 まず思いついたことを、私はハルへと告げました。




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