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並行異世界ストレイド  作者: 機刈二暮
[第八章]ドッペルゲンガー
164/441

その日のわたし a-1




 なにがあったのか、わかっている。


 なにが起きたのか、わかっている。


 それがどうして起きたのかはわからなくて。




 ただ、言えるのは。


 それが事実だということだけ。




 ―――突然だった。



 空が落ちるようになって十一ヶ月。


 神父やシスター達が助けを呼びに行って帰って来なくて。


 『兄』がいつもそうするように、街まで食料探しと脱出手段探しへ行って。




 みんなで、留守番をしている時だった。




 爆発音がして。


 破裂音がして。



 次に悲鳴と怒声と。


 呻き声がして。



 『わたし』は何が起きたのかわかってしまったから。


 すぐに化粧タンスに隠れたから幾分かよくて。



 それからはあっという間だった。



 見覚えのない男が『わたし』が隠れていた化粧タンスを開けて『わたし』を見つけて。


 そのタイミングで『兄』が助けに来て。


 手慣れた様子で何人か殺して。


 教会から、施設から文字通り傷だらけ、血まみれになって脱出して。



 ―――どれだけ歩いたのだろうか。


 周囲は瓦礫で埋もれた市街地。


 かつて人が歩き、車が走っていただろうそこは無人の街へと成り果てたその場所。


 少なくとも、教会が見えなくなった所だった。




 ―――どれだけ時間が経ったのだろうか。


 『兄』が色々と言って、自分の十字架とシスターのロケットを『わたし』に渡して。


 六年ぶりに『わたし』が喋って、思っていた事を伝えて。


 『わたし』を抱き締めて、動かなくなってから。



 『兄』が、冷たくなってから。



 ―――ねぇ。


 そう、『兄』を揺する。


 ―――たちの悪い悪戯はやめてよ。


 そう、脇腹をつねる。


 ―――これぐらい、大丈夫でしょ。


 あの日の事件を思い出しながら、『兄』の耳を引っ張る。


 ―――ねぇ、何か言ってよ。


 もう一度、『兄』の体を揺する。



 それでも、『兄』は動かなくて。



 私を抱き締めていた腕はほどけて。



 『兄』はそのまま地面へと倒れる。



 その背中には刺し傷がいくつもあって、内五本はナイフや包丁といっ刃物が刺さったまま。


 左腕はあり得ない方向へ曲がっていて。


 体のあちこちに出来た切り傷以外にも、お腹には銃創が二つ空いている。



 ―――本当は、わかってる。


 『兄』は死んだんだと、わかってる。



 でも、心はそれを認めたがらない。


 認めようとしない。



 ―――本当は生きているんじゃないかと。


 これは悪い夢の類いだと、思っている。




 それなら。


 それならば。


 どれだけ幸せだろうか。



 ―――ねぇ、と『わたし』はもう一度、『兄』を揺する。


 また、『お姉さん』と自称するその声を聞きたい―――。



「―――いたぞ! あそこだ!」


 そんな聞き覚えのない男の声が、廃墟の街を通り抜けた。


 そちらへ振り向くと、バットを持った男と鉄パイプを持った男がこちらへ向かって走ってきていた。



 教会を襲撃した賊だ。



 早く逃げないと、と思う。



 ―――けれど、『兄』を置いていけない。


 『兄』を、独りに出来ない。



 彼らはすぐに『わたし』の前にやって来て、


「殺された仲間の仇だ!」


「死んで詫びろ!」


 手にした得物を振り上げる。



 ―――逃げなくて、いいか。



 『わたし』はその光景を見ながら呑気にそう思う。



 『兄』は、『わたし』や孤児院の子供たちの為に沢山の人を殺してきた。


 それはつまり、守られていた『わたし』たちも同罪で。


 ならばきっと、逝く先は一緒なのだろう。



 ―――あの人の後を、追いかけよう。



 そう、思って。


 目を瞑って。



 ――――――――。



 ――――なのに、そういう痛覚のようなものは来なくて。




 目を開ける。



 まず目に入ったのは、“板のような物”だった。


 幅は広く、厚そうで。


 そして長い。


 傷だらけの、かつては磨きあげられていただろう刃が走った片刃の大剣だった。


 時代錯誤にも程がある得物だった。


 それがバットと鉄パイプを受け止めていた。



「―――おいおい。おいおいおい。無抵抗の女の子を殴ろうなんて、どんな神経だ?」


 今度は十代後半の男の人の声がした。


 全身が黒の一色で固められた服装で、長く伸ばした黒髪は高く結っている。


 背は―――『兄』よりも高そうだ。


 そして、その左手一本で大剣を横にして持っていて、バットと鉄パイプを防いでいた。


「―――よっと」


 まるで少し重たいもの持ち上げるかのような気軽な動作でその人はバットと鉄パイプを弾く。


 そして、大剣を右手に持ち変えつつ『わたし』と男たちの間に入る。


「なんだてめぇは!」


「通りすがりの一般人。『善良な』、は付かないかな」


 バットを持った男の質問に、その人は大剣を肩にのせつつ、おどけた様子で答える。


「……まあ、可愛い女の子が殴られそうだったので割って入った」


 その人はそこまで答えて、顔だけ振り返って『わたし』を見る。


 その顔立ちは作り物かのように整っていて、どこか中性的。


 左目は青く、右目には眼帯の代わりか五枚の花弁を持つ花が宛がわれている。


 任せて、と言いそうな微笑みを見せて男二人へと向き直す。


「じゃあ、退きな。そのガキに用があるんだ」


 鉄パイプを持った男が口を開く。


「用、とは?」


「復讐だよ。―――そこに倒れてる美人。そいつが俺たちの仲間を殺してくれてな。そいつが守ってたもの全部壊して殺さなきゃならん」


 鉄パイプで『兄』を指し示してそう言ってくる。


「―――で、そいつが最後の一人ってわけだ」


「……なるほど。つまり、君たちはこの子を殺すと」


「そうだ。だからアンタには関係ないことだから退いてくれると―――」


「それは出来ない提案だなー……、と」


 その人は即答して、一歩を踏み込む。



 その踏み込みが、速かった。



 一瞬で鉄パイプ持ちの男の懐へ入って、その大剣を峰で殴りつけた。


 まるで、野球やソフトボールのバッターのようなフルスイング。


 それをもろに食らった男は弾き飛ばされて、五メートルほど男は弾き飛ばされた。



 文字通り、数秒も経過しないような速さだ。



「―――てめぇ!」


 反応が遅れたバット持ちの男がやっと動く。


 その人へバットを大上段で振り下ろした。


「―――よ、と」


 その人は左手をかざしてそのバットを受け止めて、


「大剣を振り上げるから、バットを手放して下がるといい」


 律儀に宣言して、ゆっくりとした動作で大剣を振り上げる。


 男は言われた通りにバットを手放して跳んで下がる。


「偉い」


「舐めてんのか!」


「警告だもん。手加減してるよ」


 いらないからこれ返すよと言ってバットを男に投げて返す。


「これは善意からの警告だ。―――見逃してやるこらさっさと自分の家に帰りな。―――やり合うなら相応に対応するし、君たちは俺に勝てないし―――」


 大剣の切っ先を男に向けて、その人は説明する。


「この大剣。個人的な趣味で重たくして刃とか入れてないんよ。当たったら肉はひしゃげて骨は折れるから、死ぬよりも痛い思いするけどいい?」


「…………」


「個人的には君たちの阿鼻叫喚を聴きたいから拒否してくれた方が嬉しいなーって思ってるけど?」


「………!」


「さあ早く選択しな。俺たちを見逃して命拾いするか、仲間共々いたぶられ斬られ殴られ惨たらしく殺されるか。――――そろそろ我慢出来ないんだけど」


 その人はそう喜色に満ちた宣言して、大剣を構える。


「……サイコパスめ! 覚えてろ!」


 男は捨て台詞を吐いて振り返る。


 近くに倒れていた、殴り飛ばされて呻いていた鉄パイプを持っていた男に肩を貸して立ち去り始める。


 その人は彼らの後ろ姿が見えなくなるまで見届けて。


「―――その頃にはもういないだろうけどね」


 大剣を背中の固定具に固定して、『わたし』へと振り返る。


 その表情はやれやれといった表情だ。


「演技が上手くいった。―――好きで人を殺す人に見えるのかねぇ……」


 そう見えるように演技したんだけどとシニカルに笑う。


 そして、地べたに座る『わたし』に視線を合わせる為にかしゃがむ。


「まあ、見て聞いての通りの行動をした人間だ。―――その人は?」


 その人は、大雑把過ぎる自己紹介をして『わたし』の後ろで倒れる人の事を尋ねる。


 先ほどからずっと動かない、長い黒髪を持った、整っていて可愛らしい顔立ちの人物だ。


 『わたし』は、なにかを言おうとして、言えなくて。


 言ってしまえば、認めてしまいそうで。


「―――ちょっと失礼」


 その人はしゃがんだまま移動して、うつ伏せになっていた『兄』を仰向けにして首筋に右手を当てる。


 そしてその目を覗いて。


「………」


 なにも言わずに、その目を閉じさせる。


 手を合わせて、何かぶつぶつと呟く。


 お祈りの言葉か何かだろう。


 そして静かになって。


「この人は、君のお兄さんか?」


 少しの静寂を破って、その人はそう尋ねてきた。


 『わたし』は頷く。


「心中、お察しする。―――彼を、どうする?」


 どうする?


 どうすればいいのだろう?


 ―――いや、やることはわかってる。


 ただ、それをやってしまうと自分の何かが崩れてしまいそうで。


 何も言えないでいる『わたし』を見て、何かを察しているのかその人は口を開く。


「……彼を、弔おう。―――そうする義務が、君にはあるからね」





 

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