別れ道ではなくて
ズドン。
拳銃にしては、重い銃声。
それもそのはずで、火を噴いたのは五〇口径の大型自動式拳銃なのですから。
注目を浴びるには少々派手なほうがいいのですが、限度というものはあります。
―――夕食時で人が集まっている食堂。
そして人が食べてる真っ最中に拳銃の発砲となればそれは注目を浴びるというものです。
突然の事態に驚く人々の反応は千差万別です。
肩を震わせてびっくりする人。
飲んでいたお茶を吹き出す人。
持っていたトレーを落として夕食を台無しにする人。
あるいは、持っていたものを落としてまで拳銃を手に取り、音の発生源へ銃口を向ける人。
そうした人と同じく、視線をそちらへ向ける人。
私はまあ、やった人が誰かなんてわかっているので落ち着いてお茶を啜るのですが。
多くの人が音の発生源へ視線を向けていました。
食堂の入り口よりずっと奥のテーブルの上。
天井に向けて大口径の拳銃を撃った人物は、長い黒髪を下ろした少女です。
《チハヤユウキ》と名乗る、私とよく似た少女です。
左手は左耳に当てて、右耳は腕で塞いでの発砲。
その表情は作り物のように無表情です。
―――どこからツッコむべきですかねー……。
この手の行動が早いのは良いことなのですけれど。
数時間前の事を振り返りながら、少しげんなりに思いました。
―――――――――
時は少し戻って。
午後四時頃。
屋上での、日向ぼっこのような息抜き後。
「なんですかなんですか。手を引っ張ってここに連れ込んで」
独房と称される下士官用個室で読書でもしながら夕飯を待っていたら、チハヤユウキを名乗る私と良く似た容姿の少女に手を引かれて、とある部屋に来ていました。
場所は、私が寝泊まりしている宿舎の隣の宿舎。
佐官用の寝室が並ぶその一角です。
その部屋は、彼女の私室のようでしたが―――一言で言うならば、汚部屋でした。
服は基本的に脱ぎ散らかされていますし、ゴミはゴミ箱からはみ出て転がっています。
本は基本的に机か床に山積みで、いくつかは崩れています。
本棚はあるのですが、ほとんどすっからかんです。
せいぜい綺麗なのは、彼女個人が持ち込んだらしい楽器類かベッドの上ぐらい。
まあ、それなりには整頓はしているようで足の踏み場がない
んて事はありません。
なんというか、ちょっとは進歩しているようです。
「まずは片付けでもしますかねー」
まずは本からいきましょうか、なんて言いつつ床で崩れた本の山を手に取ります。
因みに、監視役のアンディ准尉は『彼女』によって廊下に閉め出されています。
まあ、今のところ私に脱走する気がないのでこの程度は大丈夫と思われてるでしょうが。
「本ぐらいは本棚にしまいましょうよ」
そう 日 本 語 で言いつつ本を適当にシリーズ順、タイトル順で選んで本棚へ並べて行きます。
「昔と比べれば、とても進歩してますけど」
あの頃のあなたは片付けなんてしてませんでしたし。
そう言いつつ、『彼女』へ視線を向けます。
そこでは半目でこちらを睨む少女がいて、日本語が書かれたスケッチブックをこちらに見せていました。
『どうして、あなたはこっちに合わせるのか』
『あなたは、本当は全て気付いている』
その文字に、やはりそうですかと思います。
単刀直入に本題。
それが、『彼女』がここに連れ込んだ目的。
―――あるいは、私を《プライング》ごと捕まえた理由の一つ。
私の思っていた通りに近い、曖昧にされていて。
されど確実にそうであるという、事実。
「あなたの腹の内なんて、あなたのお姉さんである私でもわかりませんよ」
十冊あるシリーズものを本棚へと戻して、
「私はあなたの思惑とか、やろうとしている事とか。それに気づいていたとしても、止める権利は私にはありません」
次のシリーズを選びつつ、そう答えます。
そう、私に『彼女』を止める権利なんてありません。
「今、この瞬間までを歩いてきた時間が、私とあなたでは違います。違う以上、私は『あなたのお姉さん』として今のあなたには何も言えません」
一つ、本棚へと戻して『彼女』へと向き直ります。
「私やあなたが抱える過去はどちらも事実で、どう足掻いてもそれを変えることは出来ないのですから」
そう、違うのです。
彼女が歩いてきたそれと、私の歩いてきたそれは。
別れ道でもない。
別れた道でもない。
合流した道でもない。
ただただひたすらに、どこまでも。
同じ方向に進んでいて。
『今に繋がるどこか』が違っていただけの、並んだだけの道。
「あなただって気づいているのでしょう? 時計の針はずっと止めてはいられなくて、否応なしに進み続けている。そして、それは自分に突き付けられる」
その言葉に、『彼女』は無表情のまま、私を見つめます。
でも、私の目にはどこか残念そうで、それでもわからないような表情に見えました。
『彼女』は、何を思っているのでしょう。
何を、私に求めていたのでしょう。
―――少なくともそれら全て。
私にはどうにも出来ません。
その事で何かを言う権利はありません。
でも言える事はあって。
「―――でも。『私個人』として言うならば」
思うことは、ないことはなくて。
彼女の前まで歩いて。
彼女の前に立って。
すっかり同じ高さに並んでしまった、その頭に手を置きます。
「今までをそうやって生きて、歩いてこれたなら―――それを、私は許しますよ」
いつも私がそうするように、はにかんで見せます。
「むしろ、それはそれで私にとっては嬉しい話です。それであなたが自分自身の心を守れていたのなら、喜んで そ の 名 前 を名乗る事を許します」
そう口を開いて、私一個人の答えを口にします。
それが、彼女の求めた答えではなくとも。
一歩踏み出すに必要な、何か。
判断の一助となればいいのです。
それでも、『彼女』に一目でわかるような表情の変化は見えなくて。
『どうして、「わたし」を責めない?』
という文字によって表されます。
「そんなの当然じゃないですか」
その質問に、私は《彼女》に向けて笑顔を見せます。
かつて、そうしていたように。
昔から、そうしていたように。
「あなたという存在は、例え並行世界の同一存在であったとしても。私の唯一の《家族》なのですから。―――その《家族》の選択を否定したり、責めるなんてしませんよ」
―――――――――
そんな、数時間前の出来事を少し振り返って。
「ちょっとチハヤ! 食事中に何してるのよ! それとテーブルから降りる!」
真っ先に、というか一部始終を見ていた空色の髪を持つ女性―――ナツメ大尉が叱りつけました。
彼女が食べ終わったあと、確認するかのように私を一瞥してトレーを持たずにそこへ移動しての行動は、私とナツメ大尉と、監視役のアンディさんの知るところです。
私は妙に膨らんだポケットは見ていましたのでこうなることは予想済みでしたけれど。
彼女はそう叱りながらも近づいてくるナツメ大尉を見下ろして、
「―――しってる。でも、そんなことよりもわたしはいうべきことがあるから、こうした」
彼女の口から私よりも少し高くて澄んだ声が、フロムクェル語で出ました。
「―――――え?」
ナツメ大尉はその足を止めて、絶句したようです。
その例にも漏れず、今度は食堂が静まります。
今の今まで喋ることのなかった人物が初めて喋ったのですから。
「―――――」
これには私も呆気に取られました。
あの子は、あの日。
私たちが父親に殺されかけた日から、あの子は喋らなかったのですから。
「きいて、ほしい。―――わたしは、たくさんのうそをついて、ここにいる」
拳銃のマガジンを抜いて薬室に入った弾も抜きながら、彼女は言いました。
「わたしのなまえは――――《チハヤユウキ》じゃない。そして、わたしのかぞくはおにいしかいなくて、しんでる」
彼女はそう―――。
―――数時間考えた結果の答えを語り始めました。




