食堂で夕食を
食堂という場所はその用途からして結局、一時だけ大人数が食事を行う為に相応の広さが必要となるし、そのレイアウトも似通ってきます。
そこに併設された厨房も人類の叡智たる調理器具や機材が同じである以上は変わらないし、そこにいる炊事担当の人たちの服装もまた変わらない。
つまり何が言いたいのかと言うと、私が所属している《フォントノア騎士団》の駐留する基地の食堂と大して変わらない風景がそこにはありました。
強いていうなら、食堂に置かれたテーブルやイスやらは低コストを重視しているのか折り畳める机とパイプ椅子という簡素なものです。
《フォントノア騎士団》のほうは、装飾は控え目とはいえ安くはなさそうな代物ではありますし、イスもレストランで見られそうな少し洒落たものです。
こっちの方が軍隊らしい、と私は思います。
さて、時計の針は18時を指しました。
基地の至るところに取り付けられたスピーカーから鐘の音が鳴り響いて、多くの人に今が何時かを教えていきます。
それと同時に食堂の扉が開いて、私とよく似た少女が真っ先に食堂へと入ります。
『彼女』の前に人は居ません。文字通りの先頭です。
私もそのあとに続いて、その後ろを監視役のアンディさんとナツメ大尉が続きます。
帝国軍の夕食の受け取りシステムは《フォントノア》と大して変わりません。
AランチかBランチか選択できて、そのどちらかを受け取る。
パンとサラダはお好みで。
Aランチは養殖マスのフライとミネストローネ。
Bランチはハンバーグとコンソメスープ。
『彼女』は躊躇いなくBランチ―――ハンバーグを選択します。
私もそれなりの人から美味しいと勧められるハンバーグを選択して、後ろの二人も同じものを選択していきます。
低い山のような仕切りがいくつも入ったプラスチック製のトレーに、広いスペースにデミグラスソースがかけられたハンバーグが鎮座していて、同じスペースにコーンとニンジンが入っています。
その右隣にはコンソメスープが入った容器が置かれていました。
そして、両方とも出来立てなのか湯気が立っています。
あとはプラスチック製のフォークにナイフ。
残りの空いたスペースはパンやサラダを乗せる枠なのでしょう。
今度はパンやサラダが用意されたテーブルへと向かって、バターロールとクロワッサンを一斤ずつ選んで、サラダを盛っていきます。
ふと横の『彼女』を見て。
「……野菜も食べましょうね?」
私と比べて野菜類が少な過ぎるそれを見て窘めます。
チハヤと名乗る少女のトレーには、野菜がそれほど乗っていません。
栄養バランスの悪い食事は、いずれ自分を苦しめます。
『彼女』は不服そうに私を睨みますが渋々ながらトングでサラダ用の野菜を盛っていきます。
だいたい、私と同じ量です。
それでよし、と私が呟くのと、
「――――チハヤが野菜を増やした!?」
ナツメ大尉が驚くのが同時でした。
その驚愕の声が食堂に響き渡って、まだ少ないながら来ていた人たちに伝わります。
「聞いたか? 今の」
「聞いた。あの偏食家がサラダを?」
「明日誰か処刑されるの?」
聞こえたらしい人たちの、あんまりな囁きが聞こえてきました。
この様子からして普段から野菜は避けてたと見るべきでしょう。
やっぱり、というかそうでしょうねー……、とは思いますけど。
「私がいないからって野菜の摂取を避けてはいけませんよ? 」
ちょっと呆れながらもそう嗜めますが、『彼女』は相変わらず不服そうです。
抗議のつもりか、ゴマドレッシングを容器ごと逆さまにしてサラダへとかけます。
ちょっと次の人の事を考えてほしいですが、まあいいでしょう。
私はレモン果汁入りのドレッシングを適当にかけて、『彼女』に続きます。
『彼女』が選んだテーブルは窓際の列の一番奥。
食堂の隅に『彼女』は陣取ります。
私はその前に座って、私の隣にはアンディさんが。
『彼女』の隣にはナツメ大尉が座りました。
そして、食事前のお祈りです。
指を組んで、目を瞑って。
主よ―――と呟くように祈りを捧げて。
「―――では、いただきます」
そう口を開いて言って、ナイフとフォークを手に取ります。
目の前の少女も私と同じように動き始めました。
その光景を見ていたらしいナツメ大尉が言います。
「チハヤと同じように食前の祈りをするのね」
祈りの姿勢も同じとどこか微笑ましそうに言います。
「それは……。教会に併設された孤児院で、そこの風習に則って暮らしてましたから」
自然に身に付いたものですから、と答えてハンバーグをフォークで押さえて切り分けます。
綺麗とは程遠い断面から透明な肉汁が溢れてきます。
おお……。ここまで肉汁が出てくるとは。
出来立てというのもあるのでしょうが、脂がここまで出るのは中々ありません。
タネに牛脂を混ぜたか、形にしてから冷蔵庫に三十分ほど置いていたかでしょう。
他の手としてはあらかじめ冷蔵庫で冷やしていた器具でミンチ肉に触れずにこねるという手もありますが。
―――ともかく、それなりに手が込んでいるのは間違いありません。
一先ず、一口。
牛肉独特の食感と肉汁が口の中に溢れます。
脂はどこか甘くて美味しいですし、ジューシー。
ここのシェフの腕と采配もあるのでしょうが、素材の味の良さもあるのでしょう。
デミグラスソースの酸味もあっていて、これまた舌太鼓を打たせます。
なるほど、お勧めされる訳です。
これは美味しい、と感想を言いつつパンを手に取り齧ります。
パンも塩気はそれほど強くないパンです。何を挟んでも良さそう。
「やっぱりそう思うわよね」
その感想にナツメ大尉が反応しました。
曰く、この基地の大人気メニューなんだとか。
人気過ぎて、ハンバーグのメニューを選んだら次のハンバーグの機会では食べれないという状態になっているという。
「それはそれは……大人気ですね」
「そうなのよ。そんなルール出来たから私も久しぶりに食べるのよ?」
チハヤは毎回食べてるけど、とどこか憎たらしそうに言ってナツメ大尉は切り分けたハンバーグを頬張ります。
まあ、この人ならやりかねませんが。
それよりも、気になった事を聞きましょうか。
「これ牛肉のみですか?」
次の一切れをフォークで刺しながら聞きます。
食べていて思ったのはそれです。
玉ねぎは見当たりませんしその味や食感がありません。
それに加え、牛肉の風味が強いのです。
「その通りよ?」
「それは贅沢ですねー」
騎士団の方ではコスト的な都合から牛と豚の合挽き肉でハンバーグです、と不満を口にします。
「それでも美味しく作るのが料理人というものですが」
でもやっぱり、食費の上限はなんとかならないものかと愚痴ります。
会計担当が持ってくる予算の書類ほど憎たらしいものはありません。
余剰分作ってちょろまかしてあれこれ出来ないじゃないですか。
「あら? あなた料理出来るの?」
その発言で察したのか、ナツメ大尉が聞いてきました。
この人、聴取には居ませんでしたから私の経歴は知らなくて当然です。
「出来ますよ? リンクスに乗る前は皆さん人気の炊事係でしたから」
今でも厨房に入ってはいますけど。
「みんなに人気って……。そんなに美味しいの?」
「自信はありますよ。―――実際、騎士団ほぼ全員の胃袋は掴ませて頂きましたとも」
「悪い顔して言うことかしら……?」
彼女はそう言ってちぎったパンをコンソメスープに浸してから食べます。
「あなたの料理の腕。気になるけど捕虜じゃ厨房に立たせれないわよね……」
そう残念そうに続けました。
「お陰で退屈です」
「捕虜は大人しくしてろ」
アンディさんの鋭いツッコミ。
そんな感じで、夕食が進んでいきました。
大体の料理を食べて。
「ご馳走さまでした」
口許をペーパーで拭いてからそう言いました。
「自分で作るのも良いですけど、誰かの違った調理の料理を頂くのもいいですね」
騎士団の炊事担当、全員が私の教えた調理方法が大半です。
それは結果的に私と同じ方法で料理してしまうということで、似たような味になってしまうということで。
誰がどこの調理を担当しても私とそう変わらない味付けという、悲しい事態に。
あとは担当の研究次第、なのですけれど。
私のようにちょっと材料を変えたり、ジルみたいにちょっと遊ぶ人がいないのがちょっと悩ましい話です。
そういう、ささやかな悩みを一つ言った時でした。
「あら。もう食べ終わってしまったのね」
残念そうに言う、女性の蕩けるような声音が聞こえてきました。
聞こえてきた方―――右へ視線を向けると。長く美しい黒髪を持った、背の高い妙齢の女性が両手でトレー持って立っていました。
黒い軍服を着ていてもその上からでもわかるメリハリのついた体型で、何がとは言いませんがフィオナさんと同じぐらいの凶器の持ち主です。
高身長ではありますが、小顔でつり目どことなくシャープな顔立ちの持ち主です。
美しいと思わせますが、どこか危険な妖しさを感じさせます。
ここ、ランツフート帝国軍レドニカ第八基地、レドニカ方面第五大隊を率いる『エルネスティーネ・クライネルト』さんでした。
妙齢、と表現しましたがそれは容姿が若く見えるというだけです。
実際の年齢は少将という襟章が物語っているでしょう。
「クライネルト少将!?」
「どうしてここへ?!」
びっくりしたナツメ大尉とアンディさんがが立ち上がって敬礼をしようとして、エルネスティーネ少将は手でそれを制します。
「たまには食堂で夕食を頂きたいじゃない?」
恐らくはアンディさんの問いに彼女はそう答えて『チハヤ』の隣に座ります。
トレーの上にはAランチのハンバーグが乗っていました。
きっと、前回のハンバーグの時は違うメニューを選んでいたのでしょう。
隣に座られた『チハヤ』の表情は相変わらず無表情ですが、どことなく不機嫌そうです。
エルネスティーネ少将は指を組んで祈りを捧げてから、ナイフとフォークを手に取ります。
「ハンバーグは美味しかったかしら?」
エルネスティーネ少将はハンバーグを切り分けながら、私へと僅かに赤みがかかった瞳を向けて聞いてきました。
「え、はい。美味しかったです。―――あとで厨房の方にお話を伺おうと思ってますけど……」
意外な人物から話を振られたことに少し驚きながらも答えます。
そうは言っても、メモ帳とか何らかの筆記具なんて持たされていないのですけれど。
「あとでゆっくり尋ねるといいわ」
そう言ってエルネスティーネ少将は懐から小さなメモ用紙とボールペンを出して私の目の前に置きました。
メモ用紙は数枚ほど。
ボールペンはよく見るような細身で透明のボディに持ちやすいよう合成ゴムが巻き付けられたものです。
「少将! いくらなんでもそれは―――」
その光景に、アンディさんが抗議しようとして、
「私の判断に、なにか?」
エルネスティーネ少将の微笑がその口を止めました。
口元は確かに笑ってはいますが、目は笑ってはいません。
怖い、というのとは違う、何か。
まるで、夜の暗闇を覗いて覗かれるような感覚。
「……いえ。なにも」
アンディさんは怖じ気ついたのかすぐに黙りました。
そもそも階級がずっと上の人の判断、となればそれは階級の低い軍人からすれば従うしかないようなものです。
「もし良ければ使うといいわ」
「………」
メモ用紙は変哲もないもののようですし、ボールペンは細身で透明なボディはなにも仕込んではなさそうです。
すぐに手に取らない様子にエルネスティーネ少将が口を開きます。
「盗聴機は仕込んではないし、あなたの独房にも隠してはないわ。保証してあげる」
「………」
無言で疑いの目を向けます。
「ナツメ大尉とアンディ准尉。あなた達が私の発言の証明人よ。―――盗聴機は使ってないわ」
すると今度はあっさりとカミングアウトしました。
捕虜に打ち明けていいんですかそういうの。
ちょっと泡を食らった気分です。
「……少将、いいんですか?」
アンディさんは黙ったままでしたが、ナツメ大尉が驚きつつ言います。
盗聴器の件もありますが―――それをやっていないという発言と、その証明人をあっさりと決めたからでしょう。
「この人、チハヤの親族ですけど……。一応は敵国の軍人ですよ?」
「ええ、わかっているわ。―――この人には私たちの味方になってもらおう、と思ってるから」
「………はい?」
思わず、私の口から疑問の声が出ました。
対して、ナツメ大尉とアンディさんは固まってました。
言葉の意味はわかるでしょうが、発言の意図がわからないのでしょう。
「それはつまり―――」
「こっち側に来ないかしら? と言ったの」
まるで何かに誘うように、エルネスティーネ少将は言いました。




