ここは独房です
「…………」
独房として宛がわれた、下士官用個室。
広さとしては、ワンルームマンションのような部屋のそれです。
ベッドと机、椅子から電気ポッドにティーポット。ティーカップに紅茶の茶葉まで。
果てにはビジネスホテルのような三点ユニットバスまで揃ってるという、捕虜を容れておくには豪華すぎる部屋です。
はたして、敵国の兵士にそんな厚待遇。
個室を宛がっていいのでしょうか、なんて思うのだけれど。
一応、監視役で短機関銃をぶら下げた男性が一人壁にもたれて私を睨んでますが。
年齢は三十代半ばといったところでしょうか。
髪の色は焦げ茶で刈り上げ。
精悍な顔立ちではありますが顎には無精髭。
身体は軍人らしく鍛え上げられているのが首回りの締まった筋肉で容易に想像できます。
服装は野戦服ですが装備は防弾ベストを着ている程度でそこまで重装備というほどではありません。
そんなに睨まなくても、と言いたくなるぐらいに鋭い目付きで私を睨み続けています。
少しでも逃げる素振りを見せたら撃つ気なのでしょう。
特に会話もありません。
今日の天気とか趣味は何かとか好きな食べ物だとか。
そんな他愛もない話題を振っても何も返しません。
心臓発作を起こして苦しむフリは効果ありましたが、騙されたと気づいて以降は我関せず。
最悪、殺すことになるかもしれない人物かもしれないですし、余計な馴れ合いはごめんとでも思っているのでしょう。
―――ともかく、私は椅子に座って暇潰し用に要求した本を読んでいました。
机の上には帝国で話題らしい、アクション漫画が七冊。恋愛ものの娯楽小説が一冊。
ランツフート帝国の歴史を簡潔に記した教科書が一冊。
それで全部です。
今、私が手にしているのは、歴史の教科書です。
曰く、《ノーシアフォール》から来た異世界人へ色々と教えるのに便利だからだそうで学校で使うものを基地に備えて置いてあるのだとか。
「ねえ? 監視役さん。いくつかお伺いしたいのですが」
その記述を見ながら、監視役の男性へ声を掛けました。
「…………」
「…………あのー……?」
「…………」
「……もしもーし?」
「…………」
何も言わず、こちらを睨んできました。
一応聞いてはいるようです。
「貴方はこの世界の生まれですか? 正確には、親が異世界人だとかではなく、純粋にこの世界の住民ですか?」
そういう訳で遠慮なく尋ねます。
「……ああ。親族に異世界人はいない」
低くて渋い声で、監視役さんはそう答えてくれました。
久々に口を開いてくれた気がします。
「この本―――学校で使っているというこの教科書の記述なのですが……。ランツフート帝国建国前。当時の人々は東からやって来たと書かれています。そして、今から二〇〇〇年ほど前に人類は滅び行く大地を方舟で去り、この大陸に来たとも」
その記述は、教科書の最初の方に書かれている記述です。
内容も、私が口にした通り。
神話じみた旅と、その到達点と。
それからの文明の発展。
オルレアン連合で手にいれたそれとは、全く違う始まりです。
「貴方個人の意見として、人類のルーツはどこからだと思いますか?」
「奇妙な事を聞く奴だな。―――神様がこの世の生物創造して、崩壊する大陸から逃げる為に方舟造ってこの大陸に来た。それがこの世界の始まり、とされている。帝国の考古学者が調査して出ている最新の通説がそれだ。―――連合がどう考えてるか知らないし、あんたの世界がどうかは知らないが」
返ってきた回答はよく聞くような説でした。
―――なるほど。
『最新の調査で出た通説』、ですか。
連合と違って『調査している』ようです。
「私の世界では何億何万という時間をかけて今の人の姿になった、というのが一般的ですね」
昔の学者たちが地面を掘って調べて出た推察がそれです、と私はそう答えます。
「連合は?」
「そちらと大して変わりませんよ。ただ、神話そのままといった感じでした」
質問に答えていただきありがとうございますと丁寧に礼を述べると、監視役さんは困ったように顔を歪めます。
「礼なんて言うな。俺とアンタは敵同士だ。最悪、これで撃たないといけない関係だぞ」
そう言って彼は持ってる短機関銃をポンポンと叩いて見せます。
グリップに長いマガジンが刺さっていて銃床付きの黒い短機関銃です。
「相手の立場が何であれ、お礼は言うものですよ? 言えなくなるとすぐに言わなくなってしまいますから」
「……そうか」
監視役さんはそうぶっきらぼうに言って、口を閉じました。
これ以上は関わらないという意思表示でしょう。
私としても聞きたい事は聞けましたし、と判断して手元の本へ視線を落とします。
人気作らしい漫画を読むとしましょう。
そう過ごして、いくばく。
コンコン、と背後でドアがノックされました。
時計はまだ午後3時。
お茶をするにはいい時間です。
誰でしょう、と思って読んでいたアクション漫画を置いて立ち上がったところで、監視役さんに手で制されてしまいました。
「応対は俺の仕事だ。―――アンタは捕虜だろう」
彼はそう言ってドアへと向かって行きました。
そういえばそうでした。
扱いと部屋が、自分の置かれた状況と噛み合わないのでつい動いてしまいましたね……。
ちゃんと拘束して独房に容れればいいのに、なんて呑気に思っていると。
「こんにちは、コトネさん」
そう言って部屋に入ってきたのは、私とそう背の変わらない、空色の髪を腰まで伸ばした女性でした。
年齢は彼女の言動を信じるなら22歳。
顔はどことなく幼げな印象を抱かせる美貌の持ち主です。
エメラルドグリーンの双眸はやや吊り気味。
その体躯も格好いいと思わせる帝国の軍服の上からでもわかる程度に主張しているものは主張しています。
そして、目立つ髪の色や瞳の色と比べて主張してないものの存在感を表しているのはその耳。
フィオナさんほどではないにしても―――尖った耳を持っていました。
「こんにちは、ナツメ大尉。今紅茶淹れますので椅子に座ってお待ちくださ……」
「素敵なお誘いだけどお断りするわ。毒を盛られにきたわけじゃ―――ってちょっと待ちなさい! あなた本気でお茶する気?!」
電気ポットのお湯をティーポットに入れたところで止められてしまいました。
「いい時間で、せっかくの来客ですし、もてなさないのは……」
「一応、あなたは捕虜よ? 少しは立場を弁えなさい」
ため息混じりに小言を言われてしまいました。
お茶ではないのですか……。残念です。
「そうですよね……。『紅茶どうですか?』って敵国の兵士が淹れた紅茶なんて誰一人受け取れませんよね……。ぐすん」
「そうよ―――そうじゃないわ。用件は違うのよ―――ってそんな残念な表情を浮かべないで。罪悪感抱いちゃうじゃない」
「ええ、わかってますとも。どれだけ人柄が良くとも敵は敵。究極的に信用なんて出来ませんもんね……」
「やめなさい。良心に訴えないで」
ナツメ大尉は申し訳なさそうに、制止するように右手を前に出してきました。
軍人ではあっても、そこまで無情な人ではないようです。
その姿に左手で口元を隠して小さく笑います。
「笑ったわね?」
「はい。やっと人らしい反応が来たといいますか」
何しても反応してくれない監視役さんがいるのです。
そんな人とずっと一緒では退屈極まりない。
その事を交えて説明すると、ナツメ大尉はげんなりと肩を落とします。
「自由ねぇ……。そういう所、チハヤとそっくりよ。あなたは表情がころころ変わるけど」
「だって姉妹ですから」
「姉弟ではなくて?」
昨日から続くやり取り。
それに対して、私の回答は決まっています。
「私の方がお姉さんですから。あの子がどう思うのか勝手ですが」
それで用件は、と続けて尋ねます。
ここに来たからにはそれなりの理由があるのでしょうから。
その促しにナツメ大尉はやっと用件が言えると呆れたように口を開きます。
「こっちの研究者や整備士があなたの機体の事で聞きたいことがあるそうなの。格納庫に来てもらうわ」




