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並行異世界ストレイド  作者: 機刈二暮
[第八章]ドッペルゲンガー
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夢 ~経験している話~




 相変わらずの感覚だった。


 相変わらずの感触だった。



 勢いよく振ったシャベルは、ナイフを持った女性の頬を叩いた。


「―――ぎゃっ!」


 女性の呻き声して、その人は当然のように倒れました。


 雨上がりの土の上、その土で濁った水溜まりにその人は倒れた。


 見た目は三十代。痩せて太ってもいないが、長くなってきた無政府状態の環境からかやつれてはいます。

 背中には、私と同じようにリュックサックが。私のものより沢山入っていそうです。


「最初から、殺すつもりでしたか? 弁明があるなら聞きますが……?」


 丁寧な口調を意識しながら、そう私は口を開く。


「違うわ! 違うの!」


 泥まみれになりながら女性は身勝手な言い訳をまくし立て始める。


 たまたまナイフを出してしまっただけだの、すぐに仕舞うつもりだっただの、あなたはもう少し落ち着いて見るべきだっただの。


 赤子でもわかりそうな嘘が並べ立てられる。



 《黒い球体》が出現しては落ちて、何もかもを飲み込むようになって、早七か月。


 機能してるか怪しい政府と自衛隊の援助がない、《黒い球体》が落ちる度に舞う瓦礫で荒廃したこの世の中で物資の物々交換―――保存食と医薬品をしよう、というのはすっかり珍しいことではなくなったけど。




「……人が目を離したすきにナイフを振りかざして、何を言ってるんですか? それに―――」


 振ったシャベルを構え直しながらあくまで冷静に、それを指さして示す。


「ナイフ手放さないで言う台詞ではないですよね?」


 その指摘に、女性は図星だったのかそのまま固まりました。


 まあそうですよね。


 ただでさえ貴重な食料と医薬品です。


 他人や他の生存者グループに使わせるぐらいなら交換を装って相手の物資を奪おうと考えるのはよくある話です。


 協力しあった方が結果的に大きな利益になる―――という考えは、長くなった無政府状態の影響か考えもしなくなるようです。


「―――交渉は決裂、とさせていただきます。今回は見逃して差し上げますのでさっさと立ち去ってください」


 私は憮然とした態度で言い放ち、シャベルを下ろします。


 ここで背を見せればすぐにでも襲ってくるでしょう。

 

 向こうが立ち去るまで、睨むしかありません。


「……そうだね。そうさせてもらうよ……」


 その人はそう残念そうに言って立ち上がりました。

 持っていたナイフも、私の目の前で折りたたんでポケットに仕舞います。


 素直でよろしい、と肩の力を抜いた瞬間でした。


 女性は無言で、大きな一歩で私に勢いよく近づきました。


 その手には―――一振りのナイフ。



 そう来るのは、予想済みでした。



 私は持っていたシャベルを持ち上げ、振りかざされたナイフを弾きます。


「ちぃっ!」


 女性の舌打ち。


 そんな声を聞きつつ、一回は見逃しましたしと振り上げたシャベルを、踏み込みつつ今度は振り下ろします。


 狙いは首元。


 風を切る音がして。


「―――が……!」


 狙いは少しずれて、女性の左肩へと刺さった。


 よく知った、シャベルで人を殴り、骨を砕き、切る感触。


 それが手に返ってくる。


 それが何度目か、数えてさえいない。

 数える必要も、ないだろう。


 左足で女性を蹴り飛ばして、シャベルを強引に引き抜く。


 シャベルで切ったそこから血がだらだらと流れ出す。

 

「が……! あああああぁぁぁぁあああ!!」


 女性の断末魔が響き渡る。


 鎖骨辺りが割れたでしょうね、と私は思いながらも女性に近づく。


 そして、シャベルの切っ先を彼女の喉元へ向けて突き立てました。


 女性の断末魔はすぐに止まり、その体は弛緩して動かなくなった。


 血溜まりがゆっくりと、確実に広がっていく。

 泥で汚れた水溜まりにも、血の赤が混ざるのでしょう。


 ―――物々交換のはずが、結局は奪い合いの殺し合いとなってしまいました。


 一応、医薬品を持ってきてないか確認するべきでしょうか……?


 でも、殺して何かを奪ったとか思われたくないですし……。


 そう、顎に手を当てて考えた時でした。


「母さん!!」


 年端もいかないような、少年の声。


 声がしてきた方へ顔を向けると、十歳でしょうか。


 それぐらいの短髪の子供が、私を目掛けて突撃してきていました。


 その手には、赤黒い模様を浮かべた釘がこれでもかと刺さったバット。


 それを大きく振り下ろしてきました。


 体を逸らして、右足を少年の足に引っかけて転ばします。


 つまずいた少年は顔面から地面へとぶつかって、勢いで少しばかり滑りました。


「お前……! お前……!」


 少年は顔に擦り傷を沢山作って、その体を泥まみれにしながら立ち上がって釘バットの先端を私に向けてきます。


 この様子からして、この子は女性の子供と見ていいでしょう。


 ―――そして、何かあった時の保険で隠れていた、と。


 そして、乾ききった血が付いて赤黒く染まった釘バットは多くの事実をを物語っています。


 ―――それはそれなりの人数の人を殺していて。


 ―――過程がどうであれ、最初から殺す気だった。


 そう、驚くことでもないですし、動揺するようなことでもありません。


「よくも……!」


 何かを話す気も無いのでしょう。


 その少年は再び私へ向かって駆け出して、バットを大きく振りかぶりました。


 手にしたシャベルを左から右へ横なぎに振って釘バットの軌道を逸らします。


 一歩前に進んで、左手をシャベルから離して少年の髪を無造作に掴んで。


 右の膝蹴りを彼のみぞおちへ打ち込みます。


「―――が……!」


 いいタイミングで入ったのでしょう。


 少年は釘バットを手放してその場に倒れてせき込み始めました。


 入ればなかなか痛いですし、呼吸困難になるような急所です。


「まあ、基本的なことですね。武器を持って誰かに向けた時点で、その人は殺されても文句を言えないという権利が発生します。そして、武器を向けられたその人は自分の身を守る権利が当然あります」


 そう言いながら、私は少年を蹴って仰向けにします。


 そしてその胸を左足で踏みつけて、シャベルの切っ先をその細い首へ向けました。


「―――私は正当防衛をしただけに過ぎません。一応、彼女には謝る機会と逃げる猶予は設けましたし。―――まあ、あなたにはありませんが」


 その私の言葉に、踏みつけられた少年は私を睨みました。


 そんな理由でとか、許さないとか。そんな表情です。


「ええ、許さなくていいですよ。憎んでください。―――それでは、さようなら」


 そう淡々と言って、シャベルを彼の首へ突き立てました。







 親子二人を殺したあと、私はすぐに離れて河川に掛かる橋の下にいました。


 周囲はもちろん何処からか降ってきた瓦礫で視界は悪く、かつて良かっただろう見晴らしも見る影もありません。


 地面は砂利が敷かれていて、実に河川敷といったところ。


 そこで、血のついたシャベルや自分の手や顔を洗っていた所でした。


 じゃり、という砂利を踏んだ音が右後ろからして。


「―――っ!」


 すぐに、そちらへシャベルの先端を向けます。


 視線の先には自分の身長以上に大きいコンクリートの柱がありす。


 きっと音を立てた主はその背後にいるのでしょう。


「……誰ですか」


 ゆっくりと立ち上がりながら、警戒心剥き出しで尋ねます。


 ―――しかし、それも杞憂に終わります。


「相変わらず鋭いですね、チハヤは」


 よく通る声で、そう言いながらコンクリートの柱の影から姿を現したのはアッシュブロンドの髪をセミロングにした二十代中頃の女性でした。


 ラテン系の顔付きで、目付きは垂れ気味。顔立ちはシャープですが、おっとりとした雰囲気を感じさせています。

 スタイルも、出てるところは出ていますし、締まっているところは締まっています。


 ジーンズに白のノースリーブのサマーセーターを着ていました。


「シスター。驚かさないでください」


 肩の力を抜きながら、ホッと息を吐きます。


 シャベルは地面に刺して、リュックサックの上に置いたタオルで濡れたままの顔を拭きます。


「気を張り詰めすぎですよ、チハヤ。―――それで、物々交換はどうでしたか? わたしの方は保存食は手に入りましたけど……」


 口に手を当てて微笑して、シスター―――フランチェスカ・フィオラヴァンティは本題を切り出しました。


 どうやら、シスターの方は相手が良かったようです。


 なんというか、運がいいです。


「私の方は――――医薬品は駄目でした。それを餌に食料品を殺して奪おうとする手合いでした」


 その説明に、シスターの目が少し鋭くなります。


「……チハヤ。 殺 し た ん で す ね ?」


「はい。一応、見逃す時間はあげましたけどそれでも駄目でしたね」


 シスターの質問に、私は素直に答えます。


「………一人ですか?」


「二人です。女性が一人と子供が一人の、計二人。子供の持ち物の様子からして、何人も餌食になってると判断しました」


「そう、ですか」


「はい。そうでした」


 肯定して、私はタオルをリュックサックに仕舞って背負い、地面に刺したシャベルも引き抜きます。


「さて、教会に帰りましょう。みんなが、待ってますから」


 シスターにそう続けて言って、歩き出します。


 彼女の隣に立ったところで、 


「チハヤ。仕方ないことだと、わたしは理解しています」


 シスターが、そう口を開きました。


 平静を装うも、なにか感情を押し殺しているような声でした。


 彼女が言いたいことは、なんとなくわかります。


 施設の職員、彼女(シスター)あの子(コトネ)、施設の子供のため。


 隣人を、みんなを守る為に私は汚れ役を買って出ている。


 殺せない人の代わりに、私が誰かを殺している。


「でも―――殺りすぎないで下さい。無理を、しないで下さい」


「無理はしてません。大丈夫です」


「大丈夫なものですか。―――あなたは、無理しています。あなたの目は、ずっと怖いままです」


「………」


 その指摘には、何も言えなくなりました。


 ―――君は、人殺しの目になった。


 それを言ったのは、誰だったか。


「――――わたしやコトネ。子供たちのほうが大切だからって言って見ず知らずの人をたくさん殺して、たくさんの人をより不幸にして。大切で、守りたいものさえ血で汚している。―――あなたが、その事に気付かないはずがありません。それに気付きながらも、その心を無視している。それを、無理している、と言っているのです」


 その口調は、責めているようでした。


 誰を?


 当然、私を。


 あるいは―――それを止められないでいるシスター自身。


 それを止められないのなら―――止めれないシスターも同罪なのでしょう。


「……それでも―――」


 そう口を開いて、シスターを見ました。


 今にも泣きそうな、想い人の綺麗な顔を、私は見ました。


「シスターやコトネ。みんなを―――守れています。跳ねた血で汚れていても。大切なものは、守れています」


 その言葉に、シスターは複雑な表情を浮かべます。


 怒り。悲しみ。嬉しさ。


 それらが混ざった表情を見せて、一滴。


 目尻から頬を伝って。


 顎から離れて、地面へ。


 涙が落ちたのを見ました。



 そして。



「そう言っておきながら――――あなたは誰一人として守れなかったじゃないですか」



 彼女が言うはずのない言葉を聞きました。

 



 そして、血塗れになったシスターを見ました。




 

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