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並行異世界ストレイド  作者: 機刈二暮
[第八章]ドッペルゲンガー
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待機




 今日も今日とて、《コーアズィ》発生に備えての待機だ。


 ここでの業務なんて、《コーアズィ》対応は小隊単位でシフト制だし、訓練も同様だ。


 そうなると曜日感覚というのが麻痺するのだけれど、そういうのはカレンダーを確認すればよく。


 今日は金曜日。


 それ以上でも、それ以下でもない日常ともいえるか。


 何か別の話題はと僕に聞かれても、今日の夢見は悪かった、ぐらいしか言えない。


 ―――昔の出来事一つ。


 ―――断じて、思い出していいものではない。


 同室のフィオナさんには、心配そうに顔を覗き込まれるぐらいだ。 



 閑話休題。



 普段どおり、待機室で読書や同じラファール小隊の誰かと暇潰しのトランプだのとしているのだけれど。


 ―――因みに、今はアルペジオ、エリザさん、クリスさんと僕でババ抜きしている。


 現在、一抜けはエリザさんで、残り二枚―――僕がたった今カードを一枚引いたので、一枚でリーチなのはクリスさん。


 手に取ったカードは、悲しい事に僕の手札の数字とは合わないので雑に真ん中に刺してアルペジオへと向ける。 


 目の前の長い金髪を後ろで二つに括った少女―――アルペジオはどれを取ろうかと指を右へ左へと動かしている。


 そして、僕の三枚の内、真ん中の一枚を摘まみ引き抜く。


 さしずめ、たった今引いて切らずに真ん中に刺したカードはジョーカーではないと思ったのだろう。


 そしてその結果は、アルペジオの表情を曇らせることとなる。


「あっ! アルペジオ殿下ジョーカー引きましたね?」


 クリスさんもそれを見て、実に迷惑そうな表情を見せる。


 そう、アルペジオがたった今引いたのはジョーカーだ。


 相変わらず、顔に出るからわかりやすい。


「やっとチハヤさんに取って貰ったのになんでさっそく引いてるんですかっ!」


「ちょっとチハヤ! なんでジョーカー引いてるのよ!」


 どんな転嫁だ。


「二枚中一枚がジョーカーなら引いちゃってもおかしくはないでしょ」


「ジョーカーを取ったならカードを切るなりしなさいよ!」


 そう文句を言いながらジョーカーだったカードと自分の手札の三枚を混ぜてクリスさんへと差し出す。


「シャッフルしたら持ってると教えるようなものじゃん」


 それだったら何も知らないフリをして適当に刺して差し出せばいいわけで。


 そうすると、深読みしなければこれはジョーカーではないと相手が勝手に勘違いして持っていくことがままある。


 特に、アルペジオに対しては、だけども。


「殿下はもう少しポーカーフェイスを鍛えたほうがいいと思うんですよねーっと」


 クリスさんは気楽そうに言って、悩むことなく四枚ある内の一番左を選んで引き抜く。


 その結果は。


「上がりっ!」


 勝ち誇った顔でそろった二枚のカードを46枚のカードの山に落として椅子から立ち上がる。


「んなぁぁぁあ!」


 まだ負けてないのに、悲痛な叫びをあげるアルペジオ。


「ふっふっふっ……。クリス様は日頃の行いが良いのだ」


「……この前、報告書書き直しになったじゃない」


 胸を張って勝ち誇るクリスさんに、ババ抜き勝負を観ていたキャロルさんの鋭くて冷たい指摘が入る。


「うぐっ…………」


「今のは単に運がよかっただけよ」


「身も蓋もない……」


 少し肩を落として呻くクリスさんを尻目にまた混ぜられた三枚のカードを見る。


 今度は僕が引く番であり、クリスさんが上がったので引く相手は必然的にアルペジオになる。


 悩むことなく左端のカードを引いく。


 絵柄は、ジョーカー。


 早いご帰還だ。招かざる客なのに。


 机の下で混ぜて、アルペジオに差し出す。


 三枚ある内、ジョーカーは右端だ。


 ここで彼女がジョーカーを取れば僕の勝ち目があって、それ以外を取れば必然的に僕の負けだ。


「……これ!」


 アルペジオはやや迷って左端のカードを取っていく。


「僕の負けだね」


「そうね。―――私の勝ち!」


 アルペジオはそう嬉しそうに言って僕から取ったカードと自分の手札のカード一枚をトランプの山に放り、手に残った一枚を僕へと差し出す。


 僕はそれを取って、二枚を落とす。


 これで、僕の手にはジョーカーが残った。


 誰がどう見ても敗北だ。


 勝とうが負けようが、なにも減るものはないけれど。


「……じゃ、今日の夕飯後のプリン期待してるわねっ!」


 なんでそうなる。


「約束してないことは出来ないぞ」


 少なくとも、ババ抜き始める前にそんな会話とか賭けとかはしていない。


「えー。私勝ったんだし、敗者なら勝者の言うことぐらい聞いてよ。作ってあるでしょ?」


「作ってあるけども」


 それとこれは別だろう。最初に決めてないのだから。


「アルペジオ殿下? その理屈ですとわたくしがその権利があると思うのですけれど」


 一位抜けのエリザさんが、やや控え目に言う。


 確かに、そういう事を言うならエリザさんが口にする権利だろう。


「…………三人まとめてプリン貰えばいいのよ!」


 ちょっと間を空けて、アルペジオはいけしゃあしゃあと答える。


 プリン独り占めする気だったな、この腹ペコ殿下。


「おお! さっすがアルペジオ殿下!」


 その傍迷惑な妙案に、嬉しそうに乗るクリスさん。


「それなら参加すればよかった!」


「それですよね……」


 他の待機している人たちからもそんな声が上がってくる。


 勘弁してくれ、と言おうとして。


 誰かの携帯端末―――《アイサイト》のバイブレーションがなった。


 誰のだろうと思ったのと、


「ごめん、わたしのだわ」


 アルペジオが自分のそれを取り出すのが同時だった。


 《アイサイト》のレンズを見て、目に投影されたであろう表示が意外だったのか、不思議そうな顔をしてから通話に入った。


「はい。もしもし―――」


 そう言いつつ部屋から出ていくアルペジオ。


「誰からでしょう?」


「さあ?」


 エリザさんの問い掛けに僕はそう肩をすくめて答える。


 アルペジオに電話するような人に思い当たりはないか、と問われたら何人かいるけれど。


「気にしても仕方ないと思うけどね」


 トランプをまとめて、シャッフルする。


 しかし、アルペジオがどれだけ電話するかわからないので、実質抜けたと見ていいだろう。

 つまり、人が減った。


 三人でババ抜きするのも悪くはないけれど、それはそれで面白くはないし。


「カルメさんとキャロルさんとパトリシアさんも、ババ抜きどうですか?」


 トランプを切りながら、そう誘った。



 その後、ババ抜きが始まったと同時に困った表情を浮かべて、頭を抱えたアルペジオが戻って来て。


 誰からの電話だったのかなんて、当然のように言わずに次のゲームから参加する形になった。




 しばらくして。


 この基地の担当範囲に、それも近いところに《コーアズィ》が発生して出撃することになった。


 そして『よくあること』があった。





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