訓練、振り回されているのは?
『照準警報、五時』
その《ヒビキ》の言葉を聞いたと同時に左後ろへ私は《プライング》をクイックブーストさせる。
それと同時に反転。
スクリーンに映った『敵機』の《マーチャーE2型》に照準マーカーが重なり、射撃可能と表示される。
左右のトリガーを引いて、両手のライフルを撃つ。
放たれた弾丸は、《マーチャー》の胸部装甲に毒々しい青をぶちまける。
『撃破数、四。残り一』
「UAVで探索して。周辺に隠れてると思います」
《ヒビキ》にそう指示。空に飛ばした球状UAVからの映像がスクリーンに写る。
『S1、2、3、周辺を探索―――発見』
《プライング》のほぼ背後に最後の《敵機》が写っていた。
振り返って、ブースター全開で接近を図る。
《マーチャー》は下がりつつ弾幕を張り、こちらを牽制する。
「もう貴女だけでしょうに」
『投降を呼び掛けますか?』
「いえ、仕留めます」
左右に避けつつ、正面から接近。
《マーチャー》は弾切れになったライフルを捨て、ブレードに持ち変えて上段から振るう。
左斜め上にクイックブースト。ブレードは空を切った。
このままでは建物にぶつかるので反転しつつ、右脚で建物の壁を蹴ると同時に後ろへクイックブースト。
移動方向のベクトルが左斜め後ろへ―――つまりは。
「後ろ、貰いました」
マーカーは完全に重なり、射撃可能を伝えていた。
そして、マーチャーは背中からペイント弾を浴びる事になった。
「遠慮ねーなー、もうちと手ぇ抜いたらどうだ?」
水筒の水を飲みながら、ベルナデット団長は僕にそう言った。
僕が尖鋭的なシルエットをした四つ目の光学センサが特徴的なリンクス―――《プライング》の専属パイロットになってから二週間。
基地から少し離れた廃虚で《プライング》の性能評価、及び僕の訓練を毎日欠かさずにしていた。模擬戦も終わり、基地へと帰ってきたところである。
「手抜いたら、抗議の嵐だったじゃないですか。主に技研の」
水を飲みながら、操縦服(ライダースーツと戦闘機のパイロットスーツを足して二で割った様なもの)姿の僕はそう答えた。
現在、技研からデータ収集で何人かがフォントノア騎士団に出向して来ていて、《プライング》のデータを隅々まで取っている。そのため、ここ暫くは炊事係は休業状態である。それも今日で終わりだが。
「あれは凄かったな……。正確なデータが取れないだのなんだの、注文が多すぎてもう覚えてねーよ」
「一応、予備部品は生産出来たけど、トータルコストが《マーチャーE2型》の十機分だとかで壊すな、とかありましたよ?」
「あったな、それ。―――しっかし、まだ終わんねーのかな、あいつら。デブリーフィングが始めれないぞ」
ベルナデットさんが、顎で指した先。リンクス倉庫の前。
仰向けに寝かされた《マーチャー》と、こびりついたペイントを水とデッキブラシで必死に剥がすリンクスパイロット五名の姿があった。僕との模擬戦で撃破判定を下された人達である。
ペイント弾もかなりの範囲に渡って着弾しており、したがって洗浄する箇所も多い訳で。模擬戦終了から一時間以上が洗浄に費やされてしまっている。
美人揃いなのに体やパイロットスーツやらが青いペンキで汚れ、見るも哀れな姿へと変貌していた。表現するなら没落貴族、と表現したら面白そうな反応が帰ってきそうな状態である。
誰が彼女らをこんな目に遭わせたのだろうか? 全く、酷い人が居たもんだ。その人の顔を是非見てみたいものである。
『あんたよ‼』
そんな事を思っていたら、近くの数人からツッコミが返ってきた。もしかしなくても。
「声に出てた?」
隣に居るベルナデットさんに訊ねてみる。答えなんて決まってるだろうけど。
「ああ、美人揃いなのに、から聞いてた」
「最初から心の声が漏れてたか」
「心の声ひでぇ」
そう話しながら、僕の乗機である《プライング》に視線を飛ばす。
全身は黒く塗装され、サブに赤を用いたカラーリングを施された尖鋭的なシルエットの機体には、ペイント弾の擦った後さえもなかった。
「デブリーフィング始めるぞ」
ブリーフィングルームで、ホワイトボードを背中にベルナデット団長がそう切り出した。
ホワイトボードには模擬戦で使った廃虚の航空写真がマグネットで貼られ、赤いマグネットが五つと青いマグネット一つが左右につけられていた。青いマグネットが《プライング》で赤が《マーチャー》。
「今回の状況は、《マーチャー》五機、《プライング》一機の遭遇戦。開始から五分で―――」
状況、数的に僕が不利なのは誰もが見て分かるのだけれど、これをいとも容易く覆してしまうほど、《プライング》はポテンシャルが高い。単純な機体性能で《マーチャー》と差がありすぎるのだ。主に腕部の追従性や射撃精度、FCS(※火器管制システム)、ブースターとジェネレーター周りが少なく見積もっても数段上。
正直に言うが、僕はこの機体に振り回されていると思えるほど、じゃじゃ馬なのである。
ホワイトボードの隣にあるモニターに上空からの模擬戦の映像が流れ、ビルの影から《プライング》が姿を出した。
左背面のサブアームに装着された折り畳み式の二二〇ミリ滑空砲が脇に抱える様な形で展開され、ゆっくりと狙いを付けて、発砲。
砲身自体が下がり、反動を軽減。さらにサブアームが能動的に反動を受け止め、その装備内で発砲時の反動を殺していた。
二千メートルを飛翔して、歩いていた《マーチャー》の一機に着弾した。
「これ、どうやって私達の位置を確認したの? まるでそこを通るのがわかってた様な砲撃よ?」
今回の模擬戦で部隊を率いていたアルペジオ・シェーンフィルダーが僕へ質問を飛ばす。
「空から見てた」
短く答えて、団長が持ってたリモコンを操作。状況開始直後の《プライング》を映す。
右背面のサブアームが保持していたコンテナから、三機ほどの白い球形の飛行物体が空へ飛んでいくのが写っていた。
「UAV?」
「そう。流石に数の差は埋めれないからね。《ヒビキ》にUAVを操作してもらって、上空からみんなの動きを見てた」
先日もほぼ同じ構成の《マーチャー》小隊を相手に閉所に誘い込まれ苦戦―――囮だった三機を『撃破』した所で、遠距離からの狙撃で回避もろくに出来ず撃破判定を受けたのを反省した結果である。
オルレアン技術研究所からの試作装備である新型UAVをテストも兼ねて投入。システム的に未完成だった所はあったものの、《プライング》のOS、《那由多》が勝手に解析、補填して運用したのだ。
「だから撃っても撃たれない位置で撃ったのかー」
狙撃手のメイさんが納得の声を上げる。彼女は離れた所から《プライング》を探していたが、僕は敢えて建物を背になるように動いて狙撃される危険を減らしたのが功を制したようだ。
「意外と上を見なかったから助かったね。常に《ヒビキ》が上から見てたから、位置取りも楽だった」
このあとの動きは残り二機に狙いを定め、市街地で撃破。残りの二機はUAVからの映像からの位置確認しつつ建物を盾にしてゆっくりと接近。こちらの射程内に入った所で強襲を仕掛けて撃破。それがこの模擬戦の結果である。
アルペジオが納得の表情で言う。
「上から見てたのは意外だったわ。常に先手を取られてたのにはこんな手品だったなんて」
「上空から警戒する電子戦機《マーチャーC3型》って存在があったから空を警戒するとは思ってたけど、一切見なかったのは驚いたね。すぐに気づかれて落とされると思ってたから」
あっさり終わって正直びっくりですよ、と続けて言う。
「システム以外普通のリンクスがUAV使って、周辺探索するとは思えないわよ。電子戦機のC3型だって、操縦と索敵の二人乗りよ? 一人が出来ると……」
「AIの《ヒビキ》がいるよ? アイツに頼んだら並行処理でやってくれた」
「……あー、そうでした」
「まあ、いい経験になったな。それに最初と比べたら全体的によくなってるぞ。最初期より一方的にやられてない」
ベルナデット団長の言葉に、参加した団員が頷く。
「一対一ですら正々堂々やってくれない。背後から撃ってくる」
「こっちが小隊組んだらリーダー機を真っ先に潰されて指揮系統狂わされたり」
「投降する暇をくれない。というか聞いてた?」
「まとまってたら二二〇ミリ滑空砲で一網打尽にされたり」
「バラけたら今度は狙撃で各個撃破」
「機体増やして分隊別けて、連携しだしたら今度はヒットアンドアウェイの強襲戦法」
「狙撃手入れたら真っ先に狙う」
「電子戦機も同様」
「市街地戦で遮蔽物使って、やっと撃ち合える」
「それ以前に、背後から強襲されてなす術が無いけどねー」
「味方囮して、ガトリング砲持ち出して弾幕張って、建物にぶつかってもらって、狙撃でやっと撃破」
「そしたら今度はUAVで空から監視でこちらの動きは筒抜け」
一同一斉に溜息を吐いた。
なんか空気がどす黒いものになった気がした。こう、片っ端から作戦を覆され、踏みにじられ、辛酸を舐められ続けた彼女らの殺意というヘイトは僕に間違いなく向いてる。そんな感覚である。言う言葉を間違えたら吊し上げに遭いそうだ。
「明日、茶菓子でも作ろうかしらん」
「それはいいわね。ここに居るみんなを呼んでくれるのでしょうね?」
その言葉にアルペジオ殿下がややトゲのある物言いで言った。
「もちのロンですよ」
保身大事。胃袋押さえるのも大事。
「おーい。デブリーフィング中だぞ。その話はあとな」
ベルナデット団長のその言葉に、デブリーフィングは続いていく。
多分、最悪の事態は回避した、と思いたい。