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並行異世界ストレイド  作者: 機刈二暮
[第七章]年末にて、龍と狼と魔法少女と
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龍と狼と魔法少女と⑦



 結局のところ。


 私たちが協力して機龍を倒したところで条約上、今日それを回収出来なかったし、回収しようにも大きすぎて回収もままならないのは明白だった。


 それに後日、休戦期間が終わってから回収しようとしたってお互いの小競り合いが増えるだけなのだから、この結末―――何者かが展開した魔方陣で機龍を消されたのは、ある意味ではよかったのかもしれない。


 それが誰の思惑で行われたのかは、見つけることはできなかったし知ることは出来ないのだけれど。


 あとは、機龍とほぼ同時に来た少女、ミズタニ・マホの処遇を決めるのに一悶着があったことぐらいでしょうか。


 一悶着の内容は見つけたのは連合と帝国、どちらが先かというのではなく。

 どちらが保護するかという、大変困った内容です。


 困る原因となったのは、まず最初に《銀狼》が保護したことと、その後に私が保護した際に彼女が僕とは並行世界の日本出身で言葉が通じたのが原因でした。


 まずは向こうの言い分として、帝国が先に保護したし条約上に則ってその権利は帝国にあると主張。


 オルレアン連合(こちら)の言い分としては、言葉の通じる人物―――ようするに私―――がいるのだから、今後の生活の観点からこちらが保護したほうがいい、と主張。


 ―――まあ、本音は彼女の魔法なる技術(はたして、神秘的なそれを技術と表現していいかわからないが)がどちらの陣営も欲しいという、欲望に満ちたものなのだけれど。


 平行線の議論の末、通訳の為に寒い中、防寒着無しで外に居続けたくなくさっさとコクピットに戻りたい私の提案、『ミズタニ・マホの意思でどちらへ行くか決める』になったのだけど。


 これにも一悶着はあった。


 通訳は私なのだけれど、連合側の軍人です。中立ではありません。


 つまり、言葉がわからない事をいいことに連合側に誘うのではないかという、一つの危惧。

 まあ、当然と言えば当然の危惧ですし、そこまで失礼ではありません。


 休戦期間とはいえ、一応は敵なのだから、疑って当然です。


 これには、《銀狼》がリンクス用のナイフで地面に『彼女たちの言葉、日本語はわかる』と書いて、その案に賛成してくれたので、すぐに解決しましたが。

 相変わらず彼女は喋ってくれませんが。


 『もし、彼女が変な事を言ったら乗機を破壊する』と書かれたので、嘘は言えないのですけれど。


「―――と、言う話です」


 そう、目の前で私が淹れたココアをすするマホへ説明しました。


 あーだこーだと話している間、私は通訳以外は暇―――といいますか。

 話が一向に進まないから、遭難キットの簡易ストーブと金属製カップで、キットの中に紛れ込ませていたココアやら砂糖やら塩やらを駆使してココアを作って目の前の少女に振る舞ったのですが。

 味については妥協ものです。他人に振る舞えるけれど、自分は納得できないレベル、と言いますか。


 ―――懐柔だ、だのと指摘されましたが、同意があったとはいえ子供を働かせるならまだしも、防寒着一枚で待たせて暖も取らせないのはさすがに心が無さすぎますと言い返して黙らせました。

 人道に訴えるのは相変わらず有効です。


 そんなことはともかく。


 《銀狼》が歩いてきて、右腕のブレードを展開しました。

 気が早いです。


 正面、少し離れた所には《フォントノア騎士団》のリンクスと帝国軍の《メテオール小隊》のリンクスが南北に別れて並んでいました。


「わたしの保護先。連合と帝国、どちらかを選べって言われても……」


 その話に、マホは困惑の表情を浮かべる。


 それもそうだ。


 いきなり異世界に飛ばされて、共に機龍と戦って。


 さらにそんな選択をしてくれと来た。


 身勝手にもほどがあるでしょう。


「素直に条約に従えばいいのに、言葉が通じる人がいるからという情の理由ですからね。理解はしますが、迷惑なものです」


 ため息混じりに呟いて、くたびれた、近くで瓦礫に刺さっていた折り畳みの椅子に座ります。


「お姉さんは、わたしにどうして欲しい?」


 その問いかけに笑みを見せて、それを決めるのはあなたですよと答えて右手で頬をつきます。


 そう言い放されたマホはムッとした表情で私を見ます。


「同じように異世界に飛ばされた同じ日本人なのに、憐れみとか同情とかしてくれないんですか」


「思うことはないとは言いませんが、今の私には公平性が求められていますから、自陣営が有利になりそうなことは言えません。―――スポーツの審判だって自国の選手が優位になるようなジャッジはしないでしょう?」


 その説明に、説得力があったのか彼女は黙ってしまいました。


「―――私個人として言うなら、条約に沿うべきであって連合側(こちら)が保護するとか言っていけないと思いますけどね。それに―――」


「それに?」


「どっちへ行っても、私たちのような異世界人にとっては連合と帝国、どちらも対した差はありませんよ」


 少なくとも、目の前(・・・)にいる人たちはある意味、悪い人たちではないのだから。


 マホはココアに目を落として、黙考し始めます。


 ―――本音は口にしませんが、こっちに来たら間違いなく私と同室ですからね。

 年頃の女の子一人じゃ寂しかろうとか言って連れてこられるに違いありません。


 今回は、まあ小学生ぐらいの子ですし仕方ないかなと前向きに構えてますが、同居人(フィオナさん)の同意を得るのに骨を折りたくありません。


 それも、この人が帝国へ行けば全て解決なのですが―――。


「連合へ、行きます!」


 そう叫びました。叫んでくれました。


「日本語通じる人がいるなら、そっちの方がトラブル少なそうですし!」


 理由まで言ってくれました。そうですか。


 視線を落として、ため息を一つ。


 ……条約に沿うべきだと思いますけどねー……。


「……答えはそれでいいですね? 変更するなら今のうちですよ?」


「構いません!」


 はっきりと言ってくれました。


 おめでとうごさいます。私の骨折り(面倒事)が一つ増えました。


 これからする事が増えたことに憂鬱な気分になりながも、咽頭マイクのスイッチを押しながらフロムクェル語に切り換えて喋ります。


「こちらラファール00。マホ・ミズタニさんは保護先を連合にしました」


 その言葉を聞いた瞬間、通信が騒がしくなります。


 喜ぶ声は《フォントノア騎士団》のでしょう。


 逆に、抗議の声は帝国軍の方々でしょうか。罵声もある。


 ―――罵声や怒声を浴びせられましても。


 そう困ってると、後ろで何かを地面に叩きつける、盛大な音がしました。


 振り返ると《銀狼》が実体剣を地面に叩きつけてました。


 黙れ、と言わんばかりです。


 通信が静まりかえって、《銀狼》は実体剣を収納してから、歩いて離れていきます。


 その行動はつまり、私が自陣営に有利になるような事は言ってないという証明でもあります。


 そして《銀狼》はブースターの音を轟かせて、あっという間に飛んで行きました。


 行く先―――というよりは、帰っていったと表現した方がいいでしょう。

 もう、長居は無用なのだから。


『―――わかったわ。残念だけど、私と《ファクティス》はその子の意思を尊重するわ』


 すぐに向こうの隊長―――ナツメ大尉からの通信が返ってきました。


『各員、撤退するわよ』


 その言葉と同時に、《ヴォルフ》達が北西方向へブースト機動で離脱していきます。


『ラファール00。部下たちが無礼を働いたわ。隊長として謝罪します』


 そう外部スピーカーてま言いながら、ナツメ大尉の《アルメリア》が私たちの前に歩いて来ました。


「いえ、お気になさらずに」


 あの程度の罵声よりもっと酷い言葉を浴びせられたことがありますから、という言葉は飲み込みます。

 そんな事を言う必要はありません。


 その言葉を聞いた《アルメリア》は、こちらに背を向けました。


 彼女も基地へ帰投するのでしょう。


 それじゃ、私も戻りますかねと身体を伸ばして振り返ります。


『……いくつか質問。いいかしら?』


「はい?」


 外部スピーカーでナツメ大尉に呼び止められました。


 再度振り返ると、《アルメリア》はこちらに背を向けたままです。


『あなたが暮らしていた世界には、《リンクス》に類する兵器はあった?』


 こちらがなんですかと聞き返そうとする前に、彼女は尋ねてきました。


『そして、あなたはその類する兵器のパイロットだった?』


 まるで、そうじゃないかと聞きたいような質問でした。


「……全て“いいえ”です」


 素直に答えます。


 実際、そうなのですから。


 それを聞いて、考えるような間を置いてから『そう』という返事が返ってきました。


 『予想が外れた』というよりも『そんな気がしていた』みたいな反応です。


「一つ質問。いいですか?」


『………一つだけよ』


「ありがとうごさいます。―――どうして、そう思ったのですか?」


 なぜ、何らかの人型兵器のパイロットではないかと思ったのか。

 それを尋ねました。


『あなたとその実力。帝国が確認してから一年も経たない新兵とはとても思えなかったから』


 ナツメ大尉はすぐに答えてくれました。

 思っていたことをそのまま話すような口ぶりです。


『―――でも、ベテランでも特別でも天才でもない。“例外”と呼ぶしかない存在がいることは知っているわ』


 そして一言、そう付け加えてきました。


「私は、私自身はそんな存在ではないと思っていますよ」


『存外、あなたもそうかもしれないわよ? ―――別の形で出会いたかったわね』


 彼女はそれだけ言って歩いて離れ、ブースターを噴かして飛んで行きました。

 その背はみるみると小さくなっていき、すぐに建物の影に隠れて見えなくなります。


「私は、ただの死に損ない。チハヤユウキという人間の成れの果て、ですよ。ナツメ大尉」


 私はその背に向かって、呟くように言いました。

 誰にも聞こえないよう、小さな声で。


『気に入られたわね』


 イヤホンから、アルペジオの呆れたような口ぶりが聞こえてきました。


「全くです。気をつけていたつもりでしたが、困りましたね」


『発言許可しないほうがよかったかしらね。―――こっちも基地へ帰るわよ。ラファール00。その子を《プライング》に乗せなさい』


「はい?」


『ヘリ部隊出すより、その方が早く帰れるでしょ?』


 怪我もないようだし、とアルペジオは付け加えます。


「そうですね。了解」


 そう頷いて、出した簡易ストーブやら椅子やらを遭難キットに片付けにかかります。


「さて、マホさん」


 所在なさげにしていたマホさんへ呼びかけます。


「は、はい」


 少しビクッと震えてから、彼女は私を見ました。


 その表情はどこか不安げです。


 いきなり、訳もわからず放り出されたのだから当然でしょう。


 だから、その不安を少し和らげる為にも。


「《ノーシアフォール条約》に基づいて、オルレアン連合軍、第八騎士団。通称を《フォントノア騎士団》があなたを保護します。ようこそ、異世界へ」


 おどけるように笑顔を作って、そう告げました。



 

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