龍と狼と魔法少女と⑥
チハヤはペダルを踏み込んだ。
尖鋭的なシルエットを持つ黒いリンクス―――《プライング》が推進剤を撒き散らして、建物の影から空へと飛び出す。
その後に遅れて白と灰色のツートンカラーのリンクス、《銀狼》と二機の赤を基調に白を差し色にしたリンクス、《フランベルジュ》が続く。
機種もバラバラで即興の一個小隊が、白い爬虫類にコウモリの翼をつけたような巨大兵器―――機龍へとまっすぐ向かう。
それと同じくして、南北から火線が走った。
機龍撃破の共同作戦が始まったのだ。
少し時は戻って。
『―――はぁ……』
アルペジオのため息が聞こえた。
乗機の《フランベルジュ》も呆れたように肩が落ちる。
『あなたのそういうノリ。好きじゃないのよ……』
今度はそんなぼやき。
チハヤの戦闘をパーティーとかダンスなどと表現するところだろう。
どことなく楽しそうな雰囲気は戦場には不釣り合いですよね、とチハヤは思うが口にはしない。
―――次の言葉には驚かされるが。
『こちらラファールリーダー。突撃要員としてラファール00と《ファクティス》に同行するわ』
「ラファールリーダーも?」
『こんな危なっかしいことに、隊員一人行かせるとか隊長の立つ瀬がないわ。―――それに、あなたが死んだら誰がプリン作るのよ』
「―――ふふ」
最後の一言に、思わず笑う。
「ラファールリーダー? 一言余計ですよ?」
『戦闘をパーティーなんて言うからそれに習っただけよ』
「それなら、デザートの一人占めは許さないって言ったほうが合ってると思いますよ?」
『どういう意味で?』
「ご想像にお任せします」
デザートに目がないという意味で、とチハヤは言いたかったがそれは飲み込んだ。
この局面で言い合う暇はそんなにないだろう。
『ラファール02も志願します』
今度はエリザが口を開いた。
「ラファール02もですか? 付き合う必要はありませんよ?」
『ラファールリーダーと同じ機種ですし、一機でも多いほうが戦術に幅が出ていいと思いますわ。それに』
エリザは一拍置いて、再度確認するように言う。
『ラファール00。あなた今、通信機壊しているでしょう? それで隊長と連携できまして?』
「…………」
言われてみればそうだ。
『ふふ。決まりね』
アルペジオは少し機嫌が良くなったのか少しだけ笑う。
そして《銀狼》へ視線を向けて。
『《ファクティス》。問題はないわね?』
その問い掛けに、《銀狼》は左手をひらひらと振って答えた。
何を言っているのか、全くわからないが、
「ご自由に、ですって」
その身振り手振りを見て、チハヤは彼女の代わりに答える。
それに対する《銀狼》は、今度は親指を立てて意思表示する。
誰でもわかる、肯定的なサインだ。
『ラファール00さんって《ファクティス》の言ってることわかるんですか? みんな筆談でしかコミュニケーション取れないのに』
《ヴォルフ》―――《シオ》と呼ばれる少女の驚く声。
「……ニュアンスで……」
アバウトに答えた。
元々いた世界で年中無口な人と一緒に生活してましたから、とは言えなかった。
『ニュアンスでわかるものなの……?』
『まあ、《銀狼》も否定的な反応を示しませんし……』
アルペジオとエリザの訝しむ会話。
『おい! 突撃するなら早くしろ! 遅滞戦闘だって長く持たないって言っただろ!』
それを遮るように、ベルナデットの叫び声が通信に乗った。
『と、ともかく。これで四機ですわ。突撃するとして、陣形は?』
「菱形でどうです? 私が正面。左右をラファールリーダーとラファール02。最後尾は《ファクティス》で。接近するまでにUAVに狙われるでしょうし、翼の根元をブレードで狙うなら、彼女は最後尾で弾も体力を温存するのが吉かな、と」
『《ファクティス》を護衛する気? 気に入らないけど、それがベストか……。―――文句は無いわね?』
「“無い”そうです。―――ある程度接近したら、私が機龍の前で踊ります。その隙に背後へ」
『火力と機動力ならそれがいいか……』
その声に急かされるように、三人は手早く作戦の手順を組んで行った。
そして、現在。
『《ウォースパイト》、主砲砲撃準備完了まで六十秒です』
《ヒビキ》の報告。
モニターに残り時間が表示される。
事前に聞いたスケジュールどおりの残り時間だ。
あとは機龍の翼を一部でも壊して地面に落とすだけ。
でもそれは《銀狼》の仕事だ。
チハヤの仕事は《銀狼》が接近するまでの援護と陽動。
「楽な仕事ではないですよね」
チハヤは誰にでもなく呟く。
正面には機龍がその翼を羽ばたかせて飛行していたが、空中で炸裂する砲弾が行く手を封じていて思うように飛んでいないように見える。
その周囲を三角形のようなUAVが機龍を周回するように飛んでいて、その機体を盾にして南北からの砲撃を防いでいる。
『機龍。こちらに気づきました。攻撃、来ます』
それと同時に機龍がその左腕をこちらへと向けた。
左手の甲の装甲が持ち上がって、二つの砲身を露出させる。
『《フランベルジュ》、および《銀狼》。右方向へ回避』
モニターへサブウインドウが開かれて、右へダイブする三機が映し出される。
「―――なら、遠慮なく!」
そう言って、《プライング》を左へクイックブーストさせる。
瞬間移動とさえ思える急加速で、レールガンの砲撃を回避する。
右背ののサブアームが動いて、そこに装備された滑腔砲が機龍へと向けられる。
発砲。
放たれた砲弾は機龍に当たるが、結果は言わずもがなだろう。
チハヤの何も気にせずに、左方向へ移動しながら両手のライフルと左背のサブアームのガトリングガン二門を小刻みに連射していく。
撃っているのは機龍にとっては全て豆鉄砲に等しいが、撃たれ続けるのは不快なものだ。
「―――!」
『プラズマキャノン、来ます』
機龍が口を開いて、光が収束し始める。
《プライング》は地面へ急降下。
瓦礫が吹き飛ばされて更地となったそこへ着地して、地面を滑走する。
青白い球体状のそれが打ち出された。
右へのクイックブースト急制動。
さらに右上へクイックブーストで跳ねるように飛び上がる。
そのまま進めば当たっただろうその場所へ、プラズマスフィアが着弾して一つのクレーターを作る。
応射は両手のライフル。
狙いは、頭部の左半分。
放った砲弾は火花を散らせるか、小さな爆発を起こすかのどちらか。
機龍の側頭部のカバーが持ち上がって砲身が露出する。
青白い光が連射される。
小口径のプラズマ砲だ。
高度を落としながら左後ろへクイックブーストで回避。
着地して、右後ろ、右前方、左へとクイックブーストと繰り返してその連射を避けていく。
両手のライフルの弾倉を交換しつつ、ガトリング砲と滑腔砲で応射。
空中へ飛び上がって、ブースターを最大出力で噴かして機龍へ接近する。
機龍は右の掌を広げると同時に指先の装甲を展開する。
せり出すように出たのは金属の刃。
コクピットに、聞き慣れない甲高い音が鳴り響いた。
集音マイクが拾った音だろうか。
音の発生源は、機龍の右手だとモニターに表示されている。
爪のようなそれは、近づいてきた《プライング》へと振り下ろされた。
《プライング》はそれを寸前でクイックブーストによる急制動で避ける。
目の前を機龍の右手が落ちていき、空を斬る。
『警告。敵右腕、超振動破砕刀と思われる武装を装備している模様』
それを見た《ヒビキ》がチハヤヘ警告した。
どうやら、《プライング》のデータにある武装のようだ。
「超振動破砕刀?」
『高周波による構造からの破壊を目的とした近接装備です。当たればひとたまりもありません。距離を取ってください』
「どれも当たったらまずい装備ばかりなのに、何を今さら……」
左から右へなぎ払うように振られたそれを下がって回避して、反転。
前にクイックブーストで機龍との距離を離して左前方へ再度クイックブースト。
反転してブースターを停止させて、慣性で地面を滑る。
左背のサブアームのガトリング砲を牽制代わりに撃つ。
二秒射撃して、砲身が空回りしだす。
チハヤの視界の左隅に投影されたウインドウには、ガトリングガンの残弾が『0』を表示していた。
『ガトリング砲、残弾なし』
「シールドだけ残してパージ」
弾のなくなった武装など重荷でしかない。
その指示どおり、シールド裏に装着していたガトリング砲が二門、弾かれるように外される。
「滑腔砲、準備―――」
次の指示を言って、警告音がその声をかき消す。
後ろへクイックブースト。
右から左へ地面が弾けていく。
三角形型のUAVの機銃掃射だ。
どうやら機龍の近くで戦う《プライング》を障害と認識しだしたらしい。
UAVは何機かで編隊を組んで《プライング》を襲う。
一グループは北から通り抜けて、次のグループは南西から。
その次は東北東だ。
クイックブーストを繰り返してその場でくるくると回る。
隙を見て機龍にライフルと滑腔砲の攻撃を加えていく。
『滑腔砲、残弾なし。パージします』
「――お願いします」
空になった滑腔砲が二門、地面へと捨てられる。
左へとクイックブーストで滑りながら左手のブレードライフルを撃つ。
機龍は側頭部のプラズマ砲を連射するが、それらは全て《プライング》の右隣を通り抜けるか、その地面に小さなクレーターを作るだけ。
痺れでも切らしたか、口を大きく開けて中のプラズマキャノンの砲身を露出させる。
光が収束していき―――
発射寸前。
一筋の光が機龍の右翼の付け根へと走った。
白と灰色の角張ったリンクス――――《銀狼》だ。
右腕の両刃式の実体剣とマシンガンと小型シールドの複合兵装―――その実体剣を展開して、構えて。
ブースターを全開で突貫。
肩やふくらはぎ、足の裏のブースターを小刻みに噴かして微調整しながら右翼の付け根へ。
左から右へ。
横なぎに振るった。
その軌道は、見事なまでにその付け根の関節。
装甲の隙間へと吸い込まれるように入った。
内部の構造物を斬り裂き、破壊し、斬り開く。
羽ばたけなくなった機龍はバランスを崩して、万物がそうであるように重力に引かれて落ち始める。
プラズマキャノンが南南西の空へと放たれる。完全に暴発だ。
何にも当たらないのは間違いない。
そんなことは尻目に、《銀狼》は振り返りつつ先ほどついでに奪い取った手斧―――炸薬が内蔵された対戦車斧を左手に握る。
それをたった今、斬り開いたそこへ叩きつけて捩じ込み、全速力で離脱する。
そして僅かな猶予の後。
小さな爆発が、右翼の付け根で起きた。
右の翼が根元から弾けて、本体と分離する。
落ちる機龍に巻き込まれないよう、《プライング》は背を向けて離脱する。
「えげつないですねー……」
コクピットの中で振り返って、《銀狼》のやったことの結果を見てチハヤは乾いた笑い声をあげる。
斬り裂くだけでは不安だから―――だろうか。
爆破までして切り離すとは。
『あなたもやるなら同じことを考えていると思いますが』
「出来るなら、ね」
正面へと向き直して――――。
警告音。
『接近警報』
「―――っ!」
ペダルをとっさに踏んで、右へクイックブースト。
三角形の影が機体を掠めた。
機龍の翼から射出されたUAVだ。
親機に命令でもされたのか、こぞって《プライング》を狙いだす。
『UAVです。確認できるかぎり、ほぼ全てのUAVが当機へカミカゼアタックを敢行の模様』
「翼をもいだのは私じゃないですよ……!」
真面目にツッコんで、チハヤはペダルや操縦桿を小刻みに動かす。
両手のライフルが別々の目標を狙い、火を噴く。
全身のブースターが瞬いて、乱数機動を繰り出す。
左、右、ライフルの砲撃、反転、急加速、制動、急上昇、急降下。
反転、ライフルの砲撃。
『残弾なし』
無情な《ヒビキ》の報告。
機械的に紡がれた言葉が酷く冷たく感じる。
視界の片隅のウインドウには、両手のライフルのマガジン内の残弾が無いことを示している。
すぐさま空の弾倉を落として、脇下のサブアームが予備の弾倉を掴む。
『接近警報。上です』
その言葉に釣られて見上げると、UAVが上から突っ込んで来ていた。
「シールド!」
チハヤの指示が飛んだ。
《プライング》は両背部のサブアーム―――そこに装着されたシールドを両方とも空へと掲げる。
衝撃。
UAVは、《プライング》のシールドに阻まれていた。
チハヤはほっと一息吐いて、その光景に目を見開く。
とっさにペダルを踏む。
ブースターがプラズマ化した推進剤を盛大に撒き散らす。
コクピットが大きく揺れた。
「―――っ!」
また、上から《プライング》へUAVが突撃してきたのだ。
また一機、もう一機と続く。
繰り返される衝撃と増していく推力に、《プライング》はジリジリと地面へと降下していく。
地面についたところで、次のグループが正面から《プライング》へ突貫していく。
今度は五機。それも同時だった。
左のシールドのスラスターを起動。
強引に機体の正面へと向ける。
衝突。
これは流石に、耐えられなかった。
左のシールドは二枚に割れて、明後日の方角へ弾き飛ばされていく。
右のシールドは上からの圧力も合わさり、右背のサブアームと共にもいでいく。
《プライング》は弾かれて、もつれながらもロール。
左手に持っていたブレードライフルを手放し、両膝と左手を地面につけて盛大に土煙を上げながら制動をかける。
後ろの廃墟へ、背中からその速度でぶつかる。
瓦礫が撒き散らされる。
埋まりながらも、なんとか停止する《プライング》。
衝撃でチハヤはシートから振り落とされそうになったものの、なんとか持ちこたえる。
伸びきった肘が少し痛い。
『シールド、ロスト。右背部のサブアームも破損。左腕、ブレードライフルをロスト』
簡単ながら機体の状況を《ヒビキ》は説明する。
視界に表示されたそれも、報告の通りだ。
「右手のは?」
『保持していま―――照準警報。正面』
報告は言い直され、警告が発せられる。
正面を見て、チハヤは愕然とした。
片翼を失った機龍が両手両足を地面につけて、こちらに口を広げてプラズマキャノンの発射体勢へと移行していた。
ペダルを踏み込み、ブースターを噴かせようとする。
『接近警報』
正面からUAVがまた突っ込んできた。
膝を再び折りしゃがんで回避したが、UAVは《プライング》の頭上を塞ぐように来て、建物に突き刺さって停止する。
上を塞がれた。
逃げるには正面へと躍り出るしかない。
しかし、正面にはプラズマキャノンの発射体勢になった機龍。
それも、発射寸前だろう。
前に出ても、弾速と距離的に避けきれない。
どうしたものか、と考えて。
―――発射体勢?
その事実が、あることを思い出させた。
そう、今。機龍は足を止めている。
まだ、こちらが機龍の気を引いている。
時間的に、《ウォースパイト》は機龍を直接視認できていて、撃てる状態のはず。
あとは照準合わせの時間だ。
なら、やる事は決まっている。
《プライング》の右腕が持ち上がり、その手に持っていたライフルが機龍へと向けられる。
ライフルのレンズが絞られ、FCSが対象を捉える。
射撃可能。
チハヤは操縦桿のトリガーを絞る。
セミオートで一発。
放たれた砲弾は、機龍の右肩に当たって弾かれる。
何度もトリガーを絞って、機龍の注意をこちらへ引き続ける。
「そう、そうやってどっしりと構えてなさい……!」
正面へと睨んで、外部スピーカーをオンにしてチハヤは呻くように言う。
それに答えるように機龍のプラズマキャノンがいっそう強く輝いた気がした。
「とっとと撃って来なさいこのトカゲ野郎!」
チハヤがそう怒鳴り叫ぶのと、機龍のプラズマキャノンが放たれるのが同時だった。
それに遅れる形で、右から青白い光が機龍の胴体を貫く。
やっとか―――。
チハヤは白くなっていくモニターを眺めながら、一息つく。
避けれないし、足掻いたところで距離的に巻き込まれる。
一種の諦め。
次にモニターの正面を見たとき、チハヤはそこにいる人影に驚いた。
フリルがあしらわれた白とピンクのワンピースに白いニーハイブーツ。
右手には華美な装飾が施された剣。
ミズタニ・マホだ。
マホは右手の剣の切っ先を正面へと向ける。
剣は一瞬だけ輝いたかと思うと、淡い緑色の結晶体でできた同じ形の剣が六振り現れた。
それらは円状に並んで一つの力場を生成する。
そして、その力場は《プライング》全体を隠せるほどにまで拡大する。
チハヤは白くなるモニターを見ながら、外部スピーカーのスイッチを押して日本語で、
「なんでここに来て―――」
『あなたが逃げてないから来たの!』
言い終わる前に、マホは当然とでも言わんばかりに答える。
『自分だけ見てるのは嫌だから!』
そう彼女は叫んだ。
直視するにはそのプラズマは眩しすぎて、マホは強く目を瞑る。
周囲の景色を白く染めて、プラズマスフィアがとうとう目の前にきて、周りを見るのが困難になっていく。
光学センサも明度調整に限界が来たのか、モニターの映像に砂嵐が走り始める。
光学センサの保護の為のシャッターが閉じ始めて、モニターも暗くなっていく。
モニターが完全に暗転する瞬間。
マホの正面に見るのも難しいようなうっすらとしたサークルとその真ん中に書かれた『盾』という漢字が浮かんでいるのを、チハヤは見た。
『光学センサ、リカバリー』
何秒かの地震かのような揺れと暗転の後に聞こえたのは、《ヒビキ》のアナウンスだった。
モニターに光が灯り、周囲の景色を映し出す。
正面には淡い緑色の力場と、宙に浮かんだマホの後ろ姿。
左右は地面から見事に吹き飛んでいて、無事な足場などそれこそ力場から後ろ―――《プライング》の立っているところから後ろぐらいだ。
『……なんとか、なった?』
その風景を見て、マホは声を震わせて尋ねる。
その言葉に、チハヤは正面。遠くに倒れる“それ”を見て、口を開く。
「―――ええ、そのようです」
そこには―――胴体に大きな風穴を空けて、電光と火花を散らせ続ける白い外殻を持つドラゴン―――機龍が、地面に倒れ伏せていた。
レーダーでは、その熱源反応は徐々に弱くなっていく。
その光景はつまり、機龍を撃破したということの証明だった。
『―――そっか』
マホはそう口を開いて、力なくふらふらと高度を落としかける。
「おっと」
とっさに、《プライング》がマホの足元へ左手を差し出して、少女の小さな体を受け止める。
そして、マホの服が光ったと思うと夏の格好らしい、半袖の丸首シャツにデニムのホットパンツ。サンダルという軽装にもほどがある服装へと変わった。
少なくとも、というか確実に真冬、雪景色の中でいる服装ではない。
チハヤは急いで座席シートの下、その収納スペースから冬用遭難キットを持ち出して、《ヒビキ》にハッチを開けてもらって、コクピットから飛び出す。
《プライング》の肩、腕を伝って左手の所まで慌てずに器用に移動する。
「大丈夫ですか?」
遭難キットを開けて、中から靴下と上下二枚の防寒具を出しながら日本語で尋ねる。
マホは機械の手の上でむくりと体を起こし、ぺたんと座る。
「は、はい。ちょっと、力が抜けちゃって……」
えへへ、と笑顔を見せる。
その表情には疲れが見えたが、そう大事ではなさそうだ。
「なら、よかった」
そう安堵して、チハヤはマホに防寒具を着せにかかる。
繰り返すがマホの服装は真夏に相応しい格好であり、雪が降る場の服装ではない。
チハヤが渡すそれは、どれもが大人用の防寒具なので10歳前後の少女には大きすぎるものの、この際文句は言えない。
すぐにぶかぶかの服と靴を履いた少女が出来上がる。
あとは使い捨ての、張るタイプのカイロを渡す。
これで、ある程度は寒さを凌げるだろう。
「あ、ありがとうございます……」
カイロを受け取り、お腹辺りへそれを張りながらマホはお礼を言った。
「当然の事ですよ。それに、お礼を言うのは私の方です」
「……?」
「あなたが助けに来て、プラズマキャノンを防いでくれなかったら、私は死んでいました」
その言葉でマホは納得したように頷く。
あの時、あの瞬間。
動けなかったし、諦めていた。
そこにマホが来なかったら、チハヤは今ここにいない。
「だから、ありがとうございました」
その事を、チハヤはちゃんと伝えた。
「……うん!」
嬉しそうにはにかむマホ。
これで、あとの始末か、とチハヤは考えて始めて。
―――妙に明るい。
周りを見渡して、周囲が何かに照らされていることにチハヤは気づく。
「なに……? ねぇ! あれ!」
マホもその異変に指差して示す。
正面、それも機龍の上の方だ。
それに吊られてチハヤもそちらへ視線を向ける。
機龍の真上。
そこに数々の文字と図形を組み合わせた、巨大な魔方陣が描かれていた。
「魔方陣……? あなた、何かしました?」
「なにもしてないよ!」
あんなに大きいものはわたしには出来ないと、マホは続けて答える。
そこまでの力はないとも。
じゃあ、誰が? と問いかけたくなる。
そんな事を思うチハヤを尻目に、状況は変わっていく。
今度は機龍が、倒れたその姿勢を維持したまま宙へと浮かんでいく。
自重で頭や腕、足や翼が力なく垂れるような事はなく、まるでフィギュアや模型みたいにその体勢のまま浮かんで、魔方陣へと向かっていく。
機龍が展開したUAVやその残骸も例外ではないらしく、母機と同じように浮かんでいく。
その上昇する速度は思いのほか、速い。
そう長い時間はかからないだろう。
その光景は不気味であり、どこか神秘的にも見えた。
『ラファール00! 無事ね?!』
聞き覚えのある少女の声と共にブースター音を鳴り響かせて、《フランベルジュ》が飛んできた。
ライフルとシールドという装備―――アルペジオ機だ。
遠くには、エリザの《フランベルジュ》と、《銀狼》。それに《アルメリア》がこちらへ向かって来ている。
アルペジオの《フランベルジュ》は《プライング》の隣に着地して、すぐに空の魔方陣を指差す。
『見てると思うけど、あれはなに? その子の仕業?』
「この子は何もしてませんよ。誰も見てない“ここに来た誰か”の仕業かと……」
その発言に対してチハヤはすぐに弁明する。
何かを発動するような、それらしい行動をマホはしていないのし、チハヤは見ていない。
『……じゃあ、その子の仕業じゃないなら、その“誰か”さんはどこにいるのよ……?』
「探そうにも、もう手遅れですよね……」
そう話している内に、機龍は魔方陣の手前まで浮かんでいた。
そして機龍はゆっくりと魔方陣へと当たり、当たった箇所からまるで水に沈むかのように飲み込まれ、消えていく。
時間をかけずに。まるで、元々存在しなかったかのように機龍は消えてしまった。
クレーターと破壊の跡と。
戦闘で消耗したリンクスと寒々しい景色だけを残して、消えた。




