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並行異世界ストレイド  作者: 機刈二暮
[第七章]年末にて、龍と狼と魔法少女と
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龍と狼と魔法少女と④



『では、作戦をまとめます』


 手慣れた、早くて簡潔で、しかし内容は具体的なやり取りのあと。


 男の事務的な合成音声―――HALがそう切り出した。


 ドラゴンはといえば、未だにマイクロ波を用いたバリアを展開したままじっとしていて、こちらからでは手を出せない状況が続いている。


 即興だが、簡潔な説明が通信に流れ出す。


 《ウォースパイト》が所定の位置まで移動、および砲撃準備をしている間、オルレアン連合軍第八騎士団所属ラファール小隊とランツフート帝国軍レドニカ方面師団第五大隊ナツメ分隊は共同で白いドラゴン―――呼称を統一して《機龍》に陽動作戦を展開。


 《プライング》、《フランベルジュ》二機と《銀狼》こと《ファクティス》の機動力のある四機で機龍に対して遅滞戦闘。


 他のリンクスは中、遠距離から四機の支援。


 《機龍》の気を引き続けて、とにかくその場に留まらせる。


 そして、HALの中継観測機と両軍の増援の到着と《ウォースパイト》の砲撃準備完了を青色の信号弾を合図に飽和攻撃を敢行。


 《機龍》のマイクロ波増幅によるバリアを展開を促す。


 そして動きに制限を与えた所を地平線の向こうから間接照準によるレールガンの砲撃で撃破する。

 

 一応の保険(オプション)として、魔法少女こと、ミズタニ・マホの魔法による結界を用いた拘束を行うというのもあるが。


 こんな作戦なのには、ちゃんとした理由があってのことだ。


 HAL曰く、《ウォースパイト》の主砲は仰角、俯角ともにある程度は傾けれるものの、その範囲は狭く。

 左右への旋回機構に至っては正面30度の範囲しか動かない。


 元はといえば、《ウォースパイト》は工作艦であり、フレームウェポン―――リンクスを運用する為に改装して、更に最低限の火力支援もできるようにした艦だ。


 主砲である六〇〇口径三五六ミリレールガンに限って言えば、空いたスペースに機構のいくつかを削って強引に収めたような代物であり、旋回機構は大きく削られている。

 結果、主砲は艦の正面に対象を捉えて撃たないといけないという制限を抱えたものになってしまったということだ。


 直接戦闘なんてものは想定してない艦を改造したからこそ、そのしわ寄せが現れたわけである。


 それ故の、観測機を飛ばして地平線の向こうからの砲撃である。


 それに加え、砲弾は三発が限度とHALは言った。


 レールガンの砲身自体、既に砲齡―――何発まで性能を保障できるかの目安―――を超えたものであること。単純に砲弾の数がそれだけという話で、ミスが出来ないということだ。


『―――以上で作戦の説明を終了します』


『……これで、上手くいくの?』


 アルペジオが、そう口を開く。


『出来るかどうかは皆様次第です。少なくとも、無理な事はないかと』


『言ってくれるわね』


『手があるだけいいわ。―――各機、配置は?』


 ナツメのその声と共に、配置よしの声が帰ってくる。


 チハヤは少し失礼、と言って《プライング》の右手を《アルメリア》の左手から離す。


「それでは、あなたとは一旦お別れですね」


 チハヤは振り返って、背後に座る少女―――マホに向けて日本語で言った。


 彼女の役割は、有事の保険として結界による拘束。

 その為、《プライング》の外に出ないといけない。


「《ヒビキ》。ハッチ解放」


 その指示に、了解の一言と共に頭上のハッチが開いていく。


 狭いコクピットに冬の冷気が入り込だ。

 温かったコクピットが、すぐに冷やされる。


「―――私一個人、本音としてはあなたのような子供を戦わせるとか、重要な役割を担わせるとか。そんなことを任せたくはないんですけどね」


 そう言いながらもチハヤは自分の持ち物である無線機の電源をオンにして、周波数を国際チャンネルのそれにする。


「でも、お姉さんは『やる』、『やらない』を決めるのはいつだって自分の意思だって言ったじゃないですか」


 マホはその言動に、不思議そうに言い返した。


 彼女による結界での拘束というサブプランは、通信内容をチハヤの通訳を聞いていた当人の提案だった。


 機龍がマイクロ波増幅によるバリア展開をしない場合、ラファール小隊もナツメ分隊も相手の動きを拘束する手段がない。


 ない以上は、《ウォースパイト》の主砲は撃てない。


 それでは機龍は撃破出来ないという話だ。


 今、機龍を逃がせばどうなるか。


 それはいつかの《FK75 バイター》が引き起こした以上の事件が起きるのは想像に難くない。


 それを回避するには、と揉め出した矢先の提案だったのである。


 魔法なんて存在する世界線の日本から来たからか、マホの異世界転移という状況とその現実の飲み込みは早かった。


 イオンとフィオナより順応が早いかな、とチハヤは思う。

 ―――自分とHALも大概かもしれないですけれど、とも。


 あるいは、目の前の状況に何か出来ることはないのか、と考え続けていただけか。


「それがあなたの意思だとしても、その歳と背丈に合ってないって話です。命を張るような、危なっかしい仕事は年上の仕事です。私は見たくありませんよ、自分より年下の子が死ぬ光景なんて」


 そんな役割は、年端もいかないような子供のすることではありません、とチハヤは淡々と言う。


「でも、わたしにしか出来ないから、お願いされて、引き受けてる。やると決めたのは、わたしの意思です」


 胸に手を当てて、訴えるマホ。


「そうですね。―――それが出来るのが、今はあなただけですから。―――そして、自分だけにしかそれは出来ない、という状況に置かれてそれを『やる』と決めて、やったことが私にもありますから」


 だからこそ、あなたを止めないんです、とチハヤは答えて、咽頭マイクを自分の首に巻いて、耳にイヤホンをつける。


「こちらラファール00。手持ちの無線機で話しかけています。聞こえますか?」


 そう問いかける。


『ナツメです。通信出来てるじゃない』


「コクピットの中では使えません。ラファールリーダー?」


 そうアルペジオに通信を飛ばすが、返事がない。


「応答を願います。ラファールリーダー」


 返事はなし。


『それの範囲外ね』


「HALの中継観測機が来るまでの辛抱ですね」


 目的は無線機の起動とマホへの使い方のレクチャーなので、そこまでは気にしない。


 マホのベルトに無線機を取り付け、その細い首に咽喉マイクを取り付ける。 


 常時受信して音声をイヤホンに流してくる仕様なので特にこれといった操作は必要ない。


 あとは。


 マイクのスイッチがどこかとか、通信はHALの観測中継機が来るまでだとかを伝える。


「では、予定通りにお願いしますね?」


「――うん」


 マホはどこか、不安そうな表情を浮かべ、そう頷いて宙へと浮かぶ。


 コクピットハッチを抜けて。


「ああ、それと一つ」


 チハヤがその小さな背を呼び止めた。


「…………?」


 上昇を止め、振り返るマホ。


「なんの為に、あなたは戦っていますか?」


 その質問への回答は早かった。


「大切な友達の為に、です。友達を守りたくて、魔法少女になったんです!」


 『守りたくて』。


 その言葉は、チハヤにとっては重たく感じた。


 でも、同じだ。


 チハヤが、忘れもしないあの日の時と。


「なら、その友達の為にも目の前の状況を乗り越えていきましょうか。お互いに」


 今は目的を同じくする同志ですから、とチハヤは柔らかな笑顔で言った。


 気休め程度の言葉だけれども。


「―――はい!」


 彼女の張り詰めた空気をほぐすには充分か。


 マホは再度振り返って上昇し、《プライング》から離れていく。


「《ヒビキ》。ハッチ閉鎖」


 その姿を見送ってから、コンソールへと向き直して指示する。


『ハッチ閉鎖』


その《ヒビキ》の声と共に《プライング》のコクピットハッチがスライドして閉じる。

 そして前に倒れるように持ち上がっていた頭部が降りて、後ろへスライドして、ロック。


 特徴的なX字に並んだ四つ目の光学センサが明滅して、保護シャッターが瞬くように作動する。


『各システム、通信システムを除いてグリーン』


 その報告を聞いたチハヤは《アルメリア》の左手に《プライング》の右手を重ねる。


 《ストランディングシステム》の回線共有が行われ、国際チャンネルの会話がコクピットに流れ出す。


『こちらナツメ大尉。機龍の状況は?』


『こちらラファール02。ちょうど、クレーターの真ん中で機龍が身を起こしたところてすわ。あとはバリアが解除されるだけ』


 エリザの報告が聞こえてきた。


 どうやら、機龍は動く準備を始めたようだ。


『こちらラファールリーダー。ラファール小隊、準備は出来てるわ。ラファール00は?』


「通信以外は大丈夫です」


『本当なら下がらせたいところだけど、仕方ないわね。増援はこっちに向かって来てるけど、まだ五分はかかりそう。―――そちらは?』


 アルペジオがそう話を振る。


『こちらも準備は出来てるわ。増援は出してもらったけど、そちらと同じぐらいかかりそう。個人的に言うなら、ファクティスの近接戦闘が望めないのが不安ね』


 そう言うナツメの声は、全然と言っていいほどに不安の色はない。


 それだけ《銀狼》の腕を信用しているということか。


『慣れない装備だからといって、足を引っ張らないでくれると嬉しいわね』


『残念ながら、彼女はライフル二丁のスタイルでの戦闘も一流よ。そこのラファール00より上回るかもね。―――そちらこそ、部隊単位で足を引っ張らないでね?』


『言われなくても』


 そんな二人の言い合いを聞きつつ、チハヤは機体の状態を再度確認する。


 通信機以外は概ねよし。


 ライフルの弾は充分。

 右背サブアームの滑腔砲二門も問題ない。アテにならないマイクロミサイルは残り十発。

 左背のサブアームに接続したガトリング砲二門も残弾には余裕がある。グレネードランチャーは閃光弾が二発とスモークが三発。信号弾は複数。


チハヤのやることは先陣きって遅滞戦闘だ。


『そっちの陽動要員一人じゃない。何も話さないし、それで大丈夫なの?』


『そちらだって、ラファール00は通信出来ないのに前衛に出していいの?』


 機体の確認し終えるのも、そんなに時間が掛かるものでもなく。


 未だに何か言い合っていた。


 犬も食わないのに、と思ったところで。


『回線オープン。二人とも、ストップで』


 アルペジオとナツメの言い合いを終わらせる為にか、HALが通信に割り込んだ。

 どうやら、観測中継機のドローンが上空に到着したらしい。


 自前の一機しかない代物だから有事の際は援護してくれ、なんて言っていたが、囮役がちゃんと仕事すれば大丈夫だろうとチハヤは思ってはいるが。


『ちょっと、まだ……』


『そうよ。邪魔しないでもらえる?』


『口喧嘩している状況ではありませんよ、二人とも』


 忽然と言い放つHAL。


『今日は、所属、国籍はおろか世界の壁でさえも越えて共に戦うのです。せっかくの歴史の一ページに口喧嘩してたなんて記録に残りたいのでしょうか?』


『…………』


『…………』


 HALの言葉に、二人とも押し黙った。


『共闘すると決めたのでしょう? なら、今日ぐらいは仲良く、とはいかなくとも一切のしがらみは置いておくべきかと。不和が原因で作戦が失敗すれば、死ななくて済む話もそうではなくなります。知人が死ぬなど、私はそんな場面に出くわしたくありません』


『……ハル、あなたの言う通りね。大人げなかったわ。ごめんなさい』


 まずは先にナツメが謝罪の言葉を口にした。


『……ムキになってたわ。ごめんなさい』


 続いてアルペジオも謝る。


 その様子にチハヤは安堵するように一息をつく。


 あまり聞いていたくない話だったのだから、終わって良かったとさえ思う。


 そして。


『機龍、バリアを解除しました!』


 誰かの報告。


 チハヤにとっては知らない人の声だ。ナツメ大尉の部隊員だろう。


『時間ですね』


 HALのその機械的な合成音声が通信に流れる。


『ではあのトカゲ野郎に強大な個の力など、統率された数と連携の前には無力だということを教育してあげましょう』


 その啖呵に、何人かが押し殺したような笑い声を通信に乗せた。


 あの白い機龍をトカゲというには、いささか物騒過ぎる。


『ラファール小隊、戦闘開始!』


『ナツメ分隊、戦闘開始!』


 その命令が、すぐさま伝達される。


「ラファール00、戦闘開始!」


 チハヤはそう宣言してから、《プライング》の右手を《アルメリア》から離してブースターを噴かした。



 

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