龍と狼と魔法少女と③
ドラゴンを中心に、衝撃波が広がった。
廃墟の街を、文字通り瓦礫の山へと変えてていく。
そして、風が落ち葉を飛ばすように、瓦礫が飛び散っていく。
それは《プライング》よりも速く駆け巡り。
「―――!」
『きゃぁぁあああああああ!』
《プライング》を背後から襲った。
コクピットをエラーのアラートが鳴り響く。
『電子回路にエラー発生。リカバリーを開始』
衝撃波だけでなく、電磁波攻撃も受けたらしい。
操縦桿やペダル操作はウンともスンとも言わない。
弾かれた《プライング》はその衝撃波で後押しされ加速し、姿勢を崩す。
きりもみになりかけるが、
『駆動系、及びブースター系の機能回復』
《ヒビキ》の報告。コンソールにもその機能が回復したことを告げる表示が浮かんでいた。
「はいだらぁぁ!」
チハヤは操縦桿を引き、何とか姿勢を修正を試みる。
その操作に《プライング》は答え、ブースターが瞬いて姿勢を正す。
地面に激突する前に姿勢を直せたのはいいが、高度は低く着地するしかないが、速度が速すぎる。
ブースターだけでは速度は殺し切れないだろう。
チハヤは迷わず、機体を反転。
ブースターを切って、慣性移動。
右手のライフルを脇下のサブアームに持たせて、後ろへ下がりながら着地。
右手を、建物に手をかけ、ブースターも噴かしてその勢いを殺していく。
地面と建物を壊しながら下がっていって。
「―――うぐっ」
『ぴゃっ!』
背中から建物に突っ込んで、それで《プライング》はやっと止まった。
なかなかな衝撃だったが、流石は《チャンバー慣性制御システム》。
シートから放り出されない程度にまで、衝撃が緩和される。
チハヤはともかく、抱き付いていた少女も無事だった。
『怪我はない?』
『は、はい!』
それだけを確認して、モニターを見渡す。
ほぼ正面にドラゴンの姿が映るが、まだ目が見えていないらしい。
地面の上で未だにのたうち回っている。
先ほどとは違うのは、ドラゴン自身が張ったバリアによって守られていることか。
しかし、光学センサの回復が来るのは時間の問題だろう。
ここからではカメラの機能を回復したドラゴンには見つかってしまう。
場所を変えるべくチハヤは《プライング》を動かす。
めり込んだ建物から機体を離し、通常のブースト機動でドラゴンから距離を取る。
あとはどこに隠れるかだが、それは適当に建物の影でいいだろう。
次の問題は、機体のダメージだ。
『各種チェッキングプログラムによる走査完了』
そう言って《ヒビキ》はメインモニターに検査の結果を表示した。
運が良かったのか、機体のフレームや装甲にはダメージはほぼない。あるいは無視できる。
あとは電子機器だが、これは―――
『通信機に深刻なエラーが発生しています。機材自体に反応がありません』
通信機がマイクロ波で駄目になったようだった。
回路の電子機器のどれかが破損したのかもしれない。
「外部スピーカーは生きてますね?」
『肯定です』
全くコミュニケーションが取れないよりかはいいですね、と答えて目の前の突き当たりを右折する。
「他の電子機器は?」
『正常に作動しています』
「この子、通信周りだけトラブりますね……」
以前、《FK75 バイター》のプラズマキャノンの至近弾を受けた時のことを思い出す。
あの時は、通信に酷いノイズが発生した程度だったが。
ため息一つ。
『あ、あの……?』
後ろに座る少女が、所在なさげな声を上げた。
さっきからずっと、聞き覚えのない言葉で喋り続けていれば当然か。
『ああ、お待たせして申し訳ありません。はじめまして』
日本語に切り替え、振り返って笑顔で答える。
『私は―――』
そこまで言いかけて、名前はどう名乗るのがいいのだろうと考える。
今は作戦中だ。本名は名乗ってはいけないような、そんな気になる。
『オルレアン連合軍、第八騎士団所属の者です。私の事は、今は《ラファール00》とお呼びください。本名ではありませんが、作戦中ですので本名は名乗れないのです』
『え、あ、はい。ラファール00さん、ですね?』
『ええ、ラファール00です。あなたは?』
『わたしは、《ミズタニ・マホ》といいます』
『マホちゃんですね。よろしくお願いしますね? ―――とりあえず、今、あなたが置かれた状況を手短に説明します』
そう断って、少女―――ミズタニ・マホは空に浮かぶ黒い球体を通してこの世界へと転移したこと。
この世界は、自分たちから見て異なる世界であることをチハヤは手短に説明する。
『ここが異世界って……』
『信じられないかもしれませんが、事実です』
お姉さんも最初は信じられませんでしたよ、と乾いた笑い声を上げる。
『お姉さんも、日本から?』
『はい。あの黒い球体が12月に東京で発生して落ちてから、その十一ヶ月後に飲み込まれたのですけれど』
世間話の要領で、それこそ同じ世界から来た人間だと思ってチハヤは話したが、
『え? 12月?! 怪人が穴を開いたのは夏の8月だよ? それに、わたしが閉じ……たのに……?』
それを聞いたマホは驚きの表情を見せる。
もしかして、とチハヤは考える。
『一つ質問を。その日、その年は西暦何年?』
『2020年だよ?。オリンピック開催中で……』
その返事に今度こそ、チハヤはその事実に驚いた。
チハヤがいた世界での黒い球体の発生は西暦2024年12月だ。
マホの話は、彼にとっては過去の時間だ。
そして、そのような話が何もおかしくないという事実にも、再認識する。
『同じ日本からでも並行世界の、という事ですか』
並行世界、異世界は無数にあってそのどれもが違うのならば、文明レベルや時代、年代だって違っていてもおかしくはないだろう。
それが数年単位だったとしても。
『私がいた世界とは、少し違うようで―――』
そう答えつつ、目の前の交差点を左へ曲がった所で。
「―――おっと」
目の前に、片膝立ててしゃがむリンクス―――マッシブなシルエットでゴーグルアイタイプの頭部を持つそれは、帝国軍の主力リンクス、《ヴォルフ》がそこいた。
チハヤは操縦桿を引いて、《プライング》に制動をかける。
右へ軽くブーストして、反時計回りにロール。
ブーストを切って、地面との抵抗を使って停止する。
何か、《プライング》を指差しする《ヴォルフ》。
まるで、何か抗議するようなジェスチャーだ。
チハヤは国際チャンネルはと思って、そもそも通信機器が壊れている事を思い出す。
「驚かせてごめんなさい。それと、さっきの衝撃波攻撃で機体の通信機が壊れたみたいでして通信が一切出来ないんです」
外部スピーカーのスイッチを入れて、謝罪と今の機体の状態を伝える。
まわりには―――やはりというか、帝国軍の機体しかいない。
時間がなかったとはいえ帝国側に飛んだのは間違いだったでしょうかと、少し不安になる。
『四つ目のリンクス。よくこっちに来たわね』
呆れたかのような言葉がかけられる。
振り返ると、そこには黒くて重厚なリンクス、《アルメリア》が来ていた。ナツメだ。
その後ろには《銀狼》。両手には帝国軍のリンクスが使っているアサルトライフルが握られている。
『わかってるとは思うけど、一応敵同士よ? あなたを恨む人は―――まあ、いるでしょうけど、あなた一個人じゃなくても連合の兵士だからって殺したがる人はいるわよ?』
「位置的に、こっちへ逃げたほうが早いと思いましたから。―――それに、そちらには停戦期間に条約違反する人を止める人がいるでしょう?」
少なくともその狼は止めるでしょう、とチハヤは答える。
その言葉に、ナツメは小さく笑う。
『そうね。彼女は人を殺したがらないし、殺させたがらないから。……まあ、私もレフェリーがいなくてもそんな違反はしたくないわ。そんな事で恨まれたくないし』
肩をすくめる《アルメリア》。パイロットの動きがそのまま機体に反映されたからだろう。
『それで今、国際チャンネルであなたの隊長さんが必死に呼び掛けてるけど、どうする? 今のあなたの言葉が本当なら、回線一時的に共有してもいいわよ?』
「回線を共有?」
チハヤは聞き慣れない言葉を聞いたと思った。
「通信の中継ですか?」
『いえ、共有よ。その機体も、手の平に《ストランディングシステム》付いてるんでしょ? それであなたの機体から、わたしの《アルメリア》の通信機を使えばいいのよ』
《ストランディングシステム》―――リンクスの掌部にある、手持ち火器への送電やデータ通信をやり取りするための機能だ。
他のリンクスと手を繋いで、その機体の通信機を使う事も可能らしい。あくまで、手を繋いでいるときだけだが。
「《ヒビキ》? そんなこと出来るんですか?」
チハヤは外部スピーカーのスイッチを切って、目の前のコンソールに話しかける。
聞いたことがない機能であり、裏を取るためだ。
『可能です』
短いが、肯定の返事。
「そんな機能もあるんですか……。初めて知りました」
今度は外部スピーカーのスイッチを入れて言う。
『そんな機能もって、あなた知らなかったの?』
「その……。恥ずかしながら、訳ありで正規の訓練は受けてなくて……。受けてても上の都合で、現場で短縮とか即席クラスの教育しか受けていない身……」
『……あなた、異世界人?』
ぽつりぽつりと本人なりに曖昧に答えていたら、ピンポイントで当ててきた。
「……さあ? どうでしょう?」
おどけるように答える。
『シラを切るつもりね? ―――まあ、そんな事はいいわ。ほどっちでもいいから早く手を出しなさい』
駄弁っている暇はない、と言わんばかりに左手を出す《アルメリア》。
異世界人って気付かれたでしょうか?
チハヤはそう思いながらも、差し出されたマニピュレーターに《プライング》の右手を添える。
『《ストランディングシステム》接続開始。―――オールグリーン。対象の許可待ちです』
『認証したわ。回線繋ぐわ』
ナツメのその声と共に、
『ラファール00! 応答しなさい!』
アルペジオの怒声がコクピットに轟いた。
背中で座るマホもビクリと体を震わせる。言葉は解らなくとも、伝えたいことが解る声音だ。
「こちらラファール00。機体の通信機器が故障したため帝国軍のナツメ大尉の協力の元、回線を借りて通信しています。―――とりあえず、通信機以外は無事です」
『……………無事ならいいわ。それで、女の子を回収してたと思うけど?』
なにか言いたげな間があったが、とりあえずとアルペジオは続ける。
「ええ、なんとか助けましたよ。もちろんお怪我はありません。通信機を壊した甲斐があったというものです」
『壊したらとても困るものよそれ……。言葉は通じる?』
「フロムクェル語はもちろん喋れませんね。―――私の母語なら通じますけど」
『やはりあなたは異世界人か……』
チハヤの回答に、ナツメが納得したかのように相づちを打つ。
『だから《ストランディングシステム》の通信回線共有は嫌なのよ……』
呻くようにアルペジオがいう。
『どうするかは後にして……。ナツメ大尉。手短に言うわ。情報共有しましょう』
手始めに出たのは意外な言葉だった。
『共闘ね?』
『もちろん。流石に、私たち以外にも危害を与える自律兵器の類は破壊しないと危ないでしょ?』
『そうね。同意するわ。―――いいわ。今日も共闘させて貰う』
『どうも。―――こっちは全員無事よ。まだ戦える。―――けれど、あのバリアを貫く手段、手立てが無いわ』
ドラゴンが発した、衝撃波を伴ったバリアのことだろう。
通信で言うには、手持ちの火器でバリアを貫けないのは確認したそうだった。
確か、自分以外に一二〇ミリの大物を持っていたのはラファール01―――パトリシアの《マーチャーE2改》だったかとチハヤは思い出す。
取り回しの優れる短砲身で手持ちタイプの滑腔砲だ。
《プライング》が今回装備している滑腔砲とは違うが、砲弾の規格は一緒だ。その砲弾が持つ能力も、もちろん同一。
それさえもバリアに阻まれたいうことだろう。
『こちらは全員無事。こちらは何も試してなかったから、その情報はありがたいわ。―――嬉しくない内容だけれど』
『それは良かったわ。それで、そちらはあのバリアを突破出来る装備は無いの?』
『正直に言って、無い。見たところ機龍は上から襲われるのには慣れてないようだし、接近戦に持ち込んで―――と思うの。頭の光学センサの片方はあの子が壊したし、太刀打ちが出来ないという事はないはず』
『あの子?』
『あなた達が《銀狼》って呼んでる子よ。コードネームは《ファクティス》』
「《ファクティス》……」
チハヤは通信のボタンを切って、小さく呟く。
フランス語だ。
乗っている人物はチハヤと同様、異世界人ということか。
そして、どこか見覚えのあるエンブレムからして―――。
『ラファール00。《ヒビキ》が何か知っていないかしら?』
その思考を、アルペジオの声が遮った。
『ヒビキ? 誰だそれ』
コールサインらしくないからだろう。ナツメが尋ねる。
『ラファール00の機体に搭載されているAIよ。彼女の戦闘をサポートをしてるの』
「先程、あの白いドラゴンがバリア張る際に警告を飛ばした張本人です」
アルペジオ、チハヤの二人で答える。
「《ヒビキ》。あのバリアについて簡潔に、手短に説明を」
『了解』
短い応答のあと、《ヒビキ》がチハヤのオーダーに合わせた説明を国際チャンネルで始める。
バリアはマイクロ波増幅装置を用いた防御機構であること。
防御の為、相応の高出力であること。
その副次効果として、展開時に衝撃波を発生させること。
デメリットとして消費電力はとても膨大であり、使用中は攻撃してこないこと。ブースター等へまわす電力もないので動きが鈍くなること。
『そして、マイクロ波を発しているためフィールド内への侵入は非推奨です。特に、生体の侵入は』
『……どうして?』
アルペジオの疑問。
それにはチハヤが答える。
「ラファールリーダー? 電子レンジと同じ理屈だと思いますよ? 電子レンジはマイクロ波を対象に当てて、対象の水分子を振動させることで熱を発します。つまり……」
『体中の水分が沸騰してショック死します』
チハヤが言おうとした続きを《ヒビキ》が答えた。
『想像したくないわね……』
『そして、リンクスも侵入は推奨しません。各種センサ系等の電子機器へのダメージが想定されます』
現に、僅かとはいえその衝撃波を受けた《プライング》は通信機をやられている。
『バリアが張られている間、接近は禁止、か……』
ナツメの呟き。
《銀狼》―――ファクティスの近接戦闘を期待していたのだろう。
「それで、バリアの性能は?」
『対象のバリアの最大能力は以前不明。しかし、その特性と最低要求の出力でも二七〇ミリの火砲を防ぎきる能力があります。バリアを貫くには最低でも三〇〇ミリ以上の超電磁加速砲が必要です』
通常のリンクスが運用可能なのは一八〇ミリ。
砲戦用に設計、調整しても二五〇ミリが上限だ。
そして、レールガンなんて代物はまだ研究段階であり、前線で使えるようなものはない。
つまり、リンクスは対抗しきれないということだ。
『三〇〇ミリ以上?! レールガン?!』
ナツメの叫ぶ声がコクピットに轟いた。
『そんなもの実用化なんてしてない! それにリンクスに積載どころか運用すら出来ないわ!』
『火砲なら四〇〇ミリの徹甲弾であれば可能です』
代替え案ですら、スケールが違う。
『タイニーフォートの主砲クラスって何よ……』
『……持ってこれるようなものでは無いわね』
二人のうめき声。
そして、あまりの事態に沈黙が訪れる。
バリアの突破方法は無し。
ドラゴン自体の装甲防御力も極めて高い。
そして持ち得る火力も、こちらの比ではない。
対するこちらは機動力で勝っていても、火力が無いも同然だ。
「四〇〇ミリって、戦艦ですよ、ね……」
思わずチハヤは呟いて、その事に気づく。
装備していそうな存在にだ。
戦艦―――いや、あれはフレームウェポン運用強襲揚陸艦というカテゴリだ。元は工作艦らしいが。
少なくとも、この状況を打開できる何か持っているだろう存在なのは間違いない。
「ラファールリーダー。一つ提案です」
『何かあるの?』
「ある、というよりは―――」
『こちら、《ウォースパイト》。コールサインは―――軍属でもないので本名でも構いませんか。ハルと申します』
チハヤやアルペジオ、フォントノア騎士団の面々にとっては聞き慣れた、無機質で事務的な男性の合成音声が割り込んできた。
チハヤからすれば、提案の内容が向こうから来たのはまさに行幸だった。




