Unknown ③
「手短に言います。―――援護は必要ですか?」
国際チャンネルでチハヤは《銀狼》のパイロットに呼び掛けた。
返事は。
《銀狼》が左手で相手を指差すだけ。
やって、だろうか。
「では、一先ず言葉は不要ですね」
そう言ってチハヤは操縦桿を前に押し、ペダルを踏み込む。
大出力ブースターによる、瞬間的な加速。
白とグレーの迷彩が施された所属不明機は《プライング》へ近づきつつ左腕のシールドの銃口をその黒いリンクスへと向ける。
《プライング》は撃たれる前に、左、正面、右、正面と鋭角的な機動で接近する。
彼我の距離が一瞬で詰まる。
《プライング》は左手のブレードライフルを構える。
ブレードライフルの銃身下のボックスから片刃のブレードが迫り出し、袈裟斬りの角度で振った。
対する所属不明機は、左腕のシールドを反転させ収納していたブレードを展開する。
それを横薙ぎに振った。
ブレードとブレードがぶつかり、火花が飛び散る。
《プライング》は弾かれた反動を利用して、右へクイックブースト。そのまま離脱。
そして背後に来ていた《銀狼》が《プライング》と入れ替わりつつ、右腕の実体剣を機体ごと時計回りに回って振るう。
所属不明機はこれを右腕のシールドで上に弾く。
《銀狼》は身を捻って左手の、逆手に持った細身のブレードを下から上に一線。
これは下がって避けられた。
この間に《プライング》は建物より上に飛び上がり、撃ち下ろす形で両手のライフルを撃つ。
同じタイミングで《銀狼》は右腕の実体剣を折り畳んでマシンガンを撃つ。
クロスファイア。
所属不明機は《プライング》からの銃撃はシールドで防ぎ、《銀狼》からのはブースターでの乱数機動で回避する。
どの攻撃が脅威としてレベルが高いか、ちゃんと判断した上でできる、割り切った動きだ。
『どういうパイロットよ彼女!』
見ているアルペジオの驚きの声がコクピットに響いた。
《プライング》と《銀狼》。
高速戦闘を得意とするリンクス二機を、たった一人で同時に相手をするという悪夢のような状況でなお、捌ける技量にだろう。
動き自体は手堅い。そして冷静だ。
チハヤはそう判断する。
所属不明機は左腕のシールドを前に構え、右腕のシールドは銃口を《プライング》か《銀狼》のどちらかへ向けれる位置で構える。
問題はあのシールドだ。
空いた二つの穴からは銃撃ができて、反転させて実体剣を展開すれば斬撃も可能という複合装備。
しかも、シールド自体はなかなかに堅牢な素材で出来ているらしい。
《プライング》が装備する二挺のライフルの砲弾を受け止めれるどころか、重量も切れ味もある《銀狼》の実体剣さえ防げる代物だ。
155ミリ滑腔砲のHEAT砲弾なら風穴を空けることは出来るだろうが。
ただ、短砲身とはいえ背中のサブアームに接続した大物だ。
長砲身よりは使い勝手はいいとはいえ、近距離での取り回しはあまりよくない。
散布型ミサイルは数はあっても単発の威力は低いし、誘導もお世辞に良いとは言えない。
それに、あと一回の斉射分だけだ。
今の状況で頼れる火器ではない。
―――となれば、シールドで守られていない所をライフルで撃つか、《銀狼》の近接格闘に賭けるしかないだろう。
そう判断したタイミングで所属不明機が動いた。
狙いは《銀狼》だ。
《銀狼》も同時にブースターを噴かして接近を仕掛ける。
シールドの銃口が《銀狼》に向けられるが、目の前を砲弾の雨がそれを遮った。
《プライング》の援護射撃。
進行方向、その目の前を塞ぐ射撃は所属不明機を足止めさせたり、勢いを削ぐかの二択。
今回は後者だった。
左右への回避機動を強いられ、勢いを削がれたその隙を《銀狼》が襲う。
順手に持ち変えた左手の細身のブレードを唐竹で振り、返す一刀で切り上げる。
これは後ろに下がられて避けられた。
《銀狼》はこの近距離でクイックブーストを行い左への切り払う。
今度はシールドで軌道を逸らされる。
次もブーストを焚きつつ右の肘打ち―――折り畳んだ実体剣の刃を突き出す。
これも後ろへのブースト機動で避けられる。
右腕の実体剣を再度展開しつつ、ブースターも併用しての左から右への大振り。
単に腕だけで振るよりも速い速度で振られたそれは、所属不明機のガードを簡単に崩した。
弾かれる所属不明機。
そのまま、《銀狼》は逆手に持った左手のブレードを逆袈裟の軌道で振った。
所属不明機は、ガードを崩された勢いを利用してあえて倒れる。
細身のブレードは空を切った。
所属不明機の反撃は、右腕のシールドを反転させて展開したブレードを《銀狼》へ突き出す。
《銀狼》はこれを左腕の小型シールドで斜め下から弾いて防ぐ。
今度は至近距離で左腕のシールドの銃口が向けられる。
発砲。
《銀狼》は右斜め後ろへクイックブーストで回避。次は左斜め後ろ、とジグザグの回避機動をする。
「仲間外れはよくありませんよ? 私もいれてくださいな」
チハヤはそう言って所属不明機の左から両手のライフルを撃つ。
所属不明機は右腕のシールドでそれを防ぎ、左腕の銃口を向ける。
『照準警報』
《ヒビキ》の警告。
ペダルを踏み込み、左へクイックブースト。
砲弾を回避。
更にブースターを噴かして加速。
モニターの速度計は狂ったように数字が変わり、時速一〇〇〇キロメートルを軽く超える。
所属不明機の上を通り過ぎ、背後を取る―――と見せかけて空中で急停止。
反転。再加速。
さらに反転。後退しながら着地。
《プライング》を追い掛ける相手の目には消えたとしか思えない、急制動と急加速の組み合わせ技。
事実、チハヤは所属不明機の背後をいとも簡単にとった。
両手のライフルを構え、発砲。
「―――!」
所属不明機はすぐさま右へブースト。振り向いてそのシールドをこちらに向ける。
発砲。
「読まれた?」
そう呟いて、ジグザグにクイックブーストで後退する。
《銀狼》が上から飛び込み、右腕の実体剣で斬りかかる。
ほとんど逆さまの姿勢だ。
これを所属不明機は左腕のブレードで応戦。
初手を弾かれた《銀狼》は左手の細身のブレードを繰り出す。
これも弾かれる。
《銀狼》の全身のブースターが瞬き、逆さまの姿勢を維持。
右腕の実体剣を畳んで肩の細身のブレードを右手で引き抜き、左右のブレードがブースターが瞬くと同時に素早く振られる。
右、左、右、左、振り上げ、左脚の蹴り、右、左、右、右、右の蹴り上げ。
宙返りやロールといった機動まで組み込んだ上に、動く所属不明機に対して追従する機動。見たこともないような連撃。
その全てが弾かれ、防がれる。
右のブレードを上に放り上げて、右腕の実体剣を展開しつつ縦に一回転。
そしてとうとう、所属不明機の右腕。そのシールドのブレードが折れた。
また実体剣を折り畳み、タイミングよく落ちてきたブレードを掴んで、今度は両手で叩き込む。
これは下がられて避けられた。
『なんですかあれ!』
ラファール03―――カルメさんの驚愕の声。
その位置と高度、姿勢を維持して繰り出される連撃は、誰にも見たことがない機動だ。
『どっちも化け物ね……』
繰り出す方も繰り出す方だが、それをブレードが破損するという被害だけで捌けた所属不明機も大概だ。
そして、下がる隙をチハヤは見逃さない。
ブースター全開で繰り出される膝蹴り。
速度、足すことの重量は、破壊力だ。
避けれない所属不明機は右腕のシールドで耐えようとするが、《銀狼》が与えていたダメージは確かに蓄積されていた。
つまり。
《プライング》の膝蹴りで、右腕のシールドは見事に割れたのだ。
衝撃で弾かれる所属不明機。
チハヤはぶつかった衝撃を利用して《プライング》を空中で停止させる。
そして、マガジンチェンジが終わった両手のライフルをフルオートで叩き込む。
所属不明機は地面を転がり、飛んでくる砲弾を回避。
機体を起こしても、シールドを構えてブーストと機体そのものの運動性能による乱数機動で被弾を抑える。
シールドと右腕を繋いでいたユニットが弾け跳び、右手が左腕のシールドの裏へと伸びる。
シールドに装着されていたブレードを手にとった。
―――どうやら、手持ち武器としても使えるものらしい。
所属不明機はブレードを構え、《プライング》へと突貫。
近い距離にいて、なおかつ射撃戦特化なのだから当然だ。
《銀狼》は、と一瞬だけ思考して、その情報が脳へ直接伝達される。
―――そこにいるのなら。
《プライング》は左手のブレードライフルの刃を展開して、その斬撃の軌道を逸らす。
後ろへブースト。
追撃の二撃目、三撃目を弾く。
次に振られるのは―――上段。
チハヤも、相手に合わせつつ上段からブレードライフルを振る。
火花。
右下へ逸らしつつ、左肩でタックル。
すぐに右へクイックブーストして離脱。
その空いた空間へ、《銀狼》が飛び込んできた。
文字通りにして、タイムラグなどない入れ替わり。
右腕の実体剣を、逆袈裟の軌道で振る。
所属不明機は右手のブレードを振り上げようとして―――
《プライング》の左手の銃剣が、それを押さえていた。
そして、左背のサブアームがミサイルポッドをパージし、前に伸びて所属不明機の左肩をクローで掴む。
「これなら避ける事も、防ぐ事も出来ませんね」
チハヤがそう言うのと、《銀狼》が所属不明機の右肩、右脚を叩き斬るのが同時だった。
遅れて《プライング》が左手のブレードライフルを所属不明機の左膝に突き刺し、手を離す。
左腕補助腕に格納されたコンバットナイフを展開。
それを胴体と左肩の間に突き刺した。
捻って引き抜き、格納してブレードライフルを再度手にとって引き抜いて、サブアームのクローも手離す。
右の手足を失い、左の関節を壊される。
それは機械であれ、生物であれ倒れるしかないというものだ。
所属不明機は力なく右へ、大地へ倒れた。
その胸部と頭を、《プライング》と《銀狼》が揃って踏みつけて動けなくさせる。
手足が破壊されていても、ブースターが残っていれば逃げることは不可能でない。
それを防ぐ為だ。
「バンデットを確保。―――殺さないのって難しいですね」
チハヤは一息をついて、通信回線を開いた。
アルペジオの《フランベルジュ》や《マーチャーE2改》や帝国のリンクス、《ヴォルフ》や《アルメリア》がやってくるのが見えた。
『お疲れ様。―――と、言いたいんだけど……』
アルペジオの声がコクピットに響いて、
『―――ラファール00! あなたの正面に熱源が――――!!』
『熱源反応を探知。正面です』
ホークアイ11と《ヒビキ》の警告。
「離れなさい!」
外部スピーカーで《銀狼》に警告を飛ばして、後ろへクイックブーストも併用した跳躍。
《銀狼》もそれに続いた時だった。
二機の正面。
紫電を散らして、音もなくホバリングする大型武装ヘリが現れた。
ティルトローターではないが、横に並んだコンテナユニットに大型のローターが付いている。
「ヘリ!? レーダーどころか、ローターの爆音なんて捉えてないですよ?!」
目の前で起きた事に、ただ驚く。
ローター音がしないヘリなど噂ですら聞いたことがない。
そもそも―――見たことがない武装ヘリである。
『データベースにない、未知の機種です』
《ヒビキ》の照合結果と同じくして武装ヘリが動いた。
各部の展開されていた装甲が閉じて、コンテナの蓋が開く。
『照準警報』
《ヒビキ》の警告と共に、それが発射された。
真っ直ぐ広がりながら飛び出したのは無誘導ロケット弾。
《プライング》と《銀狼》にとっては目を瞑っても避けれるものだ。
空中でクイックブーストによる乱数機動で避ける。
だが。
『更に周囲に熱源反応! 数は10!』
ホークアイ11の叫び声。
そして、チハヤの視界にそれが入った。
紫電を散らして、色が塗られるように現れる8機のリンクスと先程と同型の武装ヘリ。
どの機体も濃紺二色のグレーと白と黒の迷彩塗装が施された、輪郭がわかりづらい識別不明の機体だ。
せいぜいの特徴は、頭部の光学センサが十字で並んでいることぐらいか。
装備は様々で、アサルトライフルと思えるものや狙撃砲と思えるもの。
中にはガトリングガンまである。選り取りみどりだ。
頭部や肩。大腿部などの装甲が展開していて、内部にカメラなのかレンズが覗いている。
『電磁迷彩モジュールと思われる装備です。機体が放つ赤外線も偽装できるモデルである可能性』
そんな《ヒビキ》の分析と同時に、正体不明のリンクスたちの装甲が閉じた。
そして、付近のリンクス―――連合か帝国かの区別なしに手持ちの火器を向ける。
『照準警報』
『各機散開!』
警告と指示が同時。
チハヤはペダルを踏み込んで、《プライング》を右へクイックブーストする。
正体不明の部隊が、発砲した。
短連射による弾幕。
狙いもつけてるのだから余計にたちが悪い。
『ラファールリーダーより全機! 建物の影に隠れなさい!』
アルペジオの指示。
だが、そのアルペジオの《フランベルジュ》へ、十字目のリンクスがライフルを向ける。
『ラファールリーダー!』
エリザの叫び声。
『――――!』
回避は間に合わない――――。
発砲。
『なっ――――!』
その光景に、誰もが驚いた。
《銀狼》が、アルペジオの《フランベルジュ》を蹴り飛ばして庇ったのだ。
乱暴だが、判断としては間違ってはいない。
《銀狼》自体は機体を捻って、ブースターも瞬かせて回避。
結果的にどちらも無傷だ。
「援護します」
チハヤは国際チャンネルでそう言って、《プライング》を空中へ飛ばす。
どの機体よりも前に出て、不明機へ両手のライフルをセミオートで撃つ。
大した狙いはつけていない牽制だ。
狙われた所属不明のリンクスの数機はブーストによる乱数回避を行う。
「《ヒビキ》。識別は問いません。撤退が遅れてるところは?」
『帝国軍側です。四時方向、《ヴォルフ》が一機、左脚部破損して動けなくなっています』
言われた方角へ視線を向けると、確かに帝国の量産リンクス、《ヴォルフ》が転倒している。
左脚、その膝から先が失われており、動けそうにない。
なんとか盾を構え、ライフルで応戦しているが形勢は不利だろう。
その仲間達はその機体を助けようとしているが、不明部隊の絶え間ない射撃と後方に控える武装ヘリのガトリングガンとロケット弾の圧力で迂闊に近づけないようだ。
それでも、飛び出すリンクスがいた。
黒く重厚なリンクス―――《アルメリア》だ。
盾を構え、ブースト機動で近づく《アルメリア》に砲火が集中しだす。
いくら装甲が厚いとはいえ、限界はあるだろう。
《プライング》は右背の滑腔砲を展開し、不明部隊へと発砲する。
狙いは、その足下だ。
地面へ着弾し、爆発と共に瓦礫を巻き散らす。
それを五発。
驚かされた所属不明部隊は射撃を中断して、こちらにライフルを向ける。
『照準警報』
《ヒビキ》の警告を聞きながら左へブーストして砲弾を回避。
逆噴射して急制動からの、右へ跳ねるようなクイックブースト。
今度は左へ似たようなクイックブーストして高度も稼ぎ、左手のブレードライフルを右から三機目のリンクスへ向けて発砲。
これはブースト機動で回避された。
敵機のうち一機から、背中のコンテナが開いてミサイルが飛び出す。
《ヒビキ》からの警告がない。
なら狙いは。
《アルメリア》が右手のランスを構え、発砲する。
連射してはいるが当たる気配はない。
《プライング》はブーストで接近しつつ、そのミサイルへ右手のライフルを向けて短いながらフルオート射撃。
砲弾はミサイルへと命中し、爆散する。
動けない《ヴォルフ》のところまで飛び、その前で着地。
両手のライフル、そのマガジンの残弾を確認する。
―――あとニセットはいける。
そう思考しつつ、滑腔砲による直接照準射撃とライフルのセミオート射撃で一機一機牽制していく。
『なんのつもり?』
少し遅れてやって来た《アルメリア》のナツメと名乗った女性の訝しむ声。
外部スピーカーだ。
「狼のエンブレムのリンクスが、私の隊長を助けましたので。そのお礼です」
貸し借りは極力しない主義なのです、と戯けるように言って射撃を加えていく。
「援護します。早くその子を」
『言われなくても』
そう答えて、《アルメリア》は倒れていた《ヴォルフ》に肩を貸して後退を始める。
その姿を見つつ視界の片隅、視覚野に直接投影された弾薬数を確認する。
滑腔砲が残り2発。
両手のライフルは左右共に残り2マガジン分。
次に レーダーを確認する。
味方の識別反応―――つまりはアルペジオ達ラファール小隊はだいたい退避出来ている。
その中には帝国の識別反応が一つ。《銀狼》で間違いない。
対して、帝国軍は下がる《アルメリア》と《ヴォルフ》の援護でそこまで下がれていない。
視線を正面へ。
モニターに映る正体不明の部隊は、こちらへの攻撃を重視しているように見える。
アルペジオ達にも向けて撃っているがそれは三機ほど。
残りの五機は《プライング》や帝国のリンクスへ攻撃している。
そして先程の、《プライング》と《銀狼》の共同撃破した所属不明機が武装ヘリのコンテナへ格納されていくのが見えた。
損傷した味方機の回収が目的らしい。
今から突撃したところで間に合わないだろう。
しかし。
レーダーの識別信号が1つ、所属不明部隊へ突撃するのを確認した。
識別からして―――。
「ラファールリーダー? 《銀狼》、突っ込みました?」
『突っ込んでったわよ? 止めようとしたけど、無視されたわ』
「じゃあ、私も突撃します」
『なんでそうなるの!?』
通信を無視して、チハヤはペダルを踏み込む。
《プライング》は最大速度で敵部隊へ突撃する。
《銀狼》が突撃したのは、恐らく自身の味方部隊の撤退の援護が目的の妨害。
あの数程度、《銀狼》の敵ではないだろうが―――。
そう思って、後ろを見る。
まだ《アルメリア》と《ヴォルフ》は撤退途中。
気を引くなら、懐に潜りこんだほうが厄介だろう。
あわよくば、一機ぐらいは捕らえたい。
そういう判断だ。
『照準警報』
《ヒビキ》の警告。
《プライング》は左へクイックブーストして、前へとクイックブーストする。
応射しつつ、左右と前へのクイックブーストの繰り返しで接近を図る。
八機の所属不明機は接近する《プライング》、そして《銀狼》へ銃口を向けて発砲を続ける。
『照準警報』
「――――!」
そこへ武装ヘリの火力支援も加わった。
ガトリングガンが火を噴く。
「さすがに火力の差はどうしようもないですね……」
左右への回避機動しつつチハヤは呟いた。
気を引けたからよし。
あとは両部隊が下がりきるのまで粘って―――。
―――と、考えたその時だった。
チハヤの視線の先で、所属不明のリンクス全機がアサルトライフルの銃身下に装着された筒に何らかの砲弾を装填した。
「下がりなさい!」
国際チャンネルで《銀狼》にそう呼び掛け、チハヤは《プライング》をジグザグに下がらせる。
《銀狼》は振り返り、最大速で離脱する。
そして、所属不明機が空中へそれを撃った。
目で追える程度の速度で放たれたそれは、八機と二機の間で炸裂した。
撒かれるのは白い煙。
煙幕だ。
「《ヒビキ》! 赤外線で探知は?」
すぐに《ヒビキ》へ問い掛ける。
『可能です』
「……はい?」
予想外の回答に、虚を突かれる。
普遍的に使われるスモークは視界を不明瞭にするだけではなく、赤外線まで遮断するもの―――ジャミングスモッグだ。
なのに、それではない。
事実、《プライング》は敵機を捕捉し続けている。
どうしてと考えたが、すぐにチハヤは思考を切り換える。
FCSは敵機を捕捉しているのだ。
撃てない道理はない。
適当な一機に狙いをつけて―――
モニター、FCSのロックオンマーカーが消失した。
『敵機ロスト』
「はい?」
また驚かされる。
他の所属不明機も反応を次から次へと消していく。
武装ヘリもだ。
「《ヒビキ》! 全てのセンサとレーダーをアクティブにして!」
『了解。全センサ、及びレーダーをアクティブ』
ある程度の欺瞞なら、リンクスの電子機器でも見抜ける。
それなら捉えられないかという判断だ。
しかし。
『敵部隊、捕捉出来ません』
その思惑は外れだった。
それなら、とチハヤは狙いを定めずに両手のライフルをばら蒔くように撃つ。
偶然の当たりを狙ったが――――。
「……手応えがありませんね」
チハヤが呟いたように、当たった気配はなかった。
地面に着地。
近くに《銀狼》が来て、《プライング》に背を向ける。
《プライング》も背を向けて、周囲の警戒。
姿を消しての闇討ちを警戒してだ。
だが。
スモークが風に流され、視界が晴れていく。
しばらくして、交戦するには充分なほどにまで煙は流れて。
所属不明の部隊がいたそこには、何も残っていなかった。




