シュミレーター③
砲音。
それからやや遅れてリンクスの胴体に穴が空けられる。
「撃破を確認。練習は終了。お疲れ様」
フィオナさんの後ろから労いつむ、タブレットを操作して練習プログラムを終了させる。
ただの的当て。移動目標に対しての射撃。そしてプログラムのリンクスを相手にした戦闘。
動作確認の練習としては充分なものだろう。
「どう? 設定変更しての調子は?」
「前のより良いわ。これならデイビッドに勝てそう」
どこか得意げに言うフィオナさん。
パッと見た感じ、模擬戦での動きよりもいい。
命中率も悪くはない。
もしかしたら、とは思うけど。
まあ、実践するのが一番だよね。
「まあ、一度やってみるか」
そう言って、マリオンさんとデイビッドに通信で話しかけることにした。
―――結論だけ言う。
負けたのはフィオナさんだ。
「うなぁぁぁぁぁぁぁぁあああああ!」
呻き声を上げて頭をガシガシ掻く美人がそこにいた。
意外とフィオナさんは負けず嫌いだ。
「ラファー00よりキア。シルフの再調整するから、また暇潰しでも」
『キア、了解』
通信でそう告げて、呻くフィオナさんに軽いチョップをいれる。
「おーちーつーく。今の戦闘を口頭で軽く振り返るよ」
「うぐ」
今回も、市街地戦。先手はフィオナさんからだった。
相手との位置関係が悪かったわけではない。
デイビッドから見て、右斜め後ろからの狙撃だったが、マニュアルで撃つから、当然弾道計算は自分でしてその分のリードを取らないといけない。
つまり、そのリードが少なすぎたからこそ砲弾はデイビッド機の後ろを通過してしまった。
初手の狙撃を失敗。
そこからは、手慣れたものだった。
デイビッドはすぐにフィオナ機の位置を特定。
建物を遮蔽物に応射しつつフィオナ機へ接近。
フィオナ機のリロードのタイミングでブレードに持ち換えて格闘戦へと持ち込んだ。
あとは先ほどと同じように、ショットガンを至近距離で撃たれて動きを固められ、空かさずブレードで突き刺されて終了。
「……一応、フィオナさんが先に見つけてるとはいえ、デイビッドが上手く距離を詰めてきてるね。そして適切な距離でショットガンを撃って動きを封じてくる」
それも確実に当たる距離で、だ。
――――なにか、どこかで見た戦法の気もするけど。
「近距離で辛口な戦い方をする相手に、どう動こうか」
「…………チハヤはこういう時どうするの?」
「それはフィオナさんが考えることだよ」
ちょっと意地悪っぽく言う。
フィオナさんは少しムッとしてぽつぽつと言う。
「……近づかれる前に撃って仕留めれば、だけど……」
この戦闘も、フィオナさんが先にデイビッド機を見つけている。そして、先手が取れて気付かれないように初弾はマニュアル操作で撃つ。
つまりは対象の移動速度とか風向きやその強さなどを計算して撃たなければならないので、アクティブレーダー方式とはうって変わって外れやすくなる。
なら、互いに交戦状態での撃ち合いは?
「向こうの動きが巧妙で当たらないし、牽制射撃も精度良くて身を晒せないし……」
市街地での乱数機動とその巧妙な立ち回りでデイビッド機はフィオナ機に近づいている。
撃ち合いをしようにも姿はすぐに見えなくなるし、牽制射撃の精度はよく、当たりかねないので迂闊に出られない。
じゃあ近接戦闘は、と考えても結局はショットガンが脅威であり、チャンバラにもならない。
結局は、堂々巡り。
とりあえず、彼女が何かを言うまで待つ。
僕からすれば、この答えはあるようなものだ。
「―――堂々巡りよ。これじゃ」
つまりは最初に狙撃する。外れたら撃ち合いをする。近付かれて近接戦闘をする。負ける。
今はこのループだ。
「僕なら、手を変えるけどね」
そう、助け船を出す。
「手を変える?」
「そう。僕なら強襲を仕掛ける」
索敵と狙撃による各個撃破もするが、他にも《プライング》の速度や機動力を最大限活かした高速射撃戦闘。
それらが僕の得意とするやり方だ。
あくまで、速度と機動力がある《プライング》だからこそなので、《マーチャーE2》では無理にもほどがあるけど。
「結局は、自分の得意分野で勝負するのが一番なんだけど」
「自分の得意分野、ね……」
「そう。あるでしょ?」
「…………弓」
少し、か細い声音で返ってきた。
エルフらしい、と言えばらしい。
口には出さないけど。
「弓ね……。あるかな?」
リンクス用の弓なんてあるのだろうか? リンクスの装甲に通用するような。
手元のタブレットで装備の項目を広げて、検索する。
出来れば正式採用のものがいい。無ければ実戦運用可能な式典用でも
それでも無ければ、黎明期の試作品だろうか。
「チハヤは否定しないのね」
「ん?」
その言葉に顔を上げる。
フィオナさんがシートにもたれるように振り返って僕を見ていた。
「弓の事。―――弓がいいって言ったら、それじゃろくに戦えないって皆言うのよ? なんでみんな銃を選ぶのかしら」
口を尖らせながら不満と疑問を言う彼女。
「それはそうだよ。銃の方が扱いやすいし、訓練も短くてすむ。撃ち合いなら連射や継戦の観点から見たら弓なんて不利だからね。今の銃火器主体のドクトリンじゃ無用の長物だよ」
「…………」
「でも、悪いことばかりじゃない。音がしないことと、発砲炎がないこと。それらが銃火器には無いメリットだ。矢が飛んできた方角はわかっても、距離がわからない。相手の居場所に当たりがつけれない。相手にするのは、怖い」
このメリットを活かすには―――。
「弓で狙われた事があるの?」
フィオナさんの質問。
「うん」
―――あの11ヶ月。
元々いた世界で。《ノーシアフォール》が出現し、毎日のように降ってきて地上にあるものを呑み込んでいった11ヶ月。
物資を奪い合う日々。
その殺し合いの経験の一つ。
「仲のよかった孤児院の職員と二人で行動してる時に、ね。―――向かい合って話してる時に、その人が後ろから弓矢で射殺されてね」
「…………」
「…………」
沈黙。
タブレット端末をタッチペンで操作する音しかしなくなる。
気まずい空気が、そこにはあった。
「…………ごめんなさい」
沈黙を破ったのはフィオナさんからだった。
「別にいいよ。その敵討ちはしているし―――。もう過ぎた、終わった話だから」
「……そうかしら? チハヤ、口振りと表情があってないわ」
フィオナさんからの指摘。顔に出ていたようで。
それはそうだ。
あの時、自分だったらよかったのではないか、と。
私 があの日までに、シスターが死んだ日までに。
私が死んでいればあの子たちはあんな最後を迎えなかったのではないか、と。
もっと違う、まだマシだとも言えるような所へ行けたのではないか。
それこそ、あの場所で死ぬようなことすらなかったのではないか。
過ぎた過去の話だと割りきろうとしても。
そんな考えが、常に影のようについてくるのだから。
「そんな顔に見える?」
目的の物は見つけたので、タブレットから顔を上げて彼女に視線を移す。
「ええ。見えるわ。疑問というか、後悔というか……」
なぜか言い淀むフィオナさん。とても、何か言いづらそうな顔だ。
「…………どうして生きているのか、みたいな。―――家族じゃないけど、私の集落の、ある人と同じ、ね」
「―――――」
「何か、ふとしたきっかけで―――」
「この話はやめましょう」
思わず、遮る。
「―――人の過去ほど、詮索はよくないので」
こういう自分の事―――腹の中とか、特にあの日々は話したくない。
口にすればするほど、どうして自分が生き残ったのか。どうして自分が死ななかったのかとしか考えれなくなる。
「…………わかった」
何か不承不承といったところのフィオナさん。
「それでよろしい」
これでこの話はお仕舞い。
あとは。
「リンクス用の弓、あったよ」
そう言って、タブレットの画面をフィオナさんへと向けた。




