炊事係兼専属パイロット(性別詐称)
襲撃から一週間がたった。
基地は復旧工事が進められて、リンクスの整備がなんなく行える環境までには回復した。
それ以外は、ほとんどが応急処置で所々壁に空いた弾痕を布やモルタルで覆ったり、割れたガラス代りに木板をはめ込んだりとしている。
僕がいる兵舎は損傷は無いものの、破壊された兵舎の住民が移ってきており、以前より少々賑やかになった。
「ちょっと! それ大事に扱いなさい!」
「私の荷物はー?」
「ああぁぁ!! 私の花瓶がぁぁああ!」
賑やかに、なった。
僕はアルペジオから借りた本を机に置いて、左手側にあるカップを手に取る。異世界の言葉を覚えれても文字の読み書きはまだまだで、部屋にいる時はこうして文朦気味を何とかしようとしている。
「チハヤ、喉が渇きましたわ! お茶を入れなさい!」
ドアが開けられて、騎士団員の一人がそう命令した。僕が部屋にいる間はドアの鍵が開いてるので、皆が遠慮なく開けては入ってくるようにもなった。大抵はこのようなどうしようもない理由である。
僕のプライバシーは何処だ。何処へ行った。
大半の団員がこの第四宿舎を選んだ理由って僕の料理や菓子目当てじゃないだろうかとさえ邪推している。
「ここはキッチンでも無いぞ。んなもんありません」
そう言いながら、カップに紅茶が入ってないのに気づいた。
近くのティーポットにも紅茶が無い。仕方なく茶葉を変えて、あらかじめカセット式のガスコンロで沸かしておいたお湯を注ぐ。
「あるではありませんか!」
「カップやら何やら、全部僕の分しか無いんです。諦めて食堂まで行きなよ」
ぐぬぬ、と唸ったあとその人は部屋から出ていった。
静かになった、と思いながら本に視線を向ける。
「コックいるかー?」
暫くすると、今度はドアがノックされた。ドアで聞こえづらいがベルナデット騎士団長のようだ。
「……入ってます」
「おおう、わりぃ! 用を足してるところだったか。そこまで急がなくても――――ってそうじゃねぇー‼」
ノリツッコミと共に蹴り開けられた。ドア大丈夫かな、と思ってしまう。
視線を向けると金髪を高くポニーテールで結った三十路ごろの女性がずかずかと入って来ていた。予想通りベルナデット騎士団長だ。黙ってさえいれば美人である。男口調なのとその性格で全部が台無しな人なのは騎士団全員の知るところである。あと独身。
彼女の後ろ、蹴り開けられただろうドアは程よく斜めに崩れている。後で修理の申請しよ。
「何のようです?」
「ああ。お前さんの処分、というか辞令でな。ちと来い」
そう彼女は切り出した。
ベルナデット団長に連れられて、僕はリンクス格納庫に来ていた。
四つ目の尖鋭的なシルエットをもつリンクス―――《プライング》の目の前に立たされる。
周りにはアルペジオ殿下を始めとする騎士団のリンクスパイロット全員が集まっていた。
何か公開処刑でもされそうだと思ってしまう。
ベルナデット団長が書類を取り出して読み上げる。
「まず先の襲撃での戦闘、問題だらけだが見事だった。多数のリンクス相手によく戦った事をこの場で誉めて使わす」
どこが問題だったか聞きたいけれど、とりあえず先もありそうなので黙っていることにする。
「聞いてるかどうかは知らないが、このリンクス―――《プライング》って言ったか? 私達ですら負荷の大きい機体で乗りこなせる人間がいなかったんだが……。私達では扱いきれない機体をお前さんは見事に乗りきってみせた事、リンクス接続解除後に負荷がないかのように振る舞ってたことから、チハヤ。お前を《プライング》の専属パイロットに任命する」
うん?
「聞き間違えかもしれないので訊かせてください。今、あれの専属パイロットになれと?」
《プライング》を指しながら訊く。
「ああ。人が足りないのと、技研から早くパイロットを見つけて欲しいと言われてたからな。騎士団の実績にもなるしちょうどいい」
今、本音がさらりと出た気がするけども、僕は少し思案する。
「………。まあ、別に構いませんが……。炊事係はどうするんです? 皆上達してきたし、僕はお役御免ですか。―――仕方ない、街に下りますか」
短い付き合いだったなぁ、と遠い目で天井を見上げる。水銀灯が眩しいなー。
「腕のいい料理人は手放さねぇよ? それとお前ら、勧誘の準備は後な。なんで袖の下が用意されてるんだよ? 炊事係はして欲しいから、暫くは三日に一度なペースでお願いする。―――真っ先に嫌の一言が出るかと思ってたけど、意外だな」
片っ端からツッコむベルナデットさん。多いな、指摘するの。
後ろのお嬢様方は僕という炊事係を個人的にスカウトしたいらしいのは知ってるけど、いつも準備してるのだろうか?
「まあ、思うところはありますよ。ただ、その思うところがそちらと利害一致してるだけで」
そんな事より、話すことはあるわけで。
「ほう、利害一致ね。それが何かを聞いても?」
「ひどくつまらない理由ですよ。只のエゴでしかないので」
知らなくても問題無いでしょうと僕は言いきって、続きはまだありますかと訊ねる。
「ああ、正式に騎士団員って事だから……」
「書類仕事面倒で前もって騎士団員にしたくせに……」
聞き覚えのある声がしたが、誰も詮索はしなかった。それは僕も知ってる。
「この場で騎士団の軍服を支給する」
その言葉と同時に、背後に控えていた女性が軍服一式を僕に手渡す。今、ベルナデットさん達が着ている物と同じ物――って、おい。
「僕、男ですよ?」
女物の軍服じゃないですか、これ。
「だろうと思ってズボンにしといたよ! 親切によぉ!」
「親切ですらない! どーみても女物のズボンですよ! 抵抗ありますって!」
僕は勢いで嘘を吐いた。長ズボンで助かるけど! なんて言葉もとりあえず飲み込む。そんな抗議も、ベルナデットさんは表情を険しくして言い返してくる。
「問題ねーよ! オメー華奢で女みてーな可愛い容姿してて、髪の毛長くして! 女装したことねーのか!」
「どんな言い返し方だ!」
思わず、「ほぼ毎日してたよ、負け犬!」などと言いそうになった。これでは只の逆ギレである。
僕の容姿が少々女の子っぽい(かつての友人曰く、綺麗で可愛い。目の保養にはなる)のは否定しないし、諸事情で毎日女装同然の事をしていた上に、淑やかな女性のように振る舞ってたなんて言えないし言わないけど。
とりあえず、堂々と女性の目の前で女物の軍服渡されるとか公開処刑の何者でもない。
なんとなく振り返って後ろの方々に視線を向けるが、結構な人数が笑うのを堪えていた。アルペジオなんか今にも笑いそうである。
―――味方なんていない。いつかの夕飯の献立、痛いほど辛いもの食わせてやる。カロリーは一日分だ。
「ちゃんとした理由はあるんだぞー。オメーを女性団員に扱いにしたい訳がさ。―――男が乗れるリンクスってのがどれだけなものか」
項垂れつつそんな女装の報復を考えていたら、急に話のトーンが変わった。内容はともかく、その変わりように僕は戸惑うが答える。
「まあ、男の僕が乗ってぶん回せたぐらい……」
「そこだよ。今まで女性しか乗れなかったそれが、男が乗れる機体が現れたって事実が、だ。貴族の誇りと見栄と意地で腐りきった男共がこぞってこの機体を欲しがる。その理由が解るか?」
そう言われて、少しばかり考える。
男性では負荷の大きい(死体の埋葬後聞いた事だが、男性がリンクスに乗ると、接続中は頭痛と鼻血。接続解除後には頭痛の継続と、倦怠感、吐き気、食欲不振、不眠症、幻覚、幻肢、部分麻痺などの症状が二日ばかし続くらしい)ものの、女性なら少ない、もしくは全く無い程度の負荷というリンクス適性の差。それが何十年と続いた。
「リンクス乗れなくて、鬱憤というか嫉妬というか、不満が溜まってる?」
「だいたいそんなんだな。貴族ってのは昔から誇りで動くもんだが、リンクスの出現以来、女性がそれを担うようになっちまったわけだ。役割を盗られた男からしたら屈辱でしかない」
ノブレスオブリージュ―――高貴なる者の務め、か。
「もし、男が乗れる機体が目の前にあれば手に入れたいだろうね……」
「そりゃもちろんだな。技研との会議でもそんな話になってな。権力かざして強引にでも接収して我が物にするだろう。技研としちゃあ技術研究出来なくなるわけだからどうしてもその事実は隠しておきたい」
「なるほど。さっきから聞いてると、技研とやらの意向が強いですね?」
「まあ、フォントノア騎士団設立理由だからな。詳しいのはいずれ。―――よーするに、男がリンクスに乗っているというのを隠したいって事だ。わかったな?」
わかるけども。
「それ、僕がゴツい男だったらその隠蔽自体、崩壊してますよね」
「技研にお前さんの写真送ったらとにかく女装させろって指示出てよー。女装の写真も送れって」
頭抱えたい。技研がもう病気だった。憲兵か秘密警察か、どこでもいいからこの技研を捜査して。変態の巣窟だから。
「うちも女装させたかったし」
「最後、個人的な本音じゃねぇか!」
最悪だな、この上司。上司は選べないものらしいが、この世界でもそのようだった。社会の常識は世界が変わっても変わらないらしい。
「まあ、それ相応の対価が出るのでしたら受けますけど」
何を言ってるんだ、僕。口に出してから軽く後悔するけど、まあいいか気分である。
「ちゃんと手当て出すから安心しろ……って、やってくれるのか女装!」
ベルナデットさんが冗談抜きで驚く。後ろも驚きの反応だ。
「さっきも言ったひどくつまらない利害一致ですよ。女装は予想外ですけど」
ズボンだしまあいいか、と割りきればそこまで抵抗はない。ノーシアフォール出現までは女装同然の事してたし、まあいつもの事ではある。
リンクスという兵器に乗る以上、戦闘で人を殺す事になるのだろうけど。先日の襲撃といい、あの十一ヶ月といい、あの時といい。僕は人を殺す事に最早抵抗はないし。
相手がどこの誰だろうが、殺せる。
「それじゃあ、これからもよろしく頼むぜ、チハヤユウキ」
「ええ、よろしく」
ベルナデットさんが差し出した手を、僕は握り返した。
ここまで『平行異世界ストレイド』を読んで頂きありがとうございます。
とりあえず第一章、一区切りです。
次から第二章へと移っていきます。
これから主人公はどんな人達と出会い、何を見ていくのか、どうなっていくのか、どんな選択して、どうするのか。
少し狂った、狂人になりきれてない彼はこの世界でどう生きていくのか。
失うものを失ってからこの世界へ来て、何を得ていくのか。
その結末に少しでも興味があれば、最後までお付き合い頂けたらと思います。
ご意見、ご感想お待ちしております。




