打ち上げパーティー①
その日の夜。
カナクタ基地の敷地内にある迎賓館。
この建物がどれ程の規模の建物なのか、どれだけのお金を掛けて建てたのか。そんなことはわかりませんが、庶民感覚の私からしてもとても豪奢な建物だということがわかるぐらい、それは立派な迎賓館でした。
その中では、公開演習をした部隊や、あらかじめ招待された人物、各国の要人まで。
その建物のダンスホールで、打ち上げのパーティーが開催されていました。
煌びやかなイブニングドレスやシックな燕尾服。正礼装から準礼装な衣装で着飾った人々が、社交ダンスやらホールのどこかで談話しています。
その広間の片隅で。
「盛り上げてくれたからって、打ち上げの晩餐会に呼ばなくても……」
場違いと言いたくなるような、騎士団の制服姿な私はため息混じりに呟きました。
エキシビションとして行われた《セラフ騎士団》のクラリス殿下が率いるリンクス三機の小隊と、《フォントノア騎士団》所属の私と《プライング》の戦闘は、観客席ではなかなか好評だったようです。手に汗を握る、そんな盛り上がり具合だったとか。
序盤、三対一という不利にも関わらず、大胆にも市街地を飛び回り、その機動力をもって瞬く間に二機撃破する《プライング》。
中盤、速度で上回る《プライング》に対して、市街地戦でヒットアンドアウェイで翻弄する《ミカエル》との高速戦闘。
終盤、ほとんど知られていなかった《ミカエル》の自立型攻撃端末(名称は今だ不明)のお披露目とその全包囲攻撃。それを限られた装備を惜しみ無く使って切り抜けた《プライング》。
そして最後の、銃火器を棄ててのブレードによる近接格闘戦闘。
結果は《プライング》のナイフの刺突が間に合わず、《ミカエル》の振り下ろしが先に胴体に触れ、撃破判定。
《プライング》の近接格闘戦能力の低さと、私のナイフの刺し方が勝敗を決したようなものです。
どうしても生身の、両手で握って体重を乗せての突き刺しの手順が出てしまった。腕を伸ばしていれば相討ちになったかも、とはアルペジオ談です。
そんな、クラリス殿下の一言によるいきなりのエキシビションマッチで、大盛況の模擬戦をした人を要人の集まる打ち上げのパーティーに呼ばないのは失礼ではないか―――と。そんなよくわからない理由が出て。
「どうして、こうして参加する羽目に」
まさか、パーティーの席に来ることになるなんて。
着飾れるドレスなんて無いので騎士団の制服で参加です。まあ、軍主体のパーティーなので、軍服着ている人は何人もいますし、私一人だけが浮いているという訳でも無い。
そもそも女性物のドレスなんて私が持ってたら問題です。そこまで自分の性別は忘れていません。
メイド服? それは別腹です。
パッド? それは必要経費です。
ともかく、呼ばれた以上は断る訳にもいかず。
「話す人はいても、その人達は他の方と話しているようですし」
エキシビションマッチでの相手だったクラリス殿下は下のフロアで家族や友人と話していましたし、アリア殿下はお忍び扱いなので当然のようにいません。アルフィーネ殿下は来ているのは見ていますが、見覚えの無い女性と一緒です。アルペジオは早々に姿を消したので居場所はわかりません。
同じフォントノア騎士団の皆様はそもそも公開演習をしていないので呼ばれていません。
完全に私一人。
まあ、私に用があって探されても、髪が艶ややかな黒という特徴を持つ私なら適当なところにいてもすぐ見つけてくれるでしょう。
そう思ってホールの二階。テラスのテーブル席に座って優雅に紅茶を飲んで過ごすことにします。
どういう訳か、言い寄ってくる男はいませんし。
「ねぇ。あそこに座ってる黒髪の美人。あの人、さっきのエキシビションマッチでクラリス殿下の相手をしたチハヤ様じゃない?」
「えっ? ―――あ、ホントだ! 生で見ると本当に綺麗……」
「印象が違うよね。パイロットスーツだとキリッ、としてたけど、今は深窓のお嬢様みたいで」
そんな、少女のひそひそとした話し声が私の耳に届きました。
聞こえた方向へ視線を向けると、そこには二人の少女が居ました。
二人とも十代中頃。私より年下なのは間違いありません。
どちらも顔立ちは整っていて、美女に見馴れた私でも年相応に可愛いらしいと思います。外見の年齢では場違いと思いますが、この世界では十四歳から大人扱いなので、政府の要人の子息か騎士団関係者ならこの場にいてもおかしくはありません。
一人は明るい茶髪のロング。目の色も茶色。たれ目でのんびりした雰囲気を持っています。身体つきはその推察出来る年齢から考えても魅力ある身体つきと言えます。着ているのは鮮やかな橙色の袖なしのワンピース―――所謂、カクテルドレス。
もう一人は銀髪のややウェーブがかかったセミロング。目は青い。つり目ではあるけれど、身構えるような怖さはありません。輪郭はシャープで年下の子から見れば格好いいお姉さんのような印象があります。着ているのは、膝下の袖無しのワンピース―――ショートイブニングドレスでしょうか?
……服と化粧からして、どこかの貴族か王族、どちらかの令嬢でしょうか?
多分ですが、おそらく前者。少なくとも、公開演習した部隊関係でしょう。
そうなると騎士団所属でしょうか?
まだ年端もいかないのに、兵士。
きっと私が暮らしていた世界の住民なら、少年兵や少女兵など認められないでしょう。
戦う理由が、どうであれ。
世界が違えば価値観も違う以上、どうこう言うつもりもありませんが。
少女二人から視線を逸らして、味も香りもいい紅茶を啜る。
いい茶葉ですねぇ。どこの銘柄でしょうか。騎士団に取り寄せ出来るといいなぁ……。私、コーヒー党ですが。
「あのっ!」
なんて、思っていると声をかけられた。正面ですね。
「……はい?」
視線を紅茶からそちらへ向けると、先ほどの二人が目の前に立っていました。やや緊張した表情です。
左右を見て、誰もいないのを確認する。まあ、誰もいませんので私ですよね。
「私、ですか?」
一応、にっこりと笑顔で訊ねます。
「……ええと、はい」
やや戸惑いながら、銀髪の女の子が頷きました。
「あなたは、エキシビションマッチで戦った黒いリンクスのパイロット―――チハヤ・ユウキ様ですよね?」
疑問形。確認は大事ですよね。
「ええ。そうですよ。―――あなた達は?」
「ストラスール陸軍、第一機兵大隊所属。ノエル・ボードレール少尉です」
と、銀髪の女の子が。
「同じく第一機兵大隊所属。カリーナ・カントナ少尉です」
と、茶髪の女の子が言いました。二人とも私より階級上です。
機兵、とはリンクスの事です。つまり第一機兵大隊ということはリンクスを中心とした一個大隊だということ。騎士団の所属ではありませんでした。なら、公開演習で参加できた部隊の人でしょう。
「フォントノア騎士団所属、戦時少尉。チハヤユウキと申します」
そう言って頭を下げる。階級を言われた以上、ちゃんと自分の階級を言います。
「……戦時任官?」
カリーナさんが首を傾げながら聞いてきました。
「はい。基地が襲撃を受けた際に、状況が不利になりまして。格納庫が攻撃されそうになった時に、私が誰も扱いきれなかった《プライング》に乗って戦ったので……。その時の戦果が、その、評価されまして。異世界人ですし、普通の人間でしたし、正規の手続きを受けて訓練所を卒業した訳ではないので、特例という形で」
そう答えて、この世界に来てすぐの出来事を思い出す。
あの時、《プライング》に乗らなかったら、どうなっていたか。
少なくとも何人かが死ななかったと思うし、今はないかもしれない。
「《プライング》という一機しかいない機体で、あれこれするのに、そうでなくとも周りと違いすぎて一緒に戦闘しずらい機体だってことで独自に動かしたほうがかえっていい、という判断から必要な権限しかない階級が宛がわれました。作戦外やリンクスに関わらなければ上等兵と対して変わらない、でしょうか」
だからそこまで固くならなくてもいいと付け加える。
ちょっと、もしくはかなり意外だったのか二人とも目を丸くして見合わせていました。
多分、自分達の想像と違いすぎて、その夢が打ち砕かれたのでしょう。可哀想に。性別を知ったらそれこそ粉砕でしょう。
まあ、意外ですよねぇ……。エリート集団に所属してて、実績も申し分なしで、訓練とはいえ一国の王女が率いる小隊を相手に出来るような騎士団所属のリンクスパイロットが、まさかの一般人からの戦時任官で、実際の権限はリンクスに関わる事以外はほとんど無しな肩書きの一兵士だとは。
「気軽に、チハヤさんとでも呼んで下さい。今、この場は階級で呼び合う固い場ではないのですから」
「は、はい」
「わかりました」
やや戸惑った様子ですが、ノエルさんとカリーナさんは頷きました。
「それで、私に何か御用で?」
呼び掛けられた理由を訊ねます。
……おそらく、まさかの有名人と知り合いになれるいい機会だから他愛のない世間話でもしてお近づきに、とかでしょうか?
「先ほどの公開演習のエキシビションマッチ、拝見させてもらいました!」
そう口を開いたのは銀髪の女の子、ノエルさんです。
ちょっと意外です。いや、彼女兵隊さんですからね。そんな言葉が口から飛び出ても不思議ではありません。
「もしよろしければ、単機で複数機を相手にするような、リンクス戦で勝つの秘訣を教えて下さい!」
「えっと、私たち、リンクスのパイロットで、新兵ですから訓練だと『撃墜』されてばかりで……」
聞くに、二人とも今年、士官学校を卒業した新人だということ。
騎士団入団の試験に落ちたとはいえ、大隊配属になったこと。
訓練の毎日だが、先任や先輩方にいいようにあしらわれていること。
今日は大規模な公開演習だから、と息巻いたもののあっさり負けてしまったこと。
「どうすれば勝てるパイロットになれるのか、是非」
「そう言われても……。ほとんど機体の特性とか性能とかのお蔭でやれている訳ですし」
ばっさり言ってしまいました。
それでは彼女達の求める答えではないでょう。
「そもそも私は、元々いた世界でリンクスのような兵器に乗って戦っていた訳ではありません。―――似たようなロボットで戦うゲームがあって、知人の付き合いでそれを嗜んでいただけです」
「ゲームって、テレビとかに繋いでやるアレ?」
「それです。―――そのゲームでよくやった動きを、あの機体で再現しているだけなんですけど」
そう答えて、あの日々を一瞬だけ振り返る。
あの子に勝った試しは、一度もない。
「でも、たかがお遊びの、でしょう?」
そう言ったのはカリーナさん。
「そうですね。でも、私のリンクス操縦の動きの基礎は、そこからなんですよ?」
くすくすと口元を手で隠して笑う。
その時の動きをそのまま再現することが出来る機体に出会えたのは、偶然でしょう。誰も操る事が出来なかったから、私の機体になったのは幸運。
「その知人の相手に、文字通り数える事が無意味というぐらいには負け続けていましたね。あの手この手を尽くしても勝った事がありません」
その点では、私の最初もあなた達と何も変わりませんと続けて言う。
「血を流さない実戦―――訓練で負けるのはよくない事ではなく、むしろそうであって当然なのです。大事なのは、それをどう捉え、自分の糧にしていくか」
何事もそうだけれど。
あのゲームでは、接近戦を仕掛けるより距離を取っての銃撃戦の方が長時間戦えた。相手の速度に追いつく為に、機体も小回りと高速性を重視した構成にした。
それでやっと削り合いに出来た。それでも、勝てなかった。
その経験のような何かは、今、リンクス操縦へと活きている。
「これは受け売りなんですが――――失敗して、学んで。改善して、思い付いた手を試したりして、それを繰り返した先で成功する。そして次へ進むんです。誰だって最初から100パーセントで成功する筈はありません」
「…………」
「訓練で負けたなら、何がいけなかったのか振り返りなさい。それをどうするかを、まずは考えなさい」
訓練なら、まだミスは許されるのだから。
「それがいつか、あなた自身を助ける何かになります。―――もはや、これは心得ですね」
ふふ、と笑う。
これは、誰の言葉だったか。
シスターだったか、神父だったか、イタリアンマフィアの女ボスの弟のナイフ使いだったか。
「あなた達はこれからなのですから、もっと訓練で学びなさい。まずは経験の積み重ねです」
「はい……。わかりました」
納得したようなしてないような様子で答えるノエルさん。隣のカリーナさんもやや不満そうです。
もう一つ、言いますか。
「一つ、アドバイス。お二人は、何のために武器を手に取りましたか?」
「はい?」
「何のために、ですか?」
「はい。そうです」
戦う理由。それが何かでも変わるでしょう。
「私は……領地の民の為よ」
「私は家族の為に……」
前者はノエルさんで、後者はカリーナさん。悪くないですね。
「なら、それを忘れずに。戦場に出て戦い続けるのなら、忘れないで。―――でも」
でも。
「そうしている内に、守りたいものとの間に目に見えない溝が見えてきます」
「溝、ですか」
「はい。自分からは越えれない溝です。それが何かは、あなた達で知りなさい」
彼らとは違う場所に立っている、もしくは立ってしまったという事実はいずれ突き付けられるのだから。
更に見えるものもあるけれど……。
「そして、自分の隣に目に見えない何かが立っています。それも複数。誰にでも一つはいるのだけれど、戦うその人には沢山いるんです」
「何かってなんですか?」
「幽霊のようにずっと傍にいる、何かです。――――それらは自分の手を取ろうとしてきます。それとは手を取らないで」
手を取ってしまえば、二度と戻って来れません。堕ちる所まで堕ちるのですから。
今の私のように、とは言いませんが。
「……意味が、わからない、です」
「そうでしょうね。これは、いずれの話です、カリーナさん」
いつかその時が来て、この話を覚えていたら、答えは出るのですから。
「じゃあチハヤさんは―――何のために武器を手に取りましたか? そして、その溝が見えていて、その幽霊のような何かも、隣にいるんですか?」
ノエルさんの質問。
「最初は家族を守りたくて。そして、隣人を守りたくて。そうして戦っている内にその人達と離れた場所に、私は、ね?」
その質問は答えられる質問です。でも、全ては答えません。
「そして、最後にはそれと手を取りました」
「…………」
「…………」
「それは私が望んで、選んで、手を取った――――はずのものだったんですが」
「……ですが?」
「どうやら、思ってたのと違うようで。それは私をどこに連れて行くのか見当がつかないんですよ」
自殺だったはずが、運と偶然で今まで生きているのだから。
「だから、気を付けて」
経験者だからこそ、そう言うしかないのだけれど。
少なくとも、私のような人は増やすべきではないから。




