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並行異世界ストレイド  作者: 機刈二暮
[第六章]オルレアン連合総合軍事演習
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公開演習、三日目⑥



『チハヤ! 早く何かアクション起こしなさい!』


「もう動きますよ。そう急かさなくとも……」


 通信で怒鳴るアルペジオに対しチハヤはのんびりと答える。


 《プライング》がジャミングスモッグとECMを発生させ、スモークの中へと身を隠してから、戦闘は中断したかのように静かになった。

 現状、この中の索敵は出来ないからだ。ジャミングスモッグのせいで直接的な視界は不透明であり、赤外線での探索も困難だ。

 レーダーを頼ろうにもECMによる妨害電波によりノイズが酷く、場所を特定出来ない。

 そうなると《プライング》が動かない限りは《ミカエル》も動けないのだ。


 チハヤはスティックを引いて、《プライング》を立たせる。


 思いのほか、ジャミングスモッグは長時間維持してくれたようだった。風があまりなかったのも大きい。


 それでも煙は流され減ったようで、スモークを焚いた時よりもやや見通しはいい。あくまで比べれば、だが。


 チハヤは視界の片隅にある地図を見て現在地を確認するが、スモークのせいで周辺の地形との整合が取れないからだろう、現在地をロストしている。

 だいたいこの辺り、とでも言いたいかのようにサークルで囲った範囲で現在地付近などと表示されていた。


 ペダルを踏む前に、チハヤは《ヒビキ》へと確認の為に口を開く。


「《ヒビキ》。60秒、ですね?」


『はい』


 それでは足掻きましょう、と言ってペダルを踏み込んだ。


 《プライング》は真上へとブースターで跳躍する。

 地上から20メートル。そこまで上昇すると、スモークより上へと躍り出た。


『《ミカエル》確認。11時の方角です』


 《ヒビキ》の素早い走査で、敵機を視認する。距離は六〇〇ほど。建物の上に立っている。


『照準警報』


 コクピットにアラートが鳴り響く。


 視線の先では《ミカエル》が盾にライフルを乗せて射撃姿勢を取っていた。


 《ミカエル》へと機首を向けながら正面にクイックブーストして回避。


 スティックを押して、ペダルを踏み込む。


 一瞬で時速一〇〇〇キロへと到達する速度でもって《ミカエル》へと接近する。


 《ミカエル》は後ろへ跳躍して、下がりながらの射撃。


 右へ左へクイックブーストを繰り返して、FCSの捕捉を振り切りつつ近付く。


 残り三〇〇の距離で《プライング》は正面を《ミカエル》へ向けたまま左へと進行方向を変える。


「ミサイル発射! まず四!」


『了解』


 背部のミサイルポッドの蓋が四つ開いて、訓練用のミサイルが飛び出す。残り十六。


 《プライング》もそれに合わせて突撃。ライフルをセミオートで撃ちながらだ。


 そして、チハヤの予想通り、《ミカエル》は背中の翼状ユニットに懸架された剣型の自律兵器を六機全て射出する。


『《パラサイト》を確認。六機です。タイマー起動』


「掛かった!」


 《ヒビキ》の報告と目視でそれを確認したチハヤは左のペダルを思いっきり踏み込む。


 視界にはデジタル表記で六十が現れ、減少していく。


 《プライング》は右へクイックブースト。急制動からの反対方向への移動へと切り替える。《ミカエル》を半時計回りに回る機動だ。


 左背のサブアームが動いて、ミサイルポッドの発射口を正面へ、続いて左へと向ける。

 右背のサブアームはポッドの発射口を真上に。


「左右交互に、コンマ五秒間隔で発射!」


『了解』


 その指示通りに、ミサイルが左へ上へと放たれる。


 八秒かけて残りの十六発が全て《ミカエル》へと向かっていく。

 半分は左から回り込むような軌道で敵機を追いかけ、半分は上から降りてくるような軌道で追いかける。


 相手から見れば、嫌がらせよりも悪質な攻撃だった。

 そういった専用のミサイルではないが、それでも上や左右から回り込んでくるような軌道は避けづらいのだ。


 しかし、《ミカエル》には《パラサイト》があるので回避や対策面では問題ないだろう。


 三機は上に上がっていき、三機は左へと向かっていく。


 予想通り、とチハヤは判断する。ミサイルの回避は面倒なのだ。フレアや遮蔽物がない限りは引き付けて旋回範囲外まで出なければならない。


 それ以外は撃墜していくしかないだろう。それでも、弾薬を消費してしまう。


 だが《ミカエル》には《パラサイト》という迎撃対応が出来る。しかも《パラサイト》は指示さえ出せばあとは勝手に動く便利なものだ。

 それに任せてしまえば、ミサイルの迎撃など容易いだろう。


 ミサイルポッドが、訓練用の模擬弾頭を全て吐き出した。


 視界の隅には、今撃った、そして無事なミサイル弾頭の数が表示される。


 残り44秒。


「あの動きの機敏さからして、ミサイルが60秒も撃墜されずにすむ訳がない」


 チハヤはそう呟いて、目の前のパネルを操作。


「ミサイルポッド、パージ」


『パージします』


 ここからはスモークも電波妨害もいらない。

 《プライング》の背部サブアームに接続されたミサイルポッドが投棄される。


「ヒビキ。《linksシステム》、リミッター解除」


『了解』


 その一言で、頭痛が酷くなる。鼻から血が垂れる感覚。

 機体から頭に流れてくる情報量が増えた証拠だ。


 全方位から同時に襲ってくる《パラサイト》。

 とてもセンサで感知して警告音(アラート)が発してからでは回避が間に合わない。


 なら、センサが感知した情報を自分に直接送ればいい。


 いつか、《FK075》相手にやったことみたいに。


 左手で鼻血を拭って、ペダルを踏む。


 《プライング》は《ミカエル》目掛けて突貫。


 両手のライフルを撃ちながら接近する。


 《ミカエル》も左へと避けながら牽制射撃。


 ブースターを最大出力で噴かす。噴煙が青白くなり、《プライング》の速度が上がっていく。


 左腕のブレードライフルのブレードを展開。


 対する《ミカエル》も左手にライフルを持ち直し、盾からブレードを引き抜く。


 一瞬で近付く二機。


 ブレードが振られるのも、同時だ。


 一度の剣撃音。


 弾かれたのは《ミカエル》だ。


 それもそのはずで、速度も重量も《プライング》の方が上なのだ。

 地面を踏みしめることが出来ない空中では、頼れるのはブースターと機体の単純な出力である。


 しかし。


「とっさに下がりましたね……」


 あえて弾かれたとチハヤは呟く。


 手応えがあまりなかったからだ。


 単純な運動エネルギーで勝る《プライング》にぶつかっても弾かれるなら、最初から弾かれるように動ければ次の動作は早く動ける。


 事実、《ミカエル》は弾かれたあと、《プライング》から距離を取るように離れていく。


 追い掛けつつ、右手のライフルを向けてセミオートで射撃。

 相手を追いやるような射撃だ。


 《プライング》は《ミカエル》より高度を下げて、斜め下から撃つ。

 建物より下には行かせないつもりだ。《パラサイト》にミサイルの迎撃をして貰わなくては困る。


 ここからはリンクス二機の追走戦と、ミサイルとそれを追い掛ける《パラサイト》の追撃が繰り返される。


 右、左へ避けては反撃をする《ミカエル》。


 迎撃を避けては再度射撃する《プライング》。


 その二機の周囲をを、緩やかな曲線を描くミサイルと鋭角で直線的な機動を取る《パラサイト》が走る。その後は墜ちていくミサイルだけだ。


『ミサイル全弾破壊されました。《パラサイト》が来ます。残り時間は10秒』


 《ヒビキ》のアナウンス。


 六機の内、四機がこちらに切っ先を向けたのを認識する。


 残りの二機は、という思考とその答えが頭の中に同居する。


 想定より早い。


 チハヤはコクピットで振り返り、スティックを思いっきり引いてペダルも踏む。


 クイックブーストで急制動。


 上に跳ねるようにクイックブーストして背後と右から突撃してきた《パラサイト》を避ける。


 間髪入れずに次は左へのクイックブースト。真上と右手からの突撃を避ける。


 蛇行するように下がりつつ、両手のライフルを《ミカエル》に向ける。


 一瞬でFCSが計算して、対象を捕らえる。


 発砲。


 《ミカエル》は回避行動を取った。


 放たれたペイント弾は、《ミカエル》に戻ろうとした《パラサイト》二機を捉えた。


 撃破判定を受けたであろう《パラサイト》は地面へと墜ちていく。


「まず、二つ」


 呟いて、次の目標をすぐさま選ぶ。


 やはり、母機へ充電と補充に戻るのは隙があった。母機が動き回っては回収は困難だし、出来たとしても動きが単調になる。


 戻る瞬間をチハヤは狙ったのだった。


 今度は前にクイックブースト、同時に半時計回りに反転する。


 左手のライフルで、たった今避けた《パラサイト》へ銃撃。


『三』


「次!」


 今度は左へブースト。《パラサイト》の後ろからの突撃を回避して、その後ろへ右手のライフルを発砲。難なく堕とす。


「四つ……っ!」


 脳に直接来る警告。とっさにペダルを踏んで、後ろへクイックブースト。


 先ほどまで《プライング》がいた空間をペイント弾が通り過ぎていく。

 《ミカエル》からのライフルの砲撃だ。


 これ以上、《パラサイト》を堕とされたくないからだろう。


 だからと言って止める訳にはいかない。


 《プライング》の後ろへ行こうとする《パラサイト》へ、左手のブレードライフルを十発の連射で黙らせる。


「五つ」


『残り、正面からです』


 《ヒビキ》のアナウンス。


 戻らせる暇がないとわかったのだろう。燃料切れ(ガス欠)覚悟の突貫だ。


 照準は間に合いそうにない。


 ならば、と左手のライフルのブレードを展開。


 接近してくる《パラサイト》。


 右へクイックブーストしつつ、右から左への、袈裟斬りの軌道でその上面を叩く。


 判定は言わずもがな。


「六つ!」


『六』


 これで全機落とした。


 あとは。


「メインディッシュ、行きましょうか」


 チハヤはそう言って《プライング》を《ミカエル》へと向き直す。それと同時に左へクイックブースト。

 銃撃を回避して、《ミカエル》へと突撃する。


 《ミカエル》も《プライング》へと突撃する。


 お互いに右へ左へ機体を振って敵弾を回避する。


 最接近。五〇メートルもないような近さだ。


 相手の左を回りながら、機影を捉えつつ旋回。


 《ミカエル》はこちらに盾を掲げる。


 相対速度が一六〇〇キロを超えてもなお捕捉するFCSだが、盾を前に掲げられては射撃しても意味がない。


 何もせずにバックしようとして。


「―――っ!」


 脳に届く信号。


 《ミカエル》が盾を前に掲げたまま、こちらに接近してきた。

 かなりの速度だ。


 どうして、と思うと同時に衝撃が来た。


 シールドバッシュ。


 金属同士がぶつかる音が鳴り響く。


 コクピットが揺さぶられるが、チハヤは振り落とされないように必死でシートにしがみつく。


 視界に姿勢制御のジャイロを投影。


 なんとか地面に墜落するのだけは防がないといけない。


 《プライング》は弾かれた反動を利用して高度を落としながら下がる。


『損傷軽微。左腕、ブレードライフル、ロスト』


 状況の報告。


 チハヤも認識していたが、嫌な報告だった。


 やや幅の広い道路に下がりながら着地する《プライング》。

 空いた左手を建物に引っかけ、建物の壁を壊しながら減速する。


 今の《ミカエル》の速度は何か、と問いかけたところで答えは一つだろう。《パラサイト》の重量分がなくなった事による軽量化と、ブースターの設定の変更だろう。


 《ミカエル》へと視線を向ける。ちょうど《ミカエル》は、ライフルを投げ捨て、盾に納めていたブレードを引き抜いたところだった。弾切れだからこその行動だろう。


 チハヤは視界の片隅にある現在のライフルの弾数を見る。マガジン内は五発。撃ってもすぐにリロードの必要がある。 


 《ミカエル》が盾を前に掲げて、ブースターを噴かして接近を謀る。


 弾倉の交換にかかる時間。その間に《ミカエル》がどれだけ接近出来るか。

 残りの装備は何か。


 その三つを換算して。


 《プライング》は右手に持っていたライフルを《ミカエル》へとサイドスローで投げつける。


 投げられたライフルは、盾で弾かれた。

 《ミカエル》は上段からブレードを振り下ろす。


 《プライング》の左前腕の補助腕が展開。

 その格納スペースにあるそれ(・・)が起き上がって、右手がそれを掴む。


 振り抜き様に一閃。


 弾かれるブレード。


『……予備のナイフか!』


 外部スピーカーで《ミカエル》のパイロットであるクラリスが叫ぶ。


 《プライング》のその右手には、折り畳み式の訓練ナイフが握られていた。

 その刃渡りは基本的な近接装備としては短いが、相手を無力化するには充分なリーチはある。


「備えあれば、と言いますから」


 その叫びに答えつつ、ブースターと併用してナイフを突き出す。


 その突きは、盾で持って防がれる。


 《ミカエル》のカウンターは、また上段の振り下ろし。


 これは、チハヤは予測していた。


 近接格闘は苦手とする《プライング》だが、予測して早く動けば対応ぐらいは出来る。


 今度は右前腕の補助腕。そこに格納された折り畳みナイフを左手で引き抜いて、振り下ろしを受け止める。


 《ミカエル》を弾いて、姿勢を低くして近付きつつ、時計回りに反転。ブースターも併用したそれは速すぎるの一言だ。


 振り返り。両手のナイフを逆手に握り直す。


 右手のナイフを繰り出す。裏拳のような、速度の乗った左から右への一閃。


 盾を構え直す《ミカエル》。


 ぶつかるナイフと盾。


 弾かれたのは、盾だった。


 盾の縁を引っ掛けるように振った。そこへ高出力なブースターの上乗せがあるからこその結果だ。


 立て続けに左の逆手に握ったナイフを繰り出す。


 《ミカエル》はこれをバックステップで回避。

 ブースト機動で距離を開ける。


 《プライング》は左手のナイフを順手に。

 牽制として、サイドスローで投擲。


 投げられたナイフは、横凪ぎに振るわれたブレードで明後日の方向へと弾かれる。


 その振るわれた隙を狙ってクイックブーストで接近する《プライング》。

 右肩を前に、両手でナイフを握って突き刺す姿勢だ。


 対する《ミカエル》は振るった勢いでブレードを大上段に構える。

 上から叩き斬る姿勢だ。


 接近する黒く尖鋭的な機体と、ブレードを振り下ろす天使の如き機体が、交錯する。


 どちらも、動きを止めた。


 《ミカエル》のブレードは《プライング》の左胸部に真っ直ぐ触れていた。


 《プライング》のナイフは《ミカエル》の右脇腹―――に触れていなかった。


 そして、膝を着いたのは《プライング》だった。

 ジェネレーターの駆動音が低くなり、カメラアイが暗転する。


 撃破判定。


『状況終了!』


 無線で。スピーカーで。


 コクピット内で、観戦会場で。


 その宣言が鳴り響いた。




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