夕暮れにて、埋葬と
その日の夕方。
僕は基地の外れ、比較的ノーシアフォールに近くてランツフート帝国に近い場所で、敵兵の遺体を埋葬する作業をしていた。
総勢三二六人分の穴を重機で掘り、そこへ棺を置いて埋めていくだけの作業はおやつ時から始まり、日が沈む時間まで続いた。結構な人数を、重機で掘ったり少なくない人数でやれば、数時間で終わるものらしい。
墓石は歩兵なら彼らの銃、リンクスのパイロットならリンクスの残骸の一部。ドッグタグがあればそれを墓石へ掛けただけの墓だった。
「……これで終い、か」
最後の一人を土に埋め、墓標とばかりに敵のリンクスの一部――腕部の構造材に開けられた穴に墓の主のドッグタグを吊るす。これで三二六人目が埋葬された。
近くのトラックまで歩き、ポリタンクに蛇口付けたようなそれを捻って水を出して土に汚れた手を洗う。ハンカチで水気を拭いて、北へと視線を向けた。
夕焼けに照らされた三二六の墓標がずらりと並ぶその場所は、見ていて壮観だと言ったら、間違いなく罰当たりな発言だろうと言われるか。
僕は胸のロザリオを手に、片膝付いて目を瞑り祈りを捧げる。
祈り?
いや違う。
そんな優しいものなんかじゃない。
ただ恨め、と。赦しは乞わないと思うだけだ。
それでも、かつて教わった祈りを捧げる。
恩人から教わった言葉を呟きながら。
「あのー」
後ろから、女の子の呼ぶ声がした。
「もう、終わったよ」
僕はそう答えて立ち上がる。振り返れば十代半ばの背の低い子がいた。
彼女はフォントノア騎士団お付きのティリエール教の修道女、モニカという子だ。有事の際の、死者の弔事全般の為にいると聞いていたけど、本当に葬祭をするとは。
「意外と信心深いのですね」
「そこまで信仰心無いんだけどね
」
「そうですか? その十字架は貴方の世界では宗教的な物でしょう? お祈りを捧げる方は貴方以外にもおりましたけれど、一番長く、丁寧にお祈りを捧げていたのは貴方だけですよ。現に、周りには誰もおりません」
モニカにそう言われて、初めて僕達の周りに誰も居ない事に気付く。他の人達は帰ったか、道具の片付けしているかだった。敵国の兵士への冥福の祈りは簡易的にかそれ以下らしい。
置いていかれそうなので、トラックへ歩き出す。まだ基地でやることだらけ。早く帰らないと。
「まあ、カトリックではあるけど、そこまで入れ込んでないし。恩人達が信仰してたからキリスト教のカトリック信者になっただけだし」
歩きながら先程の言葉に答える。
「貴方自信はその……キリスト教という宗教を信仰しているのですか? 心の底から?」
その問いに僕は心からは無いよと答える。
「さっきも言った通り、恩人達が信仰してたってだけで……」
我ながら、異端審問官の家系だった神父にしばかれそうな発言である。ほんと人殺してそうな容姿してるんだよねあの神父。カタギじゃない空気しか出てないし。
「では! ティリエール教に入信しませんか?」
モニカが僕の手を握って、営業スマイル全開で誘い始めた。怪しい新興宗教の勧誘の表情じゃないかとさえ思う。
「ごめん。神と崇めていいのは主のみだけなんよ」
でも僕は多神教民族の日本人なので神様ならなんでも崇めてしまいそうだけど。
それを聞いた彼女は今度は何か恐ろしい物でも見るような表情へと変わる。ころころ表情が変わって面白いのだが、この反応は何かおかしい気がする。聞かぬが仏、ならぬ聞くが仏。
「何か変なこと言った?」
「キリスト教って一神教なんですか」
「うん。でも自分自身は多神教民族の出だし、はっきり言って主以外にも神様居てもいいじゃないとか思ってる」
異端審問官が居たらきっと僕は拷問されてる。……そういえば神父が異端審問官の家系だった。居なくてラッキー。
「えっ……と、それなら安心、ですね」
「信仰的に、一神教は何か問題があるの?」
「あるのですよ。かつて大昔も大昔に、一神教が引き起こした宗教戦争がありまして」
モニカが語るところによると、オルレアン連合の地域全般で狂信的な一神教が聖戦を語り他教徒相手に戦争を仕掛けたらしい。結果的にその一神教は戦争で負けたのだが、この戦争でもたらされた被害は当事の文明レベルではあり得ないような被害だったそうだ。
以来、この辺りの国々は多神教へと宗教が変わっていったのだとか。
多神教と言ってもどこか僕ら日本人に近い宗教感覚で、勉学で大成したい人なら文学の神様を奉る教会へ参拝し、商売ならその方面の神の教会へ。豊穣なら豊穣の神へと必要に応じて参拝する宗教の教会へ行くらしい。例えるなら商売繁盛の為に稲荷へ参拝し、受験合格なら天神へ参拝したりとする感覚だろう。
「なるほどね」
モニカの簡潔な説明を聞いて軽く首肯く。
「ティリエール教は何の神様を奉っているんだ?」
「ティリエール教は秩序と法の神、ティエリアを奉っております」
イレギュラー絶対殺す神様じゃない事を祈ります。
そこまでは言わなかったけれども、法の厳守に厳しい神様なのかと聞いてしまった。破ったら即断罪、みたいな。
「そこまで厳しい女神様ではないのですよ。法を破った理由に正当性があれば刑罰を軽くしたり無罪放免と審判する心の広い女神様です」
秩序と法の神という事もあり、ティリエール教を国教とする国も多く、フォントノア騎士団の所属元であるストラスールもそうだとか。
「遅いぞ。置いてこうかと思ったぞ」
「ごめん。その時は君の夕飯は抜きにしておこうか」
「だー! コイツ炊事係だった!」
兵士と軽口を叩いてからトラックの荷台に乗り込む。荷台でも後ろの後ろ。最後尾だ。モニカは僕の前に座る。
それが合図だったかのようにトラックが発進する。後ろには墓標が立てられた場所がよく見えて、離れていく。まるで、生者と死者を分けるかのように。
「そういえば、僕は信心深い人のようだ、とか言ったっけ?」
遠くなっていく墓を見ながら、僕はモニカに訊いた。
「はい。そこまで信心深くないと回答しましたよ?」
「うん。もっと言えば、神様なんていないと言いきるよ。宗教、神様なんて人間が作り出した幻想にすぎない」
これは、シスターが言ってたこと。実にカトリックらしくない発言だ。
「神様が実際にいるなら、ソイツはきっと人に残酷で絶望しか与えない存在だろう。人が足掻く事を見ていたいだけのサディストだろうさ。困難を乗り越えれるものなら乗り越えてみせろって嗤ってさ」
だから。
「僕の祈りは何かって言うと、さ っ さ と 僕 を 殺 し て く れ って願ってるようなものだよ」
「……なっ……!」
モニカと近くで話に耳を傾けてた兵士何人かが絶句する。
「僕のような化け物なんかさっさと断罪されなきゃならないのにね。でもさ―――」
モニカに向けて、僕は笑顔で続ける。
「どうも神様は僕を生き地獄で生かしたいらしい。簡単に死んでほしくないんだろな」
ここで、あの男が言った言葉を思い出す。
「死ななかったのなら、生きてみるといい……か。いつまで生きてみればいいのやら」
そう言って、視線を再び墓標へと戻す。
夕日で照らされたその場所は、僕には少し綺麗な所だと思ってしまった。