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<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

きっといつまでも続く。

作者: みの男

満開の桜と青く澄みわたる空。

爽やかな風の吹く、春らしい春のこの日、僕は満を持して高校生になった。


入学式が終わり次第始まった視力検査とかいったものも終え、自己紹介や教室で先生の話も聞いた。バッチリメモもとった。

鞄も購入したし、もうあとは帰るだけだ。

今日から高校生、といっても実感は思った以上に薄い。

中学ではあんなに頑張った受験勉強が、今ではいい思い出だと感じるくらいか。

出来の悪いながら頑張った自分に、内心しみじみするばかりだった。


気付けば、あんなに人のいた教室も今や数名となっていた。

一ヶ所に女子数名がかたまって騒ぎ、あとはなにかしら整理しているやつが点々といる。


僕とあまり変わらない。大体整理なんて言っても、手持ち無沙汰気に鞄や教科書に名前書いたり携帯弄くったりしてるだけなんだ。

見た限り家族が来てない人が残っているようで、まあ考えることは同じなのかもしれない。


窓際の前から二番目という好立地にある僕の席からは、他の皆が親や兄弟だろう人たちと正門から出ていくところがはっきりと見える。

当然だが、このまますぐに帰ることは簡単だ。それで少し気まずいような思いをするだけで。


手持ち無沙汰なのは僕も同じことだった。

プリントなどを配って説明をしていた先生がその寂しい気持ちを汲んでくれたかは知らないが、このあと三十分ほどなら校内にいてもいいと言われていた。


だから僕が校内の探索でもしようと思い立ったのは、家に帰ったところで寝るだけなら、なにも変わらないのではないかと感じたからだった。

スポーツバッグと同じような鞄を手に立ち上がる。

教科書分を差し引いても、なんだか中学の頃よりもずっしりと重い…気がする。

少しの視線を感じつつ教室を出る間際、後ろから声をかけられた。


「帰るの」


「え?」


振り向くと、背後でゴンズイ玉のごとし人気ぶりだった彼がいる。

どうやら僕に言ったのらしい。ひょっこり顔を出してこちらを見る彼と視線が合った。

そのまま、ちょっと探検に行くと返した。


「探検かぁ。いいな、俺も行っていい?」


戸惑ったが、まぁ断る理由がないので頷いて返答した。

彼はカバンを持ってくると言うと、ゴンズイ玉の中に顔を引っ込める。

僕は外で彼を待つことにして、扉の真横に立った。

邪険にしたってしょうがない。しょうがないが、一人で気楽にしたかっただけに少し残念でもある。


彼が戻り少しすると、何故か教室内がブーイングに包まれる。

(な、なんだ?)

とっさに中を見てみると彼が女子に囲まれている最中のようだ。


「いっちゃやだー」


「一緒に帰ろうよぉ」


「ねね、今日あたし家遊びに行きたいな」


「いーなー。つか私も行くし!」


エトセトラエトセトラ、さっきまでかたまってはしゃいでいたヤンチャっぽい女子たちが彼を誘っているようだ。

なんだかやけに慣れてるようだけど…もしかするとあの人たち知り合いだったのか?

近所の中学から上がってきたならそれもありうる話だろう。そうじゃなくても多分、コミュ力高そうだから不思議ではないけど。


素直に女の子に囲まれてるのが腹立つ。

こわそうな人は普段避けて通る方なので、ちやほやされてるのは羨ましいけど、されたくはないけどね!

絶対にあり得ないことを思いつつ、もうブッチしてさっさと見回ってしまおうかと思った。


「あー…悪いけど人待たせてるから」


「え?友達ー?誰?」


「あいつ。おーい」


扉の影からちらちら観察していると、呼ばれてしまった。

友達?一瞬不思議になったが、ピンときた。


「ぉ…おい、早く来いよ。先行くぞ?」


裏返りかける声をのんで大きな手振りで彼を誘った。女子達があからさまないぶかしんだ顔で僕を見る。

……どう足掻いてもモブ顔の僕には、中々に突き刺さる視線だったとだけ言えぱわかるか。


「待ってって!今行くから」


大分後悔しかけてるなかで、彼が女の子の群れから飛び出した。その手には、当たり前だが僕と同じスクールバッグが握られている。


「あっ…律くーん…」

「もー!またねー!」

「ん。じゃまた連絡するわ」


バイバーイなんて言ってる彼を尻目に、僕はようやく顔を引っ込める。



「ありがとー、助かっちゃった」


彼が来るのに先んじて廊下を歩いていると、彼は追い付いて話しかけてきた。


「いや、それはいいけど…君帰んないの?」


彼は首をかしげた。まるでさっきの僕みたいに不思議そうだ。


「帰る?ってか、君ってなに」


僕の言い方がよほどおかしかったのか、彼はブフッと息を噴き出して笑った。

内心キョドってしまうのも無理はなかろうと思う。

失礼な奴だと思ったが、まぁそれを言うことはない。

この人の事が正直とても怖かった。だって、見るからに不良っぽい。


ギシギシな暗めの茶髪にピアス穴を見れば、明らかに普段の彼の姿が思い浮かぶ。

それを許すようなゆるい校則から考えると仕方ないかもしれないけど…。

会話を終わらせるために、あえて疑問をぶつける。


「…帰るために僕に話しかけたんじゃ…?」


「僕って…!ああ、いやそうだけど。だってお前…キミ、学校探索するん、だよねぇ?」


唐突にぎこちなくなった彼に僕も噴き出した。


「なにその喋り方…!ふ、普通に喋ればいいよ」


「あー…やっぱ変?ごめん、あんまり慣れてないんだ。キミとかボクとかあんまつかわねーんだよね」


彼の言うとおりだ。本当に言いなれてないんだろう。

話を変えようと、ほんとに行くのか訊ねると彼は首を縦に振った。


「なぁ、名前なんての?俺は志村律」


「村瀬修」


 志村、別に付き合って損のでる人じゃないだろう。ほどほど仲良くなれたら嬉しい感じだ。


「修かー!よろしく!ね、ね、友達なろうよ」


志村はニコニコしながら手のひらを差し出した。


「うん、よろしく志村くん」


キャラに似合わず真面目っぽい仕草だ。出された手に手のひらをあわせて握手をした。


「ん!じゃ、あとでアドレス交換しよ。つか俺は律で呼び捨てにしてくれたらいいし」


「わかった。よろしく、律」


「よろしく修!」


握手をぶんぶん振り回すようにしてから、志村…あらため律は手を離した。

今までこんなタイプと出会ったことがない僕は、ちょっとドキドキしていた。


今までも普通に友達ならいたけど、彼は距離が近いっていうか、パーソナルスペースが近いっていうか、フレンドリーっていうかなんなんだろうか。

そういうのは苦手だったけど、友達になろうなんて言ってくれたのはすごく、嬉しかった。



「あのさ、探索ってどの辺り探索すんのか決まってんの?」


廊下を歩きながら下へ降りる階段を探していた僕らだったが、ふいに律が聞いてきた。

特に探検内容も決めてなかったので、決まってはないと答える。


「まぁ、ちょっと周り見るだけのつもりだったし。場所は追い追いでもいいかなって」


どうしようか考えていると、彼はニヤリと笑って肩を組んできた。


「ぶらぶらするだけじゃつまんないだろ!それならさ…ここ、実は穴場あるんだけど。よかったら見てかない?」


鋭い眼光でニヤリと笑って、律はまた僕の手をとった。


「穴場って…?っちょっと!」


「いーから」


まるで引きずられるように手を引かれて、僕は彼のあとをついていった。



新棟より少しだけ離れた場所にある、旧棟と呼ばれる校舎に僕たちはいた。

普段は物置や準備室として使われていると律は言っていたが、まだ昼頃なのにたしかに人気のひの字もない静けさだ。

それは今日が入学式だからということも勿論あるけど。


そんな旧棟の、立ち入り禁止と扉にベタ張りされた屋上前に連れてこられた僕は、きっと変な顔をして彼を見ていただろう。ドアノブに鍵穴がついている。

試さなくてもわかる。こんな所は明らかに鍵がかかっているものだ。

しかし、律はニヤニヤしてポケットに手を入れると、銀色に光る鍵を取り出した。


「えっ!嘘だろ、それ…まさか…」


彼はなにも言わずに鍵を差し込んで回し、楽々と扉を開けてみせた。

ギィ…と軋んだ扉は、錆びているのか埃なのか、粉をパラパラ降らせた。


光と共に出た屋上だが、目を引くようなものは特になにもなかった。

春の気持ちいい天気と、辺りに錆びたフェンスはあるものの、それ以外は雨ざらしのままだ。


「はぇー…で、ここがどうしたって…。律?」


肩透かしされた気分で後ろを振り向くと、律はまたしてもニヤニヤして、上を指差した。

給水タンクでもあるんだろうかと見上げれば、出入口の上に箱形のなにかが乗っかっているのに気が付いた。

とはいえそれはただの箱形の何かだ。ハテナを浮かべていると、隣に並んだ彼が悪戯そうに笑って教えてくれる。


「あれ、設計ミスでできた部屋なんだって」


あれが部屋か?

そう思うくらいには、下からでは気付きにくい。あれを部屋として認識させるためのドアなどが、まるきり見えないからだ。

ほーん。と納得しかけて、僕はある疑問に至った。


「…なんで鍵持ってたり、そんなこと知ってるんだ?律も新入生だよな?」


「知りたい?実は…」


イタズラが成功した子供みたいに笑う、彼が言うにはこうらしい。


今年卒業した3年に兄がいて、弟の彼は中学の頃からこの高校に遊びにきていた。

(他校の人が簡単に入ってこられる所から、この学校の卓越したセキュリティを感じてほしい…。)

ここ自体元から不良っぽい人は多くて、この旧棟の部屋はそういう人たちの溜まり場でサボり場だった。

律は彼らと仲良くなり、今年この鍵を預かった…というわけのようだ。


「なんか、すごいんだね」


「うん、まあ、ないと思うけど、ここのこと他人に喋っちゃダメだよ」


彼の目がキラリと光ったような気がする。

当然僕が言うわけがない。こくこくと頭を振って、肯定を示した。

すると彼は嬉しそうに顔を緩めた。


もう…入学式の頃からまさかまさかとは思っていたことだったけど、認めるしかないのかもしれない。


滑り止めではあるものの普通の学校だと思い込んでて、リサーチ不足だったかもしれない。いや、明らかにリサーチ不足だ。

ここは結構僕には辛い学校だろう。

とりあえず今は、不良が多いのは前の3年だけだと思い込むことで振り切ることにした。


「なにしてんの修?早くしろよー」


「あ、うん」


そしてどうやら、僕らはその箱に入るらしい。

彼はこれまた見にくい場所に取り付けられた梯子を、慣れた手つきで登っている。

特別抵抗する気もなく、僕も梯子に足をかけた。

不良の溜まり場だった場所は怖いけど、なによりそこは中三上がりたての今をときめく男子高校生だ。

無論、好奇心が勝った。


 

そこは下から見たときとあまり変わらない、四角いでっぱりのような箱形の建物だった。

バレやしないかとヒヤヒヤするが、新校舎と旧校舎の丁度間に横たわる雑木林のせいで、この場所自体見えにくいらしい。

伸びた樹木は屋上のこの場所を覆うように生え、新校舎の屋上と遮っている。

さらに、おあつらえ向きに入り口すら裏を向いているこの箱状の部屋だ。

なるほど、彼のお兄さんがばれなかったわけだ。


何故あるのか?という疑問は拭えたわけではないが、不思議と安心感が胸に広がる。バレる可能性なら少ない方がいい。


はしごを登った先、言ったように扉は裏を向いていた。律はまた懐から出した鍵で開ける。扉を開け放った彼は、慣れたように中へ入っていく。

僕もつられて足を踏み入れた。


「うあ…なにここ…」


「な?凄いだろ」


第一声は感動というよりもドン引きした結果だったが、律はなにを勘違いしたか嬉しそうに微笑むと、促すように硬直しきりの僕の背を軽く叩いた。


ありえない。ありえないだろ…。こんなの普通じゃない。


混乱する僕の目にうつる部屋は、綺麗なフローリングに長毛のカーペットが敷かれ、机、座椅子、ベッド、テレビ…。

ワクワクするよりも先に恐ろしかった。


「どうした?上がれよ。あ、靴はここで脱いで…」


「いや、いやいや!おかしいでしょこれ!」


ハッと正気を取り戻して、僕は腰を抜かした。

なんで設計ミスの空間にフローリング?ベッド?テレビ??電気通ってるの?

どうやって持ってきたんだ…。

わけのわからないことばかりだ。


どことなく知ってはいけないことを知ってしまった気がして、体が震える。有名な某TRPGならば1/1D10くらいの正気度減少ロールが入るところだろう。(これのミソなところは成功しても1は正気が減ってるとこだ)

更に余計にもアイデアロールにも成功してしまった。律は知ってて、しかも利用していたということに気付いた。


こんなやつに関わったらあとが怖い…。僕は咄嗟に逃げようと後ろを向く。

しかし、律が鞄を掴んだために、動けなくなった。


「ちょ!なんだよ、逃げることねーじゃん!?」


「い…いや…逃げるだなんてそんな…。た、探検飽きちゃったから…ハハハ」

「そういうのいいからマジで。…ほら靴、早く脱げってば」


こんなの、見つかったら一発退学ものだと思うんだ。

逃げ去りたいと強く感じながら、それでも怒りぎみに言う彼が怖くて逆らえなかった。

しぶしぶ言われるがままに脱いで、律の靴の近くに揃えて置いた。


「っかしーなー…ここって普通喜ぶとこじゃね」


「だ、だって律さん…こんなのバレたら絶対やばいよ」


「あ…それ気にしちゃった系?大丈夫ヤバくないヤバくない」


大丈夫ヤバくないヤバくないというあまりに根拠のない言葉に顔から血の気が失せていく。

少し言い募ってみたが、律は少しも相手にしなかった。


「んー…じゃあ、俺お前にしか教えないよ。そしたらバレないよな?」


「み、見つかんないかな…」


「修さー、心配しすぎ。どうせ見つかってもなんとかなるってば」


ならんでしょ。と口に出して返せなかった。

もうこれは従うしかない。というよりは彼が相手である時点で、モラル底辺校ver.スクールカースト的にぶっちぎり上位だ。

このカーストは人気のヒエラルキーだからだ。つまり発言権のない僕は従うしかなかった。


…見た目だけなら広くて綺麗でいい学校なのに…。


さっき付き合っても損は出ないと言ったな、あれは嘘だ!となにやら自分自身につかれた嘘にくたびれながら、腕を引っ張る彼に着いていった。


 


その日僕らは、いつものように屋上の小部屋にいた。

彼はソファに横になり、僕はベッドに寝転んで快適な昼休みを堪能している。

はじめこそこの明らかな異常事態を受け入れられずに拒んでいたが、半年も経ち慣れてしまえば天国だと思わずにいられない。

ベッドも固いスプリングとはいえ寝転べることに変わりはないし、上にかける毛布は暖かくて思わず眠気を誘う。

学校にいながらにしてまるで自分の部屋にいるかのような居心地の良さだ。


毒されていると感じないでもないが、逆を言えばこの非日常的な空間はそれほどまでに気持ちがよかった。


「なぁ、修。なんか暇じゃね?」


「んー?」


今日もまた、グダグダと持ち込んだ漫画を眺めている最中だった。

顔をあげて彼の方を向いてみれば、律はソファから気だるそうに顔を見せて、再度同じ言葉を呟いた。


「ん~…別に暇じゃないよ」


期待した言葉じゃなかったのか、首を振って律は吐き出すように話を続けた。


「なんかつまんないんだぁ。刺激が欲しいんだよね、俺。お前といるのはいいんだけどさぁ。二人でなんか、こう…」


「刺激ねぇ。なんだったらここに誰か違う奴でも呼んじゃえば?」


「ここは秘密基地だから無理でーす。はい却下~」


ソファの背もたれに肘をつき、彼はあくび混じりに答える。

暇なんだったら無理してここに来なくても…とも思うが、まあ彼は充実している人間の往々にして、のんびりとしてはいられない質なんだろう。


貧弱な脳みそで刺激と聞いても、頭に浮かぶのは煙草やら酒やらくらいだ。するなら勝手にすればいいが、提案して巻き込まれるのは遠慮したいところだ。

大体それこそやってそうでもある。


うーんと唸って、あくまで健全な暇潰しの方法を考えていた。


「浮かばないなぁ…」


「修ー、もうちょい頑張ろーぜ」


「うーん。…?律、なんか笑ってない?」


「…え?別に」


「…まさか僕で暇潰ししてるんじゃないだろうな」


「あははは!バレたか~」


「もろバレだっての」


特になにも考えずつられて笑うと、律もまた笑った。

暇な昼下がり。僕はいつものように笑っていた。

事態はなにも変わらないのに、この場所にさえいれば楽しいのだと感じながら。

そしてそのあと、彼さえいなければどちらも成立しないのだと気付いて煩悶する羽目になるのだった。


ぼんやりと外を見れば寒いばかりの晴天だ。

僕ならこうやってゆっくりしてるだけでも結構楽しいのに。

もちろん、人の幸・不幸は一概には決められない。それでも、せめて彼も僕と同じなら楽だろうに。

笑いながらもどこか納得いかなそうな彼を眺めて、つまらない、ということには深く同意していた。



学校生活がもはや半年も過ぎると、その間にクラス内の序列が決まった。

その大きな三角の頂上に座するのは律を含む数名であり、彼らはいわゆるリア充カテゴリーに属していた。

多数の中間をはさみ一番下という構造にある学校内の順序づけだが、それは誰が決めるわけでもなく、なんとなくで決まっていることだ。

その中での僕はというと、この判断が少し難しかったりする。


欄外とでも言えばいいだろうか。

区別に困るが、大多数と同じく普通のはず。

善人でもなく悪人でもなく、可もなく不可もない立場上、普通に普通の位置関係でいたはずだ。


しかし、この半年の間の位置付けは欄外となったようだった。

それは何故か律に気に入られてしまったことが最大の原因であり、間違いなく…僕に友達ができない現状の原因なのである。


「修ー。今日暇だろ?俺も暇だし遊び行こ」


「えー…」


「あ、また村瀬くんだけ!ズルいよー。あたしも律くんと遊びたいのにぃ!」


「お前とは昨日遊んだだろ。今日は修の日なんだよ」


「えー!!なにそれ!」


「はいはい、レナちゃんは俺と買い物行きましょうね~」


「なによ吉田。邪魔しないでよ」


「どうせコイツは村瀬と遊ぶって決めてんだから」


「もう…いーなー村瀬くん」


修の日とはなんなのか。

というか僕の予定はどうなるのか。

頭を抱えたくなりながら、ぼんやりと前を眺めていた。

彼等が、つまるところの上位陣である。

一様に雌雄問わずのいけてる面々ばっかりだ。

吉田陸と葵レナ。二人が前の席に行って会話をしだすと、見る間に人が湧いてきていた。


フォローを入れてくれる人が周りにいないので、今日は少し自己弁護をしてみようと思う。


「なぁ、昼休み屋上行くよな?面白いビデオ回ってきたんだよね~」


「悪いんだけどさ、他の奴と昼一緒に食べるって約束してて」


「…は?」


「昨日も言ったと思うけど、今日は他の奴と食べてよ」


半年も経って漸く、友達が律だけという事態のまずさを実感した。

グループは律と組み、二人一組も律。休み時間中も律が構ってくれている。


楽しいっちゃ楽しい。だけどそれが事態のまずさだ。

周囲が僕のことを、律を独占してると勘違いしているのだ。だから、半年もたった今になって友達を作るべく働きかけだしていた。


「誰と?」


あっさり引いてくれるんじゃないかと期待半分だった目論みは、あっさりと砕け散った。

目の前には不満げに顔を潜めた彼がいた。


「松下とだけど」

「…は?松下?なんで」


もう、喉がかぴかぴだ。気のせいか脂汗も背筋を流れている。普通に怖い。

松下とだと告げたあとの彼は、隠そうともせずに不機嫌だ。


「い、いや…友達。友達だから」


「何が?俺とお前?」


何でいきなり僕達は友達だって僕が言い出すんだよ!

と胸の中で突っ込みをいれつつ、いやそうだけどと頭を振った。


「友達とか…。つうか大体…何でいきなり?」


「いや、昨日言ったよね?」


「はー?なに、それ。折角二人で見ようと思ったのにな~…」


律は隣の席を椅子がわりに腰掛けて、くるりと首を回した。

ふと辺りを見てみると、みんなが静まり返って僕らを見ていたのに気付いた。

慌てて顔を引っ込める前に、口に出してしまった松下のことを思い出す。


居たら最悪と思いながら視線を這わせる。


「あ、松下…」


最悪だ…。きっとその言葉を同時に呟いたことだろう。ポカンと口を開け、青ざめたような彼と視線が合った。どうやら茫然としているようだ。

その時律が動いた。

軽い足取りで彼の元に向かうと、今日修借りていいよね?と聞いてるのが耳にはいる。


松下が頷き、律が戻ってきて、ようやく教室内の空気が元に戻ってくれた。


「松下良いってー。んでさぁ、そのビデオすげー面白いんだよ」


「あ…あぁ、へぇ…そうなんだぁ…」


松下に目線だけで謝る。

目が合うと、松下は青ざめた顔をそらす。


駄目だ。友達ができない。

律の話を聞き流しながら、どうしたらいいものか内心で溜め息をついた。

…結局、そのビデオは特に興味無い流行りの映画だった。

しかも途中で切り上げなので、面白さは少しもわからなかった。



(いい奴なんだよなぁ…)


賑やかな周囲を無視して、現国の授業はつつがなく行われた。その喧しさたるや学級崩壊のごとし…だけど何故か注意もなければ平均点も高い。

このクラスはいまいち意味不明だ。


話しても怒られはしないが…だけど、周りのように別段話す気もなければそれこそ話す相手も(律くらいしか)いない僕は、ひたすらノートをとることに専念する。


律は確かにいい奴だ。いい奴なんだが、自分勝手な僕には困る。

僕も、もっと誰かと話したり遊んだりしたい。なのに、どうすればいいのか、もうそれさえ考えがつかない。


松下の時は失敗した。確実に悪いことしてしまった。

あれから挨拶くらいしかできてないし。てか他の人にしたって、律に隠しても何故かバレてるし。

もっと普通に、ほどほどで付き合えたらいいのに。


自然と溜め息が出る。相手がいて成り立つ友達を作るという問題は、一人ではどうもできないことだ。


重大な難問に頭を悩ましている僕をおいて、クラスの中だけがいつも通りに平和だった。


退屈。暇。

彼が言うそれは、当然僕にも分かっているつもりだ。

つまらない。皆が楽しんでるように楽しめないということすらも、余計に孤独感を引き立たせてくる。


……しかし、僕はいつまでも孤独で可哀想な金魚のフンではない。

実はまだ一人、狙ってる奴がいる。

僕の前の席に座り、僕と同じく誰にも話しかけられず、クラスでも大体一匹狼の落谷くん。


この大体というのが重要だ。

彼には友達が何人かいるようだが、席が離れてたりクラスが違ってたりして授業中に会話だなんて非常識なことはしない、言わば僕と同じく孤立してる人なのである。


ここは一匹狼同士、手を取り合って楽しくやっていきたい…ところだが。

そう、ここで難問が行く手を遮っている。

志村律。

彼がいる限り邪魔が入る。絶対横やりが入る。松下は免除されてはいるが、他人と挨拶してただけでも飛んでくる有り様である。

まるでカバディ並みのディフェンスに、僕の水中ホッケーほどのオフェンスは全く歯が立たない。


だから、今は機をうかがっていた。

どうすれば彼が見てないうちに落谷と友達になれるか…。考えられないなりに考えていた。


こう言っては変態くさいが、もはや落谷のこと考えないとまともでなくなるような気さえする。

よく言えば癒し、悪く言えば落谷は僕の暇潰しと言えた。



「落谷くーん。ちょっと一緒にトイレ行こうぜ」


「オッチーの弁当、今日は何入ってんのかな?楽しみだねぇー?」


「…」


昼休みの鐘が鳴って、落谷は今日も今日とて一緒に行ってしまう。

同じと言っていいのかわからないが、同じような存在の彼に気が付いてもう二ヶ月ほどが経っている。彼は最近昼休みになると、ああして二人組が連れションに誘っていた。


彼はその二人組…茶髪と反り込みと一緒に行くけど、それがなんとなく嫌そうな雰囲気が出てなくもないように思えるのだ。


連れションとか女子かよ…と妬んでいるわけではないが、一体落谷は何が嫌なんだろうか?

あんまり見つめてるのもなんだから、窓に目をやって考えてみる。


よくわからない。


勉強以外であんまり回さない頭は、いい加減対人関係の回路が衰えてきてるんじゃないか。

けど、二人組といるのが嫌なようならこっちから昼休み誘うのもありだな。

そう思いながら、机の上に広げたノートを片して、鞄から昼飯を出す。

昼飯といっても、まあ菓子パンとジュースくらいのものだが。


「修ー!昼休みだぞ~!」


「うおっ!」


突然、後部から首に衝撃が走る。優しく絞められる首。

後ろを見るまでもなく律だ。

限りなくゆるいが見事にかけられた技は、どうやらチョークスリーパーらしい。


「なんだよ、律…テンション高いよ…」


友達が作れない原因に一方的にしてる彼の登場に、どんよりと話しかけた。


「うわっ…修のテンション低すぎ…?」


僕の顔を覗きこむと、そんなあからさまなセリフを口走る。


「あのさぁ…もうそのネタ古いんですよぉ…やめてよ」


「どしたー、修?なんかやなことでもあったの?」


「律こそなんでそんな元気なの?なんかいいことでもあった?」


ガバガバのチョークスリーパーから脱出を試みた。いいことがあったのか?と言った所で嬉しそうに何度もうなずいている。

技をかけている頭に上った片手が頭をよしよしと撫でてくる。力は甘いと思ったが、どうやってるのか全く逃げられなかった。


「よくわかるね!良いことあったよ。早く早く!」


「はいはい…」


なにやら興奮げな彼のチョークスリーパーは反抗があってか解除されたものの、いまだ両腕が胸の辺りに垂れていた。

もしもその良いことが彼女できましたー!だったら、祝うより先に呪うかもしれない。

鬱陶しい腕を掴んで外し、コンビニ袋を持ち上げる。


「なぁ、律は…」教室を出る直前、ふと律の方を振り返ると、


「ん?なに?」


「…なんでもない」


向き直って、歩き出す。


律が一瞬こちらを睨んでいたような気がして、思わず冷や汗が出た。

今こうして、ニコニコ笑ってる彼に限ってそんなこと…。


ここでとある閃きが、ふと思いついた。

友達ができないこと。彼の暇潰し。理由もないのに優しくしてくれるわけ、そして今の冷たい顔。


それは、彼にとって僕は、もしかするとただの暇潰しの一つに過ぎないんじゃないか、という答えだった。

僕はこの考えに心底ゾーっとしていた。あり得なくもないと思えたからだ。


もしかすると孤立させて、自分がいないと話すらままならなくさせてからあっさり切るつもりなんじゃ…と。

なんとなく彼ならやりそうだ。


「…修?ほんとにどうしたの?」


立ち止まった僕を不思議そうに彼が見つめた。


「えっ!あっ…いや、実はちょっと体調悪くて」


彼に不審がらせるのもうまくない。とっさに嘘がついて出てしまった。

律はびっくりしたように目を開いた。


「えっ?ヤバイじゃん、早く上で横にならなきゃ」


「そこは普通保健室じゃないの」


「だって上のがゆっくりできるでしょ、普通に。ほら行こ!早く早く!」


彼に背を押されて、いつもより少し足早に歩いていく。




「あー……幸せ…」


屋上の小部屋に来ることにもうなんの罪の意識もない。見つかって厳罰をくらってもいいやってくらいに、学校で誰の目も気にせず寝転べるベッドというのは気持ちいい。


行き帰りの10分ほどを差し引いた50分弱、休めるというのは幸せなことだと思う。


「ほんと好きだな。…なぁ、俺も横入るからちょっと寄って」


 ベッドインするなり、彼がそう言う。


「え。嫌だよ。暑苦しい…」


「文句言わない!」


仕方なしにモゾモゾと場所を空けてやると、彼は言葉通り隣に潜り込んできた。

別に二人で寝ても余裕はあるくらいのサイズではある。サイズではあるが、肝心の二人がどちらも男では…。

暖かくなるどころか心が少し寒くなった。


「…やっぱ誰か居るのっていいよなぁ」


律がのんびりと呟く。


「そうだな、女の子だったらもっといいのにな」


さめざめと言葉を返すと、律はまたしても不思議そうにして言った。


「そりゃそうだけどさ、男でも暖かいだろ?」


「いや…それはあるけど」


いつもより暖かいベッド内にいると、まあ結構どうでもよくなる。

そう、例えば犬が寝そべっているようなものだ。


「修は体調悪いんだろ?いいから寝てるんだぞ」


「あ、そう?ごめん、じゃ時間になったら起こして」


「はいはい。お前ストレス溜めこみすぎなんだから。ちゃんとゆっくり寝な」


「お~…クソ眠い…。おやすみー」


「おう」


壁に顔を向けて背を丸めると、ゆっくり目を瞑る。


これで午後の授業も集中できそうだ。

律に感謝しながら、まるで足元から消えていくような意識の喪失をふわふわ感じて…。


「なぁ…やっぱなんかはなそ?」

「…はぁー?」


よし、さっきの感謝は無しだ。

律は、やはりまたつまらなそうに話しかけてきた。


「話すってなにを?うう…そんなんいいから寝かせてよ…」


「ほら、さっき始まったのに気付いたって言ったっしょ?あれのこととかどーよ」


「はぁ…。何が始まったんですかー」


背中越しに話すのがややこしい。

キリキリ終わらせてしまおうと体を起こして、寝そべる彼を見下ろした。


「面白いこと」


それはやけに嬉しそうな言葉だった。

やたらとつまらなそうにしていた友達の楽しそうな姿だ。僕も少し興味がわいてきた。

最近なんだかつまらない、という点において僕らは同じだっただろうから。


そしてその後、僕は彼の言葉に耳を疑うことになる。


「修の前の席の落谷ってやつ、わかるよね」


「え…あ、ああ。もちろん知ってるよ。あの人がどうかしたの」


「あいつ、なんか前から一人だったんだけど…とうとうイジメられだしたんだよ」


「え?イジメ?えっ、誰に!」


「吉田。てか吉田のグループかな。ほら、あいつらヤンチャだろ?」


愕然として律を見つめる。

吉田と言えば律の仲間、それも女好きでチャラい遊び人の、柄の悪い奴だ。

つまり僕や落谷なんかが関わっちゃいけない人。

まさか、彼がイジメられだしたなんて思いもよらなかった、が。

それならついさっきのあのやり取りも、実はイジメの現場ということだったんだろうか。


「な、なんだってそんな…イジメなんか…?」


「さぁ?俺に聞かれてもね」


僕のうわ言のような呟きに返答した律は、やっぱり気付いてなかったかー。などと事も無げにそう言う。

そうだ。律はイジメを面白いことだとも言った。


ニコニコ顔でこっちを見る律が、驚きのあまり立ち上がって固まってる僕ににじり寄ってくる。

拒むのも億劫で、彼の言葉の続きを待った。


「修はあいつと友達になろうとしてたけどさ」


「は…?え?」


「止めといた方がいいよ。イジメられっ子と関わったらお前もイジメられるよ」


あぐらをかいた僕の足に、にわかに律の頭が乗った。

律は僕を心配してくれてるんだろうか?

もしそうだったとしても、今の彼は、なんでかすごく不気味だった。

そして、彼はどうやら静観するのに決めたらしい。


イジメなんて駄目だよ!助けてあげなくちゃ!

僕がそう言えるくらいの人間だったなら、どれだけ良かったことか。

吉田のグループと律は言った。

吉田自身が正当なDQNであるなら、その取り巻きもまた同レベルの不良だ。


カラフルな頭髪、制服は着崩して、ピアスは平均二個は空いてる。短気で、それでもってクラス内の勢力が大きい。


そんなのに抗うのは、学校生活の生命はもちろん、本当の意味での生活にも関わると言って間違いない。


僕は彼がイジメられていることにすら気が付いていなかった。

どれほど落谷くんを眺めていたところで、関心がなさすぎたんだ。

寂しさから友達にしたいだけだった。


イジメなんて人並みに許せないし、最低だとも思う。それでも立ち向かえるほど強くはない。

ないはずだ。

だけど、ないなんて僕は言えない。

彼と友達になりたいんだ。

でもそれは彼だけじゃなくて、沢山の人となりたくて。だけど、でも、そしたら――。


「修はさ、イジメとかって面白くない人でしょ」


「…え?」


僕の固い膝枕を意固地に使い続ける律が、ぽつりと問いかけてきた。


「俺はまぁ…そうでもないけど、お前は優しいから。だから、良かったら落谷のこと何とかしてあげよっか?」


それは、まるで神の啓示にも似ていた…みたいな。

律。志村律。イジメを面白いとか言ってた彼がいきなりそんなことを言っても、意味がわからないだけだ。


暇潰しなんだろ?という疑問を喉元で食い止め、代わりにどういうこと?と返した。


「もっと早く気付いてくれたら簡単だったのに」


「律?それって…?」


意味深な言葉もまた、意味がわからない。律は膝上からこちらを見上げて、一層笑みを深める。


「俺、大分前からあいつが苛められてるの知ってたんだ」


「前からって?」


律は困ったように眉を寄せながら肯定する。そのまま、更に驚くことを口にした。


「それで、ぶっちゃけ暇潰しってさ、修のことなんだよ。お前があんまりイジメに気付かないもんだから…。ごめんね?」


「それって…僕の反応見て笑ってたってこと…?」


「え…?いや、そうじゃなくて!だから、修はいつ気付くだろーな?と優しい目で見てたというか…!ごめん」


あんまりなことだが、中々傷付く。


律は焦ったように上体を起こして、取り繕うように謝罪を言っていた。

半ばしょんぼりと、だけど律が僕を暇潰しにしてるんじゃと思った想像が当たっただけの事だと、気を持ち直す。


「いや…それで?落谷くん助けてあげるって、どういうことなの」


話を元に戻せば、彼はあからさまにほっとして頷いた。


「修はアイツと友達になりたかったんだよね。それ止めるんなら助けてやってもいいよ」


「えっ?な、なんで…?友達になるのは僕の勝手だろ」


食って掛かる僕を気遣わしそうに見て、律が首を振る。

直後になにもわかってないと呟かれて、僕はムッとした。

律は講義でもするように、もしくは親が子供に言い聞かせるように、苦笑でもって話を続ける。


「もうこの際だから言うけど…修さ、付き合う友達は選ばないとダメだよ。吉田とかレナとか、付き合って自分に利益ある奴を選ばないと。ほら、悪いこと言わないから、俺の言うこと聞いといた方がいいよ」


…僕は半年間、志村律という存在の近くにいた。

だけど、近くにいたからって、落谷くんのこともわからなかった僕には、律のこともわかるわけがなかったんだ。

だって彼がそんなことをいうとは思いもしなかった。


「り…律…」


こんなに明るくて、優しくて、良い奴が、友人を選べだなんていう。

豹変したようにしか見えない彼がちょっとどころでなく恐ろしくて、名前を呼ぶので精一杯だ。


「ちょ…待ってよ、なんか怖がってない?止めてよそういうの、傷付くから!」


「いや、だって…。君結構引くよ…そういうの」


大袈裟に反応する律は、いつもの関係を取り戻そうと見えた。僕も咄嗟にそれに合った反応を返す。

なんだよとぶすくれる律は、ふとベッドを降りてこちらに振り向いた。


「まぁほら…修はさ、大事な友達だから言うんだよ。だから修。俺の友達以外と友達なんか、なるなよ」


にこりと楽しそうな笑みからこぼれる言葉は、僕の背筋を凍らせるのには十分な威力をもっている。

彼はニコニコと笑って小首を傾げた。

それには至急返答の必要があるらしい。僕は彼の顔が見れず、ななめに視線をずらしながら、答えを考えた。


何故彼が僕をこんなに大事にしようとしてるのか謎だが、どうやらNOとは言えないみたいだ。

友達はもう作れそうにないらしい。そう諦める脳裏に、落谷の姿がふと浮かんだ。


「……イジメ、なんとかしてやってよ。そしたらもう、探さないよ」


台詞の内容は、とりあえず律のご機嫌を損ねることはなかったようだ。


「わかった。俺に任せて!ほら、もうそろそろ休憩終わるみたい」


遠くで予鈴が鳴り、彼は自然に手を差し出した。


「ああ…うん。戻ろうか」


本当は無視してしまいたかった。

だけどそういうわけにはいかない。

律の白い手を握ると、彼はまたもにっこり笑った。



どういう手を使ったものか。

よくよく観察してみると柄の悪かった人たちは、その日から落谷に絡むことはなくなり、そうすると彼は休み時間毎に違うクラスに遊びに行くようになった。

前の席はがら空きになって、そうすると。


「修ー。今日カラオケ一緒行こー?」


 律が居座るようになってしまった。


「行かない」


「えー?なんで。いいじゃん行こ?またあれ歌ってよ。あの変なアニソン!俺修の歌好きだよー」


あれ以来、律は更に鬱陶しく絡んでくる。こう言ってはなんだけど、もうまともに友達と見れなくて苦しい。


それでも彼は暇さえあればカラオケだ、ゲーセンだ、遊園地だ、ボーリングだーと無理矢理誘ってくる。

行かなければずっと愚痴を言われ、律の友達から白い目で睨まれる。


知らない人を連れてきてはLIMEを交換させられて、それで気が合うと思った人はいないし。もぅマジ無理。。って感じ。


もうなんだか本気で行く気が起きなかった。一昨日から断っているわけだが、まぁ翌日辛くたって構いやしない。僕は首を横に振ろうと顔を上げた。

律がじっと僕を見ている。


「なんで?…今日は誰が病気になったから行けないのかな」


「うっ…」


「……今日半額だから人数結構集まるんだ。勿論お前も来るよね?ん?」


あまりに安直だった嘘は、容易く見破られてしまった。

ニコニコと笑って退路を防がれていく感じが恐ろしい。


「や、やっぱ行く…。楽しみダナー」


「安心しろよ。また勉強会も開いてやるから」


そう言うと、律は上機嫌にウインクまでして見せた。

彼が開く勉強会はとても分かりやすいから、それは純粋にありがたい。

むしろカラオケなんかより全くそっちの方が嬉しいのに。


「分かりやすいなぁ、修くんは。んじゃ、帰りそのまま直行ね」


「はいはい…」


会話に一区切りがついたと見るや、周囲が律に声をかけた。

人垣に飲まれ、ようやく律が見えなくなってほっとするのも束の間、僕はまるで取り残されたように強く感じた。

孤独だ。

彼は僕をどうしたいのか全然わからない。友達を勝手に作ってもダメだし、律に紹介される人達と話は合わない。


どうなれば満足なのか僕にはわからないが、ただ一つ言えることは、当分彼が僕を手離す気はないだろう、ということだった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] あり得んほどベタベタしてる…確かに!! ああ、息が詰まるようなこの感じ。たまらなく好きですね。読みごたえのある文字数で嬉しいです。 強い律くんが、どうして修くんを気に入ったのか分かりま…
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