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そのほかのお話

ビジネスライクな護衛

 十歳になった俺に護衛が付けられた。

 詳しくは説明しないが、莫大な資産を所有する由緒正しき俺の家では、嫡男に専属の護衛を付ける事となっている。


 護衛の条件は色々とあるが、その内の一つに『同い年であること』と言う物がある。

 大人の護衛では対応できない場所にも入り込め、あらゆる要望に応え精神的な支えにもなる。学校で友人を作る事も大事だが、そう言った相手を取り込もうとする輩も多い。一番近い所で嫡男の盾と矛になる―――そんな存在が与えられるのだと聞いていた。




「健吾さま、お初にお目に掛かります」




 目の前にいるのはぬばたまの髪、漆黒の瞳の美少女。

 正直驚いた。てっきり護衛として与えられるのは男だと思っていたから。


「ああ……お前、名は何と言うんだ?」

「『アキ』とお呼び下さい。夏見安芸なつみあきと申します」


 忍者の末裔と言う彼女は無表情に頭を下げた。




 こんな可愛いが四六時中一緒だなんて……!




 護衛は寝食を共にし、四六時中行動を共にするのだ。

 自分がかなり美形である自覚はある。しかし既にファンクラブも存在する俺に直接近付く女はいない。望月家は男系家族で、母親以外家族は男ばかり。使用人もかなり年配の美弥婆みやばあ以外全て男だ。


 つまり俺は女に免疫が全く無い。


 幼稚園の時同じクラスの女児達が俺を取り合って争った……と言う武勇伝はあるが、小学校からは親に言われたからか、近寄り難い雰囲気があったからか―――とにかく遠巻きにされ崇められるばかりで、女と真面まともに口をきいた事も無かった。大抵従兄の一馬かずまが俺にまとわりついて、俺に近付く女を排除していく。と言うか上手いコト言って自分がそのと仲良くなってしまう。


「本家の嫡男に変な虫が付いたら大変だろ?」


 と一馬は言うが、俺はまだ小学生なんだ。虫も何も無いだろう……。少しくらいお話ししたって良いではないかと思う。

 俺は一馬の言い分を理不尽な物と感じていたし、奴の干渉から逃れたかった。だから十歳になるのが待ち遠しかった。

 十歳になって護衛が付けば、一馬と離れる事ができて自由にできる……!

 その時は是非、まずクラスの女子と憧れのおしゃべりをしてみたいと思っていた。と言うか俺が一番したい事は可愛い女の子とのおしゃべりだ!




 だけど、幾らなんでもこれは。

 いきなりハードルが高すぎる……!




 もしかしてあれか。この子は護衛兼婚約者候補とか……?

 同じ部屋で寝起きするなんて、おかしいだろう。どう考えても俺に都合良すぎる。


「健吾、気に入ったか?」

「え、ええ……」


 戸惑いの余り、頷く事しかできない。

 父親は満足気に頷き、母親は「仲良くね」とだけ言い残して部屋を出てしまった。


「……」


 無言で俺を見つめるアキのつぶらな瞳から目が離せず、俺はゴクリと生唾を飲み込んだ。


「健吾さま」

「な、なんだ……!」

「明日は早いので失礼しても宜しいでしょうか?」

「あ、ああ。そうだな」


 ペコリと頭を下げて、アキは俺の部屋の続き部屋に下がって行った。

 ちなみに続き部屋の扉に鍵は付いていない。

 彼女の黒髪がサラリと扉の奥に消えて、ドッと力が抜けベッドにへたりこんでしまう。

 フーッと溜息を吐くと、ガチャリと続き部屋の扉が開いて飛び上がった。


 アキはバスタオルと洗面道具を持ってスタスタと部屋を横切り、クルリとこちらを向いて俺の部屋に備え付けてあるシャワー室の前で頭を下げた。


「シャワー室、使わせていただきます」

「え!……あ、あっ……うん!」


 バタン。


 扉が閉まってしゃわ~と水音が聞こえて来た。




 なにコレ。




 いきなりほぼ同棲状態とか。

 まるで一馬に読まされた、もう少しお兄さん向けのお色気(?)漫画のような展開に付いて行けない。悶々としながらソワソワと部屋を歩き回っていると、カパッと扉が開いてホカホカにゆで上がったようなアキがシャワー室から出て来た。


 アキはぶかぶかのパジャマ姿で、手に先ほど着ていた服やバスタオルを抱えたまま一礼した。


「では明日からまた、よろしくお願い致します。おやすみなさいませ」

「あ、ああ……おやすみ」


 俺が何とか返事をすると、アキはニコリともせず頭を下げて続き部屋に入って行った……。






 その後、アキは俺とそれこそ一日中過ごすようになった。

 一馬は相変わらず俺に近寄る女子生徒をかっさらって行ったが、以前のようにベッタリ俺に張り付く事は無くなった。アキが常に控えているので、一馬が俺の周辺に目を配る必要が減ったからだ。


 彼女はまさに献身的に俺に尽くしてくれた。

 アキは陰日向無くひっそりと俺に寄り添い、ある時はポエモんGO!を片手に運転していた車に轢かれそうになった俺を素早い身のこなしで庇い、またある時は俺に夢中になった女子に言いがかりを付けられたが、これを整然と論破し追い払った。勉強で分からない処があると訴えれば教えてくれ、疲れたと言えば、プロも真っ青なくらいの極上のマッサージを施してくれる。失敗して密かに落ち込んだ時は、必要以上に声を掛けることなくホットミルクを作って飲ませてくれた。眠れないと言えば眠るまで、手を繋いでベッドの傍に座っていてくれさえしてくれたのだ。


 そんなワケで中等部に上がりあと一年もすれば高等部へ進学と言う頃には、俺はすっかりアキの虜になってしまった。アキがいなければ、生きていけないと思うようにも……。

 献身的に昼も夜も無く尽くしてくれるアキを、俺はすっかり好きになってしまったのだ。







 真新しいセーラー服に身を包んだアキは大層可愛らしく。

 中等部に一度ひとたび登校すれば、男どもの視線は彼女に釘づけとなった。


 しかし。

 アキが寄り添い常に優先し、大事にするのは―――他でも無いこの俺なのだ。


 そうは思っていても、常に淡々として表情の無い冷静なアキが、他の男に目を移さないか不安を抱くようになって来た。

 アキは俺の護衛だ。俺から離れる事は無いだろう。だけど確かな証が欲しいと思うようになった。アキが俺に普通の護衛以上に尽くしてくれるのは分かっている。きっとアキも俺を憎からず想っている筈だ。けれども主従関係があるから、俺に恋心を抱いていても打ち明けられないに違いない。




 ならば、俺から言ってやろう。心配する事は無い、俺もアキが好きだから……と。




 そうすれば彼女は初めて仕事から解放され、俺に素顔を見せ笑い掛けてくれるに違いない。

 俺はある日、決意して眠る前にアキに声を掛けた。


「マッサージでしょうか?」


 尋ねるアキに、ゴクリと唾を飲み込んで告白した。


「アキ、俺もアキが好きだ……! 護衛としてじゃ無く、俺と付き合ってくれ!」


 アキはポカンとして、黙り込んだ。

 きっと思いもかけない事に、言葉が出ないのだろう。

 やはりこういう事は主の方から言い出さなければな。雇われているアキからは言い出せなかっただろうから……。




「それは契約にはありませんので、無理です」

「え?」

「他に何かご用事はありますか?」

「あ、いや……」

「じゃあ、明日も早いので失礼します。お休みなさいませ」

「あ、オヤスミ……」




 結論から言うと、俺は失恋した。


 俺はアイツが俺に気があると当然のように思っていた。

 それはただの勘違いで―――愚痴を聞いてくれたのも、命がけで俺を護ってくれたのも、眠れない夜に寄り添って手を握ってくれたのも―――アキにとっては契約にあるお仕事の一つでしか無かったのだ……!




 相変わらず、鍵の掛からない続き部屋で。

 寝食を共にするのは契約では、十八歳の高校卒業まで。

 今後引き続き六年間、失恋した相手と四六時中一緒と言う拷問に耐えねばならない俺は―――悶々としてベッドの上でゴロゴロ転がりながら羞恥に震えたのだった。



始まりそうで始まらないまま終了。オチらしいオチが無くてスイマセン。


お読みいただき、有難うございました。


※誤字修正2016.8.11(葛城遊歩様へ感謝)

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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白いです(*^^)v めんどうみの良い学級委員長に勘違いして 「好きです!」って言ったら 「(?_?)」って顔をされた感じですね(≧∇≦) 場面も丁度中学! 青春の黒歴史ですね〜(^_^…
[良い点] 結構、好きなシチュエーションです。 アキさんクールでしたね。 しかし、『嫌よ嫌よも好きのうち』とか『朱に交われば赤くなる』などの言葉もあるように自覚していないだけかも知れません。 取り敢え…
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